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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
613/915

         参


“黄皮斑病”に於いては、その感染力が厄介であり、間違いではない。

しかし、その治療自体には特効薬だとされる物が既に確立されている事も有って感染が拡大さえしなければ然程難しい事ではない。


そんな黄皮斑病に於いて、最も時間が掛かるとされる事は何なのか。

それは発生した黄皮斑病の根元の根絶である。

再発・再感染の心配は先ず無いらしいので、其方らは気にしなくても大丈夫。

問題は、その根絶する為の方法自体に有る。


黄皮斑病の根元が何か。

それは未だに解明されてはいない事らしい。

だが、根絶する方法としてある対処方法が存在する。

それが“山焼き”である。

文字通り、大規模な範囲で山を焼き払ってしまう。

その前に焼く範囲を限定し不必要な延焼を防ぐ為にも草木等の大伐採をしておく必要性が有る。

其処に問題が有る訳だ。


当然ながら、この時代での山というのは生活を支える貴重な天然資源の一つだと言える存在だ。

それを一挙に失う事になる訳だから黙っているという事は難しくて当然。

住民達から反対する意見が出るのは必然だろう。

一度伐採された山が、再び元の状態に戻るまでには、数年、或いは十数年に上る年月を必要とするのだ。

建造物等の人工的な存在の補修とは訳が違う。

自然だからこそ長い時間を費やすしかないのだから。

故に、失う事を避けたいと思う者・嫌がる者は決して少なくないと言える。


だが、黄皮斑病の特効薬も無制限という訳ではない。

華佗と孫家、各々が再発に備えて保有する数は決して多くはない。

“彼方”の様に量産体制で製薬は出来無いのだから。

次は確実に犠牲者が出る。

その時、優先される存在は民ではない。

雪蓮を始め、孫家の上から順番に使用されていく。

国──ではないが、勢力の在り方として自然な事。

仮に幾らか民にまで回ったとしても、反対した彼等は後回しにされる。

それは当然の事だろう。


その事を承知の上で反対の意思を示せるかと言えば…先ず出来無いだろう。

家族が居れば尚更だ。

確かに、貴重な生活資源を失う事は痛手だ。

それは間違い無い。

しかし、全ては生きている事が前提条件として有って初めて意味が有る事。

死んでしまっては何一つも意味を持たない。


だから、生きる為に人々は決断しなくてはならない。

結果を、“誰か”の責任にしてしまうのではなくて、自分達全員で背負う。

そう遣っていく決意を。


華佗の性格上、自分一人で背負うだろうとは予想する事は簡単だった。

自分一人が悪者に為れば、済む話だと考える事も。

だから、事前に俺達は民に山焼きの必要性を話して、理解と同意を得ていた。

孫呉の大恩人である華佗を悪者にさせない為に。


…まあ、判ってはいても、雪蓮の──いや、覚悟した者達の本気の打付かり合いというのは緊張するのだと改めて思い知らされた。




──五月二十五日。


呉郡南西部と会稽郡の郡境一旦に広がる山々。

その丸々山一つに相当する範囲の大伐採が一万人もの人手を集め投入して迅速に行われている。

戦争以外で一万人を越える人数の人の群れを見たのはこれが初めての事。

時代や経済状況も有るからお祭りの類いなんてのも、中々無かったりするしな。

そういう意味では孫呉でもそういう行事が早く出来る様にしたいと思う。


そんな人の群れが手に手に鎌や斧・鉈・熊手を持ち、夏に向けて青々と繁茂する草木を次々と切り除いて、緑の絨毯が、緑の小山が、彼方此方に出来ている。

普通に山を見るよりも緑が深く感じるのは、気のせいという訳ではない。

そして青々としていた筈の山並みが、ストレスを感じ円形脱毛症になったのではないのか、と思ってしまう様に寂しい光景に。

必要な事だと判っていてもちょっとは心が痛む。



「なあ、詠…あれってさ、全部焼くんだよな?」


「ええ、そうなるわね」



視線は緑を見詰めたままで隣で伐採作業の進行具合を確認している詠に訊ねるとあっさりとした答えが返り詠にとっては既に決定した事なんだと判る。

まあ、それ位にすっぱりと割り切れないと軍師なんて長くは続けられないか。

そうじゃなかったら色々と背負った物に押し潰されて自分の方が先に駄目に為る可能性が高いしな。

雛里や亞莎でも、その点の考え方がしっかりしているから大丈夫なんだろうし。

本当、軍師って仕事は大変なんだなって思うよ。


そして改めて“原作”での周瑜の凄さも判る。

同時に詠の有難さも。

詠が居なかったら、孫呉は緩み過ぎてるだろうしな。

やっぱり、適度な厳しさは組織的に必要だって事か。


それはそれとして。

今は目の前の事だよな。



「選って使えそうな物だけ取っちゃ駄目なのか?」



判ってはいる。

判ってはいるんだけれど、やっぱり訊いてみる。

訊くだけなら良いでしょ。


尤も、案の定と言うべきか詠は深い溜め息を吐いた。

そして、キッ!、と此方に振り向いて睨んでくる。

視線を合わせない様に今も詠の方は見ていませんが、気配で判るんですよ。

怒られ慣れてしまってて。



「何が原因か判らないから山焼きなんていう大規模な対処法を取らざるを得ない事なのを判ってる訳?

草一本でさえ、黄皮斑病の再発・再流行に繋がるかもしれない以上は見逃せない事なのよ

…まあ、勿体無いっていう気持ちは判るけどね

単純に干し草・薪にしても結構な金額の損失だし…

疫病の怖さは致死率よりも国力や経済的な影響の方が大きいと私は思うわよ」



後半、愚痴る様にして詠が溢した本音は正しい。

勿論、其処までは考えない民には聞かせられないが。

気持ちは理解出来る。

疫病なんて物は無いなら、それが一番なんだから。




詠の側を離れ、何処かにて作業をしている華佗を探し歩いて回る。


因みに、俺は作業をするし詠も確認作業をしていない時には草刈りをしている。

流石に木を切り倒すまでの力は俺も詠も無い。

…季衣?、原作でも大岩を軽々と砕いてましたしね。

その怪力を存分に発揮して伐採していますとも。

後、春蘭と繋迦もね。

何と言うか遠慮無く何かを破壊出来るっていうのは、存外気持ち良いんだよね。

草毟りは億劫なんだけど、道具や機械等を使って遣る草刈りは意外と楽しい。

ストレス発散にも為るし。


ほら、只管敵を倒し続ける系統のゲームってさ、一回填まると病み付きになって楽しくなる、あの感覚。

あれに近いと思うんだよ。

尤も、草刈りをする場合は身体を使う分だけ、後から相応量の筋肉痛(リスク)が返って来るんだけど。

遣ってる内は、そんな事は考えないからなぁ〜。

と言うか、一々考えてたら逆にストレスが溜まるし。

ある意味仕方が無いのかもしれないな。

個人差も有るだろうから、結局は人各々だろうけど。


ああ、それからもう一つ。

原作だと大体は固定衣装で活動しているけど、実際はそんな事は無い訳で。

田園風景なんかで見られる“農作業をしてます”的な衣装を俺も、雪蓮達も着て遣っているんですよ。

しかも、山での作業だから思ったより厚着で。

だからもう、汗が凄い。

軽く5kgは痩せられる様な気がする位に。

そんなに汗も掻いていない地元の人達が凄いって事と自分達の生活が彼等により支えられているんだって、改めて思い知らされる。


ただ単純に言ってしまえば“慣れてるから”で終わる事なんだろうけど。

その“慣れるまで”ずっと続けている事が凄い訳で。

素直に感心し、感謝する。


人は、一人または独りでは生きていけない。

それは社会に属す以上は、どんなに他者との関わりを避けたくても不可能であるという事でもある訳で。

必ず、“誰か”のお陰で、生活が成り立っている。


だからこそ、俺達は特に、その事を絶対に忘れる事が有ってはならない。

国とは民の、人の集まり。

その人々の未来を背負い、預かる立場なんだから。




どんなに慣れている人でも不眠不休とはいかない。

無理をすれば、後々体調を崩す事にも為るので休息を定期的に挟んでいる。

一斉に休むという遣り方は効率が悪く、遣る気に対し良くない影響を及ぼす為、基本的には順次という形で行っている。


そんな訳で、丁度一段落し休息を取っている華佗へと声を掛ける。



「お疲れさん、良かったらこれ飲んでくれ」


「ああ、すまない」



差し出した水筒──まあ、竹筒に水を入れているだけなんだけど、今の時代では有るだけ増しだと言えるが──を右手で受け取ると、栓を抜き筒自体には直接は唇を付けないにして傾けて水を飲む華佗。

潔癖症という訳ではない。

単純に、衛生面を考慮した代々受け継ぐ習慣らしい。

生水って怖いしな。


医者の華佗も人間だ。

怪我もすれば体調も崩すし病気にだって掛かる。

そう為らない様に気を付け自己管理を徹底している訳なんだろうな。



「……っ……ふぅ…

彼方此方へと旅をしながら現地で必要な物だったり、不足した物、保存・予備にという理由から、薬草等の材料を集める為に山中等に入る事は珍しくはないが…

流石に本腰を入れての伐採作業は初めてだからな

これは結構堪えるよ…」



空いている左腕を解す様にぐるぐると回し、首の裏を揉みながら左右に頭を傾け小さく骨を鳴らす。

若干、おじさんっぽいが、原作では気にしていたのを覚えているので、その辺は触れない様に気を付ける。


──なんて考えていると、華佗が此方を向いた。

その瞬間、無意識──否、条件反射的に身体は平静を装おうとする。

それを華佗に気付かれない様に抑える。

雪蓮という“勘”の権化を身近にしていると不必要に身体が反応し掛けて困る。

…誤魔化し慣れてくるのは嬉しくないからな〜。



「小野寺は平気そうだな」


「いや、結構キツいよ

ただ、俺の場合は不慣れな事を皆が理解しているから最初っから考慮されてる分華佗よりは楽かもな」


「あー…成る程な

俺の場合は軽く考えていた部分が有るから自業自得と言うしかないが…

少々羨ましくも有るな…」



そう言って苦笑しながら、空を仰いだ華佗。

その横顔を静かに見詰めて逡巡してしまう。


それは多分、何気無い会話だったのだろう。

だが、不意に華佗が見せた表情の翳りを感じた。

昔の自分なら気付く事など先ず出来無かっただろう。

それ程に小さな変化。

感じてしまったが故に俺は悩んでしまう。

どうすべきか、と。




それでも意を決する。

何もしないよりは増し。

そう考えて。



「…華佗は、何処かに腰を落ち着ける気は無いのか?

いつまでも旅を続けられる訳でもないんだし…

もし宅に──いや、孫呉に来てくれるなら俺達も民も歓迎するんだけどな」



口説く、と言える程に自分自身が言葉巧みに話せると思ってなどいない。

話術・交渉術なんて呼べる程の代物ではないし場数を踏んでもいる訳でもない。

かと言って、雪蓮や劉備の魅力チートみたいな人柄やカリスマ性は無い。

だから、俺に出来る方法は失言をしない様にしつつ、本音で話す事だけ。

…上手くいくだなんて事は全く考えないし、当然だが期待もしない。

するだけ無駄だからな。


華佗は一瞬だけ俺の方へと視線を向けたが直ぐに空に視線を戻した。

ちょっと意外そうな印象を感じたが…そうかもな。

俺が華佗だったとしても、意外に思う気がする。

俺ってば、そういう感じで“踏み込む”事って殆んどしないからなぁ…。



「…そうだな

正直に言えばその可能性を考える事は有るな…

それも一度や二度じゃない

何度も、何度も、何度も…

考えて、悩んで、迷って、また考えての繰り返しだ

今もまだ、はっきと答えは出せてはいない…

自分の理想と現実…

その狭間で揺れ動きながら彷徨っている状態だな

…いっそ、あの雲みたいに気儘に流れてゆくだけなら楽なんだろうがな…」



そう言って苦笑を浮かべる華佗の横顔を真っ直ぐには見れずに、視線を外す様に自分も空を仰いだ。

華佗が真面目に話したからという訳ではない。

あまりにも気軽に訊ねた、そんな自分が恥ずかしく、不快に思ったから。

懐く後悔と共に己が青さを空に重ねた。




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