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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
611/915

14 雲蓋峡の番人 壱


 馬岱side──


──五月十八日。


“黄皮斑病”という疫病が呉郡にて流行っている為、その治療と対処に協力して貰う為に華佗さんを探して私達は会稽郡の彼方此方を駆け回っていたりする。


最初は一ヶ所ずつ調べようという方針で私達は一緒に動いていたんだけどね〜。

運が悪い、と言うかね〜…実は擦れ違い・入れ違いが三回程有った訳で。

それで、埒が明かないので分かれての捜索活動に。

“最初から遣ってれば〜”というのは結果的な話。

実際には、その後の行動も考慮すれば、私達が一緒に居た方が直ぐに動けるし、伝令を出すにしても探して報せて、集まって、という手間が掛からない。

集まって、という部分なら省けるかもしれないけど、それも状況次第だし。



(本当、面倒だよね〜…)



そう思いながら天を仰ぐ。

私達の──孫家の、孫呉の今の状況なんて気にもせず気儘に流れ漂う白い雲。

その向こう側に有る広大な澄んだ青い空。

それらが微妙に妬ましい。

勿論、状況が違ったなら、きっと“心地好い天気”と感じるのだろうけど。

そう考えれば物事の大半の良し悪しは自分の気持ちの有り様・持ち様次第という事も理解は出来る。

…まあ、理解が出来ても、実践が出来るか、どうかはまた別の話なんだけどね。



(…お姉様、今頃、何処でどうしてるのかな〜…)



ふと、思い出す。

正直、そんなに私は心配をしてはいない。

だって、武力で言えば多分雪蓮様達と互角以上に闘う事が出来る人だし。

ちょっと間抜けと言うか、詰めが甘いと言うか…ね。

そういう所が有るんだけど大丈夫だとは思う。


噂にも名を聞かないけど、馬一族の復興を目指す以上伴侶は必要不可欠。

名家が養子を迎え入れて、家と家名を継がせるという話も珍しくはないけれど、馬一族は血縁を重んじる。

だからこそ、馬の姓を持ち血を継いでいる私達二人が子供を沢山成し、馬一族を未来へと遺さなくては。

──なんて感じに考えてる気がするしね。

だから安易な死を選んだり無謀な真似をする様な事は無いと思う…多分。



(でも、病気だけは自分の意思じゃあ、どうしようもなかったりするしね〜…

お姉様ってば、昔から健康過ぎる位に健康だから特にそういう事に気を付けたりしないだろうしな〜…)



だから、油断して疫病とか厄介な病気に、掛かったりしそうなんだよね〜。

…うん、割りと笑えない。

自分の事も有るし。



(…まあ、お姉様みたいな健康が人の形をしてるって感じじゃあないんだから、仕方が無いんだけど〜…)



そう思いながら、脳裏には何人かの身近な姿が。

…あ〜うん、居るよね。

お姉様と同類の人達が。

これまで病気らしい病気を一度もした事が無いって。

どんな生活をしていたら、そうなるんだろ。

病気よりも不思議だよね。

華佗さん、其方の研究した方が良いんじゃないかな。





「只今、戻りました!」



その声に我に返ると視線を声のした方に向ける。

空を眺め、ぼんやりと考え事をしていたら、周辺へと探索の為に散っていた兵の人達が戻って来ていた。

一緒に行動していた四人が居たから気を抜いていて、気付くのが遅れたのは多分気付かれてはいない筈。


その事を悟らせない様に、平然とした態度を装い顔を動かして確認する。

パッと見ではあるんだけど一応、全員居るかな。

特に問題が起きたっていう感じもしないし。

…まあ、それと同時に結局見付からなかったって事も判っちゃうんだけどね〜。

無駄だって事が判ってても一応は訊かないといけないのって面倒だよね〜。



「お疲れ様、どうだった?

華佗さん居た?」



そう訊ねると、互いに顔を見合せてから此方を向いて無駄に綺麗に揃った状態で首を左右に振った。

それを見て思わず項垂れた私は悪くはないと思う。

勿論、兵の皆も。

そして──華佗さんも。

きっと今も病気や怪我等で苦しむ人々の為に東奔西走しているんだろうから。

立派な人だって思う。


──でもね、華佗さん。

それはそれ、これはこれ。

その言葉を私達は貴男へと心から贈りましょう。



「あ゛ーっ!、もうっ!

何でそんなに行動力が有る人なのかなーっ!

せめて何処の村で大人しく治療とかしててくれてれば探し易いのにーっ!

華佗さんの馬鹿ぁーっ!!」



頭を抱えて叫ぶと、谺する自分の声が虚しく響く。

兵の皆からも同意する様に頷く仕草が返ってくるのは当然なんだと思う。

本当に何の手掛かりも無く探すのって難しいんだから大人しくしててよね。

皆が皆、雪蓮様のみたいな常識外れの異常な“勘”を持ってるって訳じゃないんだ、か…ら──って、あ、もうそれで良いや。

誰かに文句を言われるって訳でもないんだし。

サボる訳でもないんだし。

うん、そうしよう。


私は顔を皆へと向ける。



「ね〜、誰か、その辺に、適当な小枝落ちてない?」



そう言うと皆自分の足元を見て探し、一人が見付けた小枝を持ち上げて見せる。

それを見て“それ良いね、此方に頂戴っ♪”と言って渡して貰い、改めて皆へと向き直る。



「今からこの小枝を投げて落ちた時に枝先が指してる方向に進むからね〜♪

異論が有る人ー?」



いい加減な決め方なのは、百も承知。

それでも、異論を口にする者は一人も居ない。

私達の心は一つだから。



「よ〜し、それじゃあ…

行っくよーっ!」



運を天に任せ、力の限りに握り締めた小枝を放った。

青と白を背景にして。

陽光を浴びて陰の黒だけが視界の中で宙を舞う。


その枝先が示す結果が何で有ろうとも構わない。

今よりは増しだから。



──side out



 華佗side──


いつもと変わらぬ旅路。

風が頬を撫で、草木の香を運び、枝葉を揺らす。

そんな風に戯れる様に飛ぶ小鳥達の姿と囀り。

一人で居る事が殆んどだが常に数多の生命が共に在る事を知れば、寂しいと思う事は無くなる。


とは言え、それは今だから言える事でも有る。

曾ては──まだ師匠の下に遣って来たばかりの自分は何も知らない子供だった。

だから、夜の闇に響く音は勿論、日中ですらも些細な音に怯えた物だ。

実に、懐かしい記憶だ。



(…氣を理解し通じると、初めて見えてくる真実…

だがそれは、ただ単に俺が気付いていなかったというだけだった…

それらは、最初から其処に存在していたのだからな)



あの日の驚愕を、感動を、歓喜を、忘れた事は無い。

だが、失って改めて気付き思い知らされる。

そして、漸く理解出来た。

本当に大切な事が何かを。


見上げた空を横切る黒。

それを見ては浮かぶ“己が翼で飛び行く鳥の影跡”と名乗った朋友の存在。

彼は自分などよりも遥かに“生命”という物を理解し向き合っている。


“それ”を知ってしまうと医者という存在が、如何に傲慢であるかが判る。

…いや、少し違うな。

人間の身勝手、と言う方が正しいのだろう。

何しろ医者とは、医術とは“生命の真理(死)”に対し逆らい、抗う事が本懐。

秩序を捩曲げる。

それが本質なのだから。


運命(死)に立ち向かう。

そう言えば聞こえは良いが偽善──欺瞞を誤魔化し、隠していると判る。


だが、間違いでも無い。

死とは、生きとし生ける物全てに定められた真理。

それから逃れる事など先ず不可能だと言える。

しかし、ただ享受するなら人間の様に“可能性”へと思考を巡らせる必要性など不要だと言えよう。

だからこそ、意味は有る。

価値が有る。

一方から見た場合の悪が、別の方向から見た場合には善と為る様に。

それは“何か”の為に。

存在しているのだから。


尤も、その“何か”を俺が知る事は無いだろう。

氣を失ったからではない。

其処に辿り着くには俺では役不足だからだ。


俺は“器”ではない。

恐らくは、生命の大多数が同様の存在だろう。

それは全て、“何か”へと至る為に存在する。

謂わば、道標(ざいりょう)に過ぎないのだから。


ただ、其処に辿り着く者は必ずや現れるだろう。

そう、軈て、必ず。




その飛影と言えば。

旅をする途中で色々な話を聞いていたりする。

勿論、良い意味でだが。

…まあ、“相変わらず”と言う事は憚られるが、大体“女性”だと思われているみたいだな。

当の本人が事後直ぐに立ち去ってしまっているからか訂正もされていない。

俺が訂正してもいいのだが正直、悩む所でも有る。


飛影は頭がキレる男だ。

それが無意味な噂話ならば相手にもしないだろうし、意図的に誤認されたままで放置している可能性も無い訳ではないからな。

下手な真似は彼奴に対して不利に働く可能性が有る。

だから、何もしない。

それを俺は徹底している。



(…まあ、彼奴の事だしな

そんな小さな事を気にする事も無いか…)



“その程度の事”で彼奴が怒るとは思えない。

其処まで狭量だとも。

もし、そうだったら当時の俺は彼奴に殴られていても可笑しくはないからな。

記憶の中の飛影からは先ず想像出来無い事だが。


そんな風に考えていると、脳裏で飛影が名を呼ぶ声が響いてくる。

──“華佗”、と。



(……華佗の継名、か…)



自分が師匠から受け継ぎ、師匠も師匠から受け継いだ長きに渡る“医志”の名。

生命を背負う事を受け継ぐ者としての証だ。


だから、考えている。

孰れは自分も弟子を迎え、受け渡さなくてはならない時が来るのだから。


ただ、簡単ではない。

何しろ、今までとは弟子の基準が違うのだから。

以前──自分までならば、氣を扱える資質と氣の量が大きな比重を占めていた。

勿論、五斗米道の技術等を悪用しない者であるという点が最重要では有るがな。

それは当然の事だろうから考えるまでもないが。


当時から考えていた。

自分が師と為ったとして、どんな弟子を望むのか。

その答えた単純だった。

飛影こそが俺の理想。

彼奴以上に相応しい者など見付ける自信が無い。


ただまあ、本人に言っても首を縦に振ってくれるとは微塵も思ってはいない。

彼奴は生命を助ける。

だが、生命を奪う。

“活殺一体”こそが正しい在り方なのだと思う。

俺の在り方は甘い理想だと理解もしている。

それでも、俺は俺の信念を貫いていきたい。

それだけは譲れない事だ。




それだったら、と考えれば俺の信念を受け継ぐ者こそ相応しいと思う。


だが、それは違う。

それでは違ってしまう。


俺の信念を受け継ぐならば華佗である必要は無い。

曾て俺が飛影に五斗米道の技術と知識を教えた様に。

それだけで十分だからだ。

華佗の名は必要無い。


では、“華佗”とは何か。


医志の系譜。

間違いではない。

放浪(不属)の神医。

それも間違いではない。

病を滅す者。

それもまた同じく。

氣を扱う者。

それも大きいだろう。


考えていけば、肯定出来る事は多く有る。

しかし、決定的ではない。

ただ、こうは思う。

“飛影にならば”、と。


其処で思考を止め、静かに一息吐く。

気が付けば、手頃な岩へと腰を下ろしている自分。

余程考えていた事に対して熱中していたのか、今まで全く気が付かなかった事に思わず苦笑する。


それでも身体に染み付いた習慣は無意識でも今の様に行われるらしい。

疲労を溜めぬ為に、適度な休息を入れる事は旅をする上では大切だからな。

このまま一休みしよう。



(直ぐに直ぐ答えを出せる問題でもないからな…)



本当に、厄介な問題だ。

だが、師匠を始め先人達も通って行った試練(みち)

外れる訳にはいかない。

華佗の名に懸けてな。



「…雨の心配は無いな」



旅人にとって天気は天敵と言ってもいい事だ。

その点に憂いが無いならば良い事だと言えよう。


見上げた空は青く、流れる白い雲は緩やかに。

宛ら、今の自分の気持ちと世の“平穏”を映す様だ。



「──あぁああーーっ!!??

居たぁあーーっ!!!!

総員確保おぉーっ!!!!!!」


『雄雄おぉおーっ!!!!!!』


「なっ!?、一体何事だ──って、ちょっと待てっ!?、それは──ま、待てっ!、何故服を──ふぉぬぁっ!?だだ誰だっ!?、そんな所を握ったの──」





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