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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
610/915

          拾


弛緩した空気を、一応──ええ、一応ね。

引き締める意味で咳払いしチラッ…と詠を見る。

先程とは違い、今回は事が事だけに真剣に頷く。

別に、さっきは適当だったという訳ではないけどね。



「“黄皮斑病”というのは所謂、疫病の一種よ

特徴的な症状としては先ず皮膚が黄色く変化するわ」


「…それだけなん?」


「そんな訳無いでしょう…

話はちゃんと聞きなさい!

大体、“先ず”って言ったでしょうが!

まだ続きが有るわよ!」



詠が一旦言葉を切った──というよりは息継ぎをしただけなんでしょうけど。

その間を“終わり”と受け取っちゃう真桜も真桜ね。

巻き込まれたくはないから私と霞は静観するのみ。

こういう時、下手に庇うと間違い無く飛び火してくる事を経験から知っている。

…あまり知りたくはない事なんだけどね〜。


因みに、私なら今の真桜の立場に居る時には、近くに居る者が居たら問答無用で道連れにするけど。

多分、一番多いのは祐哉…じゃないわね。

何方らかと言えば真桜ね。

…ま、まあ、ほらあれよ、真桜には強くなって欲しいという期待が有るからよ!

うん、そう、そうなの!

これも主君としての皆への厳しさな訳よ。

決して、自分の身可愛さに真桜を見捨──生け贄──囮──でもなくて…そう!

真桜の事を突き放している訳ではないのよ。


それは兎も角として。

詠に怒鳴られた真桜もまた経験は豊富な訳よ。

だから、下手な言い訳とか口答えはしないで、静かに“はい、判りました!”と数度頷いて示すのみ。

決して燃える火を煽る様な真似はしない。

火傷では済まないから。


…遣いの兵の()

可哀想に“自分は此処には居ません!”的な雰囲気で今に直ぐにでも息を止めてしまいそうな感じね。

取り敢えず、“頑張って”としか言えないわ。

それも胸中か、視線でしか言えないけど。



「次に、黄色くなった肌は部分的に硬化するわ

それが瘡蓋みたいになって斑点状に出来るのよ

全身、不規則にね

で、その瘡蓋を掻き毟ると皮膚が裂けて出血…

瘡蓋一つ一つは小さいから傷口も出血量も大した事はないんだけど、その箇所が増え易いのが問題でね

其処から化膿したりしたら一気に悪化する訳よ

下手をしたら彼方此方から膿が流れ出てくるわ」


「…あかん、具体的なんを想像してもぉた…」



傷が化膿し、膿が流れ出る所なんて物は戦時中ならば決して珍しくはない。

いや、もっと身近な物だ。

賊徒や害獣の討伐なんかで傷を負って、処置が悪いと簡単に起きてしまう事。

有り触れた事だと言える。


ただ、全身に傷口が有り、血と膿とを垂れ流している姿を思い浮かべた真桜には同情したくなる。

“全然平気”とは言い難い状態でしょうからね。





「見た目──外見的には、今言った通りよ

で、この黄皮斑病の厄介な点は此処からになるの

瘡蓋が出来始めると、大体時を同じくして発熱・嘔吐・下痢といった症状が現れ酷いと意識を失ってしまう場合も有るそうよ

そして、疫病である以上は当然ながら発症者以外にも感染していくわ

主な感染経路は発症者自身或いは、その血や膿等への接触に因る物だそうよ

ただ、それ以外にも感染の経路は何かしら有るのだと思われるけど…その辺りは未だに不明らしいわ」



そう言い終わると、大きく深く息を吐く詠。

この後の事を考えたなら、そうなるのも無理は無い。


反董卓連合の際の事だ。

曹魏での疫病の発見。

それは曹操達だけでなく、私達にも大きな意味が有る事だった。

何しろ、あの曹操でさえも連合から離脱する事を一切躊躇無く即決をした程に、疫病というのは厄介。


聞いた話によれば、戦時中発症した疫病患者を敵国に送り付けて敵国の兵や民に感染させて、戦力を削いで攻め落とした。

なんて話も有る位だ。

勿論、酷い話だとは思う。


しかし一方では“成る程、確かに上手い方法だわ”と感心させられてしまうのも事実だったりする。

何しろ、発症者を国外へと追放(処分)すれば、疫病の自国内での感染拡大を防ぎ民を守る事が出来る。

その上、敵国に被害を与え勝機を生み出す切っ掛けに転用する事も出来る。

危機・窮地から一転して、“一石三鳥”となるのだ。

感心しない訳が無い。


但し、一切の感情を排除し純粋に合理的な理屈のみで考えた場合には、だ。

実際は其処に様々な理由や感情が入り混じり、単純に考える事は難しい。

…いいえ、“全員助ける”という方向で躊躇う事無く決断が出来るのであれば、違うのでしょうけどね。

まあ、飽く迄も“理想的な展開なら”の話だけど。


何方らが正しい、とは私は断言は出来無いと思う。

それは、実際の時と場合と状況によって、前提条件が異なる、という現実。

それにより選択肢の内容や数が違ってくるというのは当然なのだから。

だから、絶対に正しい。

そう定義・断言出来るとは思えない。



(疫病の怖さは病気としてだけじゃないしね…)



勿論、病気としては厄介で恐ろしい物ではある。

だが、疫病というのは単に命を脅かすだけではない。

時には人殺しの道具として用いられる危険性も持った国を脅かす存在である。


それ故に、その対処に際し一切の妥協は赦されない。

徹底的に、過度と思う程に遣って丁度良い位だ。


曾て、曹操が目の前に有る董卓達(獲物)よりも迷わず疫病への対処を選んだ様に私もまた決断をしなくては為らない訳だ。

それが私の──国を、民をその(みらい)を背負った者としての責任。

決して、面倒だからと言い投げ出す事も逃げ出す事も赦されない使命。

私の決断が、その果てへと結果を生むのだから。





「症状は判ったんやけど、その疫病の発症者が二千人っちゅうのは規模としたら何れ位なんや?

今の話やと死には直結する気がせぇへんしな」



流石に冷静な霞。

疫病の絡む事案に対処する事は初めてではないのなら頼もしい事よね。

私自身は母様が生きていた頃に一度しかないから。


ただ、不安は少ない。

そういう点で言うと宅には祭・詠・霞・繋迦・白蓮と施政に関与していた経験が長い者が何人も居る。

彼女達以外にも、各地にて要職に就いていた官吏達が麾下にも居る訳だから。

私の決断が間違わない限り悪い方向には行かない…筈…だと思う。



「ええ、直接の死因になる事は少ないみたいよ

何方らかと言えば化膿した傷だったり、別の病気等が重なったり、病気の所為で働けずに衰弱死・餓死する事の方が多いそうね

ただ感染力は強い方でね

現状での二千人というのは序の口の範囲になるわ

過去には発症者が三万人を越えたという記録も何かで読んだ記憶が有るわ」


「──三万んっ!?

なんやねん、その数は…

ちゅうか、ほんならこんな暢気な事を言ぅとる場合やないんとちゃうの?」



詠の言葉に驚く真桜。

そして事態が切迫している事を理解し、遣いの兵へと一瞬だけ視線を向けた。

“そないな理由やったら、強引にでも押し通ったんもしゃあないわなぁ〜…”と改めて納得した様子。

その件に関しては大丈夫と言えるでしょうね。


で、真桜の指摘も当然。

悠長に無駄な話をしている場合ではない。

それは間違いではない。



「ええ、直ぐに動くわ

だからこそ、きちんとした情報の把握は不可欠よ

疫病への対処では、迅速な対応までの時間の短縮化は勿論重要な要因だけれど、それと同じ位に重要なのは“見落とし”が無い事よ

本の小さな穴一つでさえ、致命的になるのが疫病よ

しかも黄皮斑病は致死性が低い事は対処・治療をする側面では良い事だけれど、長引けば長引く程に国力が確実に衰えていくわ

発症者が死なないからこそ生じる弊害なのよ」


「…そう言われてみん限りホンマの所は判らんな

致死性より感染力の強さの方が厄介やなんてのは…」


「疫病なんて、その大半がそういう物よ

兎に角、動くわよ

霞、季衣と蒲公英を連れて会稽郡に行って頂戴

私の情報が古くはないなら華佗が居る筈だから

協力を要請して

真桜は繋迦と明命を連れて彼と一緒に先に呉郡へ

既に行っている筈だけど、発症者達を隔離

少しでも拡大を防ぐわよ」






「──という訳なのよ」



決断は下し、細かい指示は詠に任せて私は祐哉の所に行って状況を話した。


場合によっては私と祐哉は現地入りが出来無い。

と言うか、本来──いや、普通であれば、私達の様な要職に有る者達が積極的に現場に赴く事はしない。

万が一、感染してしまえば影響の比が違うのだから。

国力の低下という程度では済まないでしょう。

最悪、国としての機能自体失われてしまうのだから。


故に、何の確証も無いまま私達は感情に任せての動く事だけは避けて然るべき。

…個人的な気持ちとしては直ぐにでも現地に向かって手を差し伸べたい。

少しでも早く終息する様に尽力したいと思うけど。

其処は我慢する。


話を聞いた祐哉はというと右手で顔を押さえて俯いてしまっている。

別に、責任を感じている、という訳ではない。

ただ気落ちしているだけ…と言うのも違うわね。

後悔…でもないし。

悔しさと残念さ、かしら。



「此処で疫病か〜…

いやまあ、予期の出来る事じゃあないんだけどさ…」


「祐哉の気持ちは判るわ

順調だったからこそ、ね」



本当に、嫌な間でよね。

ついこの間、そういう話を祐哉としたばかりだけに。

しかも、疫病だからね。

昨日今日で発症から感染に至った訳ではない。

あの時には既に水面下では疫病(魔の手)は蠢いていた事に為るのだから。

当然、胸中は複雑になる。


抑、疫病の兆候というのは察知する事が難しい物。

いえ、絶対ではないけど。

人口や往来の多い街ならば感染が爆発的に拡大をする危険性は有るものの、早期発見と対処・治療が出来る可能性は高い。

対して、地方の村邑等では急速な感染拡大の危険性は低いけれど、その発見等は大きく遅れてしまう。

何方等も一長一短。


今回の件は後者。

だから、二千人というのも有る意味では小規模。

幾つかの村邑、その全員が感染・発症したと考えれば部分的だと言えるから。


ただ、だからこそ、此処で食い止めなくては爆発的に感染が拡大してしまうのも否定出来無い事。

つまり現地には行けずとも私達は油断が出来無い。

完全に終息するまでは。




静かに一息吐いて、祐哉は顔を上げる。

こういう時に引き摺らずに切り替えるのは大事。

そうじゃないと全体を見る事が出来無いもの。



「華佗を探し出して協力を要請するって事は治療法は確立されてる訳だよな?」


「ええ、一応はね

それと黄皮斑病は時間こそ掛かるみたいだけど普通に自然完治する場合も幾つか有ったみたいなの

だから致死性という点では本当に低いのよ」


「…二次感染が問題か…

それはそれで厄介だな

と言うか、可能性の話なら絶対的な致死性が有るより死亡(犠牲)者の数は上回るかもしれないのか…」



祐哉の言う通り。

対処も治療も不可能でも、強力過ぎれば感染が広がる前に、発症者が疫病と共に死亡する事で、それ以上の“感染と死亡(ひがい)”を防ぐ事に為る。

嫌な考え方に為るけれど、一を切り捨て九を救う。

そういう意味では、ね。



「でもさ、真桜は兎も角、霞も知らないのは意外だと思うのは…変かな?」


「そうでもないわよ

黄皮斑病って、漢王朝でも南部特有の物みたいだし、発症者が見付かった地域もその殆んどが揚州・荊州の江南域だって話だから

…って、どうしたのよ?

急にそんな顔しちゃって」



私の話を聞いていた祐哉が唐突に眉根を顰め、何かを考え込んでいる。

私、変な事言ったかしら?

…特に無さそうだけど。



「…あのさ、曹魏が江南を獲らなかったのって…

その疫病が有ったからって事は…いや、無いよな」



そう言って苦笑する祐哉。

ただ、ちょっと笑えない。

“有り得そう”なだけに。


もし、そうだとすれば。

私達にとって、黄皮斑病は将来的に抱え込んだ大きな疾患(どく)である可能性が否定出来無いのだから。

本当に、笑えない事だわ。



──side out。



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