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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
609/915

          玖



「──終わっ…たぁ〜…」



取り敢えず、溜まっていた書簡・竹簡を片付け終わり机に突っ伏しながら大きく腕を伸ばして、思いっきり身体を伸ばす。

椅子に座り屈伸しながらも両足を放り出す様に伸ばし凝り固まった身を解す。


書簡・竹簡に遮られていた表面はひんやりとしていて火照っている頬に当たると気持ちが良い。

同時に感じる解放感。

嗚呼、自由っていうのは、素晴らしい事よね。



「ったく…どうして細めに普段から出来無いのよ

そうすれば、追い込まれる事も無いでしょうに…」


「判ってないわね〜

この解放感を味わいたいが為に私は態と仕事を溜めて追い込まれているのよ

ほら、私って追い込まれた時の方が良く集中出来るし才能も発揮出来るから♪」


「へー…そう…だったら、折角のお楽しみを邪魔するのも不粋だから、次からは邪魔をしない様に誰にも、手伝わない様に言って置くから安心して頂戴」


「済みませんでしたっ!!

お願いですから、次からも手伝って下さいっ!」



調子に乗り過ぎたと気付き即座に謝る。

…誇り?、そんな物で私の眼前に堆く積み上げられる書簡・竹簡の山が減るなら幾らでも大事にするわよ。

でもね、実際には減る事が有る訳なんていの。

“私は当主なんだからね、そういうのは家臣の仕事”なんて事を考えているのは袁家の二大馬鹿位よ。

…あー…いえ、袁紹の方がちゃんと仕事はしていると言えるでしょうね。

袁術とは違って当主として務めていた訳だから。

まあ、最終的な結果だけは何方らも似たり寄ったりな感じでしょうけど。


そう言えば袁紹の一派ってどうなったのかしらね。

噂も聞かないから表舞台に上がる事は、二度と無いのでしょうけど。

曹操が処刑した、って話も聞かないしね〜。

まあ、どうでもいいけど。



「その必要が出来る前に、きちんと片付けなさいよ」


「それが出来れば私だって苦労はしないわよ〜…」


「はぁ〜…これだから…

孫家を離れたっていう妹の孫権は懸命だったわね

こんなに奔放な姉を持つと苦労が絶えないわ…」



そう言って、ジト〜…っと見られると思わず明後日の方向に顔を背けた。


別に蓮華が宅を離れた事を引き摺っている、という訳ではない。

その件は納得しているし、寧ろ、ちゃんと蓮華の事を理解して考えた上で外へと引っ張って行ってくれた。

その“誰かさん”には私は心から感謝しているもの。

…まあ、出来る事なら宅に仕えてくれていたら、とは思わなくはない。

能力は兎も角、人としては出来た人物でしょうから。

私達にとっても色々相談に乗って貰ったり、学ぶ事が有ったでしょうしね。

その点は残念だわ。


で、顔を背けた理由ね。

要するに、“真面目な妹は損していたでしょうね”と詠の目が語っていたから。

色々と知った後だからこそ返す言葉が無い訳よ。

…蓮華、元気かしらね〜。




現実逃避の真っ最中の私を他所に、詠は動く。

それも当然と言えば当然。

だってね、此処は“私の”執務室なんだし。


私の仕事の終わりと共に、詠の監視の仕事も終了。

詠も自分の執務室に荷物を戻す準備が有る訳よ。



(手伝いたいけど関わると怒られそうなのよね〜

どうしようかしら…)



そんな事を考えながら詠の様子をチラッと見る。

使っていた筆等を片付けて自分の机を運ぶ準備を──って、ちょっ、ええっ!?



「詠、何してるのよっ!?、机が壊れるわよっ!?」



詠は唐突に運び込んでいた机の脚を折り曲げる。

それを見て騒ぐ私に対して面倒臭そうに溜め息を吐き鬱陶しそうな視線を向けて“後にしなさい、ちゃんと説明してあげるから…”と視線で言ってくる。

反射的に“うんうん♪”と頷いてはいるけど、実際は詠の机の方に意識は向いて真剣には聞いていない。

まあ、詠もそれを理解して追及はしないんだけど。


作業?に戻った詠は器用に手を動かしながら先程まで机だった物を、まるで服を扱うみたいに折り畳んで、板の様にしてしまった。

それはもう、妖術の如く、元が机だったとは思えない一連の流れだった。



「嘘っ!?、何それっ!?

ねえねえっ、詠ってば!

何々何なのーっ♪」



興奮している私を他所に、今し方畳んだ机を詠は私の執務室に有る棚の横側──壁との隙間に差し込む様に入れていった。

すると、どうだろう。

まるで、最初っから其処に有ったかの様にピッタリと隙間に収まったじゃない。

もうもうもうっ!!

何がどうなってるのよっ!!

早く教えてよねっ!!



「はぁ〜…ったくもう…

これは真桜に造って貰った折り畳み式の机よ」


「ええっ!?、真桜ってば、そんな凄い物造れたのっ!?

私聞いてないわよっ!」



両手を机を叩き付ける様に付いて身を乗り出す。

そんな事は初耳だもの。

今は落ち着けって言う方が無理だと思うわよ。


そう視線で訴えると、詠は小さく溜め息を吐いた。



「別に大した事じゃないわ

真桜自身は昔から大工仕事なんかを手伝ってたらしく意外と器用なのよ

だけど、これを造れたのは真桜の腕前じゃあなくて、設計の基礎を出してくれた祐哉のお陰よ

“天の国”には有り触れた仕組みらしいわ」


「っ…盲点だったわね…」



言われてみれば、祐哉なら私達の知らない事を色々と知っていても当然。

当の祐哉が“天の御遣い”としての扱いを嫌がったし私達も忘れてはいたけど。

そういった方向での祐哉の活躍は今からでも期待する事が出来るわね。

勿論、祐哉自身の意思等を尊重して、だけど。


取り敢えず、詠。

それ触ってもみてもいい?

え?、駄目?、なんで折角片付けたのに、拡げないといけないのか?

其処を何とかっ!

お願いしますっ!




結局、詠が折れて一回だけという約束で組み立てて、再び折り畳んでくれた。

まあ、確かに物珍しいから最初は面白いって思うけど意外に地味なのよね。

改めて見てみると。

便利な物だって点で言うと確かなんだけどね。



「でも、詠?、どういった経緯でこんなのを造る事に為った訳?

そんな面白い事するなら、一言私に相談してくれても良いじゃないの〜

相談…は無理でも、せめて一声掛けてくれたって…」



──と愚痴ってみると詠に思い切り睨まれた。

え?、何?、私ってば今、そんなに怒らせる様な事を言ったかしら…。


そう思い悩む私を見詰めて詠は深々と溜め息を吐き、静かに口を開いた。



「誰かさんを監視する度に机を運び込んでたら手間が掛かり過ぎるのよ

だから、何か良い対処法が無いか祐哉に訊いた訳

“天の御遣い(あの事)”を聞いていたしね

私達には考え付かない事が有るって考える方が普通の事だと思うから」


「あ〜…納得〜…」



と返しながら机に突っ伏し詠の視線から逃げる。

だって、原因が自分だから居心地が悪いのよ。

それはまあ、私の執務室に居る訳なんだけどね。

単純な立場や地位じゃなく精神的に今は弱いのよ。


あ〜…ちょっと温くなった机の感触が今の私の気分を表してる気がするわ。


そんな私の様子を見てから“説教をしても無駄”等と察したのでしょうね。

詠の視線と意識が、私から外れたのを感じる。

フフッ…甘いわね賈文和。

私の積み重ねてきた経験と実績は一般の比ではない。

私も伊達に叱られ慣れてはいないのよ。

謂わば、叱責の猛者。

それが私、孫伯符よ!

…まあ、私は受ける方専門なんだけどね〜。



「それじゃあ、私は自分の執務室に戻るから──」



最後に一言、という感じで詠が喋り掛けた時だった。

突っ伏していたが故に机を伝って響いてくる、此方に向かって近付いてくる足音──否、“走音”を聞いて反射的に身体を起こす。



「──失礼しますっ!!」



その直接だった。

執務室の扉を乱暴に開き、一人の兵が息を乱しながら飛び込んできたのは。




突然の事だった。

ただ、だからと言って場の空気に流される程、私達は緩くはない。


詠は即座に思考と意識とを切り替えると、飛び込んで来た兵を一瞥し眉間に深い皺を作った。

客観的に見れば、今の兵の態度は頂けない事だしね。

規律を重んじる軍師という立場に有る詠にしてみれば看過出来無い事。

当然の様に、叱責する為に小さく息を吸い込んだ。



「ちょっと、一体な──」


「──詠」



だけど、私は直ぐに詠へと声を掛けて止める。

反射的に此方を向いた詠と視線が重なる。

それだけで十分だった。



「──っ……」



詠は直ぐに私の意図を察、喉から出掛かっていた声を一息に飲み込む。

今此処で無駄な議論をする余裕は無い。

その事を理解したから。



「御無礼を御赦し下さい!

自分は呉郡太守・張承様の遣いで火急の件にて此方に参りました!

此方を御覧下さい!」



自分の非礼を理解しながら即座に跪き、礼を取る。

そして、懐から取り出した書簡を私に向け差し出してきている。

決して、礼が為っていない訳ではない。

丁寧に、手順を踏む時間も惜しい、という事だろう。


尤も、その為に城内の方はかなり騒がしくなっているみたいだけどね。



「此処やなーっ!!」


「見付けたでぇーっ!!」



少し遅れて霞と真桜が兵を引き連れて雪崩れ込む。

──が、場の状況を見るとピタッ!、と停止。

私と詠と、件の兵を見て、“…何なんや、これ?”と二人揃って眉根を顰めて、背後の兵達も戸惑う。

何とも言えない空気に為り私も苦笑し掛ける。

勿論、しないけど。


私が詠を見ると、物っ凄く嫌そうな顔を見せた。

勿論、一瞬だけだけど。

パンパンッ!、と二度手を打ち鳴らして注目させると普段通りの態度で話す。



「はいっ、其処まで!

後は此方で引き受けるから各自仕事に戻りなさい!

霞と真桜は残って頂戴」



必要最低限の事だけを言い動揺の広がっていた状況を素早く纏め上げる詠。

我に返ると兵達は執務室を素早く後にして解散。

霞と真桜も手に持っていた獲物を納め、開け放たれた扉を閉める。


こういう時って、普段から厳しい人である程に信頼や説得力が有るのよね。

…私の場合?、残念ながら此処まで迅速に対応してはくれないでしょうね。

戦場なら兎も角として。


ちょっとだけ嫉妬するけど素直に頼もしいわ。

貴女が宅に来てくれていて本当に良かったわ、詠。




取り敢えず、霞達に対して簡単に説明をしておく。

──詠が、だけどね。



「彼は張承の遣いで書簡を届けに来てくれたのよ

手順を飛ばしていた事には問題が有るけど…」


「内容次第っちゅう訳か」


チラッ…と、書簡を開いて読んでいる私を見た詠と、それに倣って私を見てから納得した霞。

一応、聞こえてるんだ──



「──これ、本当なの?」



余計な思考など吹き飛ぶ。

それ程の内容が、書簡には記されていた。

私は遣いの兵を見て問うと彼は深く頷いた。


その瞬間、奥歯を噛み締め逸る気持ちを抑え込む。

書簡を握り潰さなかった事を自分で誉めて遣りたい。


私は無言で詠に書簡を渡しゆっくりと息を吐く。



「………なっ!?」



読み進めた詠が唐突に声を上げた事に対して、霞達も驚きを露にする。

今の詠の反応も気持ちも、私には理解出来る。

これは、大きな痛手だ。



「詠、一体何なんや?」


「…呉郡、沿岸部を中心に“黄皮斑(おうひはん)病”の患者が多数発生…

現在確認されているだけで凡そ二千人に上り…

感染は更に拡大の可能性を持っている、と…」



そう言った詠も私と同様に感情を抑え込んでいる。

これは単純な戦とは違う。

極めて慎重且つ迅速な判断・決断・実行が必要。

他の何よりも優先せざるを得ない事なのだから。



「…なあ、その黄皮斑病て何なん?」



しかし、真桜の一言を聞き私も詠も、遣いの兵でさえ思わず緊張感を殺がれて、ガクッ…と肩透かしされて体勢が崩れ掛ける。

…こういう場合って、何て言うのかしらね。



「あ〜…すまんけどなぁ、ウチも知らんねん」



盛大に弛緩した空気の中、霞も気不味そうに言う。

…まあ、良い意味で余計な力が抜けたと考えれば別に悪くはないわよね。

前向きに考えましょう。




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