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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
608/915

          捌


気付かれない為の変装だが待ち合わせをしていた筈の白蓮でさえ私だという事に話し掛けるまで気付かないという出来だった。


実際、私が話し掛けた時の彼女の反応は面白かった。

もう子供ではないのだが、頑張って仕掛けた悪戯等が成功した時の、あの嬉しく楽しい気持ちが甦った様な気がしたからな。


他愛無い話を交えながら、本題へと入った。

ただ、自覚しているが故に実際に口にしているとだ、不安ばかりが増していって思わず泣いてしまう。

…こんなにも、あっさりと自分が泣いてしまう事など記憶に無い。

“情けない!”と憤慨して呆れている私が居る一方で“どうしようもない事だし仕方が無い”と開き直って平然としている私も居る。

本当に自分では御し切れぬ感情の波に翻弄される。


そんな私に、白蓮は優しく声を掛けてくれ、真面目に考えて助言をくれた。

それを聞いた瞬間だった。


激しく打ち付けて降り頻る全く止む気配の無い豪雨、全てを薙ぎ倒さんばかりに猛り狂い吹き荒れる暴風、日の光など欠片も通さぬと天を塞いだ厚く濃い暗雲。

それらを容易く切り裂いて差し込む光の中に、白蓮は悠然と佇んでいた。


そんな景色が、ふと脳裏に思い浮かんだ。

それ程に私にとってみれば大きな奇跡(ひかり)と為る一言だった訳だ。



(成る程!、確かに祐哉が衣服を贈っている相手とはそういう関係に為っている者ばかりだな!)



先程までの曇天が嘘の様に晴れている。

雲一つ無く何処までも高く青く澄んだ空が広がる。

…いや、満天に輝く星々の煌めく漆黒の夜空と言った方が良いのだろうか。

…むぅ…難しい物だな。


まあ、それは兎も角。

少なくとも祐哉が私の事をそういう対象として意識し見てくれているのであれば喜ぶべき事だ。

他の男には考えられたくも無いのだが、祐哉にならば私も…その…されたい。

そう、思うからな。


だが、待て、夏侯元譲よ。

仮に祐哉が意識していても一体どう遣って“其処”に至ると言うのだ?

抑の問題でもあり、現状で祐哉に手を出されていない事実を忘れてはならない。



「し、しかしだな、白蓮

仮に祐哉が私を女としては見ていてくれても、その…そういう関係に至る為にはどうすれば良いのだ?」



寧ろ、祐哉の意識云々より如何に“その気”にさせる事が出来るかが重要だ。

取り敢えず、それさえ達成出来れば恋愛感情は後から追い付く形でも構わない。

先ずは──そう、寄生事実ではなく、既成事実を作る事が先決なのだからな。



「それは……そうだな

祐哉に関する情報が私には少ないから、絶対に大丈夫だとは言えないが…

例えば、こういうのなんてどうなんだ?」



そう言う白蓮と卓上に身を乗り出して顔を近付け合い“作戦会議”は続く。

祐哉(まと)の心(真ん中)を射抜く為に。



──side out。



 曹操side──


不覚、と言わざるを得ない状況に苛立ちを覚える。

別に大した事ではない。

ただ単に、風邪を引いた。

ただそれだけの事。


──世間一般的に見れば、という一言が付くけれど。



(…はぁ〜…情けないわ)



別に不治の病を患っているという訳ではない。

況してや、伝染病でもある“インフルエンザ”という訳でもない。

本当に、ただの風邪。

雷華が言っていた通りに、問題無く自然治癒出来る。

そうでなければ雷華直々に治療されているもの。


基本的に宅──中でも私達妻の場合には普段から氣を扱う事が多い為、無意識に身体の強化を行ってしまう場合が少なからず有る。

その為、というべきか。

病気になる事は少ないが、その反面、個人差は有れど免疫力が低下し易いらしく雷華からの注意も多い。


一見、氣で防げるのならば気にしなくても良い様にも思えてしまうのだけれど、問題は私達ではない。

私達の“子供”への遺伝に影響が出てしまう為。

当然ながら、産まれて直ぐ氣を扱えはしないし、親の私達が成長するまで数年間不眠不休で傍に居て子供を護る訳にもいかない。

となれば、必然的に私達の免疫力は最低限、一般的な水準値を満たして置く事は必要な事だと言える。


そういった訳で自然治癒が可能な病気・症状の場合は普通の方法で療養する事が雷華から義務化されている現状だったりする。

免疫力を高める為にも。

だから、風邪を引く自体は決して珍しくはない。

他の妻達が風邪を引く事は一度や二度ではない。


では、何が情けないのか。

私自身は今までに一度も、風邪を引いていないから。


別に子供の頃から、という訳ではないわよ?

飽く迄も、雷華と再会し、それからの一緒に居る様に為ってからは、という話。

決して、“何とかは風邪を引かない”という不確かな話ではないわ。

もしも、そんな不敬な事を考えている輩が居たなら、私自らの手で“落として”あげるわ。

…何を?、フフッ…それは実際の、オ楽シミ、よ。


──とまあ、そんな訳で、別に今まで何一つも病気や症状が無かった訳ではなく幾度かは有った事よ。

ただ、風邪を引いた事だけ無かったという話でね。

私の場合、一番酷かったと言える物だったのは………そうね、アレでしょう。

流琉と一緒に“未知”への挑戦をした時ね。

アレは本当に辛かったわ。

そして、私達が普段如何に恵まれた環境での食生活を送っているのか。

それを痛感させられたわ。

まあ、良い勉強・教訓には為ったのだけれど。

もう二度と、遣らないわ。

…詳細に関しては、あまり思い出したくない事ね。

ええ、本当に、色々と。




まあ、そうは言ってもよ。

風邪を引いた原因が誰かの風邪が移ってしまったなら仕方が無かったと思う。

どんなに気を付けていても移ってしまう事は有る。

それを防ごうとするならば対象を隔離したり、殺菌・除菌を徹底しないと不可能な事だと雷華でさえ言う位なのだものね。


だけど、今回は別。

近くに風邪を引いている、或いは引き始めの者が居たという訳ではない。

私の単独、だった訳よ。

それはつまり私自身による過失でしかない訳で。

私が体調管理を怠った事を明確に証明しているのよ。

これでは、“情けない”と思わない訳が無いわ。



「いや、大袈裟だからな

これ位は普通だって」



そう心の愚痴(呟き)に対し返してくるのは雷華。

シャリシャリと鳴る音から…多分、林檎かしらね。

剥いてくれているのは私も嬉しいとは思うわ。

でもね、雷華?

貴男、仕事はどうしたの?

暇でも無いでしょうに。



「一日や二日程度の時間を作れはするって、ほれ」



いつもの遣り取りが逆転し私の心・思考を読み取って当たり前の様に答えながら左手を伸ばしてくる。

差し出されたのは爪楊枝に刺されている一口大に切り整えられた林檎。

手渡し、ではない。

口を開けろ、という意図を汲み取り、素直に従う。

所謂、“はい、あ〜ん”。

…普段なら、私から仕掛け雷華からの仕返し、という形が多いからなのか。

従いながらも妙に照れて、恥ずかしく感じる。

しゃくしゃくと鳴る音色に耳を傾ける事で、それから思考を逸らす。


すると、意識は味覚に傾き味わう事を楽しむ。

程好い酸味と、蜂蜜の様な濃厚な甘味が口に広がる。

だが、決して甘ったるさが後に残りはしない。

その特徴から、雷華の作る“紅撫子(くれなでしこ)”でしょう。

まだ市場には出回らない、雷華直営の料理店でのみ、味わう事が出来る品。

曹家の関係者であれば稀に食べる事が出来るけれど、私達でも好きに食べられるという訳ではない。

その辺りの雷華の徹底した線引きは凄いのよね。



「そこで贔屓をし過ぎると稀少性や市場価値に影響が及ぶからな

生産者だから、という事で安易な扱いをするのは色々危いって訳だ

場合によっては本来の質も稀少性自体も失い兼ねない事態に繋がる事も有る

それを避ける為には必要な事では有るからな」



そう言って、次を差し出す雷華の姿に密かに苦笑。

言動の違いが可笑しい。

けれど、そんな姿でさえも愛しく想う。

偶には、こういった状況も悪くはない物ね。



──side out



 孫策side──


──五月十五日。


祐哉ではないけど、最近は特に大きな問題も起きず、“順調その物”としか言う事が出来無い状況が続く。

いえ、悪い事ではないわ。

平和・平穏という日々は、民にとっては大切な事。

少しでも長く、その日々を続けていく事こそが、私達国政を担う者の務め。

そういう意味で言えば今の状況は良い事な訳よね。



(でもまあ、個人的な事を言えば退屈なのよね〜…)



決して暇な訳ではない。

仕事は有る、山の様にね。

自分の執務室の机の上には手付かずの書簡・竹簡達が堆く積み上げられている。

…あれ?、ねえ、これって下手に触ったら崩れる様な気がするんだけど?

…あっ、だから、危ないし上の方を少〜し誰かの所に持って行った方が──



「手が止まってるわよ?」


「──はい、続けます!」



私の執務室に机を持ち込み私の監視をしながら自分の仕事を熟している詠(鬼)が視線を向ける事すらも無く私を注意してくる。

…詠、恐ろし娘だわ。



「…はぁ〜…あのねえ…

私も好きで、こんな真似が出来る訳じゃないわよ

必要に駆られた結果よ

ちゃんと判ってる?

必要に、駆られた、結果!なんだって事がっ!」


「御免なさいっ!!」



詠が右手に握っていた筆が鈍い音を立てると可笑しな方向へと折れ曲がった。

其処に自分を重ねてしまい嫌な未来を幻視する。


それはね?、直接に武力で対峙すれば詠なんて私には容易く倒せる相手よ。

でもね?、今の宅の根幹を握っているのは詠。

最古参でもある穏は勿論、雛里達でさえも経験不足と言わざるを得ない軍師陣。

敗戦し、捕虜となった形で加入した詠ではあるけれど経験という意味では穏達と比べるまでもない。

それに、その敗戦でさえも董卓を人質にされた状況で諦めずに足掻いている様に見えても悪くはなかった。

…まあ、相手が、悪かった事は否めないけどね。


そんな詠に職を辞されたら困るのは私達な訳よ。

尤も、私は詠がそんな事をするとは思わないけど。

可能性が無い訳ではない。

──というのが表向き。

実際には単純に怖いから。

武力という判り易い方向で攻めらるのではなく、何をされるか判らない恐怖心が従う事を促す。

…自分に非があるって事も自覚はしてるしね〜。



「本気で、そう思うのなら直しなさいよね…」


「んー…多分、無理♪」


「はぁ〜…ったく…ほら、早く手を動かしなさい」


「はーい」





何だかんだ言っても結局は詠は優しいと思う。

文句を言い愚痴りながらも積まれた竹簡の山の一部を引き取ってくれるんだし。

ありがとね、詠。



「こんな事で感謝されたくなんてないわよ…

と言うか、そうなる以前にちゃんと片付けなさい」


「はぁ〜い…」



私もね?、頭では判ってはいるんだけどね〜。

実際に遣ると為ると、中々捗らないのよ。

私ってほら、短期集中型で長続きしない方だし。



「王の──いえ、一勢力の主君の台詞じゃないわよ」



的確に読んでの指摘に対し小さく苦笑を浮かべる。

本当、真面目よね〜。

また、私の立場を“王”と言い掛けて訂正した詠。

それは正しい判断。


確かに、世は群雄割拠。

しかし、だからと言っても国や王を自称しても周囲に正統性は認められない。

私達が──私が王として、孫呉が国として認められる為に必要な事は正統性。

それを得る方法は二つ。

先ず根幹となる存在なのが正統な国である曹魏。

漢王朝から正式に独立し、今も健在で有る。

その曹魏の国王でもあり、実質的に皇位の正統継承権まで有している曹操夫妻の認定を受ける方法が一つ。


もう一つは、正統性を持つ国を無くしてしまう事。

つまり、曹魏を討ち滅ぼし正統性が誰にも無い状態にしてしまうのよ。

で、その後、建国と王位を私が宣言する、という訳。


まあ、何方を選ぶにしても簡単ではない。

尤も、現実的な話をすれば前者の方が可能性は有るのでしょうけどね。


要は、まだ道の途中。

遣る事は多々有る訳よ。

本当、大変ね。




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