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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
607/915

          漆


 夏侯惇side──


最初は見下していた。

とは言え、無能ではないし弱いとは思わなかった。

自分とは違う(つよさ)を持った者を否定する真似を私はしない。

ただ、それだけの話だ。

確かに、頭はキレる様だが自分にとっては己が武こそ“強さ”だったから。


そういう意味では彼女──雪蓮との出逢いは、大きな転機だったと言えた。

一目見て理解し合えた。

自分達は武骨者(どうるい)なのだと。

人の身に、獣の性を持った生粋の闘者なのだと。

本能が、感じ合った。


故に、彼女に仕えて以降は日々の手合わせ一つにすら楽しみを感じている。

より強い相手の手合いは、自分を更なる高みへと誘い導いてくれるのだから。

雪蓮だけでなく、最古参の祭もまた実力者だったし。

武人として、これ以上無い環境だとも言えたからな。


そんな自分にとってみれば彼奴は──祐哉は、眼中に無い存在だと言えた。

まあ、男の中では才が有る方ではあるのだろうが。

それは軍師──文官寄りの物の様だから気にする事は無かったと言える。

特に秀でた才を持っているという訳でもないしな。


ただ、愚かではない。

戦場を、真の戦を知らない青臭い孺子(がき)

それは確かでは有ったが、誰しもが通る道だ。

故に、それを愚かだとか、弱いと思う事も、言う事も全く無かった。

勿論、そのまま逃げ出すか勘違いしたままで居たなら私は躊躇無く“愚か者”と呼んだのだろうがな。


生憎と彼奴はそんな奴ではなかった訳だ。

彼奴は、悲哀と後悔に拳を握り締めながらも、前へと進む事を選んだ。

“繰り返さない”為に。


彼奴は確かに弱かった。

百人長にすら届かない中、それでも、“護りたい”とはっきりと口にした。

その為に努力を積み重ね、決して逃げなかった。


武で言えば、今でも自分達軍将には敵わない。

試合の内でならば、一部と勝ち負けに為るだろうが。

少なくとも私に勝てるとは思いはしない。

彼奴も、思ってはいない。


だが、彼奴は弱くはない。

例え、武では劣っていても心の強さでは私達を越える一面を見せている。

…まあ、普段の姿からでは想像し難いのだがな。


雪蓮が、祭が、彼奴を慕い何故、身を委ねたのか。

当初は理解出来無かった。

それは私自身が恋愛経験も自覚すらも無かったという事も理由の一つだろう。

だからまあ、自分には縁の無い、関係無い話だな。

そう思ってもいた。

“他人は他人、私は私”と他人事だったしな。

…穏?、彼奴に関しては、祐哉にも多少は同情する。

私も以前、発情した彼奴に襲われたからな。

普段のおっとりした動きと全く違った──そう、噂に聞いた“酔拳”なる技法を思わせる動きに虚を突かれ危うく食われ掛けた。

まあ、極端な近接となれば頭突きが有効な手段であり頭の硬さには少しは自信が有ったりするのでな。

一撃で沈めて殺ったがな。




当時は、判らなかった。

だが、今ならば判る。

他者がどう思っていようと自分には関係無い。

“好きな物は好き”。

ただそれだけなのだから。


気が付けば私は彼奴を──小野寺祐哉を。

一人の女として慕っており男として求めていた。

どうしようもなく、な。


はっきりと自覚したのは、反董卓連合の時の事だ。


とは言え、私にとって先ず女として惹かれた相手とは曹魏の高順だった。

その圧倒的な武を持ちつつ気高い在り方を見たならば惚れぬ方が可笑しい。

そういう存在だった。

実際、祐哉を夫と公言する雪蓮や祭ですら、“もし、高順に口説かれたら断れる自信が無い”と言う程だ。

明命・霞・白蓮・繋迦達も同じだと言っていた。

武人として、また女として本能的に理解している。

“雄”としての存在を。


軍師陣では詠だけだ。

詠に関しては董卓の存在も理由に入るのだろうが。

季衣は未熟、真桜は不足、という事なのだろう。

本能が感じ取る域にまでは達していない様だ。


因みに、雪蓮達に言われた祐哉自身も納得していた。

“もしも自分が女だったら同じだと思うし、男として憧憬を懐かない訳が無い”とも言っていたしな。

要するに、高順は普通とは一線を画す存在な訳だ。

比較する事が可笑しい。


だから、と言うのも何処か可笑しな気もするが。

雪蓮や祭が“自分の意思で愛していると言える相手は祐哉だけ”と言った事にも納得する事が出来る。

高順への感覚は本能のみ。

理性や感情は伴わない。

だから、自分の全てを以て求めている相手ではない。

そういう事な訳だ。


そして、それは私も同じ。

霞との一騎打ちを終え──気が緩んだ一瞬の事だ。

視界に──左目の直ぐ先に鈍い光が有ったのは。

もう間に合わない。

そう、冷静に理解したし、覚悟もしていた。

顔を動かし避ける事は勿論目蓋を閉じる事ですらも、不可能だと判った故に。

最悪は死に、運が良くても左目を失う事になると。


──だが、その結末は私の予想を裏切った。

誰も、私自身でさえ、何も出来無かった筈なのに。

その運命(けっか)を彼奴は変えてみせた。

己が身を挺して。


意識が、思考が、何よりも真っ先に浮かべた事。

それは、祐哉の死だった。


“──嫌だっ!!”、と。


感情が、心が叫んだ。

未だ曾て経験した事の無い深く、大きく、苦々しく、痛く、辛く、悲しい。

“失いたくない!”という強烈な欲求を。


だから、祐哉の事を何より心配していた。

怪我をして笑っている姿に不安が膨れ上がった。

知らず知らず、涙が溢れ、それに気が付いたのは私を祐哉の左腕が抱き寄せて、胸元に顔を沈めた時。

祐哉が気付いていたのかは定かではないが。

後に、雪蓮の“良い声”が聞こえた時には涙を拭い、いつも通りにしていた。

上辺だけ、だがな。




自覚してから暫くは感情を持て余していた。

と言うよりも、振り回され空回りしていたと言うのが正しいかもしれない。


祐哉の方は、気付いている様子は全く無かったが。

本当に鈍い奴だな。


ただまあ、私達も忙しくて色恋に現を抜かす余裕など無くなっていた事だけは、幸いだったと言えた。

…ああ、だが、祐哉の奴の一騎打ちに関しては自分の目で直に見たかったな。

それだけは悔やまれる。


色々と遣る事が有ったが、それでも限りは有る。

次第に余裕が出て来たなら当然の様に、その事に頭も心も傾いてしまう。

…本当に厄介な物だな。

悪い気はしないのも、実に質が悪いと思う。


日増しに募る祐哉に対する自分の感情と欲求。

雪蓮達と一緒に居る姿等を見た日には深々と胸の奥を貫かれた様に痛む。

同時に、不満と不安が心に積もり募ってもいる。


それを解決する方法など、一つしか思い浮かばないし自分が望む事でも有る。

だが、それが難しい。

いや、それ自体は私よりも祐哉に委ねてしまえば何も心配は要らない事だが。

何しろ、私とは違い祐哉は経験豊富だからな。

その点は心配していない。

問題は、祐哉が私に対して好意を──否、女としての興味でもいいので、それを持ってくれるかどうか。

その一点こそが大問題だ。


自分で言うのも何なのだが私は自分が正面に考えればお世辞にも“女らしい”と思えないからな。

正直、生まれてから初めて秋蘭を羨ましく思う。

双子として生まれた筈が、何故秋蘭の様に私の方にも女らしさが無いのか。

その理不尽さに少しだけ、母を理不尽に恨んだ。

無い物は仕方が無いが。


ただせめて、情勢が違えば曹魏に居る秋蘭の所に行き相談も出来るのだが。

生憎と、それは出来無い。

…文を書け?、馬鹿な事を言うな、出来るか。

もし、誰かの目に触れでもしてみろ、私は一生笑い者にされてしまう。


仕方が無い事ではある。

だが、思ってしまう。

この世の全てが自分の恋路を阻もうとしている、と。

全てが敵に思える。

恋とは恐ろしい物だな。




そんな訳で、私は自分ではどうしていいのか判らず、誰かに相談しようと考えて紳という恋人が居る白蓮を頼る事にした。

…何故、白蓮なのか?

考えてもみろ、宅の大半が口が軽く、人を揶揄う事を楽しむ所が有る。

特に、雪蓮や祭なんかには絶対に相談するものか。


軍将陣で言えば霞・真桜は同類だし、明命は微妙で、季衣には早い。

御年頃な小蓮様と蒲公英は宛にする気に為らない。

まあ、話せば聞いてくれるだろうし色々意見もくれる事だとは思うが。

何だかんだと面白がって、引っ掻き回される様な気がしてならないからな。

軍師陣から正面そうだが、雛里と亞莎には少々刺激が強いかもしれないし、穏は特殊だし、風は…判らん。


という事で、残った面子は詠・白蓮・繋迦になる。

繋迦は私に似ているのだし他よりも参考になる意見を貰える気がする…のだが、色恋沙汰(そちら)の経験が有る様には見えない。

と言うか、繋迦の性格だと駆け引き等は一切しないと思えてしまう。

その方が彼女らしいしな。

なので残念だが、除外。


詠は意見自体は正面な気がするのだが、相手が祐哉と判ったら…妨害される様な気がしなくもない。

いや、性格が悪いとか言うつもりは無い。

ただ、私とて自分が想いを寄せる相手に、誰が同様に想いを寄せているのか位は気付くという物だ。

まあ、それを詠に訊いても否定するだろうがな。

私と違って、詠は女らしいのだから早く素直に為れば良いだろうに。

そんな訳で、祐哉に想いを寄せながら素直に為れない詠の場合、僅かではあるが妨害・邪魔される可能性が無いとは言えない。

そんな訳で、下手に関係を悪くしたいとは私としても思わないので、除外。


で、残ったのが白蓮。

最初は“…白蓮、か…”と頼りない気がして、落胆の溜め息を吐いたものだ。

だが、改めて考えてみた。

白蓮は真面目だし、決して軽々しく他言はしない。

私を揶揄う事も無い筈だ。

また、紳という恋人も居て経験という面でも頼れる。

“普通だ”と評されるが、その方が変に片寄った事を言われなくて済むだろう。

そう考えた時、白蓮以上に相談相手に相応しい人物は居ないと思った。

同時に、“何故、真っ先に白蓮を考えなかった…”と散々苦悩していた先程迄の自分の愚かさに頭を抱えた事は言うまでもない。


そして、その瞬間から私の白蓮に対する評価と信頼も大きく変わった。

勿論、良い意味でな。




白蓮が非番の日を確認し、紳が仕事である事も確認し白蓮に約束を取り付けた。

当然、相手の都合を完全に無視は真似しない。

…まあ、紳以外との予定は考えていなかったがな。

それは言わず、考えず、で闇に葬る事にする。

要するに、有り体に言えば忘れてしまう訳だな。


白蓮と話す場所は自室では不意の来客の有る可能性を考慮して却下。

外に出る事にしたが下手に一目に付く場所は困るし、森の方では何か有った際に気付けないので困る。

という訳で、長居が出来る行き付けの料理店の個室を借りる事にした。

この際、金額は気にしない事にして。


また、服装も普段の物とは違う物を選んだ。

…まあ、以前に祐哉が私に贈ってくれた衣装なのだが普段の私からは持っている事自体が想像出来無い物。

何しろ、私自身でさえ手に取る気にしないからな。

だから、先ず他の者からは気付かれないだろう。

念の為、髪を亞莎みたいに団子にして結い上げたし、祐哉のくれた衣装に一緒に付いていた飾り付きの帽子も被っている。

此処まですれば万が一にも私だと気付かれる事は無いだろうからな。

先ずは一安心だろう。


そう思い、一目を避けつつ城外へと抜け出した。

その際、“外に出てから、着替えれば良かった!”と気付いたのは余談だ。

もし、“次”が有る場合はそうしようと思った。


そんなこんなで街を歩けば私を夏侯元譲(わたし)だと思う者は居ないらしくて、擦れ違った知り合いからも声を掛けられはしなかった事を若干、楽しく思う。

それと同時に一つ。

少しだけ、雪蓮が外に出て気儘に歩き回っている時の気持ちが判った気がした。


地位や立場に関係無く。

一人の人、民として。

この場所に生きている事を確かめたいのではないか。

そんな風に思った。


自分が護るべき物が何かを再確認する為に。

改めて誓う為に。




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