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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
605/915

          伍


 黄蓋side──


昼餉を摂りに向かった──のじゃがな、生憎と込んでおったので外に行く事にし廊下を歩いておると前から今にも地を踏み抜き砕かんばかりの猛烈な憤怒を纏い歩いている詠に遇う。

物凄く腹を空かせた猛獣が獲物(餌)を求めて彷徨い、その姿を眼を凝らしながら探している。

そんな印象を受ける。


その瞬間、無意識に身構え脳裏では幾つか思い浮かぶ“心当たり”が有った。

その為、自然と強張る身を必死に抑え込む。



「ん?、詠も昼かのぅ?

それじゃったら込んでおるみたいじゃから外に行った方が良いぞ?

何なら、一緒に行くか?」



平静を装い、いつも通りの口調と態度を心掛けながら詠に話し掛ける。

因みに、こういう時に変に“普段の自分”を意識して合わせようとすると、逆に違和感が出てしまう。

なので、自分を意識せずに状況を意識する。

つまり、“別に詠の憤怒を買う様な事はしていない”という事を強く意識して、思い込んでしまう。

…まあ、そんな事が出来る理由が慣れである事に対し言い訳は出来ぬがな。


それに、冷静に為って詠の様子を見れば気付く。

少なくとも、今の詠の懐く憤怒の原因が自分ではなく憤怒の矛先もまた自分には向いていない事に。



(もし儂が原因じゃったら此方より先に姿を捕捉され即座に身を拘束されている所じゃからな…)



経験が有るが故に判る。

詠が一度、対象者(獲物)に見定めたなら逃げ切る事は不可能に近い。

そうは為りたくなければ、普段から心掛けているのが望ましいのだろう。

だが、人間とは欲深いのが本質だと言える生き物。

時には危険を冒してでも、求めてしまう事が有るのは性という物じゃろう。



「…出来れば、そうしたい所なんだけどね

今は先に“片付け”ないといけない問題が有るから

今回は遠慮しておくわ」



小さく一息吐くと先程とは雰囲気が一変する。

憤怒から来る苛立ちが外に漏れ出している為に生じる威圧感なだけで、周囲への威嚇や牽制ではない。

その為、対象者以外と話す際には大半が霧散する。

…否、裡に押し込められると言った方が正しいか。

それだけに時間が掛かれば掛かる程に、対象者に対し爆発する際の威力と恐怖は増してしまうのだが。

大体が直ぐに見付からない為に大爆発を迎えるがな。



「そうか、まあ、昼抜きで遣らぬ様にな?」


「善処しておくわ」



そう軽く言うと苦笑しつつ双眸には暗く鋭利な輝きを覗かせた詠は擦れ違う形で廊下を歩いて行く。

その背中を見送りながら、内心では自分ではなかった事に心底安堵すると同時に対象者──恐らくは策殿が最有力だろう──に対して冥福と無事を祈る。


他には真桜・春蘭・繋迦が思い浮かぶが、詠の様子を思い出す限り──常習犯。

詠が呼び出さない辺りからしてもな。


さっさと巻き込まれぬ内に城を離れるとするかのぅ。




匂い、というのは面白い。

本来は違う匂いが混ざると気持ち悪く感じる事の方が多いだろうに。

しかし、料理店等の特定の場所で混じり合う匂いには悪印象や嫌悪感を懐く事はかなり少ないと言える。

寧ろ、その逆だ。

混ざり合う事で、より強い刺激へと変化する。


そんな、厨房と各客席から立ち上る匂いが空いた腹を刺激し腹の虫を鳴かせる。


しかし、以前は気にしない事だった物も“女として”自覚を持ってしまった故に自然と気にしてしまう様に為った事には自分自身でも正直、戸惑いを覚えた。

まあ、その件では今はもう戸惑う事は無いのだが。


我ながら、生娘の様であり恥ずかしくも有った訳だが“そんな祭さんも可愛い”等と宣いおる馬鹿の所為で悪い気がしないのが困った所では有るのだがな。



「焼豚拉麺“特盛”一つ、普通が二つ、炒飯“特盛”一つ、餃子が十人前、野菜炒め、麻婆豆腐が──」



注文を受けた店員が厨房に向かい注文品を伝えるのを聞きながら、目の前に座る大量注文の原因を見る。

同じ様に半分呆れながら、半分感心しながら見ている霞も見慣れている筈なのに見慣れないらしい。

…まあ、自分も同じなので何も言えないのだが。



「ホンマ、相変わらずよぉ食べよるなぁ…

どないな身体しとんねん」


「にゃ?、ボクからしたら祭様や霞様の方が不思議な気がするけどね〜

何で、あんなにも、お酒を飲めるのかな〜って」



注文をした後だから一安心したのだろう。

“お腹空いた〜…”と言い今にも死にそうな顔をして他の客達の料理を見ていた季衣が、霞の言葉に対して逆に切り返す。

我等からすれば季衣の方が異常に思えるが、季衣からすれば我等の方が異常だと思えるのだと。

つまり、自分には理解する事が出来無い感覚だから、異常だと思うという事。

それだけの話な訳だ。


まあ、そうだからと言って直ぐに気にならなくなる、という訳ではないがな。



「酒は百薬の長や云ぅてな

飲めば飲む程身体は強ぅて健康に為るんやで?」


「あっ、それ知ってるよ

“酒飲みの言い訳”だって兄ちゃんが言ってたもん」


「…チッ…祐哉の阿呆め

余計な事教えおって…」



言いくるめ様とした矢先、思い掛けない切り返しから反撃されて愚痴る霞。

その気持ちは判るがな。


ただ、“百薬の長”であり“万病の元”だと祐哉から策殿を含めて言われている身としては援護する言葉が見付からない。

“飲むなとは言わないけど程々にする事”ともな。

…まあ、それだけだったら穏達からの小言と変わらず聞き流すのだが…

“酒の飲み過ぎが死因って俺の生まれ育った世界でも結構有る事だし、治し難い病気でも有るからな、皆にそうは為って欲しくない、少しでも長く、俺は一緒に居たいと思うから…”等と言われては…のぅ。

本当に厄介な物よな。





「…そう言えば、季衣よ

確か、お主は友人が曹魏に居るんじゃったな?」


「流──典韋の事?」


「うむ、其奴の事じゃ」


「うん、曹魏に居るよ」



此処までは何気無い会話と言っても間違いではない。

しかし、此処からは、少々血生臭い話に為る。



「お主は友──典韋と戦う覚悟は出来ておるのか?」


「────」



儂が言った直後は、言葉の意味を正しく理解出来ずに呆然としていたが、意味を理解した瞬間に、顔を伏せ黙り込んでしまった。

それを見ていた霞が此方を見て片眼を閉じる。

“自分、意地悪やなぁ〜”とでも言いた気な表情には挑発的な笑みが浮かぶが、それは季衣への助け船。

要するに“自分にも振れ”という合図である。


普段は飄々としている癖にかなり面倒見が良い。

だからこそ、慕われているのだろうがな。

因みに、繋迦は実直過ぎて愚直とさえ思えるのだが、変な所で世間知らずな面が有る為、逆に面倒見の良い部下が集まっている。

尤も、軍将としては繋迦は面倒見は良いがな。


季衣には気付かれない様に小さく溜め息を吐くと霞の要望に応えてやる。



「そういう意味では霞よ

お主も似た様な立場に為る訳だが…どうなんじゃ?」



そう言うと、季衣は静かに顔を上げて霞を見る。

霞は儂に訊かれている形を装っているので、儂の方を見詰めながら改めて考える振りをして、口を開く。



「せやなぁ〜…ウチの場合前の主と友──ちゅうより妹分みたいな感じやけど、戦う事自体は楽しみやな

ただな、“殺し合う”覚悟なんてのは今更や

誰が相手でも、刃を手にし戦場に立って向き合うたら等しく“敵”でしかない

それが無いなら戦場に立つ資格は有らへんからな」



そう言って、笑う。

確かに霞は面倒見は良いが甘いという訳ではない。

それは儂や繋迦も同じ。

経験と場数の差、と言う事も出来無くはない。

ただ、それを言い訳にして逃げる者に命を預ける事は誰もしないがな。


さて、季衣よ。

お主が出す答えは何じゃ。


──side out



 許緒side──


祭様・霞様と一緒にお昼を食べに遣って来た。

もう、お腹ペッコペコで、早く頼んだ料理が来ないか待ち遠しくて仕方が無い。


そんな風に思っていたら、祭様からの唐突な質問。


“友と戦う覚悟”の有無。

それを訊かれた。



(……流琉と、戦う…)



頭の中で、心の中で。

祭様に言われた事を静かに繰り返し、考える。


遊び・勝負・鍛練・試合…それらとは違う。

今、自分が問われた覚悟は全く違う物だ。

戦場に立って戦う覚悟。

“死合う”覚悟。

流琉を──殺す、覚悟。



「──っ…」



想像しただけで、今直ぐに両手で身体を抱き抱えたくなってしまった。

もし、そんな事に為ったら──為ってしまったなら、自分は平気で居られるとは思えなかった。

その苦しみに、悲しみに、辛さに、痛みに、怖さに、耐え切れる気がしない。

…多分──ううん、間違い無く、気が狂ってしまう。

心が、自分が、耐え切れず壊れてしまう。


そんな事はしたくない。

絶対に遣りたくない。

絶対に嫌に決まっている。


でも──そう、でも、だ。


自分達は各々に決めた道を歩んでいる。

誰かに勝手に、無理矢理に決められた訳ではなくて。

自分の意志で、決めた事。


だったら、判っていた筈。

歩む道が違えば、辿る道も行き着く結末(さき)も。

異なるのは当たり前。


だったら、どうして自分は今まで気付かなかった?

どうして考えなかった?

どうして──他の命を奪う事には迷わなかった?



「……っ…」



そう疑問を懐いてしまえば答えを出すのは簡単だ。

其処に有ったのは対峙した相手の存在価値。

その違いだけ。

殺す事は好きじゃないけど“これが戦場だから”と、割り切って考えられたのはその人達が自分にとっては無関係(他人)だから。

だから、心苦しく思うのは本の短い間だけ。

殆んど思い出す事も無い。


でも、流琉は違う。

自分にとって流琉の存在は本当に大切だから。

だから、疑わなかった。

ただただ、自分は無責任に“信じ(甘え)”ていただけなんだと。


自分達は幼馴染みだから、親友だから、例え歩む道が異なっていても、敵対する事なんて有り得ない。

仮に、勢力的に対立しても自分達の関係は不変。

そう“勝手に思っていた”だけなんだと。

漸く、気付く事が出来た。


そして、今、思い出す。

あの日の、黄巾の乱の際に再会した時の、流琉とした会話の事を。




時間は限られていた。

だから、お互いに別れた後の事を簡単に話し、各々が今の立場へと為った経緯を話し合った。


今は別々の場所に居る。

だけど、いつかは昔の様に一緒に居られる日が来る。

そう信じている。

だから、今は離れていても寂しいとは思わない。

まあ、同じ人に仕えてない事は残念だと思うけど。

それは仕方が無い事だし。

我が儘は言えないよね。



「…ねぇ、季衣?

季衣は今、幸せ?」


「うん?、んー…そうだね

ボクは幸せだと思うよ」



雪蓮様に兄ちゃん、祭様・穏様・春蘭様・真桜ちゃん・雛里・明命。

直ぐに思い浮かんだ顔。

その全てが喜怒哀楽を含め“生きている”と思う。

その中に、自分は居る。

同じ様に喜怒哀楽を浮かべ生きている。

迷わず“幸せだ”と言える理由としては十分だ。


そう言うと、流琉は僅かに困った様に笑って見えた。

でも、それは一瞬の事で。

とても穏やかで優しい気に微笑みを浮かべていた。



「そっか…良かった」



そう、心の底から安心した様に流琉は呟いた。

それだけ自分の事を心配し考えてくれている。

そう思うと嬉しくなる。


一度、視線を伏せた流琉が顔を上げると、真っ直ぐに此方を見詰めてくる。



「季衣は孫策さんの所では軍将なんだよね?」


「んー、一応はね〜

でも、指揮とか難しいから大変だよ〜…」


「もう、季衣ってば…

将師は──ううん、誰かの命を預かる立場に有るなら覚悟しないと駄目だよ

でないと、必要の無い命が犠牲に為っちゃうから」


「流琉は凄いなぁ〜…」


「…だったら、勝負だね

私はもっと上に行くよ

遊んでたら置いて行くから覚悟しといてね?」


「む〜…ボクだって流琉に負けないからね!」





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