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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
604/915

          肆


 Extra side──

  /小野寺


──五月十三日。


開いた部屋の窓から見えるよく晴れた青い空。

適度に配された白い雲も、その青さを際立たせる為の引き立て役に思える。


穏やかで心地好い空模様。

それはただ見ているだけで心の中に有る険や不安等を優しく拭い去ってくれる。

そんな気分になる。

自分の確かな現実(いま)が充実しているからこそ。

そういう風に感じられるのかもしれない。


心の余裕は、生活の余裕。

これは単純に裕福さだけを指している訳ではない。

勿論、裕福であれば生活に余裕は有るだろう。

しかし、裕福であるが故に生じる問題は有る訳で。

必ずしも裕福な事ばかりが生活の余裕には繋がらないという事を、最近になって理解出来た気がする。


貧困は辛苦を強いる物だ。

しかしだ、だからと言って必ずしも心を蝕み悪事へと走らせる訳ではない。

辛苦の中でも清廉で有り、“幸せだ”と笑顔を浮かべ口に出来る者は居る。

それは幸福を掴む・得ると考えてはいないから。

幸福とは、日常の中に有り“見出だす物”だから。

そう考えたなら、今までのただ何気無く過ごしていた日々が、景色が、違う物に為った気がする。


自分が生まれ育った世界は確かに裕福だった。

発達した科学技術によって日常生活は便利になって、コンビニや通販等みたいに様々なニーズに応える形で社会は発展していた。

しかし、それに伴って人の心は麻痺していっていた。

今なら──否、今だから、そう思う事が出来る。


非日常(刺激)を求める事を悪いとは思わない。

しかし、日常(普通)が有る事が前提条件だと、何故か人々は失念してしまう。

その理由は実は簡単。

裕福で、贅沢で、便利で、物と情報が溢れた生活環境が“当たり前”だから。

だから、本来有るべき筈の基準点が狂ってしまう。

それは文明の弊害。


ただ、皮肉だと思う。

より良い生活を求める故に人類は文明と技術を発展・発達させてきたのに。

その行為によって、自らの首を絞めているのだから。


それに可笑しくも思う。

小説・映画・ドラマ・舞台・アニメ・漫画・ゲーム。

他にも様々な形で、沢山の人々の目に触れているのに尚も誰一人として危機感を懐かずに生活している。

“過ぎた科学技術によって人類は地球を滅ぼす”と。

そんな“有り触れた題材”であるにも関わらず。


きっと誰もが心の何処かで“所詮、これは空想だ”と考えているのだろう。


けれど、二十年前は空想の産物だった物や技術ですら二十年後には実現している事は珍しくはない。

では、人々が空想だとする“滅亡(しゅうえん)”とは本当に、実現しないのか。


その答えは難しい。

可能性としては有り得る。

しかし、絶対ではない。

真に危機感を懐き、警鐘を打ち鳴らし、回避する為に人々が尽力したならば──未来は変わるのだから。




曾ての自分であったなら、先ず考える事は無い。

そんな事を考える必要すら見出だせなかっただろう。



(…コントラスト、か…)



当たり前に、存在していた文明も技術も無い世界。

そんな場所に、何の準備も出来無いままに放り込まれ生きていかなくてならない状況に為るなんて事は。

先ず、起きないのだから。


だが、だからこそ、自分は考えるに至った。

日常(当たり前)だった物が何も無い、非日常へ。

其処に身を置いたから。


単色(おなじいろ)に染まり異常(違い)に気付けない。

だから、考えない。

それが、常識(当たり前)の世界なんだから。

それ故に互いを比べる事が出来る様になると、容易く理解が出来てしまう訳だ。

対比する事によって。


つまり、人間という存在は適応能力は有るのだけど、必要性に駆られない限りは自ら利便性を放棄する方に思考しない、という事。

逆に言えば、利便性ばかり追求して、危機管理能力を欠如(退化)させている。

そう考える事も出来る、と思う様にも為った。


尤も、それを“彼方”側の人々に言った所で恐らくは“あー、そうですかーww、大変ですねーwwww”な様に茶化されて終わり。

真剣に考える事は無い、と想像出来てしまう。

それが、哀しく、虚しく、憐れに思えてしまう。

…まあ、今更“彼方”側がどうなろうとも今の俺には何も出来無いし、気にする事も無いんだけどな。


…え?、家族の安否?

仲が悪かったって訳じゃあないんだけど…まあ、多分お互いに“家族”としては考えてはいないかな。

戸籍(紙面)上だけの関係。

そんな感じだった。

だから、どうなっていても興味は無いかな。

それよりも、俺にとっては現在の(かぞく)の方が、遥かに大事だから。

其処は迷う事は無い。


ただ、今になって、不意に考える事が有る。

雪蓮──孫策を一つの色と考えた時、曹操も、劉備も異なり色だと言える。

別に、それ自体を悪いとは思わないし、各々の持った個性だと思う。


しかし、その三者の関係はどうなのだろうか。

三原色の様に個だけでなく互いが混ざり合う事により新しい可能性(しきさい)を生み出せる関係であれば、それが望ましいだろう。

勿論、それは良い色ばかりではなく、悪い色も同等に生み出してしまうだろうがポジティブに考えるのなら“より良い世の中の為に”出来る課題点(かのうせい)なんだとも言える。


だが、もしも、その関係がコントラストだとするならどうなのだろう。

少なくとも、三者が綺麗に互いを輝かせるというのは有り得ない夢物語。

抑、自力が違い過ぎるし。

となると必然的に至るのは主色と補助色。

主役と脇役の関係だ。

一対二か、二対一か。

それはまだ、判らないが。




普通に考えれば間違い無く曹操が主色、雪蓮達二人は彼女を引き立たせる為の、補助色に過ぎない。


ゲーム──“原作”でなら今の世の中は“魏ルート”だと言えるのだろう。

勿論、ゲームなら、だが。


実際には現実である以上、ゲームのシナリオ上の様にルートなんて物は存在せず未来(すべて)は未確定。

可能性は、存在する。



(…まあ、現実的な問題、曹魏に勝ってるビジョンは浮かばないんだけどな〜)



寧ろ、真っ向から行っても搦め手を使っても、敗けるビジョンしか浮かばない。

単純な戦力差ではない。

国力──軍事力・経済力・政治力・領地・総人口…

全てが、桁違いだ。

領地という面だけで言えば孫家も小さくはない。

但し、それに比例する程の他の要因は伴わない。

つまり、ただ領地が広い。

それだけなのが現状。


とは言え、そんなのは元々判っている事だ。

漢王朝の現存していた中で独立国として建国した魏は他の追随を赦さない速度で群雄割拠に向けて行動し、準備を整えていた。

時の皇帝すらも味方にして漢王朝に皇帝自らの手で、幕を下ろさせた。

それは後の劉備に正統性を与えない為だけではなく、曹魏こそが正統性を持った唯一無二の国であるという事を知らしめる為に。


今になったから判る。

群雄割拠の世に至るまでの全ての流れが、用意周到に造り上げられた物だと。



(黄巾の乱や反董卓連合を意図的に起こした訳じゃあないんだけど…

それを利用はしてるよな)



勿論、非難は出来無い。

俺達だって、其処を利用し力を付けたんだから。


だけど、俺達の袁術からの独立までの道程も、曹魏の掌の上の事だったと思うと寒気しかしないがな。

原作の曹魏の比ではない。

その要因は定かではないが高順だと思う。

北郷一刀(原作の主人公)を遥かに上回る存在。

その影響力は未知数だ。



(加えて、曹操の夫である曹純の存在だよな〜…)



雪蓮の話だと、広まってた噂は隠れ蓑だろうって。

少なくとも話術から窺えた頭のキレは別格らしい。

…まあ、夫だと称しているみたいだけど、聞いた話、かなりの“美女”らしい。

原作の曹操を知っていると別に女を夫と称していても可笑しいとは思わないが。

いやまあ、胸部装甲以外はという話だけど。

それを確かめるのは…な。

原作の雪蓮なら“ちょっと確かめさせて頂戴ね”とか言って遣りそうだけど。




そんな状況なのに、だ。


──全ては順調に。

そう表現するしかない様な順調過ぎる位に順調。

別に自慢しているという訳ではないんだけどさ。

本当に順調なんだよな。

…怖くなる位に、だ。



「別に良いんじゃないの?

順調って事なんだし」



そう暢気な声で言う者──何故か俺が膝枕をしている雪蓮が、俺を見上げながら言ってくる。

…うん、もうね、俺も心を読まれる事に慣れたよ。

全部が全部じゃないけど、結構な割合で読まれてると仕方が無いよね。

諦めたら終わりなんだけど諦めるしかないんだよ。

こればっかりはさ。


まあ、それはそれとして。

何で、こんな状況なのかを改めて思い出してみる。

…と言うかさ、いい加減に俺も現実逃避しているのを止めないとな。


俺、今日は仕事が昼からで遅めの朝食兼早めの昼食を摂る為に食堂に行ったら、運悪く満席。

軽く一時間は掛かりそうで誰かに気を遣わせるという事も避けたい。

 ↓

仕方が無いので外食に。

折角だから誰か居ないかと遠回りして中庭に。

 ↓

雪蓮とエンカ──遭遇。

食事に誘おうとする。

 ↓

雪蓮の手に酒瓶を発見。

…嫌な予感がする。

尚、雪蓮は一日仕事だった筈なので、詠からは飲酒は禁止されている。

 ↓

悪足掻きとして、食事へと誘ってみる。

 ↓

…何故か俺が食われる。

中庭から俺の部屋に強引に引き摺り込まれました。

しかも、主導権を握る事が出来無い圧倒的な攻めにて敗北してしまった。

…いやまあ、それは…ね?

あれです、気持ち良かった事は否定しませんが。

酒の匂いにも慣れた自分は正しいのか、否か。

少し悩む所なんですが。

 ↓

事後、部屋を換気しながらベッドに座る俺の膝枕にて雪蓮がまったり。


──で、今に至る訳です。

うん、ヤバいよね。

何がって、それはもうね、雪蓮が仕事をサボっている事は自業自得なんだけど、結果的に俺も巻き込まれてサボってしまっているのが事実だって事ですよ。

…雪蓮の所為だろ?

いえいえ、例え酒に酔って強引に押し切られていても終始拒否し続けていたなら雪蓮も止めますから。

つまりは、まあ、俺自身も“…仕方が無いなぁ〜”と流された訳です。




で、当然の事ながら俺達の言い訳なんて全く通るとは思えない訳で。

と言うか、抑、言い訳とか出来無いと思うしな。

“孫呉の未来の為に俺達は一生懸命に頑張りました”なんて言えません。

勿論、流石に雪蓮だって……………あれ?、雪蓮なら言いそうな気がしないでもないんだけど。

…いや、無いよね。

うん、無いと信じよう。


で、え〜と…ああ、うん、そうなると、アレですよ。

激しく、落ちる訳です。

何がって、それは──



「へぇ〜…仕事をサボってイチャついてるのが順調と言える訳ねぇ〜…」


「──っ!?」



まるで地を這う冷気の様に音も前触れも無く忍び寄り蛇の如く絡み付いた寒気に雪蓮が身体を震わせる。

悲鳴を出さなかったのは、流石だと思う。

しかし、額から頬、首筋と流れ伝う冷たい汗。

顔を動かさずに、目だけが俺を見詰めてくる。

“…もしかして詰んだ?”と眼差しが訊いてきたので“もしかしなくても確かに詰んでるから、諦めよう”と返しておいた。


大きく吸い込まれる呼吸に慣れた様に両手人差し指を各々、左右の耳に突っ込み防音をして、備える。



「──こぉおぉんのっ!、大馬鹿当主がああぁあぁぁあぁーーっっっ!!!!!!!!」


「──ひぃっ!?、

御免なさーーいっっ!!!!」



大砲の轟音かと思える程に響き渡る叫声と悲鳴。

突如として青空を飲み込み雷鳴を轟かせる暗雲が如く遣って来た。


だがしかし、今日も世界は平和だった。


──と思っていたら右手を引っ張られ、指が抜ける。



「アンタも同罪よっ!!

其処に正座しなさいっ!!」


「──はいーぃっ!!」



自分に非が有る場合には、無駄な抵抗はしない。

素直に罪を認める。

当たり前の事なんだけど、人間というのは当たり前が一番出来無い。

それを、日々の生活の中で学んでいます。



──side out。



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