参
曹操side──
──懐かしい。
それが率直な感想。
「半年振りね」
「そうだな、正直ちょっと驚いてる…」
「そうなの?」
彼の言葉は意外。
半年前より背も伸びており顔付きも精悍に見える。
…まあ、それ以上に綺麗に成ったと言われるだろうと思ってしまうけれど。
──などと考える私の頬を彼の左手が撫でる。
その温もりが染み込む様で心地好い。
「…少し見ない間に随分と可愛らしくなったな華琳」
「──か、可愛っ!?」
予期せぬ、彼の言葉。
それが得意の“不意打ち”だと判ったのは、驚く隙に唇を塞がれた後。
油断していた。
そうだ、彼はそういう事を然り気無く仕掛ける。
私を揶揄う様に揺さ振って反応を楽しむ為に。
唇が離れると瞼を開けて、睨み付ける様に見上げる。
「…相変わらずね」
「別人位に変わってた方が良かったか?」
「…ばか…」
彼の首に両腕を回して抱き付くと、今度は私から唇を重ねて行く。
話したい事は沢山有る。
訊きたい事は沢山有る。
けれど、今だけは。
言葉以上に伝わる“想い”を互いに感じ合う。
暫しの睦み合いを終えると造り出した風景を湖畔にて眺めながら座っている。
「この半年、色々有ったわ
貴男に言われた曹家直轄の商家の件は順調よ
御祖母様が張り切ってね
まだ一年も経っていないと言うのに豫州を始め隣の州にまで情報網を築けたわ」
「それは良好だな
ただ、急激・急速な成長と拡大は自壊の危険を孕み、周囲の嫉妬や謀略の標的になるから気を付けろよ?」
「ええ、判っているわ」
裏で、とは言え、私自身が統括する立場。
その“怖さ”を彼から確と教え込まれている。
「それから、御母様が近く潁川の都尉に成るわ
同時期に、私は御祖父様と洛陽に…例の私塾ね
御祖母様は御母様と一緒に許昌に行く予定よ」
「許昌の街造りの段取りは説明して有るな?」
「勿論よ、抜かりないわ」
最初に“私の考え”として説明した時には驚かれたし勘繰られたわね。
まあ、御祖母様と御母様は同じ女として気付いている様だけれど。
「…それなら特に注意する事も無いか…ああ、いや、一つだけ有ったな…」
「…何かしら?」
「私塾では“悶着”は極力起こさない様にな?」
そう言って笑いながら私の頭を左手で撫でる彼。
全く、失礼ね。
私をどう思ってるのよ、と胸中で思った。
──side out
“揶揄った”と思われても自業自得だが、久し振りに会った彼女は以前よりも、可愛くなっている。
惚れた贔屓目かもしれないけれど、そう思う。
綺麗になってもいる。
ただ、何故か印象的には、女性──女の子らしさが、自然に出ている様に感じたからだった。
まあ、本人言う程無神経な真似はしないが。
「はぁ…貴男って人は…
もう少し位は正面な忠言を言えないの?」
溜め息を吐きながら呆れた様に窘める彼女。
“無駄”だろう事を理解の上での…所謂、愚痴だ。
この遣り取りも“らしい”と感じる事。
二人で築いた物の一つ。
「“これ”が俺の“普通”なんだけどな?」
「減らず口ね…」
そう言いながらも口元には笑みが浮かんでいる彼女も慣れた物だろう。
「まあ、実際に取り立てて忠言も無いんだけど…
そうだな…
将来的に豫州の刺史になるにしても、“段階”を経て就く様にな」
「“段階”…功を上げたり伝手を使ったりして直ぐに成らない方が良いの?
早い方が色々“準備”する時間が出来るでしょ?」
その考えも間違いではないだろうが…今回に限っては“段階”が重要。
「急速な出世は周囲の嫉妬を貰うが、些細な事だ…
重要なのは、庶民に与える“印象”の形だ」
「印象の形?」
「施政者として“結果”が出なければ民の信頼も支持も得られない…
だが、誰しも最初から民に請い慕われる訳じゃない
だからこそ必要なのは民に良い印象を与える事…
民から見て、お前の印象が名士・名家の娘ではなく、一人の善政を敷く施政者で“庶民”を蔑ろにしないと理解させる事だ」
実際に対話でもしない限り風評や噂が印象を決める。
その為に必要なのは人々に明確な“印象付け”をして“流れ”を操る事。
「そして、その形としては一足飛びや大抜擢での出世ではなく、“下積み”から実績を重ねて至ったという庶民にも“共感”出来て、“憧憬”を抱かせる…
そういう“地道”さを見せ安心感・親近感を抱かせて信望を集めるんだよ」
「…はぁ…訂正するわ」
──今の会話の中で何を?
そう思うのが当然だ。
一体何を訂正する気だ、と少し身構える。
「この“人”誑し」
「其処かい!」
思わず、ツッコミを入れた俺は悪くない。
一仕事終えた職人の様な、達成感と清々しさに満ちた彼女の笑顔に苦笑した。
曹操side──
半年振りの“逢瀬”から、二週間──
今は洛陽への道中。
馬車の中から見える景色は新鮮で有り、期待と不安を抱かせる。
「…どうした?
天気が気になるか?」
窓から空を眺めていた私に御祖父様が声を掛ける。
物憂げに見えただろうかと思い胸中で苦笑する。
「何でも有りません
ただ少し、新しい暮らしに思いを馳せていました」
「ふむ…そうか…
まあ、お前は沛を出るのは初めての事だ…
無理もない…
感傷的になるのも仕方無いだろうが…
なに、心配は要らん
直ぐに慣れるだろうて」
「ええ、そうですね」
励ます様に朗らかに笑みを浮かべたお祖父様に対し、私も笑顔で返す。
正直な事を言えば生活には大して不安は無い。
有るとすれば、私塾で一人“浮かないだろうか?”と危惧している。
彼に言われたからではなく私自身も“子供らしく”は無い自覚が有るので。
(…まあ、様子を見ながら周囲に“合わせて”行けば大丈夫でしょう…)
実際、その程度にしか私は気にしていない。
私が抱く不安は唯一つ。
“次”に彼に会えるのが、“何時”になるのか。
ただ、それだけが。
恐らくは、先の“逢瀬”が最後なのだろうと二人共に感じていた筈。
“逢瀬”の“終わり”は、私達の意志──“想い”が望んだ一つの区切り。
それは“別離”を意味する物ではなく、“始まり”を紡ぐ為に必要な事。
唐突に始まった私達を繋ぐ一つの物語。
それは、とても素晴らしく幸せな物語だった。
けれど私達は更なる幸せを望み、願い、求めた。
しかし、その為には物語は今のまま在り続ける訳にはいかなかった。
故に“終わり”は訪れて、一つの物語を閉じた。
一つの“終わり”が訪れ、一つの“始まり”を紡ぐ。
私達の“物語”はこれから“始まり”を迎え紡ぎ、綴られてゆく。
「蒼天を仰ぎて心馳す…
見果てぬ“夢想”を遥か時の彼方へと…
歌い、奏でて響かせる…
強く、儚く、命は詠う…
その“存在”有る限り“生”を…
幾度幾重の季が巡り過ぎ、世が移ろえど…
胸に咲く“双華”の“恋心”は褪せず…
愁いの秋葉、偲ぶる冬蕾、夢見る春芽、美咲く夏花…
朝露に“暁光”の言祝ぐ季を待つ…
訪れる“貴方”へと想い焦がれて…」
──side out
馴染みの古書店の中を歩き並ぶ背表紙を流し見る。
「…おっ、有った有った」
目的の物を見付け、右手を伸ばして抜き取る。
“古代薬学の真実”と表題された一冊。
内容は以前に流し読みして記憶しているが、自分用に探していた訳ではない。
“彼方”に行った時に渡す彼女への“土産”だ。
「…“日本語”表記なのが唯一の気掛かりだけどな」
苦笑しながら呟く。
まあ、一応“逢瀬”の時に一通り教えはしたが。
平仮名・片仮名は書く事は形に成ったが、文法的には使えるか怪しい所だ。
「一応は“教材”も造って見せたんだけどなぁ…」
日本人だと気にならないが日本語──正確には日本の文化に、だが、当たり前に様々な国の言語や文化等が入り混じっている。
“国境の無い文化”などと言えば聞こえは良いのだが結果として日本語の本来の形式等が理解・判別し難くなっている。
古書・古文の類いならまだ大丈夫だが、近代の書物は複数の資料が居る。
主に言語の辞書が。
(アレは面倒だよなぁ…)
一頁読み進めるだけなのに数時間を要したのは悪夢。
事前知識って偉大だなって熟、思い知った。
まあ“彼処”だから時間を気にしなくて良かったが、“現実”はそういう訳には行かない。
そんな訳で既に中国語版の各国の辞書を集めてある。
基本、暇潰しにする程度に教え様と思う。
会計の為に、カウンターへ行くと初老の店主。
口数は少ないが職人気質の信用できる人だ。
「…最近良く買うな?」
“小遣いは大丈夫か?”と暗に気遣う眼差しを受けて気まずくて苦笑した。
「今まで“強請る”事とか無かったので…
ちょっと甘えてます」
「…まぁ、子供の内に親に甘えて置けばいい…」
「そうします」
つい、“作り笑い”をした為に一瞬だけ店主の眉根が寄ったが、失態に気付いて近くの棚へと視線を向けて誤魔化した。
(此方の事情を知られると説明出来無いからなぁ…
今度は間隔開けて来よ…)
品揃えが良くて助かるから常連に成ってるだけに変に勘繰られたくない。
会計を済ませて店を出ると少し離れた所で買った本を“影”に落とし、仕舞う。
“影”の中なら“世界”が変わっても大丈夫。
問題は“彼方”にも魔力が在るかどうか。
ビルの谷間から空を見上げ“想い”を馳せる。
遥か、遠い、彼の地へ。
其処に在る想い人へ。
曹操side──
深い闇の中──
水面へと浮かぶ様に意識が目覚め、思考を始める。
起きた感覚が四肢に広がり身体を動かす。
瞼の向こうに感じる光に、眩しさを感じて身を捩り、光から顔を逸らす。
「……ん……」
ゆっくりと開く瞼。
ぼやけた視界が徐々に光に慣れて鮮明になる。
映るのは見慣れた景色。
自分の部屋。
「……夢、だったのね…」
一度、瞼を閉じて溜め息を吐いて、微睡みを振り払い布団から抜け出す。
「…ん、ん〜──っと…」
両手を合わせて頭上へ上げ大きく背伸び。
引っ張り上げられる様に、爪先立ちになる。
大きく息を吐き出すと頭がはっきりしてくる。
窓の側に行き、両手で窓を開ければ青々と茂る草木の香を朝の風が室内へと運び込んでくる。
「……そう言えば…
“夢”に見る事なんて…
初めての事ね…」
今まで──“当時”でさえ“夢”に見る事など一度も無かった。
──それなのに、どうして今になって…“過去夢”を見たのだろうか。
「…事象には須らく要因が存在し、因果は断ち分かつ事は出来無い、か…」
“彼”から教えられた事を口にしながら考える。
この“夢”は何だろうか。
何を意味するのか。
「…吉夢か、凶夢か…」
考えられる凶夢の可能性は“彼の死”位か。
「殺した程度死ぬのなら、私でも一太刀入れてるわ
考えるだけ無駄ね…」
先ず、有り得ないと思考の中から外す。
すると必然的に吉夢。
「…“予感”か“予兆”の現れなのかしら?」
何気無い一言だったけれど不思議と、すとん…と胸に填まった気がする。
「ねぇ…貴男は“其処”に居るのかしら?」
白い雲を纏い、寝惚け眼で微睡んでいる様な空を見てクスッ…と小さく笑う。
何と無く、そう感じる。
私達の“物語”は“始まり”を迎えた、と。
“彼”が居たなら何故かと訊いてくる事だろう。
そして私はこう返す。
「──“女の勘”よ」
はっきりと口にしながら、可笑しくて笑う。
「また逢いましょう──」
今度は“現実”で。
この世界で。
そう心で話し掛ける。
夏らしい暑い日に成る様な八月一日の朝だった。
──side out
零章 黎明ノ伝
了
姓名字:曹 操 孟徳
真名:華琳
年齢:18歳(登場時)
身長:153cm
愛馬:絶影
青鹿毛/牝/四歳
備考:
祖父・曹騰…元大長秋。
祖母・鮑信…元済北太守。
父・田躊…不明。
家族は母・曹嵩以外は故人となっている。
豫州刺史兼潁川郡都尉。
幼少の頃に“夢”を介して出逢った少年に初恋をし、様々な事を学ぶ。
“異世界”の存在を知り、少年から“歴史”の一端を聞いている。
少年との鍛練・勉強により元々の才器を大きく伸ばし同年代では比類無い程。
また家柄や血筋に甘えず、努力を惜しまない。
家事全般もそつ無く熟し、料理の腕前は相当の物。
姓名字:曹 純 子和
真名:雷華
旧名:小鳥遊 純和
(たかなし あやか)
年齢:15歳(出現時)
身長:174cm
髪:白金、腰元に届く位
ポニーテール
眼:真紅
備考:
“飛影”の正体。
退魔師の一族・小鳥遊家に生を受けた少年。
“異世界”より何かの要因によって世界を渡る。
華琳とは幼少期に夢を介し何度も逢瀬を重ねた。
互いに初恋の相手。
姓・名・字・真名は華琳が命名している。
武・知共に規格外。
“影”内には“彼方”から持ち込んだ物が多々。
尤も、表に出す気は無い為“身内”用だと言える。
尚、服装は“此方”の物に変えている。
基本的に“暗躍”体質で、衆目を集める事は嫌う。
一方から見れば人格者だが一方から見れば超自己中。(※本人談)
八つの“対器”を用いて、“澱”と対峙する。
在る“世界”が変わっても遣ってる事は似ている。
◆参考容姿
セフィリア・アークス
【BLACK CAT】




