漆
衝撃によって周辺の花葉は宙へと舞い散り、穿たれた地面から破片が飛び散り、土煙を立ち上ぼらせる。
「──くっ…」
受け止める事しか難しく、威力を往なし切れない事は判っていた。
その為に強化を施した。
だが、如何に強化をしても衝撃は感じてしまう。
それは仕方の無い事。
それでも、大丈夫だろう。
そう考えていた。
正直、私自身が甘かったと言わざるを得ない。
釘や杭を打ち込む様にして私を地面に純粋な力任せで叩き付けた。
その際、当然ながら地面は砕け、割れ、押し潰され、その形を変えた。
そうなった程の衝撃を私は二本の足で受け止めた。
足の裏から足首・脹ら脛・太股・腰…と、下から上に駆け抜けていった衝撃。
同時に上からは叩き付ける両前腕の一撃の衝撃。
それらが私の中で衝突し、弾け様とする。
本来ならば耐えきれない。
今の一撃で終わっていた。
だが、幸いにして、私達は更に強い存在を日々相手を修練を積み重ねていた。
全ては無理でも、ある程度であれば私にも逃がす術は持ち得ているのだ。
とは言え、軽い衝撃という訳ではない。
数秒には届かずとも四肢を弛緩と麻痺が襲う。
それでも、その場に留まる事は私には悪手でしかない以上、氣で無理矢理にでも身体を操って脱出、距離を取るしかなかった。
過去、強化特化型を相手に似た様な展開で攻撃され、単純に強化しただけで受け止めたら足が地面に深々とめり込んで動けなくなって脱出するよりも先に勝負を決められた経験が有る。
なので、そういった攻撃を受け止める場合には必ず、下半身は円筒状に氣で覆い次への行動を妨げられない事を心掛けている。
その敗北が有ったからこそ今の私は動く事が出来る。
こんな状況でさえなければ素直に敗北を糧に成長した事を喜べるのだが。
こんな状況だからこそ実感する事も出来た訳で。
何とも複雑な心境だ。
(まあ、そんな事を考える余裕が有る辺りも、日々の積み重ねなのだろうな…)
巨大な両前腕を押し退け、先程よりも遠くまで下がり距離を取って落ち着く。
偃月刀を一振りして周囲の花葉を薙ぎ払い、その下に隠れていた地面を晒す。
少なくとも、これならば、先程の様に花葉に紛れての接近は赦さない。
とは言え、地中を移動する可能性も有るので今からは常時、一定範囲での探知を維持し続ける必要が有る。
対処が出来るとは言えど、甘く見る事は危険。
高い威力の有る攻撃よりも一瞬でも行動を制限される事の方が厄介なので。
(…まだ隠している手札は有りそうだからな…)
“鏡面世界”にて対峙した末端が単調過ぎていた事も意図して思考の誘導として利用しているのだとすれば認識を改めなければ。
まあ、それを相手に訊ねる訳にはいかないので判断は此方次第では有るが。
一つだけ確かな事。
それは決して下に見ていい相手ではない事だろう。
改めて、相手を観察する。
先ず、目を引いたのが脚。
両断した筈の三脚は綺麗に元通りに復元している。
これまでの情報から考えて六脚は黒い紐の様な針毛が縄を編む様に縒り集まって形成されているのだろう。
加えて針毛は消滅させない限りは、復元する可能性が高いと思われる。
おまけに自在に伸縮出来、切り離されても遠隔操作が可能だとも。
攻撃自体は通用するのだが消耗戦に近いだろう。
そう考えると中々に厄介。
次に、巨大な四腕。
その怪力は今し方体感して理解しているが、警戒する点は掌だろう。
人と同じ掌。
だとすれば、武器等を握る事を前提として本体により創造されていたとしても、全然可笑しくはない。
そして、此処は彼方の支配領域でもある。
武器等を創造する事など容易いだろう。
巨大な尾も見た目通りなら蠍の様に毒針を備えている可能性が高いが、これには最初から警戒している為、今更だと言える。
未知数なのが頭と首。
眼や口からの特殊な攻撃は異形では珍しくない。
大抵は物語の中だけの演出だったりするが、警戒する理由としては弱そうだが、“そういう事も有り得る”と思うには十分。
そして、あの首は伸びるか否か、である。
「………短期戦が最善か」
経験を積む、という意味で言えば滅多に無い機会。
しかも、現状では一般人に被害も及んではいないし、此処では及ばない。
唯一の懸念である時間も、“纉葉”の動きから見ると時流は遅い様だ。
これは、かなりの好条件。
短期戦で終わらせてしまう事は非常に惜しい。
但し、雷華様が一緒なら、と一言付くのだがな。
目の前の分体を倒しても、必ず現実世界に戻れるとは限らない。
此処は消滅するにしても、また別の空間に引き込まれ異なる分体が居る可能性は考えられる。
雷華様達が居る空間に行く事が出来れば良いが。
仮に、現実世界に戻れても雷華様達と合流出来るとは限らず、最悪一人で帰還を待つ事にもなる。
尤も、戻れた場合には戦う事が出来無くても大人しく待つしかないのだが。
(今は経験を積むよりも、合流が最優先だ)
未練が無い訳ではないが、致し方無い。
我慢と諦めも肝心だ。
そう自分に言い聞かせると意識を切り替える。
偃月刀に氣を与え、圧縮。
発現する冷気を刃に対して収束させる。
限界を“超えて”。
普段は完全制御可能な領域までしか収束をしない。
其処を超えてしまう収束は絶対にさせない。
しては為らない。
唯一、雷華様が相手の際の修練でのみ、可能。
周囲への被害は勿論だが、未制御の為、私自身に対し反動が出てしまうから。
但し、それは無理をしても抑えようとする為。
完全制御する為には必要な修練だからでもある。
つまり、抑えなければ私に反動が来る事は無い。
そして、此処でなら抑える必要は無い。
“全力”で遣れる訳だ。
銀の刃が淡い水色の輝きを纏いながら、収束に伴って青く、蒼く、更に深く。
その色を深めてゆく。
──刹那、見据える視界の中に居た相手が動いた。
甲高い奇声を上げると共に巨体を揺らして、此方へと突進してきた。
──が、少々意外と言うか拍子抜けだった。
その移動速度は微妙。
確かに、一般人からすれば“目にも止まらぬ速さ”と言えるのだとは思う。
しかし、普段から雷華様や思春といった速さを追究し重要視している戦闘方法を得意とする相手と対峙して経験を積み重ねている為、到底脅威には感じない。
寧ろ、よ〜く見えている。
しかも今は強化中。
はっきり言って、遅い。
欠伸が出そうな程に遅い。
「………そういう事か」
思わず、空いている左手を額に当てながら呟く。
理解してしまった。
アレは迎撃が基本戦闘方法なのだと。
何故、あれだけの巨躯にも関わらず、自らは積極的に攻撃を仕掛けては来ないで此方が攻撃をして来るのを待っていたのか。
何故、最初から花葉の間に潜ませて此方を捕縛しには来なかったのか。
何故、攻撃方法が無い様に見せ掛けているのか。
ただただ、全ては機動力の低さを隠す為に。
つまり、アレは守衛型で、侵攻型ではない訳だ。
そうと判れば、空間自体の景色にも納得が行く。
現実世界とは色彩の異なる空や月、山脈等は異空間を印象付ける為だけの物。
本当に重要なのは、針毛を隠す花葉の存在。
それに違和感を持たせない為だったという事。
「…はぁ〜…まだまだ…」
自分の未熟さを痛感する。
経験不足は言い訳だ。
事実では有るが、こうして辿り着いてしまうと最初に気付ける要因が揃っている事も判ってしまう。
その全てに対して確信する事は出来無くても、予想し警戒する事は出来た。
そうすれば、一瞬とは言え捕まる様な事は無かった。
雷華様が、翠達が居ない。
その事により、恐らくだが僅かながらでも気の緩みが有ったのだろう。
それを知られる事は無い。
しかし、私自身が恥じる。
私自身が赦せない。
故に、この戦いを以て私は私を越えよう。
己の失態を糧に変え。
更なる“高み”に至る為。
限界を一つ昇り踏み入れよう。
六脚を動かし突進しながらその四腕を前方斜め下──地面に向かって伸ばすと、応える様にして地が隆起し岩の柱が四つ出現し高々と聳え立った。
それらを擦れ違い様に柄を握る様にして掴むと四腕は同時に引き抜いた。
岩柱は巨大な剣・槍・斧・杖へと姿を変える。
頭──その口内に位置する場所に氣の収束を感じる。
炎か何かを吐くのだろう。
雷華様が“ブレス攻撃”と称していた物だ。
…それが普通に実演出来る雷華様は凄いのだが。
それはまあ、関係無いか。
取り敢えず、此方に対し、出し惜しみをしていられる相手ではない。
そう評価されたのであれば少しは喜ぶべきか。
移動しながら、潜ませずに六脚を構成している針毛の一部を伸ばすと先行をして攻撃してくる。
刃への収束を継続しながら石突きの方に単純な強化の氣を纏わせ、薙ぎ払う。
氣の複数同時施行と制御は必須技能として身に付け、研鑽を積んでいる為、然程難しい事ではない。
普通に出来る事だ。
間合いに入ったと同時に、両前腕は手にした剣と斧を降り下ろした。
鬱陶しい位に絶えずに襲い掛かっている針毛を退け、石突きの切っ先にて巨剣の刃を一撃で穿ち、砕く。
追撃する様に角度を外して迫る巨斧は横に避けながら右足を軸にし、左後ろ回し蹴りを刃の腹に撃ち込み、一撃で破砕。
更に両後腕が巨槍と巨杖を突き下ろしてくる。
左足の接地と同時に跳び、地面を貫いた巨槍に乗ると頭を目掛け、疾駆。
捕まえ様と追随する針毛を寄せ付けぬ速さで、巨槍を踏み砕きながら。
頭に迫られると察知すると巨槍を握る右後腕から遠い左肩の方へと目一杯に首を引き──収束を終える。
刹那、視線が重なった。
相手の口が嘲笑を浮かべる様に三日月に歪んだ。
次の瞬間、大きく仰け反る様に天を見た頭は上段から降り下ろす勢いで此方へと向き直り、口を開いた。
闇の様な口腔を赤く染めて猛り狂う炎が私を目掛けて吐き出される。
既に肩口に達していた私は伸縮はしない首の付け根を目掛け、跳躍。
真っ直ぐに右手の偃月刀を突き出し、穿つ。
「轟吼しろ!、“清影黎獅”っ!!」
“真名”を呼ぶ私に応え、刃は力を解き放つ。
刃を中心に咲く絶凍の花は炎すらも一瞬で凍てつかせ等しく死へと誘う。
砕け散り逝く氷片の輝きに彩られ──世界は解ける。
──side out
馬超side──
洞窟内の様な岩の天井からぶら下がる様に“生えた”巨大な木々の森。
その先──本来は空が有る方向には果てしない深淵の闇が餓腔を開けて待つ。
墜ち来る獲物を。
木々の枝を足場として使いながら栗鼠や猿の様に森を器用に飛び回る。
そして、狙っている獲物に向け水弾を生み、放つ。
──が、あっかりと回避。
気配を消し、木々に隠れる様に飛び去っていく。
それを見て、一旦停止。
枝に鳥の様に止まる。
「──ああっ、くそっ!
ちょこまかと〜…」
地団駄を踏みたいが万が一枝を踏み砕くと、あの世に真っ逆さまに逝く可能性が有るので幹を蹴る。
勿論、此方も折れれば同じ事なので加減はして。
そして、今と粗同じ結果を繰り返す事十数回。
だから、物っ凄い苛立ちが溜まっている。
「〜〜〜っ……はぁ〜…」
ガシガシと頭を掻き乱すと間を置いて、心身に籠った余計な熱を溜め息と一緒に吐き出してしまう。
熱くなり過ぎても集中力が低下するという事は私自身嫌に為る程味わっている。
だから、直ぐに切り替えも出来る様に為った。
自慢は出来無いけどな。
雷華様達と分断された私が引き摺り込まれた異空間は一言で言えば巨大洞窟。
頭上は塞がれているのだが淡い黄緑色の光が洞窟内を行灯の様に照らしている為視界状態は悪くはない。
確か“光苔”とか雷華様が言っていた気がするけど、本物ではない。
飽く迄も、類似しただけの模造品だろう。
最大の特徴は逆さ巨大樹。
もし本物なら雷華様や螢が狂喜乱舞したかもな。
現実では見た事無いし。
まあ、これらも残念ながら偽物だけどな。




