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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
594/915

         肆


螢に関しては自身の言った言葉通りに“それが当然”という事で納得している。


しかし、他の二人は簡単に納得は出来無いらしい。

拗ね顔で俺を、じー…っと見詰めているからな。

嫉妬から来ている以上は、無視するのも悪手。

だからと言って、説明する事は現時点ではしない。

となると、俺に出来る事は限られてくるな。

…今夜は頑張ろう。


そんな俺の決意を感じてか二人は頬を染めながらも、口元を僅かに緩める。

納得した様に外した視線もチラチラッ…と向けながら“期待していますから”と然り気無く伝えてくる。

ああ…うん、判ってます。

誠心誠意頑張りますから。

今は話を続けますよ?



「意図・目的という点では明確になってはいない

だが、“望映鏡書”の事は勿論として、反董卓連合の裏でも糸を引いていた事は俺が確認している」


「──なっ!?」



驚きの声を上げる愛紗。

対して、黄巾の乱以前から一緒に居る翠と螢は然程は驚いてはいない様子。

…いや、全く驚いていないという訳ではなく、単純に表面に出ていないだけ。

今までの話で、その可能性自体は察していた。

だから、その程度の反応で済んでいるというだけ。

決して、慣れではない。

そう言い切る事が出来無い自分が歯痒いのだが。


そんな二人の冷静な態度を見てから、愛紗は一瞬だけ恥ずかしそうに頬を染めて俯いてしまう。

だが、直ぐに深呼吸をして切り替えてくる。



「…雷華様、その相手とは何処かで直接対峙されたのですか?」



愛紗の状態を見計らって、螢が切り込んで来た。

翠も愛紗も今は俺に対して意識を集中させている。

下手な誤魔化しは利かない事を再認識しておく。



「直接の対峙は無いな

黄巾の乱では、望映鏡書を火種として利用はしたが、実行をしていたのは其奴の傀儡とも言える手駒だ

最終的には反董卓連合時に洛陽にて決着を着けたが」


「…捨て駒か」



嫌悪感を隠そうともせずに呟いた翠に愛紗も同意する様に顔を顰めていた。

その者の“成れの果て”を即座に察した辺り、随分と理解していると思う。

どういう相手なのかを。



「確か、望映鏡書の際にも少し話したとは思うが…

“禍”とは本来この世には存在しない

禍は現状下での自然発生は先ず有り得ない事だ」


「でも、実際には彼奴等は存在してるよな?」


「ああ、存在している

その理由は簡単だ

禍は──いや、お前達の内愛紗や翠の持つ武具もまた同じ様に遥か古の時代から存在している

ただ、それだけの事だ」



人智の及ばぬ領域。

そんな言葉を三人が脳裏に浮かべているのが判る。

その反応が普通だろう。

俺が特殊過ぎるだけでな。



「覚えて置いて欲しい

あの武具は禍を討ち滅ぼす事を使命として生み出され今の世にまでも残り続けた守護の要である事を

その意志は今生きていて、お前達の手に有る事を」





 曹操side──


──五月六日。


雷華の留守中、という事も有って私の傍に居るのが、熾昊と瀰旻。

飛雲?、あの子は基本的に私邸を巣扱いにして自由に飛び回っているわよ。

まあ、実際には魏の領内を定期的に見回りしていたりするのだけれど。

その事実は私達妻を始め、一部の者しか知らない。

まさか、上空から自分達を観察する者が居るだなんて思いもしないでしょうし、見た目は普通の鷹だけれど知性なら下手な人間よりも高いかもしれない。

何しろ、雷華が育て上げた子だもの。

普通だとは思えないわ。


その上空からの観察だけど“彼方”の未来では様々な技術が発展を遂げた結果、可能になっている事らしいという話だったわね。

少なくとも、自分で判断し実行出来る技術ではないと雷華は言っていた。

尤も、後二十年有ったなら判らないそうだけれど。

熟、人間という存在の持つ可能性には驚かされるわ。

良い意味でも悪い意味でもだけれど、ね。


で、熾昊と瀰旻だけれど。

見た目は可愛らしい仔狼。

毛や瞳の色の事を考えると仔犬と言った方が、二匹の正体を知らない者には判り易いかもしれないわね。

まあ、まだ外に出さないで限られた範囲でしか行動を許可していないけれど。

…ちゃんと守れるのか?

ええ、とても賢い仔達で、雷華と私の言い付けを守り良い子にしているわよ。


この仔達の事は曹魏内でも私達夫婦しか知らない。

御母様達でさえもね。

存在その物が特殊だけれど最たる理由は危険性。

第一に、雷華による封印が施されてはいるとは言え、内包する力は強大。

だけど、時に身を守る為に力を必要とする事は有る。

故に完全な封印ではない。

その為、万が一を懸念して今は最重要機密扱い。


第二に、成長する過程での悪影響を受けない為。

ただ此方は一時的な物。

時には“痛み”を伴う事も経験しなくてはならない。

正しく、力を持つ意味を、振るう責任、背負う覚悟を理解する為にもね。


とは言うものの、現状では遊んでいる姿は仔犬その物だから愛らしいわ。

見ていると和むしね。

ただ、仕事中も傍に居る分時々、手が止まってしまう事が悩ましい所だわ。

“可愛いは正義”だなんて雷華が宣っていたけれど、今は否定出来無いわね。

当時は“はいはい…”等と適当にあしらっていた事が懐かしく思えるわ。


今もほら、足元に擦り寄り小首を傾げながら、潤んだ瞳で私を見上げてくる。

前足を私の右足に掛けると“きゅぅ〜ん…”と鳴いて甘えてくる瀰旻。

本当、可愛いらしいわね。


──って、瀰旻、駄目よ。

今は仕事中だから。

もう少ししたら終わるからちゃんと遊んであげるわ。

だから、我慢して頂戴。

良い子だから、ね?

熾昊と遊んでいなさい。




──なんて、言いながら、瀰旻を太股に乗せて仕事を続けている現状。

思わず、胸中にて溜め息を吐いてしまう。



(…私も甘いわね…)



そう思いながら苦笑するが決して悪い気はしない。

寧ろ、気持ち的には楽しく感じてしまっている。

悪い事ではないのだけれど私にも一応、公的な立場や体裁という物が有るのよ。

だから、あまり甘い印象を与えたくはない訳。

雷華が自由奔放だしね。

…まあ、真の厳しさという事でなら、私よりも雷華の方が遥かに上だけれど。

それは“覚悟を宿した者”だけにしか判らない事。

一般的な民の雷華に対する印象とは“明るくて優しい子供っぽいけど賢くて強い自分達の王様”でしょう。

…王は私でしょう?

ええ、そうね、公的には。

でも、民が誰を自分の王と定めるかは自由よ。

勿論、“二君”という形も間違いではないしね。

国家としての王。

主君としての王。

それが必ずしも同一だとは限らない、という事よ。



(雷華に気付かれない様に総力を上げて進めているし悟らせてはいない筈…

そうでなければ今頃雷華に潰されている所だわ…)



あからさまに遣ると絶対に裏に引っ込もうとして手を打ってくるでしょうし。

何気に一番厄介なのよね。

私達の旦那様は。

野心等が無いからこそ雷華なのだけれど、少しは表に立つ気に為って貰いたい所だったりもする。

本人が“魏の皇帝に為る”とか一言言えば、私も結も喜んで認めるのに。

儘ならない物よね。


そんな事を考えながらも、太股の上に感じる温もりと重みが、僅かに身を捩っただけで微笑が漏れる。

雷華の頭を置いて、膝枕をしている時とは違う。

その命を育み、守る。

そういう意識と感覚が強く裡から溢れて、広がる。



(…ちょっと意外よね…)



可愛い物は可愛い。

それには私も素直に頷く。

いえ、そうではなくて。


自分が母と為る事。

それ自体は疾うの昔に私の中では決まっている。

覚悟も出来ている。

でも、少しだけ自分自身が思い描いていた想像よりも現実に差違を感じている。


厳格で、聡明で、凛々しい自分の母親像。

それが今、崩れている。



(雷華との子供が出来たら甘やかしそうで怖いわ…)



この仔達と、我が子とでは違うのは判るけれど。

…ああでも、我が子を抱く私に寄り添う雷華を見詰め微笑む私の姿を想像すると“幸せ”と言う事しか表現出来無かったりする。




仕事を終えると私は二匹を連れて、他者の出入りする事が出来無い様にと雷華が結界を張り隔離されている小さな庭園へと向かう。

私の両腕に抱き抱えられて大人しくしているのだけど私の表情や周囲を見回してキョロキョロしている姿は落ち着いている様に見えて落ち着きが無い。

その矛盾する仕草を見ると“無邪気”というのは一体どういった物なのか。

それが判る気がする。


庭園に着いて地面に二匹を下ろせば、タタタッ!、と駆け出して走り回る。

既に何度も遊んでいる場所では有るのだけれど。

其処は雷華の御手製。

二匹にとって楽しめる様に工夫が為されている。

例えば、人間は来れないが野鳥や野兎、猫、昆虫等は入って来られる事。

例えば、草木の成育が少し操作されている事。

一時的な遊び場なのだけど手が込んでいる。


今日は──蝶が居るわね。

春先の花も咲いている。

この仔達が卵から孵化──産まれた時期は春だけれど当時は外に出ていない。

だから、こうして目にする事自体が初めて。


季節感が狂いそうだけれどそう思うのは私達の四季の情報や印象等が、確かな物として成立しているからに過ぎなかったりする。

今の、この仔達にはまだ、そういった認識は無い。

ただ純粋に有りの侭を見て感じて受け入れるだけ。

だから、問題は無い。

そういった知識や認識等は追々身に付ければ良いだけなのだからね。


さて、当の二匹はと言うと草花の森の中を探検をする様に進みながら、空を舞う蝶を見上げては追い掛け、右へ左へ動き回る。

蝶にばかり意識が向いて、前方不注意で木や岩に顔を打つけては尻餅を着く。

それでも諦めず挫けない。

時には互いに衝突。

互いに“邪魔するな〜!”なんて言っていそうな様に戯れ合って、鼻先や頭上、直ぐ側を飛んでいる蝶へと視線と意識が向けば、再び夢中で追い掛けて。


──なんて愚かで、無駄が多いのかしら。


なんて事は思わない。

これが人間で、大人ならば思うのでしょうけどね。

其処には打算も作為も無い無垢な好奇心が有るだけ。


子供は純粋で残酷。

そうさせるのが、胸に懐く好奇心なのでしょうね。




庭園に設置された長椅子に腰を下ろし、二匹の様子を静かに見ている。


最初の内は蝶や花の存在に夢中になって遊んでいた。

けれど、暫くすると二匹は違う事に意識を向ける。


熾昊は庭園内に配置された庭石を登ってみたり、跳び乗ったり、跳び移ったり、跳び下りたりと元気一杯に走り、跳ね、遊ぶ。

瀰旻は草花の中に寝そべり日向ぼっこでもする様に、ぼんやりとしていた。

しかし、暫くすると独りが寂しいのか熾昊の姿を探し見付けると駆け寄る。

其処からは戯れ合い。


よく有る光景でしょう。

仔犬や仔猫、人の子供でも似た様な場面は有る。


でも、この仔達は特別。

本来、生命として完結した存在である為、“群れる”という必要性が無い。

その場合、戯れ合いという他者との交流・意志疎通の手段を学ぶ必要性が低い。

そう雷華は言っていた。


けれど、この仔達は一対で世に産まれてきた。

その意味を“永遠の孤独は十分に知っているから”と雷華は考えていた。

…何処が現実主義者なのか抉りたくなるわよね。


そんな訳だったとしても。

面白いのは“双子”という印象は受けない事。

容姿は違えど、同じ存在が二つに分かれて産まれた事は紛れもない事実。

普通に考えれば、似ている可能性の方が高いと思う。


けれど、実際には目の前で遊んでいる通り。

各々の個性を持っている。

しっかりとね。



「……訓示かしらね…」



ふと、思い出す。

“あの場所”で会っていた頃に経験した事。

“曹操”という似て非なる存在による侵食。

あれは今でも嫌な記憶だ。

しかし、同時に忘れる事は有っては為らない事。


如何に同じ“曹操”でも、私は私であるという事。

そして、私は私だけであるという事を。

当たり前ではあるけれど、大切な事なのだと。

間違わない為にも。



──side out。



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