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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
593/915

         参


“黒幕”と言ってもだ。

ローランの時の様な場合や“望映鏡書”とも違う。

それを利用しようと企んだ人物と、逆に利用しようと考えた“禍”。

その利害が一致したのが、二つのケースだった。


だが、今回の件は特殊だ。

それは意図・目的が何処に有るのか不明な点。


抑、“現存”している禍は何れもがブラックリストに載っていた禁存在。

生物兵器的な呪具が多い。

勿論、俺以外には知らない事実ではあるが。


それでも、不思議に思える要因だと言える。

愛紗が言った様に犠牲者と思しき被害が出ていない。

その事自体が可笑しい。


俺から見ても、あれだけの能力を有しているのならば相応の(かて)を喰らった可能性が高いと思う。

当然、“犯行が明るみには出ない様に加減して遣る”みたいな真似をする思考は普通には持ち得ない。

無いとは言い切れないが、初期段階では先ず無い。

そういう思考を持つよりも食欲の方が優先される。

要は、早く力を付けないと封印・討伐される可能性が有るからな。

現実的には脅かす存在自体居ないに等しいのだが。

その事実を知る術が無い事もまた確かな事で。

故に、元々の初期衝動へと思考が傾くのは必然的だと言う事が出来る訳だ。


そういった専門的な部分は全然理解していなくても、行動の結果として違和感を感じる事は確かだ。

翠にしても、愛紗にしてもそれが取っ掛かりだ。

螢の場合、その説明の為に“黒幕”という要素を入れ思考した結果に過ぎない。

それは推論でしかないが、筋が通る事によって的外れではなくなる。

“正しい可能性”として、有り得る事に為る。



「…仮にだ、螢の言う様にこの件に黒幕が居るとして何の意図や目的が有って、こんな真似をするんだ?

と言うか、抑、禍を自分の思い通りに操るなんていう真似が出来るのか?」



翠は隣に座る螢を見詰めて当然の疑問を聞き返した。

だが、螢の言葉は推論。

翠の問いに対しての答えは持ち得ていない。

当然、螢はその事実のまま答えるとは思うが。



「それは俺が説明しよう」



螢が返答を口にするよりも先に俺の方に意識を向ける様に声を出す。

それに対し、翠は疑う気は全く無い様子で振り向く。

“螢に訊くのか?”という表情をしていた愛紗は直ぐ俺の意図を察したみたいで翠に気付かれない様にして小さく苦笑する。

当の螢は安堵するよりかは自分の推論の正否の行方が気になっているらしい。

何しろ視線に隠し切れない期待感が溢れているしな。



「先ず、禍を操れるのか、という事に関してだが…

可能性としては有り得る

勿論、簡単ではないがな」



出来る可能性が有る。

それを知っただけでも十分驚きではあるだろう。

加えて、其方らの専門家と言える俺が言ったという事も大きいのだと思う。

三人の様子が今までの多少余裕の有る態度から一転、本気で強張った。





「…簡単じゃないって事は詳しくない私でも判るよ

あんなのを操れる事自体が異常なんだって事もな…

と言うか、制御出来るのか不思議で仕方無いっての…

普通に考えると無理だろ」



何とか、といった感じで。

愚痴る様に言う翠。

強がっている様な印象にも受け取れてしまう訳だが…全くの間違いという訳でもないんだろうな。


全然──想像すら出来無いのであれば、恐怖を懐く事も無いというのが普通。

それが未知の存在であったとしても実在しなければ、実感が無ければ、恐怖する対象にすら為らない。

恐怖という感情その物が、成立しないのだから。


しかし、もう既に彼女達は知ってしまっている。

その存在が実在する事を。

その存在の力の実感を。

それ故に、恐怖を懐く事は避けられなかった。

単体でも脅威である存在が何者かの制御下に有る。

その可能性を想像したなら簡単に判る事だからな。

その制御者──即ち黒幕は自分達を“鏡面世界”へと引き摺り込んだ禍を確実に上回る存在なのだと。



「確かに普通ではないな

禍を操る為に必要不可欠な資質──いや、適性と言う方が近いのかもしれないが自らが“負の氣”を扱えるという事だ

それはつまり、正しい生命ではない証明でも有る」


「ま、待って下さい

あの…その説明通りならば雷華様も禍を操る事が可能という事ですか?」



俺の説明を聞いて、焦った様に愛紗が声を上げた。

其処には“信じたくない”という感情が混じっている事が窺えた。

愛紗は素直だな、と思う。



「可能不可能で言えばな」



そう答えると訊いた愛紗は大きく息を飲んだ。

その反応は当然だろう。

寧ろ、現状で無反応な翠と螢の方が可笑しいと言える事だと思う。

そんな当事者二人は平然と此方を見詰めている。

愛紗も漸く二人に気付いて顔を向けている。

視線で“何故、平然として居られるんだ?”と二人に訊いているのが判る。


それを受けた翠は、小さく肩を竦めると苦笑する。



「愛紗の気持ちや考えは、私にだって判るよ

でもな、愛紗、抑の問題で雷華様が“その気”なら、とっくに世の中は雷華様の支配下に為ってるだろ?

でも、そうは為ってない」


「…雷華様には支配なんて面倒な事をしたいと考える気は全く有りませんから」


「……それもそうだな」



二人の言葉に納得している愛紗に文句は無い。

それは俺に対する信頼だと言う事も出来るしな。


しかし、何故だろうな。

微妙に不満を覚える。


“世界を支配”なんて事は一度も考えた事も無いし、遣りたいとも思わない。

俺に“人々の幸せの為に”なんて殊勝な信念は無いし持とうとも思わない。

俺の信念に自己犠牲という精神は無いからな。

寧ろ、唯我独尊だろう。

俺は俺の為に、力を振るい悪を背負い、事を成す。

ただそれだけなのだから。




一つ咳払いをして弛緩した雰囲気を引き締める。

普段なら逆をするんだが、事が事なだけに一応此処は真面目にしないとな。

後から“あの時、ちゃんと遣っておけば…”と後悔はしたくないからな。


小さな気の緩みだろう。

しかし、気が緩んだ状態で聞いた注意・忠告の類いはその気の緩みまでも一緒に内包してしまう。

それは記憶上の情報として一括りに為っているが故に起きてしまう事。

意識的な弛緩ではない為に余計に致命的な隙を生じる要因に為ってしまう訳だ。


“人の話は真面目に聞く”という基本的な事。

それが如何に大事であり、中々に難しい事なのか。

失敗を理解した者でないと判らないとは思う。

聞くというのは単純な様で意識的に集中していないと本当の意味で理解し心中に留意する事は出来無い。


聞き流しでも構わない時も有る事は否めないが。

その判断は個人に因る以上全ては自己責任。

それで構わないと思うなら異論は無い。

ただ、如何なる結果でも、受け入れなければならない事を忘れてはならない。

全て己の選択なのだから。


その事を理解しているから愛紗達は意識を切り替えて話を聞く姿勢に戻る。

これは体勢の事ではなく、意識としての姿勢。

体勢は別にどんな格好でも構わないが、そういう事が気の緩みに繋がってしまう場合も無い訳ではない。

その辺りは個々の自覚にて気を付けるべき事。

他者に注意をされても耳を傾けられるのなら良いが、大抵は苛立ちや不満を懐く事が多いと思うからな。


その注意が正しい物ならば真摯に受け止めるべき。

単なる嫌がらせの類いなら聞き流せばいい。

まあ、其処の判断が難しい事は否めない訳だけどな。

これもまた個々の価値観や経験に因る以上、一概には正解は無い事だと言える。


真面目に聞く姿勢は決して悪くはない。

しかし、何でもかんでもが正しい訳ではない。

聞いた事を鵜呑みにはせず自らの中で反芻し、理解しきちんと判断をする事。

それが大事になる。


とは言え、その場で直ぐに出来る場合と出来無い場合とか有る事も確か。

それは聞き手だけではなく言った側にも相手に対する理解と尊重も大事。

本当に相手の事を思うなら一方的な言葉とは無責任な発言でしかない。

その事を理解して欲しいと個人的には思ってしまう。





「禍を操る事は出来る事は出来るが、俺の場合でだと意識や能力を大きく割いて制御しなくてはならない

対極の存在同士だからな

ある意味、当然の事だ

だから、禍を本当の意味で従えられるのだとしたら、それは同種の存在だという事になるな」


「それは…禍が禍を操る、って事なのか?

自分で言っといて何だけど流石に簡単には信じる事が出来無い話だけどさ…」



そう言いながら翠は眉根を顰めて、半信半疑ながらも“そうではない”と俺から否定が返って来る事を期待しているのが判る。

何しろ、想像したくはない現実だろうからな。

それは愛紗と螢も同じ。


ただ、失念しているな。

それがどういう事なのか。



「人間の社会は勿論の事、自然界──動物の群れでも同じ事が言えるだろ?

弱肉強食、それだけだ

如何に秩序を乱し、反する存在である禍と言えども、純然たる力の差は有る

故に、上下関係──支配と従属の関係は生まれる」



そう、事実を告げる。

“そんな事が出来るのか”という疑問は、人にとって不都合な現実を否定したい為に生じる一種の現実逃避としての思考だと言う事が出来るのだと思う。

実際には今、俺が言う様に弱肉強食の真理の下に有る必然的な結果でしかない。

珍しい事ではない。


だから、その事を一度理解してしまえば単純な物。

真理を理解し、根幹に置き生きている者であるなら、あっさりと納得が出来る。

出来てしまう。



「何だろうな…

珍しく真面目に考えたのに損した気がするな…」


「そう言うな…

その考えもまた経験だ

無駄な事ではない筈だ」



愚痴りながら、空を仰いだ翠を励ます様に言う愛紗。

ただ、“筈だ”と言う辺り愛紗も微妙な気持ちなのが窺い知れる。



「…でも、これで判る事は少なくとも先程の相手より確実に格上と言える存在が控えている事と…

…雷華様と華琳様だけが、その事を知っていたという事実ですね」


『──っ!!』



螢の指摘に──特に後者の発言に対して驚く二人。

無理も無い事だろう。

それは俺にしても同じで、思わず目を細めてしまう。

そんな俺を螢は真っ直ぐに見詰め、真偽を問う。


“どうしますか?”と俺に対応を問いながら、試す。

自分達への信頼を。




暫し、螢を見詰め合うと、小さく息を吐く。


折れたという訳ではない。

其処に気付かれる可能性は有ると思っていた。

そして、螢が黒幕の存在に思い至った時点で訊かれる事は確信していた。

ただ、愛紗達が居る時に、という点を除いては。


だが、冷静に螢の性格等を考えれば有り得る事だとは気付けただろう。

其処に至れなかった理由は俺の思い込みでしかない。

“僅か三人だけが知る事”という秘密の共有に因って感じる優越感。

それを優先するだろうと。

…まあ、螢や数名以外ならそうするんだろうけどな。


そんな自分に対する呆れの溜め息だった。



「詳しい事は話せないが、確かに俺と華琳は以前からその存在に気付いている

お前達に言わなかったのは相手に気付いている事実を気付かれない為だ

此方の手札を知られる事を避けたかったしな」



そう答えながら、螢に対し“何処で気付いたんだ?”と視線で訊ねる。



「…雷華様なら華琳様にはその事を御話ししていると思いましたから…」



一点の曇りも無い眼差しを俺に向けながら、迷わずにそう答えた螢。

それは俺と華琳の信頼への信頼と言える物。

根拠なんて全く無い。

ただ純粋に、それだけで。


だからなんだろうな。

自分自身に対する信頼より擽ったく、身悶えしそうな感覚になってしまうのは。

嬉しい事は嬉しいのだが。

何と言うか、見透かされた様な感じがして恥ずかしい訳なんですよね、ええ。

慣れない事だしな。

当の螢には悪意なんて皆無なんだろうし、揶揄おうと思っている訳でもない。

素直に、そう感じたままに言っただけなのだから。


この場に華琳が居ない事が良いのか、悪いのか。

考え方次第なんだろうけど正直、悩んでしまう。




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