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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
592/915

         弐


雑談をして小休止した後、散策を再開する。

こういう時、自国ではなく他国が故に別行動出来無い事が少しだけ困り所。

別に愛紗達が居る事が問題という訳ではない。


ただ、長い間、単独行動が殆んどだった身としては、中々に慣れない事だったりする訳なんですよ。

これに関しては、居るのが華琳だけだったとしても、同じだろうな。

…まあ、華琳の場合だけは色々知っているから特には追及してはこない。

必要なら俺から話すという事を理解しているからな。


とは言うものの、暫くの間一人にしてくれとは俺から言うのは難しい。

勿論、俺が言えば愛紗達は聞いてくれるだろうが。

互いに言葉が理解出来ず、通じない異国の地。

其処に三人だけにする事は無責任だからな。



「そう言えばさ、雷華様

結局、この国の内乱の件はどうなったんだ?

その点に関しては謎だし、抑、解決する必要性自体が有る事なのか?」



歩きながら、そう言うと、絶賛、買い食い中で左腕に小さな皮袋を抱えたまま、その右手には直径3cm程の球状の薄桃色の果実が有り口へと放り込む翠。

その仕草を見て、スッ…と視線を鋭くした愛紗。

翠の傍を歩いていた螢は、然り気無く離れて俺の傍に移動してくる。

愛紗の視線からも外れて。

…遣りますな、螢さんや。


まあ、それは兎も角として翠の当然の疑問は勿論だが何気無く、普通の思考では中々気付かない事を平然と指摘してくる。

その事には胸中で苦笑。

本当、人の才能というのは思う以上の輝きを放つ事が多々有って──面白い。


彼の“曹操”が人材マニアだったという話は有名だが気持ちは理解出来る。

人を、才を、磨き上げて、開花させる事。

その愉しみは、ある意味で至高の贅沢だとも言える。

究極の道楽・娯楽だとも。


曾ては、華琳以外に対して興味を持ってはいなかった俺が変わった物だな。

勿論、華琳という存在こそ“始まりの切っ掛け”には違い無いのだが。



(…そういう意味で言うと最初に俺と縁が出来たのが思春だった事も大きいか)



何処か、過去(じぶん)を、記憶(そくせき)を、彼女の姿へと重ね合わせてしまう要因が有ったしな。

…まあ、俺は思春みたいに可愛い気が有ったとは全く思わないけどな。


華琳も、皆も、俺の存在が自分を変え、成長させたと言ってくれる。

それは“切っ掛け”という意味で、与えた事だが。

まあ、俺が何を言おうとも当事者がそう思うのならばそれで構わないけどな。


ただ、それは自分にしても同じ事が言える。

華琳や思春だけではない。

皆、一人一人との出逢いが積み重ねた日々が。

俺を少しずつ変えている。

そうでなければ一夫多妻の価値観も状況も、今も尚、受け入れる事は出来無いで誤魔化していただろう。

決して、嫌いな訳ではないのだけれど。

煮え切らない、と言うか。

要はヘタレてたからな。




歩きながらでも話せるが、それなりに長くなるだろう事なので場所を変える。


街に有る公園へと移動し、二つ平行に並んだベンチに二人ずつ腰を下ろす。

公園とは言っても大多数の“彼方”での現代日本人が考える公園とは違う。

未整備の土のグラウンドか空き地と呼んだ方が正しい10m×15m程の敷地に石を運び込み削って造ったベンチや丸椅子が二十個程設置されているだけの物。

ベンチや丸椅子と呼ぶのは職人さんに失礼な気がする粗末な造りではあるが。

意図的に限り無く無加工なデザインというのであれば何も文句は無いのだが。

“取り敢えず、座れるなら何でも構わないよな?”と造った者達の声が聞こえて来そうな気がする物だから少し愚痴りたくなる。

実際には口にしないがな。


当然ながら曹魏の公園とは別物だと言える。

だって、植木の一つも無い殺風景な公園だからな。

尤も、宅のは俺が設計し、主導して建造しているから色々とアレなんだが。

それはまあ…置いといて。

とは言え、この公園も宅の影響による文化の一つ。

避難場所として考えるなら無闇に遊具を置かないのも有りだとは思う。

でも、草木は植えような。

戻ったらマフメドさん達に話して置こう。

景観も大事な要素だと。


まあ、それでも人々の集う交流の場としての意味では公園として機能していると言う事は出来る。

俺達以外にも座って集まり話をしている者達が三組程見掛けられるしな。

他にも、敷地を元気に走り回っている子供達も居る。

その見た目には間違い無く公園と呼ぶ事は出来る。

どんなに御粗末でも。


そう考えると、設備よりも結局は人々にとって其処が親しみ易く、利用し易く、“また此処に来よう”等と思える場所である事。

それが一番大事なんだなと改めて思わされる。


“安全な社会の国”という印象の強い現代日本でさえ公園に対して“危険性”を考慮しなくてはならない。

それも事故ではない。

犯罪の可能を、である。

それを時代の所為にしても何も解決はしない。

根本的な社会性なのだから教育・法律・経済・医療。

これらを真剣に改善しない限りは、今、目の前に有る光景の様に、幼い子供達が無邪気に遊び回る事なんて難しい事だと言える。

何故なら、それは常に親の監視の目の有る中でしか、得られない仮初めの安全と自由なのだから。


“昔は良かった”。

そう言う人が偶に居る。

確かに、と思う。

当たり前の様に、人が人を思い遣り、助け合える。

そんな日常が確かに存在し実現出来ていた。

けれど、文明の発達により人々の心は少しずつ欠けて失っていった。

自分の事ばかりを考えて、他人の事は考えない。

そんな社会性の根幹そこ、皮肉にも社会を発展させる文明の発達である。


人にとって本当に不必要な物とは何か。

それは様々な過ぎたる技術なのかもしれない。





「…やはり御疲れでは?」



公園の光景を眺めながら、少し考え込んでいたらしく愛紗に心配された。

一瞬、話そうかと思ったが止めておく事にした。

別に“彼方”の事を出さず話をする事は可能だ。

誘拐等は時代や社会性には関係が無く起きる可能性を持った犯罪だからな。

ただ、そういう話を此処で遣ったら、後から複数名に文句と愚痴と小言と非難を貰う事になる可能性が高いだろうからな。



「いや、大丈夫だ

ちょっと考え事をしていただけだからな

ありがとうな、愛紗」



出来る限り、自然を装って微笑みながら、隣に座った愛紗の頭に右手を伸ばして優しく撫でる。

誤魔化してしまう事に対し罪悪感を覚えてしまうが、そんな事を気にせずに俺を心配し気遣ってくれている愛紗には素直に感謝する。

其処に嘘偽りは無い。



「い、いえ…私はその…

妻として当然の事を…」


「んっ、んんっ!!」



照れて俯いてしまう愛紗。

だが、然り気無く上目遣いをしながら、チラチラッとアピールもしてくる。

“撫でるだけですか?”と期待している様な眼差しに男として、夫として、ついクラッ…としそうになる。

しかし、この場には生憎と俺達以外にも居る。


俺の対面に座っていた翠が態とらしく咳払いをすると愛紗と静かに睨み合う。


“良い所だったものを…”

“一人だけ良い雰囲気とか抜け駆けするか、おい?”

“抜け駆けなどしていない

“流れ”的に、そうなったというだけで作為は無い”

“へぇー…そうなのか…”

──という感じで、交わる視線が火花を散らしている様な気がした。


何と無く、取り残されて?蚊帳の外状態の螢に視線を向ければ、“…止めないで良いんですか?”と視線で訊ねられて“君子危うきに近寄らず、だからな…”と返しておく。

多分、其処等の火事の中に飛び込む方が楽だろうし、俺の心身の安全性は高いと言えると思う。

まあ、だからこそ、同性の螢でさえ、“我関せず”の姿勢に徹している訳だ。


火花散る彼処に飛び込める猛者は、そうは居ない。

余程の命知らずか、馬鹿、或いは空気が全く読めない鈍感を司る存在位だろう。


取り敢えず、眩しく激しい火花が消えるのを大人しく待っているとしよう。

下手に口を挟むと此方にも飛び火してくるからな。


触らぬ女神に祟り無し。

男神より女神の方が怖いと思うのは俺だけだろうか。




暫く、周囲の長閑な景色を眺めていた。

直ぐ傍では対照的に剣呑な睨み合いが続いた。

明るく元気な声に対して、後者は静かに冷たい無言。

…うん、怖かったよ。

直視が出来無い位にね。


それでも、落ち着いたのを見計らって流しに掛かる。

再燃する可能性は低いとは思うが、無いとは言い切る事が出来無いので。

翠の質問に答える事により意識を逸らしてしまう。



「さて、内乱の件だが…

実態としては存在はしない

だが、不特定多数の人々の意識下に刷り込まれている潜在的な可能性でも有る」


「…って事は、現実的には内乱は起きてはいない

けど、まだこれから起きる可能性は有る訳か…」


「そういう事だな

だから、解決する必要性は訊かれると難しい所だ

放置しても自然に消滅する可能性も有るし、何かしら手を出す事に因って俺達が誘発させてしまう可能性も十分に考えられる」


「…迂闊な真似は出来無い事は当然なのでしょうが…

完全に放置するというのも難しい問題ですね…」



愛紗の言った通り。

難しい所なのが本音だ。


これが“禍”により起きた或いは起きる内乱であれば俺は介入する事を躊躇わず解決、若しくは政治的には踏み込まない所までの中で処理する方向で動いていただろうからな。

勿論、この件の原因自体は禍に間違いは無い。

間違いは無いのだけれど…



「…物凄く搦め手です」


「確かになぁ〜…」



眉根を顰めて呟いた螢に、翠は苦笑しながら同意。

俺も愛紗も同じ気持ちだし恐らく魏内に居る華琳達に話しても同じ様に思う筈。

それ位に面倒臭い。



「取り敢えず、原因である禍の本体は討ち滅ぼす

現時点で、はっきりと俺が言える事はそれだけだな」


「そういう結論に為るのも仕方が無い事ですね…」



俺は全知全能ではないし、万能でもない。

出来無い事は出来無いし、不可能な事は不可能だ。

ただ、他人より手札が多く“極一部の事”に関しては詳しいというだけでな。


こういう時、基本的に俺が主導する以上、愛紗達には俺以上の策は出し難い。

勿論、思い付けば良いが…

大抵は俺の思考の範疇。

その域を出はしない。

それは知識は勿論として、自身の経験が圧倒的に不足している為だ。

こればかりは、俺も教える事が難しいからな。





「…でもさ、雷華様?

今回の禍って、何が狙いでそんな遠回りで面倒な事を遣ってるんだ?

私達──と言うか雷華様を誘き寄せるのか、出すのか判んないけど…

それだったらさ、態々此処じゃなくても良いよな?

もっと魏に近い場所でも

まあ、此処だと援軍とかは直ぐに来れないけどさ〜」


「確かにそうですね…

“望映鏡書”の様に明確な意図や目的が有るのならば少しは垣間見れる筈ですが今回は不明のままですし…

現状、犠牲者が居る様にも思えません」



翠の指摘に、愛紗も同意し自分の考えを口にする。

二人共に、ローランの件で色々と学んだからなのか、“視える”様に為ったな。


そう感心しながら、視線を螢へと向ける。

どう思っているのか。

それを訊ねる為に。



「…現時点で得られている情報では断定の出来る事は僅かだと思います

…でも、一つだけ…

…ある要因を仮定としての上でですが、付け加えると見えてくる事が有ります」



そう言った螢を見詰めつつ自然と上がりそうになった口角を何とか抑える。


本当に、三人共各々に良く成長してくれているな。

お兄さんは嬉しいぞ。

…其処っ!、“お前の方が年下だろ”とか言うな。

それが事実だとしても。

男には見栄を張りたい時が有る物なんだから。



「ある要因って何だ?」


「…この禍の件の裏側には“黒幕”が居る、と」


『──っ!!』



何気無く、いつもの調子で聞き返した翠の言葉に対し螢がはっきりと答えた。

それを聞いて、翠と愛紗は思わず息を飲んだ。

驚いているのが判る。

それと同時に高まる緊張が場の空気を変えた。




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