12 蜃楼の傀儡絲 壱
関羽side──
自分の一撃により、アレが真っ二つに両断される。
手応えは有った。
だが、想像していた程の物ではなかった。
防ぐ際にも使う筈の大鎌は既に雷華様と翠の攻撃にて右腕諸共失われていた。
ただ、残った左腕で多少の軽減を図って防ぐ、という選択肢は有っただろう。
だが、そうはしなかった。
その事から見ても判る。
雷華様の仰有っていた様にアレは末端に過ぎない。
そして敢えて此方の攻撃を誘ってもいる、と。
氣を感知してからの反撃を狙っていたのは最初だけ。
今は、アレを使い捨てにし情報収集を行っている。
そう判断する事が出来た。
故に、雷華様は必要最低限による最善策を選ばれた。
長期戦は情報を収集される分だけ私達が不利になる。
何しろ、此方側が得られる情報量は知れている。
主導権は彼方に有る以上はどうしようもない。
最優先すべきは脱出。
それに限られていた。
勿論、本体を引き摺り出し討てるのであれば、それが最善な事には違いないが。
それが至難だからこそだ。
敵前逃亡ではない。
戦略的撤退であり、次へと繋げる為の決断だ。
「──っ!」
アレを両断した刃。
それが“何か”に触れた。
瞬間、“硬い”という印象を受けたが、即座に何かが違うと感じ取る。
それを理解・説明が出来る程に、知識も経験も私には足りてはいない。
故に、はっきりとした事は何も判らない、というのが正直な所だった。
ただ、直感的に感じた。
恐らくは敵の本体に繋がる事なのだろう、と。
その直後だった。
まるでアレが弾け飛ぶ様に眩い閃光を放ち、視界を、世界を、白く塗り潰した。
無意識に閉じた目蓋。
一時的にだが、視覚は麻痺している状態だった。
真っ先に変化を感じたのは触覚──肌だった。
皮膚を炙る様に感じる熱。
炎の類いではない。
じりじりと照り付けてくる日射しに因る熱さだ。
次いで、塞がれていたかの様に静かだった耳の奥へと音が流れ込んで来る。
飛び交う声、雑踏、物音、動物の鳴き声、風の音…
この世界を彩る様々な音が私に教えてくれる。
戻って来たのだと。
ゆっくりと目蓋を開ければ見覚えの有る景色。
少し懐かしい様に思うのは気分か感覚的な物だろう。
ただ、一安心する。
ふと、今更に思う。
反射的に目蓋を閉じるしか出来無かった。
もしも、それが攻撃ならば私は無防備だった。
雷華様が直ぐ傍に居た以上死ぬ事は無かっただろう。
しかし、重傷を負っていた可能性は有った。
そう思うと身震いする。
如何に雷華様が、氣という技法が、多彩な事を可能にしているとは言ってもだ、死者を蘇らせる事は不可能なのだから。
尤も、仮に出来るとしても雷華様は遣らないだろう。
死を、生を、命の理を。
尊重すればこそ、冒涜だと理解出来るのだから。
──side out。
光に塗り潰された後。
ゆっくり閉じていた目蓋を開いてみれば、最後に見たそのままの街並みが色彩も鮮やかに有り、通りを行き交う人々が、声が、雑踏が実感を与えてくれる。
戻って来たのだと。
──等と、感じ入っている訳にはいかない。
傍に佇んだ偃月刀を構えた愛紗の右腕を取ると直ぐに近くの裏路地へと向かう。
それを見た螢が、同じ様に槍を構えている翠の右腕を取って俺達を追ってくる。
「ら、雷華様!?」
「ちょっ!?、何だよ!」
訳が判らないという反応の二人を他所に俺と螢は先ず背後を振り返り、特に誰の姿も見えず、視線の類いを感じない事に安堵する。
それから二人に向き直ると視線を武器へと落とす。
「街中で武器を晒していて不審に思われないと?」
『──あっ…』
そう言うと、俺に釣られて視線を武器へと向けていた二人が漸く気付いた。
これが曹魏内であったなら即時、逮捕・拘束される。
勿論、旅人・外国人という立場で有れば当然の事だし曹魏の民でも一般人ならば同じ事ではある。
多少、扱いの差は有るが、それは仕方が無い事だ。
自国の民と、他国の民。
何方等に信頼を置くのかと問われれば、判る事。
まあ、自国の状況次第では理解しているが故に他国の民の方が信頼を置ける事が有る場合も有るだろう。
それはそれ、である。
尚、此処でいう外国人とは人種等ではなく国籍の事。
曹魏の国籍を持たない者は等しく外国人扱いだ。
それは元々は曹魏の現在の領地にて生まれ育っていたとしても、他勢力に所属し別の地に住んでいたのが、今に為って戻って来ようと国籍は認められないという事実にも繋がる。
現在の曹魏内の戸籍管理は非常に厳格だからな。
「…取り敢えず、雷華様のお陰で私達に対する視線や意識は有りませんでした」
「雷華様の?」
「一応な、念の為に俺達の周囲に薄めの結界を張って認識を阻害しておいた
強過ぎると、万が一にだが彼処に取り残されてしまう可能性も有ったからな」
「げっ…それは御免だな」
「俺一人なら大した問題に為らないんだが、お前達が或いは最悪誰か一人だけがそうなる事態は避けないと困るからな
まあ、中に誰か居る以上は空間自体の消滅は無いし、消滅させる場合には彼処を強制退去させられるから、死にはしないと思うが…
その後、此方に戻れるか、または何処に戻されるのか判らないんだけどな」
「…聞きたくなかったな」
「翠、今、そう思ったのはお前だけではない」
力無く肩を落とした翠に、愛紗が肩を叩いて言う。
励ましてはいない。
同志として、傷を舐め合う様な感じだろう。
因みに、螢も無言のままに愛紗に同意してコクコクと頷いていたりする。
気持ちは判るが…あれだ。
一人だけ“非常識”扱いをされている気がするな。
お前達も俺とは同類だって事実を忘れるなよな。
「何はともあれ、こうして無事に戻って来れたんだ
先ずは良しとしよう」
実際、無事に戻って来れた事は大きいしな。
何処かに飛ばされなかった事は幸いだと言える。
まあ、そうする余裕すらも無かったんだろうが。
あの時、俺から始まり翠、愛紗と続く三連撃を確かに指示はした。
だが、その動きに関しては詳細は話していない。
各々の判断に任せた上でのアドリブ・コンボ。
それでも、俺の思い描いた通りに二人は連携した。
間違い無く、最善手。
だからこそ、届いた。
「あっ、そう言えばさ
彼処って気温とか天気ってどうなってたんだ?
此方に戻って来た時に肌が日射しの熱さを感じたから気付いたんだけど…」
「その事は私も翠と同様に気になりましたね…
どうなのでしょうか?」
民家の外壁に背中を預け、座り込んだ翠が訊ねる。
座り込みはしないが同様に外壁に背中を預けた格好で此方を見る愛紗も同意。
螢は手頃な高さの岩の上にちょこん…っと座りながら静かに俺を見ている。
特に異論は無いらしい。
まあ、さっきの今で、再び彼方へと引き摺り込まれる事は無いだろうし。
緊張から解放されたばかりだから小休止をする序でに質問に答えて置くかな。
「“鏡面世界”は創造時の状態を反映するが、時間の流れは反映されない
だから、天気や季節等への変化は生じないな
気温に関しては誰が、何時何処で創造をしても一定の状態になる
ただ、創造後に結界を張り意図的に、気温や天候等を操作する事は可能だ」
今回の相手はそういう所は適当だったみたいだがな。
これが人間の術者・能力者だったなら、変な拘りとか派手や過度な演出等をしてくれていた所だろうな。
そういう意味では、人外で良かったかもしれない。
面倒臭くないからな。
「あ〜、成る程な〜…
だから、此方に戻ってから変化を感じたのか〜」
「ある意味、その変化こそ在るべき現実を実感出来る要素でも有ったな…」
「…不思議体験ですね…」
感慨深そうにしているが、今後、まだまだ彼方に行く可能性は残っている事実を教えてやるべきだろうか。
少しだけ悩んでしまう。
…まあ、相手の能力な以上再び行く事に為る可能性は理解しているだろうしな。
態々言う必要は無いか。
その方が反応が面白くなるかもしれないからな。
「でもさ、雷華様…
アレが敵の末端だとしても本体をどうやって引き摺り出すんだ?
それに別空間から操ってた末端が相手だったからこそ有効だった不意打ちっぽい戦い方もさ、透過されたら通じないよな?」
頭の後ろに両腕を回して、組んだ両手の上に頭を乗せリラックス状態へと入った翠が核心を突いてくる。
態度と指摘のギャップにはグッ…と──来ない。
寧ろ、溜め息が出そうだ。
遣れば出来る娘。
その域を後一歩出切らない彼女の現状に対して。
…まあ、珀花とか灯璃とか珀花とか居るけどさ。
「──何で二回っ?!
雷華様っ、何で私だけ二回名前が出たんですかっ?!」
「自業自得だ、馬鹿者め」
「冥琳酷いっ!」
「そんな事は今更だな」
「開き直られたっ?!」
──という、御決まり的な脳内コントによる一幕。
まあ、非常に想像のし易い現実でも有るんだが。
只ですね、珀花さんや。
俺個人としては、無邪気で気分屋で愛嬌の有る性格もお前の魅力だとは思う。
それは構わないんだよ。
でもな、それとは違って、お前の可笑しな方向に対し成長している技量を見ると冥琳でなくても小言の一つ程度は言いたくなるぞ。
何しろ、華琳が真顔で俺に“特別補習”を課すべきか相談してきたからな。
俺としては、別に遣っても良かったんだが。
冥琳の嘆願が有ったから、華琳が取り下げたけど。
少しは真剣に考え様な。
「………雷華様?」
愛紗に呼ばれて我に返る。
今、視界に映っているのは青い空と白い雲。
思考に引っ張られて思わず魏の方を見ていた様だ。
…ちっとも感動しないし、ロマンチックの欠片ですら見当たらないんだが。
「…御疲れでしたら部屋に戻りましょうか?
話は後からでも私達は全然構いませんので…」
「いや、大丈夫だ
ちょっと考えていただけで疲労とかは特に無い」
「それなら良いのですが…
今更ですが、どうか御無理は為さらないで下さい」
あまりにも真剣過ぎる顔と声の愛紗に罪悪感が…。
謝れ、俺と珀花。
健気な愛紗に謝れ。
説明が出来無いから声には出せないから、心の中で。
小さく短く一息吐いてから質問に答える。
「愛紗、アレを両断した際どんな感じだった?」
「…硬い、と感じました
ただ、石や金属の類いとは違う気がしました
アレ自体ではなく本体との“繋ぎ目”ではないか、と思います
根拠は有りませんが…」
感触としては予想通り。
だが、一度の接触で其処に気付いた事には驚く。
それが直感による事だったとしてもだ。
こういう感覚は実戦でしか培われないからな。
連れてきて正解だった。
「いや、その感覚は正しい
如何に創造者であっても、鏡面世界への干渉には必ず存在している事が必要…
完全に隔離された状態での干渉は不可能だ」
「つまり、アレの足元──じゃないか、腰元?
まあ、底の部分に本体との繋ぎ目が有ったって訳か」
「そういう事だ
其処を護る様にして結界を張っていた
愛紗が触れたのがソレだ
そして、身の危険を感じて反射的に、俺達を彼処から弾き出した訳だ」
「油断が有ったから使えた一度限りの荒業だな…」
感心しながらも呆れを含む翠の言葉に、小さく口角を上げて笑って見せる。
“一度で十分だからな”と言外に答える意味で。
「そして、愛紗の一撃へと本体の意識が集中した隙に俺の方で本体に“呪印”を刻んでおいた
次に鏡面世界へと引き摺り込んでくれたら、俺の方も本体を引き摺り出して遣る事が出来る
一度捕らえたら、簡単には獲物を逃がしはしない
確実に、仕留める」
「…っ……狡ぃっての…」
「…ああ、全くだ…」
「…………」
そう言った瞬間に、三人が顔を赤くして外方を向き、小さく呟いていた。
何を言ったか、はっきりは聞こえなかったが。
まあ、多分、悪い内容では無かったんだろうな。
“男の勘”が働かないし。
当てになるのかは判らない勘だけどな。




