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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
590/915

        拾


 馬超side──


雷華様の指示、その意図は理解出来る。

“美味しい所を〜”云々は表向きの台詞に過ぎない。

本当の狙いは愛紗の意識を少しでも逸らす事。

本人が無意識に懐いている(きょうふ)から、な。


死は怖れて然るべき物。

恐怖する事は恥ではない。


そう、雷華様に教え導かれ今の私達が在る。

当然、愛紗も理解している事ではある。

だけど、“禍”を相手に、死を実感した事は無い。

雷華様の作る“負の氣”を前に、相手にした経験なら私達には有るが。

本物と対峙し、尚且つ直に死を実感したのは初めての事だったりする。

ローランでの一件では特にそういう事は無かったし。

いやまあ、勿論、初めての禍を相手にした実戦だから色々と感じたり、考えたりする事は有ったけどさ。

それは普通の──人相手の戦いでも似た事に過ぎず、今回の様な事ではない。


正直、自分が愛紗の立場で攻撃を受けていたら。

そう考えただけでも身体は小さく震えてしまう。

もし、雷華様が居なければ私達は確実に死んでいた。

その事も実感する。



(…通りで雷華様も私達を遠ざけたくなる訳だよ…)



自分達の持つ“戦い”への概念なんて綺麗さっぱりと打ち壊されてしまう。

氣という存在を、技法を、実際に体感した時でさえも驚きだった事は、まだ短い私の人生でも十指に数える出来事だった。

“望映鏡書”の事なんて、それ以上だったしな。


それでも、“並び立つ”と望み、叶える為に。

私達は“高み”を目指して日々の鍛練を積み重ねる。

果てしない欲求。

そんな風に言う事も出来るかもしれないな。

それ程に私達の懐く想いは強いのだから。

だからこそ、並大抵の事で足を止めはしない。


今だからこそ、判る。

雷華様からすれば、其処が危うく感じたんだろうな。

だから私達を遠ざけた。

そういう事なんだって。


勿論、愛紗だって、その事自体は理解出来る筈だ。

ただ、無意識に懐いている恐怖心が邪魔をする事も、私達には理解出来る。

当然、雷華様にもだ。



(こういう時でも甘やかす真似はしないよなぁ…)



そう考えながら私は胸中で苦笑する。

勿論、私達の、愛紗自身の意志が有るからこそだが。

逃げ(いいわけ)が出来る状況でこそ、厳しい。

その都度、試される。

その度に、乗り越える。

“まだまだっ!”と闘志と気合いを燃え上がらせて。



(本当、巧いんだよな〜…

まあ、それだけ私達が凄い負けず嫌いなんだけど…)



自分でも不思議に思う。

負けず嫌いなのは確かだが此処までの物だなんて全然思ってなかったし。

こうなったのは元の質より雷華様の存在だろうな。


本当、我ながら大変だって改めて思わされる。

でも、それも含めて楽しく思うし、幸福感と充実感を感じてもいる。

未だ見ぬ夢の果てと。

我が恋の、行く路に。



──side out。



此方から仕掛ける。

それでも、初手は受け身に回らざるを得ない。


別に空間を歪曲させてくる敵を相手にするのは初めてという訳ではないのだが。

自分の側が“多数”だった事は記憶に無い。

と言うか、殆んどが単独の戦闘だったからな。

“誰かと共に戦う”という状況は数える程しか記憶になかったりする。

…ボッチではない。



(本体を引き摺り出すのは無理だろうな…

出来れば、此処で倒せれば一番楽なんだが…)



そんなに都合良く進むとは思ってはいない。

故に、取り敢えず脱出する事を第一目標に置く。

高望みしても仕方が無い。


それから、恐らくは此処は使い棄てるだろうから態々マーキングをする必要性は無いだろうな。

まあ、一応マーキング済みだったりはするけどさ。

もし、次に此処に引き摺り込まれたら、此方から外に出る事は可能になるが。

俺だったら使わないな。



(とは言え、新しく判った事も有るからな…)



今、本体が現実空間に居る可能性は極めて低い。

表立って行動しているのは俺達だが、俺達とは違って潜んで行動をする隠密衆も街中には存在している。

普段は非戦闘を貫く姿勢を遵守させている。

だが、今だけは違う。

その為に、少数精鋭による選抜部隊を配備してある。

もし、現実空間に居たなら隠密衆が見逃しはしない。

確実に、何かしら仕掛けて事態に動きが出る筈だ。

例えば、隠密衆も此方へと引き摺り込まれる、とか。


そういった変化が起きない事からも見えてくる。

恐らくだが、此方とは別の空間を創造し、其方等側に本体は居るという可能性が高いと思える。


そして、もう一つ。

愛紗達には言わなかったが俺達が対峙しているアレは例えた通りである可能性が高いと思う。

それは相手の能力云々の事ではなく、アレが使い捨て可能な末端──俗に言う、“蜥蜴の尻尾切り”である可能性が高い事だ。


それが事実だとするならば物語る事は一つ。

彼方も“情報収集”の為に俺達を此処に引き摺り込み試している、という事。

あまり考えたくはないが、今までの相手の動き等から考えたなら、その可能性が高い様に思う。

だとすれば、下手に此方の手の内を晒す真似は下策。

可能な限り、少ない手数・単純な方法による、現状の打開が最善だろう。



(…ったく、面倒臭い奴が待っていたものだな…)



長期戦にはしたくはないが為ってしまう可能性は今は五分五分だと言える。

しかも、長期化も短期化も相手の動き次第だ。

後は如何に此方の望む方に誘導出来るか否か。

其処に掛かっている。



(脱出・情報収集・誘導、加えて、撒き餌もしないといけないとか…)



人相手とは違い、簡単には成功しないだろう。

と言うか、宅の軍師陣でもその全てを一度に成す事は不可能に近い。

それを遣らないといけない俺の苦労は“大変”という言葉では足りないと思う。




“愚痴る余裕が有るなら、それだけで増し”──か。


本当に追い込まれていると視野・思考・判断・選択は狭窄してしまう。

“そう為っている”と自覚出来るのであれば、先ずは直面する事とは全く関係の無い事を考える。

例えば…この後、一体何を食べようか?、等。

そうする事で、リセットし改善・脱却する事が出来る場合が有る。

絶対に、完全に、とまでは行かないが。

それは仕方が無い。

最終的には個々に違う事は避けられないのだから。



(現状、一番厄介な結果は此処に隔離・幽閉されて、放置される事だな…)



“鏡面世界”は此処だけ。

だが、他にも隔離空間等を創造する事は可能だ。

複数の空間創造能力を持つ存在は珍しくはない。

本体が居る空間は其方等。

故に、矛盾はしない。

しかし、“鏡面世界”との併用に関しては俺自身でも初めての事だったりする。

そういった状況下に実際に置かれてみると有効な手と認めざるを得ない。


とは言え、全く何も欠点が無い訳ではない。

鏡面世界を維持する為には一定時間内に創造者自身が空間に存在する必要が有るという点だろう。

しかも、最低でも1時間は此方に居ないと駄目だ。

勿論、俺の知る鏡面世界と全く同じとは限らないからその制約自体が存在するかどうかは判らないが。

現実世界と同規模の空間。

その広さは厄介だ。


ただ、一つだけ。

鏡面世界には“基準点”が必ず存在している。

それは覗き込む鏡の様に、其処を中心として、世界を転写する為でもある。

そして創造・維持する為に必要不可欠な要素。

其処を探し出せば、本体と接触は可能だろう。

故に永久的な隔離・幽閉は俺達には通用しない。

時間は掛かるんだけどな。



(何にせよ、次の接触…

その出来次第だな…)



相手に俺達を隔離・幽閉し続ける意志が無い内に。

“このままでは危険だ”と思わせられるかどうか。


自身の危険を承知の上で、俺達を真綿で絞め殺す様に餓死させる事を選ばれると事後処理も面倒だからな。

此処は“引き分け”狙いで纏める事が出来れば十分。

欲を出しはしない。


尤も、鏡面世界を複数創造可能だとしたら。

当然ながら、全てを一から考え直す必要が有るが。

そうではない事を願う。





『────っ』



あの後、アレが姿を消して凡そ1時間。

漸く、姿を現した。


先程よりも距離を取って、円周起動上を滑る様にして移動しながら──先程とは大きく異なった動き。

明かりが明滅するかの様にその姿を消したり現したりしながら、一定方向だけの動きではなく。

左右に不規則に移動する。



「…これってさ、私達の事揶揄ってるのか?

それとも誘われてる?」



だが、攻撃してくる様子は見受けられない。

明らかに攻撃の誘発が目的なんだろうな。

これが、仔猫を相手になら有効な手だと思う。

今頃は頭を低く下げつつ、御尻は上げて、尾と身体を左右に揺らしタイミングを計りながら飛び掛かる為に集中を高めている真っ最中だった事だろう。

…想像すると場違いに心が和んでしまうが。



「………にゃん…」


「…ああ、そうだな」



螢の“にゃん”発言もだが静かに同意した愛紗に対し驚いてしまう。

…これが以心伝心か。



「いや、多分、似た様な事考えてただけだと思うな」


「…そう言う翠さんも」


「否定はしないよ」



静かな、何気無い会話。

それでも、感じ取れるのは無駄な力みの無い、適度な緊張感と集中を持っている戦闘時の良好な状態であるという事だ。

肝が据わっていると言うか度胸が有ると言うか。

まあ、同じ事なんだが。

一番危うさの気配が有った愛紗ですら、いつも通り。

こういう時の、切り替える早さは特筆すべき事だな。



「はぁ〜…これだから…」


「…仕方無いと思います」


「今更だからな〜…」



唐突に溜め息を吐く愛紗に続いて螢・翠と呆れた様に呟いている。

頭では“追及はするな”と理性が訴えるが、本能的に聞き返したくなる。

まあ、単なる習慣的な事に起因する反射行動なんだと思うけどさ。



「…何の事だ?」


「自覚無し、か…」


「そうだろうな…」



翠・愛紗の一言の後、三人揃って溜め息を吐く。

そして、はっきりと言う。



『“誰かさん”が居るから私達は平気なんですよ!』



…顔が見えない状況なのは幸いだったかもしれない。

…ったく、きっと今の俺は口元がどうしようもない程緩んでいる事だろう。

本当、遣ってくれるな。




静かに、ゆっくりと。

深呼吸をして、集中する。



「10秒前」



そう、一言だけ言うと後は各々の体内時計で秒読み。

態々“纉葉”を用いずとも声に出さずとも10秒程度であれば、ズレる事も無くカウントを合わせられる。

それだけの鍛練を積み重ね身体に染み付いている。


1秒、1秒、進んで行く。

そして、残り3秒に達した瞬間に、右手に握り締める“咒羅”に氣を込める。


次の瞬間だった。


右斜め前に現れ、右側へと移動していたアレは動きを急停止させた。

まるで“掛かって来い”と言わんばかりの態度。

俺は口角を吊り上げながら前へと踏み出す。


秒読み?、そんな物は単に仮の目安に過ぎない。

臨機応変に対応出来なくて現場指揮は務まらない。


愚直な程に真っ直ぐに。

疾駆し、接近すると右から左へと咒羅を振り抜く。


だが、綺麗に通過する。

しかし、それは考慮済み。

初撃は氣を纏わせた側で。

そのままの勢いで回転させ氣を纏わぬ側で追撃。

棍──長物ならではの攻撃だと言える。


通過したと同時に反撃へと行動を起こしたアレの持つ大鎌を弾き、体勢を崩すと不意打ちに押され左側へと身体はズレる。

其処へ俺に続いて走り込む翠の刺突が襲い掛かる。

此方も氣を纏わぬ一撃故に反応は出来ていない。

俺が弾いた大鎌と共に持つ右腕は無防備で、防御する間も与えずに翠の一撃にて肩部分を穿たれ、飛ぶ。

その勢いのままに擦れ違う様に駆け抜けた翠の開けた道を加速しながら疾駆し、愛紗が小さく前に向かって跳躍した。

両手で握り締め振りかぶり大上段へと構えた偃月刀を全力で降り下ろす。

接触する百分の一秒という瞬間に氣を纏わせて。


その一撃が決まった直後。

視界は光に染め上げられて白く塗り潰された。




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