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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
589/915

        玖


──ゴガィンッ!、と鈍い音が二つ響き渡る。


同時に左手に感じた衝撃が入った事を物語る。

次いで、視界の端で捉えた縦に伸び上がる影。

それを追う様にして視線を向ければ、打ち上げられる彼奴の姿が有った。


地に繋ぎ止め様と凄い力で無理矢理にでも、引き摺り下ろそうとする重力という名の鎖を断ち切りながら、憧憬の彼方(そら)を目指しゆっくりと、しかし力強く浮かび上がり、羽撃く様に飛び行くロケットの発射を思わせる光景。

その事を共感出来るのが、華琳と──“天の御遣い”である他二人だという現実には複雑な気分になるが。


上空へと向かって浮かび、昇って行く姿をスロー再生を見ているかの様な感覚で捕捉しながらも、今だけは無防備になっている状態の彼奴の身体を下から見上げ覗き込む様にする。



「──っ!?」



事前に姿を見ていたが故にある程度の予想を組み上げ可能性を考慮していた。

一番高かった可能性として浮遊系の能力を持っているという場合か、半霊化した存在だという場合だった。

何方らにしても、下半身は存在しない。

その可能性が最も高い、と俺は考えていた。


しかし、事実を視認にして目の前に居る相手が、俺が思う以上に厄介な存在で、面倒な相手だと判る。



(…此奴、半身だけを…)



彼奴の下半身の“切れ目”辺りに位置する場所。

其処に見えているのは剥き出しになった骨。

体毛?に覆われている為、“生きた物”という印象を無意識に持ってしまったが必ずしも、そうであるとは限らないのが此奴等だ。

両手が骨ではない事もまた誤認させた要因だろう。


だが、今重要なのは問題は其処ではない事だ。

覆う毛の中がスッカスカの骨だったとしても倒す上で考えれば大した事ではなく少々攻撃が当たり難くなるというだけの事。

十分に許容範囲内だ。


しかし、現実は俺達に楽をさせてはくれないらしい。

下から覗き見た彼奴の身体──下半身の部分に微かに視認する事が出来た歪み。

それは僅かな物だった。

まだ、愛紗達には見極める事は難しいだろう。

それは、“空間の歪曲”が生じた際に見られる特徴。

中でも、“繋がっている”場合に多く見られる物。

それが意味する事は一つ。

此奴は半身だけを此方へと置いているという事だ。



(そうなると目の前の姿が本体とは限らないか…)



普通に考えれば、上半身が本体、或いは重要な部分を持っている事になる。

脳や心臓・肺の様に。

だが、相手は生物としては正面ではない。

倒した、と気を緩ませれば死角から急襲されて死亡、なんて事は想像し易い。


目の前の姿は上半身だが、本体からしてみれば触手の様な末端部分かもしれず、鮟鱇の擬餌状体の様に餌を誘き寄せる為の役割を持つ可能性も考えられる。

態々、危険を冒してまでも自分の本体を晒す必要性が無いのだからな。




彼奴を観察していたのは、時間にしてみれば3秒にも満たない事だ。

確かめるべき必要最低限の情報を得て、即座に愛紗を抱えたままで、その場から飛び退いた。


攻撃が入った、という事は相手にも“近くに居る”と気付かれた事になる。

とすれば、俺達の目の前に姿を晒した部分が、本体の一部ならば次が本命。

餌を仕留めに来る可能性が高いと言える。

故に、距離を置く事は別段可笑しな判断ではない。


俺が飛び退いたのを確認し先に距離を取っていた翠と螢は彼奴から距離を置いて警戒しながら合流する。

抱き抱えていた愛紗を離し静かに彼奴を見据える。


跳ね上げられた筈の身体は空中で、そのままの姿勢でピクリとも動かないままに停止していた。

その様子を見て不気味さを感じなければ、生物として何処かが壊れている可能性が高いと言えるだろうな。



「…どういう事ですか?」



息を飲みながら問う愛紗。

僅かだが声が震えている。

最も危険な状況に晒された直後だから緊張も警戒心も高くなっていて当然。

寧ろ、その程度に自制する彼女の精神力を誉めたい。

この状況ではしないが。



「判り易く言えば片手遣い人形みたいな物だな」


「それって、手袋みたいに填めて遣う人形劇の?」



“健緑庵”等で子供達用の人形劇を遣る事が有ったり玩具として与えたりする為曹魏の者には知られている物では有るし一般家庭にも子供が居れば一つ位は有るという程度には浸透済み。


親子のコミュニケーションツールとして、原始的だが“会話をする”という点で意味が大きいので俺個人は推奨している。

しっかりとした物語である必要も無いからな。

まあ、今は関係無い話には違い無い事だけどね。



「ああ、アレと同じ感じで目の前の存在は敵の本体が別の空間に居て操っている末端に過ぎない

だから、あんな動きをして止まったりする訳だ」


「…確かに、先程の反応は払い除けられたりした時の手みたいでしたね…」


「そう言われると…」


「確かに…」



螢の補足した一言を聞いて翠と愛紗も想像出来た様で納得していた。

だが、同時に緊張と警戒は先程よりも高まった。


目の前に居るのが末端。

それも自分達の掌、或いは指程度に相当する存在だと仮定するなら、その本体は一体何れ程の巨躯なのか。

以前孵化した“望映鏡書”の姿を見た事が有る。

しかし、それはそれだ。

あの時は観ていただけ。

対峙してはいない。

当然ながら、懐く恐怖心や感じる威圧感は、あの時の比ではない。


少なくとも、人の形をした成人男性の数倍にも為ろうという巨躯の敵なんて物を相手にする機会は少ない。

と言うか、無いに等しい。

一般人であれば尚更にだ。

また、氣を使えたとしても必ずしも、こういう状況に身を置くとは限らない。




──それでも、だ。


臆さず、怯まず、冷静に、事実として向き合えるのは偏に彼女達の努力が故。

嬉しく、頼もしく思う。



「さっきのアレって、一体何なんだったんだ?

通り抜けてたよな?」


「…幻影とは違いますよね

…当たってましたから…」



そんな事を俺が考えている間も三人は遣るべき事へと意識を傾け、集中する。


逆に一人思考が逸れている自分に苦笑してしまう。

そんな余裕が有る事にも、そう考えていられる状況を“悪くない”と感じている事に対しても、だ。


さて、それは兎も角として翠と螢から出た疑問。

それは件の当事者となった愛紗にしても同じだろう。

声にこそしないが一瞬だけ俺に向けた視線には同意が込められていた。


既に彼奴は姿を消しており俺達は再び背中合わせにて四方に視線を向ける。

先の流れから位置が代わり今度は翠が真後ろ、右側に螢が居て、左側に愛紗。

それが今の布陣だ。



「さっきのは咄嗟だったが全くの見当違い、という訳ではなかったらしいな…

飽く迄も仮説ではあるが、彼奴には透過能力が有る」


「透過って…いや、待てよ

だったら何で当たるんだ?

避けられるだろ?」


「…もしかしたら、相手は部分的には透過が出来無いという事ですか?」



俺の言葉に直ぐ疑問を覚え口にした翠に、愛紗が少し考えてから、自身の推測の可否を確かめる様に訊く。



「その可能性も高いな

ただ、そう決め付けるのは隙を生む事になる

その点は間違えるなよ」


「はい」


「判ってるよ、それで?」



結構軽い返事ではあるが、きちんと理解している事は俺も愛紗達も判っている。

だから、その態度等を今更咎めたりはしない。

身内だけだから、という事も要因の一つだしな。



「先ず、肝心な問題としてアレを末端とした場合に、アレは視覚を有するのか」


「…成る程、視覚が無い

そう仮定した場合に相手が此方を感知する方法として戦闘の為に氣を纏った所を狙う、という訳ですね」



行動を振り返ってみれば、意外とあっさり判る事。

要因は必ず有るのだから。


元々、此方の大凡の位置は把握しているのだろう。

周囲を探る様にしていた事からしても、距離感までは掴めていなかった、という辺りが妥当な所か。

だが、方法は有る。

ただ仕掛ければ済む話だ。

愛紗は迎撃に際し、相手が“禍”である事から自然と偃月刀に氣を纏わせた。

それを感知すれば相手との距離は掴めてしまう。




あれは咄嗟の判断だった。

氣を纏わせた愛紗の持った偃月刀を透過した、という一点だけからの判断。

冷静に判断し考えてからの行動ではなかった。

だが、強ち間違っていた、という訳ではなかった様で“咒羅”は大鎌の刃を確と捉え、弾いていた。

それが一連の結果だった。



「なら、氣を纏わせなきゃ簡単に当てられる訳か

何だよ、楽勝そうだな」


「…いえ、それは無理だと思います」



楽観視した翠に対し直ぐに否定を口にした螢。

当然と言えば当然か。

軍師として間違った見解を持たせたままで戦う真似は先ず見過ごせないからな。



「どうしてだよ?」


「…確かに今ままでの話で言えば、氣を纏わなければ攻撃を当てる事は可能だと私も思います

…でも、根本的な解決には至りません

…禍を討ち滅ぼす為には、氣を用いる事は必要不可欠ですから」


「……ぁ…」



螢の説明を聞き、思い至り小さく声を漏らす翠。

抑えてはいても無音に近い空間に居る以上、何気無い呟き程度だったとしても、聞こえてしまう訳だ。

まあ、今は本人の羞恥心を煽らない為に指摘する様な事はしないけどな。



「螢の言う通りだ

少なくとも効かない攻撃を幾ら当てても仕方が無い

陽動・誘導に使うにしても決め手が有ってだしな

現状、本体までは無理でも最低限、アレを倒さないと此処からは出られない

その意味、判るよな?」


「…私達は御腹は空くし、眠くもなります」


「…という事は、遣るしか無い訳ですね」


「まあ、どの道な」



螢の尤も過ぎる一言には、胸中で苦笑する。

だが、その通りでもある。

彼方は不眠不休不食下でも大して問題にはならないが此方は違う。

食料は“影”内に有るから問題無いが、他は別。

加えて、主導権は彼方だ。

長期化・持久戦の選択は、自殺行為に等しい。


多少、リスクを冒してでも短期決着させる。

そうしなければ、今までの地道な苦労も無駄に為る。

それは許容し難いからな。





「…で、具体的には?」



羞恥心を抑えながらの為か少々拗ねた様な口調の翠が打開策を訊いてくる。



「先ず、状況確認として、あの時“俺の声を聞いて”お前達は動いた訳だが…

本来なら、アレも合わせた行動が出来る筈だ

だが、アレは反応せずに、俺の攻撃を受けた」


「…聴覚も持っていない?

先ず味覚は無いでしょうし嗅覚が有れば、私達の事を探知も出来るでしょうからそれも無い…」


「って事は触覚のみ…

益々、操り人形って感じが強くなってきたな」



触覚も鋭敏とは言えない。

もし、あの体毛らしき物が触毛・震毛の類いであれば確実に感知出来ている。

魚類の側線の様な器官等も持ち得てはいない可能性が高いと言える。

当然、有している可能性を排除はしないが。

それを警戒して仕掛けない事の方が愚考だろう。

今は少しでも情報を収集し対処する事が最優先。

故に、踏み込むべき時には躊躇せずに踏み込む。



「…でも、逆に私達の方は行動の制限が減ります

…受け身で居続けなくても大丈夫という事になれば、出来る事が増えますから」


「そう考えると今よりかは増しになるって訳か…」



螢の言葉に納得しながら、少しだけ肩の力を抜く翠。

聞いていた愛紗も同様に。

今は、それで良い。

集中を途切れさせる真似は愚行に為るが、身体に入る無駄な力みを取り除く事は咄嗟の反応に大きな違いを生み出す。

備える事が大切だ。



「…次にアレが現れた時、先ず俺が仕掛ける

次に氣を纏わせて翠が続き最後に愛紗だ

愛紗は当たる直前に為って氣を纏わせろ

螢は観察しつつ翠と愛紗の援護に備えて距離を取れ」


「愛紗が美味しい所か…」


「いや、必ずしもそう為るとは限らないな…

決まれば問題は無いが…」


「…そうでなければ彼方の感知能力と反応速度は桁が違う事になります」


「面倒な相手だな…」





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