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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
588/915

        捌


感知と探索を行いながら、愛紗達に向けて簡単にだが説明しておく事にする。



「この場所は“鏡面世界”──“写し世”、或いは、“転写世界”とも呼ばれる特殊な空間だ

彼方──現実世界を写した陰の様な存在だ

だが、此方で建物等を破壊したとしても彼方に影響が及ぶ事は無い

だから、遠慮は無用だ」



詳細な情報は省き、重要な点だけを伝える。


正確な事を言えば、此処は現実世界の模写世界だ。

この世界──空間へ入った瞬間の現実世界を写し取り反映している。

所謂、“反転世界”と違い此方は連続する時間軸から一部を切り取る様な物。

故に、世界の景色は最初に反映された状態から、特に何もしなければ、恒久的に変化する事は無い。

何故ならば、体感時間こそ存在していても、実際には時間軸から外れている為。

停止している訳ではないが流れは現実世界と異なる。

厄介な点は創造した時点で設定した時流が有効であり変更不可能な事。

遅いのなら問題は無いが、速い場合は素早く現実へと戻らないと色々と困る。

有り体に言えば、浦島太郎状態になってしまうから。

尤も、今まで得た情報から推測すれば、遅いか同じかなんだとは思えるが。


だが、だからこそ得られる情報が存在もしている。

一度、形成されてしまうと創造者が破棄・抹消しない限りは存在し続ける。

しかし、重複は出来無い。

その為、一度形成したなら継続して使用をする場合が殆んどだと言える。

創造する事自体が簡単ではないからな。


周囲の景色に視線を巡らせ意識の一部を向ける。

建ち並ぶ建物から得られる情報は多くは無い。

“彼方”の様に四季折々の装いを街が見せるという事自体が少ない為だ。

人々が居たなら服装等から季節感を感じられるのだが生憎と生命は不在。

それは期待出来無い。

加えて、この辺りは降雪が有るには有るのだけれど、その期間がとても短い。

それでも、屋根等に痕跡が見られない以上は時期的に外れる可能性は高い。

排除出来無いのは継続して降り続く訳ではないのだし年毎に気候も異なる為。

故に可能性は残る訳だ。


こういった状況で情報的に得易く正確である可能性が高いのが、植物だ。

意図的に操作されない限り最も時と季を反映するのが自然界でも象徴的な彼等の存在だと言える。


現状、迂闊に移動する事は出来無いので、収集出来る範囲は限られてしまうが、それでも十分だと言える。

こういう時、自分の趣味が大きく役に立つ。


“ミン・ラフマティ”。

“沢山の感謝”という名を与えられた多年草。

御辞儀をする様に下垂する淡く黄色掛かった白い花を付ける姿から名は来ておりフェルガナでは親しまれるセロジネの一種。

この辺りのみの品種であり開花時期は十月〜十一月。


つまり、この空間の主は、今から最低でも半年前には目覚めていた、という事になる訳だ。




早ければ反董卓連合の頃、遅くとも時代が群雄割拠に突入したばかりの頃。

此奴は既に目覚めていた。


それが判ると自然と疑問も浮かんでくる。

だが、今は一旦保留する。

謎解きに意識を傾け過ぎて足元を掬われる様な訳にはいかないからな。



『────っ!!!!』



──と、考えている中で、俺達は一斉に息を飲む。

俺の感知に引っ掛かったが僅かに一秒程。

しかも、愛紗の正面。

つまりは俺の真後ろに姿を現し──直ぐに消えた。

振り向く時間は無かった。

翠と螢も視認出来たのかは微妙な所だろう。

偶々、其方等寄りに視線と意識を向けていれば。

その程度の可能性だ。

それでも、確認はする。



「姿は見えたか?」


「…無理でした」


「私は少しだけど見えた

鼠の毛皮みたいな外套だか衣装だか何なのか判らない端っこが本の少しだけって程度だったけどな…」



螢、翠と俺の意図を理解し答えると最後に現状で最も見た可能性が高い愛紗へと俺達の意識は向く。


僅かではあるが怯える様な愛紗の気配を感じる。

それは未知に対するよりも個人的な価値観に伴っての恐怖心の様に思える。


ただ、愛紗も強い。

直ぐに自身の懐く恐怖心の影響を排除すると息を吐き思考を切り替えた。

戦場に於いて、最も死因に直結し易い要因が何なのか理解しているからな。

自分から、死因を作り出す真似は遣らない。



「翠の見た通りに、外見は鼠の毛皮を身に付けている様な格好ですね…

ですが、服装というよりは全身を覆っていましたので体毛という印象です

何より、特徴的だったのは人に酷似した姿でしょう

しかし、腰から下は無く、宙に浮かんでいました

此方に見えない様に隠蔽か何かされていたというのも可能性としては有りますが私には判りません…

両手は鶏の足の様な感じで五本指ではなく…恐らくは四本指ではないかと…

その手には、無骨ながらも不気味な程に存在感の有る大鎌が握られていました

しかし、頭部は毛髪なのか体毛なのか判りませんが、長く濃い鼠色の大量の毛に覆い隠されていて見る事は出来ませんでした」


「何だよ、其奴は…

“死神”って奴なのか…」



愛紗の説明を聞いて思わず想像した姿に嫌悪感を示し小さく声を漏らした翠。

そう言いたくなる気持ちは判らないではない。


長く、そういう存在ばかり相手にしているから自然と慣れた為に受け入れられるというのが正直な所。

勿論、生まれる前から──そういう一族の血筋が故の得意な適性や価値観が有る事も一因では有るが。


脳裏に思い浮かんだ姿は、“死神”と称するに十分な要素を持っているだろう。

そういった存在を恐怖心や畏怖等から人々が想像する事は珍しくはないしな。

持ち得る能力が如何な物で有ろうとも関係無い。

それは他者から見た印象に因って決まる事。

自称ではないのだから。




とは言え、外見なんて物は今はどうでも良い事。

重要なのは、何故、相手は此方に姿を見せたのか。

その理由を考える。


直ぐに幾つかが頭に浮かび上がってくる。

その中でも、可能性として高い物が三つ有る。

先ず、此方に対し意図的に“思い込ませる”為。

姿を見せた、という事実は姿を透明化・景色等に同化させる事が出来無いという思考を促す事で、此方側の油断を誘う事が狙い。

実際、十分な経験と知識が無い者の場合には無意識に思考から可能性を除外してしまっても可笑しくはない事だと言える。


次いで一度姿を見せる事で此方に印象付けて、異なる姿を使って奇襲を仕掛けるという狙いが有る場合。

但し、これは五感のみでの戦闘を行う相手に対しては有効だが、俺達の様に氣を用いる相手には効果が薄い事だったりする。

その事を理解しているかは現段階では不明だが。


最後に警戒心を煽る事。

一つ目と似ているが此方は受け身を強要する為。

此方の行動を制限する事で主導権を握ろうとするのが狙いなのだろう。

そう考える事が出来た。



(…可能性としては中でも一つ目が高いか…)



姿を見せる、という行為は印象付ける目的が強い。

抑、姿を透明化したりする事が出来るので有れば態々陽動をする必要は無い。

そのまま奇襲してしまえば簡単な話だからな。

つまり、姿を見せた行為はそういった能力を持たない事の証明にも繋がる。

そういう風に思わせたい、のだとすれば遠回り過ぎる上に俺の様な思考・判断が出来るだけの事前知識等が必要不可欠となる。

俺達が皆、その前提条件を満たしているか否かを知る術は無いと言える。

由って、確信を持てる。


三つ目の可能性も絡ませた心理的な誘導が最も高いのかもしれないな。

何にしても、狙いとしては次への布石だろう。

そう考えると仕掛けてくる可能性は高まる。



「…最初は守勢に回っても構わない、慎重にな…」



無音と言っても間違いとは言えない場所に居るのだし聞こえているかもしれないけれど、一応小声で指示を出しておく。

場合によっては、それさえ新たな情報を得る為の餌に使う事も出来るのだから。




──そんな風に皆に指示を出しながら、実際には己が射程に入った瞬間に身体が無意識に反応し掛ける。

ピクッ…と動く程度だが、場合によっては失態とすら言う事が出来るだろう。


あれから、十数度になる。

敵は俺達の前に姿を晒し、此方の様子を窺うかの様に何もせずに消えた。

体感時間としては約1時間程度でしかないのだが。

集中しているが故に精神を摩耗しているのも確かで。

多少の苛立ちを懐いても、何も可笑しくはない。

其処で短気に為らないのは日々の鍛練の賜物だろう。



「…これってさ、向こうに()る気有るのか?…」


「…無い訳は無いだろう…

…そうでなければ此方へと私達を引き摺り込んだりはしないだろうからな…」


「…まあ、そうだよな…」



小声で交わされるのは翠と愛紗の他愛無い会話。

俺と螢は感知に集中する為無駄な会話には不参加。

だが、翠の考えは判る。

最初の二〜三回は1秒程度でしかなかったが、以降は2〜3秒近い間姿を現し、何をするでもなく左右へと移動して──姿を消す。

俺達を中心に、コンパスで円を描く様に。

互いの距離感は区々だ。

近くなったり遠くなったり同じ位だったり。

一定以上は近付かないが、一定以上は遠退かない。

ただただ現れては彷徨いて消えて行く。

それを繰り返しているだけなのだから。

せめて、只の一度だけでも攻撃してきていれば敵意・戦意を明確に感じ取れて、気持ちも楽なんだが。



(こういう状況になると、どうしても“もしかしたら戦う気は無いのでは?”と思考に別の可能性を生じる意識が紛れてしまうな…)



勿論、そんな事は無い。

有り得ないという事を俺は確信しているが。

思考という物には制限など存在しないからな。

考えてしまう訳だ。

考えるだけならば問題には為らないのだから。



『──っ!!』



そんな事を考えていた時。

やはり彼奴は前触れも無く俺達の前に姿を現した。

位置は翠と愛紗の間。

其処から愛紗の方に向けて円周軌道上を移動する。

アイスリンク上を滑り行くフィギュア・スケーターの選手の様に滑らかに。


──と、その時だった。



「──っ!?」



彼奴が初めて、一線を越え内側へと入って来た。

真っ直ぐ、愛紗に向かい。


その気配の変化に俺も翠も螢も愛紗の方へと振り向き迎撃体勢に入る。

それは当然の事だ。

だが、経験から来る直感がけたたましいまでに警鐘を鳴らしていた。



「──っ、受けるなっ!

避けろっ!」





理由を理解する事も無く、直感に従い咄嗟に叫ぶ。


しかし、既に愛紗の身体は迎撃行動に入り、目の前に敵も迫っていた。

両手に持った大鎌を大きく振りかぶりながら。

愛紗の首に狙いを定めて。


それは正しく絶体絶命。

其処からの回避は至難だと言える状況だった。



「────」



それでも愛紗は動いた。

意思と理性による行動では有り得なかった。

理性が判断するよりも早く愛紗の身体は俺の声を受け本能的に無意識に反応したという感じで。

それは偏に日々積み重ねた経験と信頼に因る反応だと言えるのかもしれない。


迎撃の為に振り出していた右腕は止まらない。

だが、左手を咄嗟に離して左後ろへと身体を捻り──無理矢理に仰け反る。


その直後、彼奴が手に持つ大鎌の刃が閃いた。


愛紗の偃月刀を何も無いと思える様に静かに真っ直ぐ“通過”してゆく。



「──っ!?」


「──なっ!?」



先程まで自分の頭が有った場所を通過してゆく凶刃を鼻先を掠めながら見送った愛紗は勿論、振り向きつつ俺の声に反応し、その場を離れて飛び退いていた翠が驚愕の声を上げた。

螢も声こそ上げなかったが同じ様に驚愕した筈だ。

俺でさえ、そうなのだ。


だが、俺は退避はしない。

愛紗(つま)を危険域に残し離れる事は出来無い。

身を屈めながらも、前へと踏み込んでゆく。


強引過ぎる回避行動により完全に体勢を崩した愛紗を抱き止める様に俺は右腕を伸ばしながら、左手に握る“影”から取り出していた“咒羅”に氣を纏わせずに回転させると、大鎌の刃と彼奴の頭部とを下から搗ち上げる様にしてカウンターとなる一撃を放った。




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