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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
584/915

        肆


──五月五日。


日本人の感覚で言うのならG.W.の真っ只中。

旅行や帰省やレジャー等で観光地等も賑わいも見せる経済的にも重要視をされる一時期だとも言える。

今の俺には関係無い事だが日付を聞いて真っ先に思い浮かぶ程度には、馴染みの有った事だと判る。


その感覚通りに観光気分で楽しめたら気楽なんだが。

現実は容赦してくれない。


朝食を頂いた後、愛紗達とマフメドさんの邸宅を出て昨日と同じ様に適当に街を歩き回って散策を行う。

一応、体裁だけでも彼等に話した通りの行動を取って見せて措かないとな。

これは何も自分達が彼等に疑い怪しまれない様にする為だけの行動ではない。

彼等の為の物でもある。


自分達の行動が不自然なら一番に関わりを持っている彼等にも周囲の疑惑の眼は向けられてしまう。

疑わしきは罰せずの判断が出来る者ばかりなら此方も気にはしない。

だが、世の中は真逆。

何とか彼等の足を引っ張り引き摺り下ろそうと考え、有りもしない事を吹聴して風評被害を与える程度の事であれば迷わず遣るという欲に塗れている連中の方が遥かに多いのだから。


確かに面倒な事ではあるが此方の行動によって彼等に被害が及ばない様にする為には必要な配慮だ。


そんな訳で、愛紗達と街で仲良くデート──ではなく視察を行っている訳だ。

…公私混同?、何デスカ、私、漢語、判リマセン。

…すみません、思いっ切り公私混同しています。

と言うか、良いじゃない。

仲良くデートをしてたって誰に迷惑を掛けるという訳でもないんだからさ。

…誰に言ってるのか?

自分の中の“華琳達の事を考えて遠慮しろ!”と叫ぶ真面目過ぎる俺に対して。

いやまあ、その言い分も、判るんだけどね。

それを言い出してしまうと俺達夫婦の場合だと遠慮で何も出来無くなんですよ。

妻の人数が人数なんで。

という訳で、真面目過ぎる俺には退場して頂く。


決して彼が言っていた事は間違ってはいない。

しかし、だからと言って、正しいという訳でもない。

それは一つの観点に因る、一つの解に過ぎない。

絶対と言える答えではなく数多有る内の一つに。



(──とか、変な事ばかり考えている時点で俺自身は現実逃避している訳だ…)



…そうなった理由?

代わる代わる左腕を取られ抱き抱えられると、各々の個性豊かな主張が…ね。

うん、それも現実逃避。

いや、そうしないと色々と俺も困るんだけどさ。


普段、俺の左側って華琳の専用機──いや、指定席の扱いだからな。

こういう機会とかでないと愛紗達は遠慮する訳だ。

華琳に“勝ってはいない”状態で、そうする事を。

だからまあ、これは内緒の愛紗達の我が儘な訳で。

俺も断れない訳なんです。

本当は衆目を気にするべき所なんだけどな。

仕方無いよな、これも。




愛紗達と旅行・観光気分を楽しみながら、のんびりと散策をして過ごす。


勿論、時々は住民達に対し世間話の体で話し掛けての情報収集も行っていた。

流石に仕事を放り出して、遊び呆ける真似はしないし愛紗達だって許容しない。

珀花と灯璃なら別だが。



『雷華様、それは酷いっ!

否定は出来ませんけど!』



──と、脳内で二人仲良く声を上げていた。

その後、冥琳達の登場まで1セットになっているが。



『冥琳達の部分は無くても全然良いと思いますっ!!』



──と、落ちが出た事で、思考から消え行く二人から抗議の声が最後に出た。

確かに、俺の妄想内の二人だとは言え、自分にとって不都合な存在を態々出せば抗議の一つもしたくなるのかもしれない。

だが、残念無念。

其処までの流れが有るから一種の安定感と価値が有るという事もまた事実。

つまり、そんな意味の無い提案は却下である。

所詮、俺の妄想だしな。


そんな他愛無い事を時折、考えたりしながらの感じで暫く散策をした後、適当な店で一休みする事に。

直ぐ近くに有る御茶屋風の雰囲気を持っている店舗に目を止めると、愛紗達にも確認し同意を得てから決め店へと入ってゆく。


尻に敷かれている、という訳では有りません。

単純な多数決ですから。

尻には敷かれていません。

其処、大事ですから。

そんな自分への言い訳?をしながら店の入り口を潜り抜けていった。


すると、明るく元気な声で出迎えた十代後半辺りかと思う女性店員に案内されて四人席へと着く。

曹魏では当たり前の光景も一歩“外”に出れば珍しい光景だったりする。

サービス業の質というのは今の時代では追及され難く後回しにされ勝ちである。

しかし、そういう状況こそ逆に他との違いを出す上で有効な事だったりする。

それを理解し、実践すれば必然的に集客力は上がる。

時間が経てば、他も真似てサービスの向上を図るが、その頃には“その程度”が基本水準になっている事は珍しくはない。

つまり、早い者勝ちな訳で商業の世界では当たり前の事だったりもする。


尤も、この辺りだけでなく所謂シルクロードの要所で見られる様になっている。

そうなった要因は一つ。

宅が此方に行商に来る様に為った影響なんだけどな。

同じ商人ではあるが、質は宅の方が格段に上だ。

自慢話をしているという訳ではないが、事実だ。

俺も影響の一因ではあるが華琳を含め、そういう事に厳しい者は宅には多い。

なので、自然と質は向上し水準が高まる訳だ。

何より、曹家に認められるという事が今では商人達の大きな栄誉だからな。

良い所はライバルからでも積極的に取り入れて改善し更に上を目指す。

その上で“健全な競争”が互いの質を高める訳だ。

足の引っ張り合いではなく自他共栄の精神がな。




実際、曹魏から出て個人で商いを始めれば、その地で一代で身代を大きく出来る事だろう。

一から始めても、だ。


商人でなくても曹魏の中で高い水準に触れていたなら自然と家人や店員に対して求める基準が高くなる。

その要求される域に届けば他の商人との違いを生み、成功を出来る事だろう。

勿論、出来れば、だ。

その基準が当たり前の事と理解出来無い者に理解させ納得させる事は思う以上に中々に難しく、大抵の場合“厳し過ぎる”とか言って辞めてしまうだろうしな。

高い水準を一から意識させ浸透させる事は大変だ。

普通、個人経営のレベルで実現する事は困難。

“彼方”の現代社会の様に情報化社会になっていれば話は別ではあるが。

“此方”の現代の技術では長期的な計画となる。


宅にしても華琳を筆頭とし何年もの長い時を費やした下地が有るから出来た事。

曹家という驚異的な財力・人材・統制力を持つ組織が本腰を入れて遣っていた。

だから、出来た訳だ。

もし、俺と華琳が再会して結婚した後だったとしたらまだ数年は必要とする様な状況だったと思う。

それだけ人々に高い水準を浸透させるには長い時間が必要だという訳だ。


だから、曹魏を出ようとは考える者は先ず居ない。

と言うか、己が私利私欲に眼が眩んだ者は疾うの昔に一攫千金を求めて出て行き死んでいたりするからな。

生きていても、宅の性質上戻る事は難しい。

運良く民として戻れても、商人としての再起は不可能だったりする。

宅が許可を出さないから。

闇商人に為れば、死。

そう為る位なら、戻らない事を選択するだろう。

そして、そうなる可能性に考えて至れるのであれば、出て行こうとは思わない。


他の地の情勢も一因だとは言えるのだが、それ以上に程々でも曹魏で生活をする事の方が重要だから。

曹魏の民として有る事が、商人としての利を得るより家族の安全が確かな国での生活の方が大きな為に。


黄巾の乱、反董卓連合等で失われた人命と未来。

その過去(きずあと)こそが人々に深く刻み込んだ。

(おわり)という概念を。




そういう概念が無い此処で高い水準が浸透した理由は単純に屈指の有力者であるマフメドさんが感嘆して、積極的に取り入れたから。


有名人から影響を受け易い大衆心理は世界や時代等が違っても共通する事。

真似する事で“擬似的に”自分が変わった様な気分に浸れるからな。

憧憬に近付く、というのも似た感覚かもしれない。

スポーツ選手が憧れている選手の真似をしたり、練習方法や生活習慣を取り入れ遣ってみたりするのと同じ様に、である。


まあ、そんな事は目の前で何を頼もうかと考えている愛紗達には関係無い。

即座に甘味を注文する辺り愛紗も随分慣れてきたなと思う今日この頃。

昔の愛紗なら二人の行動を咎めて、俺が苦笑しながら許可を出してから選ぶ事を始めていただろうに。

別に悪い事ではないから、問題は無いんだけどな。

馴染めば馴染む物だ。


感覚としては、10時半を回った辺りだろう。

“影”から“纉葉”を出し確認してもいいのだけれど懐中時計なんて代物は未だ流通していない時代だ。

目立つ行動は避ける。

それに、感覚とは言え別に見なくても大凡は判る。

そういう技能が必要と為る業界で仕事をしていない。



「雷華様は何を?」


「んー…そうだな…

取り敢えず、お前達の物と被らない物にするから先に選んで良いよ」


「ほら、やっぱりな

だから言っただろ?」



俺の返事を聞いていた翠が得意気に笑みを浮かべて、一応気を遣って俺に訊ねた愛紗に言う。

それを受けて、愛紗の方も判り易い反応を見せる。

怒る所までは行かないが、少しだけ苛立ちに顔を顰め翠を小さく睨んだ。



「親しき仲にも礼儀有りと言うだろうが

私はただ雷華様にも訊ねて措くべきだと思って…」


「ありがとうな、愛紗」


「はっ、はいっ」



放置をすると気が付いたら説教話に発展していそうな気がしたので右手を愛紗の頭に伸ばして、撫でる。

因みに、席の位置は角卓に二人ずつ並んで座っており俺の右隣には愛紗、対面に螢が座り、螢の左で愛紗の対面に翠が座っている。

…まあ、先程の翠の言動は席取り合戦にて敗れ去った翠の拗ねから来る仕返しの様な物だからな。

長引かせると後に響く。

殺し合いとかはしないが。


素直に撫でられて、表情を緩ませている愛紗を他所に翠へと視線を向ける。

“子供みたいな真似だな”という感じで揶揄うと翠は少しだけ顔を赤くしながら外方を向いた。

“放っとけ!”と言う様を想像出来てしまう程に翠の判り易い反応に苦笑。


でもまあ、これで一先ずは落ち着くだろうな。

…螢?、一人マイペースに頼む物を吟味しているよ。

馴れているからこそ結末は予想し易いしな。




注目を済ませ、待つ間。

話題は自然と仕事の内容に傾いてしまう辺り、俺達は一昔前の典型的日本人的な思考なのだろうな。

俺は兎も角、愛紗達までがそうなったのは俺の影響が大きいのだと思う。

…いや、待てよ。

そう言えば確か、小野寺が言っていたな。

“ゲームを、基準点とした世界なんだ”と。

もし、彼の言ったゲームを日本人が製作したのならば彼女達に日本人的な思考が反映されていたとしても、可笑しくはない。

…いや、可笑しいけどな。

まあ、何方らが先なのかはどうでもいい事だ。



「しかしさ、本当に内乱が起きてるのか?

街や人の雰囲気からすると全く感じないんだよな〜」



そう呟いた翠。

少し拗ね気味な表情だが、切り替えてはいるらしい。

俺とだけ視線を合わせない辺りが彼女の意地であり、可愛らしい所だろう。

尤も、そう思っている事に感付かれると面倒臭いので平静を装うが。



「内乱と一口に言っても、その実態は様々だ

国全土に波及し巻き込んだ大規模な戦争級の物も有るだろうし、一地方や地域の限定的な物も有る

目に見える混乱や武力衝突ではなく、政権・経済的な駆け引きに傾倒・終始するという場合も、稀な事ではあるが、全く無いという訳ではない」


「…つまり、同じ国内でも“他人事”って訳か…」



道徳的には受け入れ難いが現実的な事を言えば理解が出来てしまう。

だから、眉根を顰める翠と愛紗の気持ちは判る。

理想より現実、な軍師より軍将──武人寄りの方が、感じ易いジレンマだ。


だが、俺達も似た様な物。

旧・漢王朝という同領内を分断して争っている訳だし偉そうには言えない。




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