参
遣り過ぎると後が怖いので深追いはしない。
揶揄うのは己の“安全”が確かな範囲内で、だ。
《それにしても、よく俺が繋ぐって判ったな…
それも“女の勘”か?
それとも、愛故に?》
──って、思ってる矢先に自分の心から出る失言。
“何言ってるの俺っ!?”と客観的に見ている心の中の自分の一人が絶叫する。
ネガティブ思考な別の俺は両手両膝を付いて項垂れて絶望を口にし、冷静沈着な名探偵風味な俺は潔く諦め十字を切って祈りを捧げ、諦めが悪いだけの根性論な俺は兎に角喧しい。
──といった感じの、俺の脳内での自分会議の間にも事態は刻々と進む訳で。
自分達を統合する俺は、静かに華琳の反応を待っていたりする。
慌てたり、誤魔化すと更に事態が悪化する事は簡単に想像出来るからだ。
零れた水は戻らない。
吐いた言葉は消えない。
ならば、兎に角出来る限り必要以上に事態を動かそう等とは思わない事。
時には沈黙も必要な事だ。
──とは言え、何で迂闊な事を俺は言ったのか。
その事を冷静に考える。
単純に揶揄い合う事が癖に為っているから?
いや、其処まで無意識的に遣ってはいない。
寧ろ、そういう方が相手を不用意に傷付けてしまう為必ず意識的・意図的に遣る事を心掛けている。
…立派そうな事を言っても遣っている事は子供っぽい訳なんだけどね。
誉められた事でもないし。
其処はまあ、言わぬが花。
恋人・夫婦の戯れ合いって事なんですよ、ええ。
(…つまりは、あれか?
俺自身自分で考える以上に華琳に依存しているって事になるのか…)
依存と言うのが正しいのか中々に難しい所だが。
拘り──いや、執着心なら確かに有るとは思う。
綺麗な感情とは言えないが否定する気は全く無い。
だって、事実だからな。
それよりも俺自身も驚いた点が有るとすれば、一つ。
まだ離れて十日程なのだが自分が思っている以上に、募っているのかもしれない事を思い知らされた点か。
恥ずかし過ぎるな、おい。
まあ、華琳には知られてはいないから良いけど。
《…駄々漏れよ、ばか…》
《………ぉぅ…》
ボソッ…と返された華琳の一言に一瞬だけ茫然とし、事実を理解し受け止めると頭を抱えて項垂れた。
もしも、このポーズを型に像を造ったとしたならば、きっと俺はこう銘を打つ。
“身悶える人”、と。
何処から?、何処までを?という疑問は当然。
しかし、華琳の言葉からも“互いに追及はしない事”という意思を感じ取る。
揶揄うネタとしては華琳に大きな分が有るのだが。
遣ったら遣ったで色々と、生じる問題が有る。
主に、我慢という面で。
追及が行われるとしたら、それは仕事を片付けて家に戻ってから、だろう。
我慢する必要なんて無い、そういう状況で。
お互いに僅かに間を置いて直ぐに切り替えられる辺り大した物だと思う。
自画自賛と言うよりかは、自虐的な意味を含んでいると言うべきだろうがな。
《…で、其方の様子は?
何かしら動きは有るか?》
《いいえ、平穏なものよ
仕事は有るから退屈だとは言えないけど、以前までの状況に比べたら、ね…》
《それはそうだろうな…》
暗黙の了解として、先程の会話は綺麗に受け流す。
そして、元々の本題の方に素早く修正してしまう。
人を呪わば穴二つ。
意味としては全く違うが、最終的に何方も身を滅ぼすという事では似ているので持ち出しただけ。
特に深い意味は無い。
《桂花を追加した事だし、“陽動”の線を疑っていたのでしょう?》
《…お見通しか》
《ふふっ、当然よ》
桂花を待機組へと追加した理由は確かに備えだ。
但し、それは件の“禍”に対しての物ではない。
ローランでの一件は俺にも隠密衆にも気取れなかった謂わば“偶発的な事故”と考えてはいる。
しかし、其処に全く作為が絡んでいないかと訊かれたとしたなら、俺は迷わずに“否”と答えるだろう。
飽く迄も可能性の範疇だが安易に除外する事が出来る程に軽くはない。
華琳の言った通り。
俺が疑ったのは陽動策だ。
抑、フェルガナの内乱自体タイミングが疑わしい。
“何故、今に為って?”と俺だけではなく、華琳達も当然の様に考えた筈だ。
ただ、“以前からも兆候は有ったのだから表面化するまでに発展しても可笑しい事ではない”と考えたなら納得は出来てしまう。
一応、筋は正しく通るし。
しかし、其処に禍が絡むと俺達としては無視する事も放置する事も出来無い。
つまり、此方が確実に動く状況を“造られた”という可能性が出て来る。
その為に彩音達を置いた。
けれど、ローランに着いた事で疑惑が増えた。
外部からの侵入に対しては宅の備えは強固だ。
しかし、“内部の者”への警戒は緩み易い。
そう簡単には手を出せない様に隠密衆が付いているが絶対ではない。
しかも、今回の様に緊急な状況に為ってしまった場合避難と安全を最優先すれば綻びが生じてしまっても、何も不思議ではない。
例えばそう、商隊の面子に紛れ込んだり、何かしらの術を施したり、とかな。
そういった事を防ぐ為に、桂花を追加した訳だ。
花杖の能力なら適任だし、商隊の者達に気取られずに検査・判別が出来る。
本の僅かな小さな隙一つが致命的な“砂城の一粒”に為り兼ねない。
それが今の状況でもある。
他の勢力に対し、突出した国力・軍事力を持っている曹魏とは言え、それは所詮“人の範疇”での話。
俺達にとって最終目標だと言える“災厄”を相手に、そんな物は通じない。
故に、臆病な程に慎重でも丁度良いと言える。
後手に回らざるを得ない。
そのもどかしさに焦ったり慌てれば、負けも同然。
故に不動不惑にて相対す。
宅の方は問題が無いという事は特に連絡が来ない以上確信してはいた事だ。
とは言え、先に述べた様に可能性としての動きが有る事は考えられたからな。
取り敢えず、一安心だ。
《孫策・劉備の様子は?》
《隠密衆からの報告だと、目立った動きは無いわ
──ああいえ、一つだけ
劉備の陣営は漸く南蛮との交渉に向けて出立したわ》
《…随分と掛かったな》
思わず、そう言ってしまう事は可笑しくはない。
抑、俺達が曹魏を発つ前の時点で会談に向けて使者を出せる状態には有った。
しかも、一度遠征の経験が有る事も勿論、邪魔をする可能性が高い孟獲達は既に臣従している訳だ。
それ故に、道中の妨害等は無いに等しいのだし、道も孟獲達の案内が有る以上は結構楽に行けるだろう。
諸葛亮や趙雲という劉備の家臣でも比較的正面な者が機能している事も有る。
多少の統治上の問題ならば苦にもしない筈だ。
それだけに俺自身としても意外な事だと言える。
《別に陣営の面子に異常が有った訳ではないわよ》
俺の懐くであろう疑問。
それに対する答えを華琳は訊くよりも先に返す。
返すと言うのが正しいのか微妙な気はするけどな。
《…なら、何か別の問題が有ったのか?》
《問題と言うには…まあ、間違いでもないのかしら》
勿体振る言い回しではなく微妙に言葉を濁す華琳。
其処に違和感を感じるが、此方に影響が有る類いの事ではない事だけは判る。
と言うか、呆れている様に感じるんだけどな。
…一体何が有ったんだ?
《…まあ、その…あれね
立場や思想、価値観とかも関係無いという訳よ
男女の情事に関しては…》
《………はぁ?》
予想外と言うか、思考的に可能性として浮かんですらいなかった華琳の言葉に、思わず間の抜けた声が漏れ出てしまった。
でも、仕方が無いと思う。
だってほら、その通りだとそういう事なんだろうし。
《…気持ちは、判るわよ
貴男のも、劉備達のもね》
《時と場合を理解してれば有り得ない事だけどな…
まあ、何だ…元気出せ
帰ったらデートでも何でも付き合うからさ》
《…ええ…ありがとう》
“曹操”としては、複雑な心境だろうからなぁ…。
俺だったら、迷わず繋いで愚痴ってるかも。
“少しは華琳を見習え”と劉備達には言いたい。
盛るのは勝手だけどさ。
何とも言えない空気になり互いに小さく溜め息を吐き合ってしまう。
…念話なのに、だ。
とは言うものの、このまま引き摺っても仕方が無い。
気持ちも思考も切り替えて孫策の話に移ろう。
彼方なら別に盛っていても大きな問題は無い。
劉備と情勢が違うからな。
流石に“明るい家族計画”位はしているだろうし。
出来ていたら出来ていたで御目出度い事では有るが、現状では迂闊な真似をする事は無いとは思う。
…小野寺も最低限の範疇で義務教育課程の保健体育や生物学の知識は有る筈。
大丈夫だと、信じたい。
《孫策の方はどうだ?》
《孫策陣営は順調その物ね
其方らの心配も無いわ》
敢えて、蒸し返す選択肢を自ら選びながらも言う辺り華琳の負けず嫌いも相当な物だなと苦笑する。
触れずに“逃げた”という意識を嫌ったんだろうな。
本当、意地っ張りだよ。
《だけどね、雷華?
順調なのは結構な事だけど蓮華の件はどうする気?
あの娘が自覚している事は確認出来たけれど…》
《それなら問題は無い
既に仕込みは終わっている
今回の件が片付いたら機を見計らって遣るだけだ》
そう返すと“やっぱりね”という気配を感じた。
念話とは言っても、思考や心中の全てが伝わるという訳ではない。
いや、出来無くはないが。
普通、誰も遣りたがらない事だからな、そんな事。
互いに全てを晒け出すとか先ず無理だからな。
《貴男と二人だけでなら、私は遣りたいわよ?》
《……何故に判る》
《当然、“女の勘”よ》
それこそ、当然の事の様に答える華琳。
そして、先程言った言葉に嘘偽りは全く無い。
と言うか、昔から俺の話を強請る様な事はしなかったというだけで。
知りたがってはいたしな。
《口外する気は無いけど、貴男の事だから望むのよ
勿論、無理強いするつもりなんて微塵も無いけれど》
…そう言われてしまったら素直に頷き難い。
だが、それに敢えて逆らい否と言おう。
人に出来無い事を遣る。
例え鬼畜と呼ばれても。
《…まあ、いつか、な…》
──俺、日和ったぁーっ!!
やっぱ、無理ーっ!!
華琳の我が儘を断るなんて俺には出来無い。
…これも惚れた弱味か。
…華琳、出来れば未来永劫忘れてくれないかな。
華琳との念話を終えると、意識は完全に現状へと戻り日中に比べると少しばかり気温が下がった事に因って肌寒さを感じる。
身震いする程ではない。
平時であれば特に気にする様な違いでもない。
しかし、本の少しとは言え上昇してしまった体温。
火照っている身体は敏感に変化を感じ取る。
その変化を“心地好い”と思ってしまっている辺り、“少し”と言える程度ではないんだろうけどな。
(…俺も偉そうに劉備達の事は言えないか…)
そう思い、苦笑する。
華琳も言っていた位だ。
確かに、恋しさというのは中々に御し難い。
そして、一度火が点いたら一気に燃焼・拡大してゆく猛火の如く、身体も、心も焼き焦がし、その滾る熱が尽き果て終えるまで。
冷める事は非常に難しい。
その想いが、強く、深く、激しく、大きな程に。
猛り狂う度合いは高まる。
(…まあ、流石に発情期の動物って訳じゃないんだし自制は出来るんだけどな)
寝ている愛紗達を襲うとか起こして、なんて事をする訳は無いが。
…いや、そうしたとしても愛紗達から拒絶が出るとは考え難いんだけどね。
愛紗と翠は後で愚痴る様に文句を言いそうだけど。
多分、一人だけ、だったら“二人の秘密”的な扱いで嬉しがる気がするんだが…いや、深くは考えない様にしておこうか。
(…何だろうな
愛されているという自覚は有るんだが、一歩間違うと変な方に一気に流れてゆく気がしてならない…)
…うん、疲れてるんだな。
よし、さっさと寝よ寝よ。
明日から、また忙しくなる事だし、休まないとな。
うん、それが一番だ。
そうしよう、そうしよう。
お休みなさい。




