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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
578/915

       捌


逃げ腰な翠と愛紗は放置し左手を開き、捕まえた虫を螢と一緒に確認する。



「…これ、柿蟻ですか?」


「そうみたいだな」



左手の掌の上、氣で作った球形の虫籠の中を這い回る虫が十七匹居る。


柿蟻(かきあり)”という名前の通りに身体は綺麗な柿色をしている蟻だ。

働き蟻の体長は1mm〜1cm程ではあるが攻撃性が強く自分や仲間に危害が及ぶと特に噛み付いてくる。

また、唾液に混じる蟻酸が毒性なのも特徴。

死ぬ事は無いが、数日間は患部が腫れてしまう。


しかし、今、掌の上に存在しているのは見た目的には柿蟻に近い。

だが、大きさが小さい物で1cmは有る。

一番大きな物になると2cmに届くだろう。

それが複数居る訳だ。

翅も無いから先ず働き蟻と見て間違い無いとは思う。



「…固有種?、新種?」


「何方らかと言えば固有種になるんだろうな…」



“新種ではない”と判ると螢が残念そうにする。

普段、感情の起伏が出難いというだけに、こういった状況で見せられると此方も少しだけ困ってしまう。

螢に悪気は無いのだが。

それに螢の気持ちも、俺は理解出来るしな。


まあ、固有種も新種と言う事は出来るのだろう。

ただ、宅──曹魏に於ける新種の定義では今回の場合だと固有種の認定だ。


例えば、肉に牛を使おうと豚だろうと鶏だろうとも、カレーはカレー。

甘口も辛口も中辛も激辛もカレーはカレー。

そんな感じだったりする。


因みに、カレーは香辛料の栽培・生産の関係も有って一般への普及はまだだ。

華琳達には時々強請られて材料の提供や俺が作る事は有ったりするけどな。

早ければ一年後には国内に店を出せる様に成る予定。

家庭料理としての普及には今暫くの時間が必要だな。


──とか、そんな様な事を考えつつも、空いた右手で一匹に対して氣を使っての生体スキャンを行う。

内部構造の違い等を簡易に調べる為だ。



「…雷華様の場合は簡易と言う域ではなく、精密にと言うべき物です」



──と思っていたら、螢に違うと否定された。

いや、確かに螢達からだと技術的には精密と言えるのかもしれないが。

俺個人の感覚では簡易な物だったりする訳で。

と言うか、まさか螢からの読心ツッコミを受ける日が来るとは──いや、待て。

本当に螢の判断か?



「…華琳様の伝言です」


「…そうか」



“伝言”、な訳ね。

つまり、俺の行動パターンを読まれていたって事か。

愛されてるな、俺。



「…馬鹿な事を考える暇が有るなら、さっさと片して帰って来なさい、です」


「…はい、頑張ります」



言ったのは螢だが、意外と物真似が上手い事も有って直に華琳から言われている様に錯覚してしまう。

と言うか、其処まで見事に読まれるのか、俺は。

…若干、凹むな…地味に。




気を取り直して、と。

…決して、現実逃避をする訳ではない。

今は遣る事が有るからだ。

そう、現実逃避ではない。



「固有種と言っても魏でも確認されている物と大した違いは無いな…

単純に大きいだけだ」



小さな水槽で飼う金魚と、広い庭の池で飼う金魚では後者の方が大きく育つ。

勿論、品種等も同じ条件でという前提の上でだが。

成長する過程で成育環境が異なると、大きさが変わる事が有るのは当然。

それは生命が持つ環境適合能力に由る物だ。


だから、大きさが違うだけというのは珍しくはない。



「…でも、雷華様

…此処、それ程好条件には思えません」



ただ、今、螢が言った様に良い条件が揃っているとは俺も思ってはいない。

大きくなる場合には大抵が好条件の環境だからだ。

もしも、そうでなかったら身体が大きな分、生きる上での必要な栄養は増すから餓死する可能性が高い。

環境が悪ければ省エネ化か小型化が理想なのだから。

故に、この防風林の環境で巨大化しているというのは不自然だったりする。


とは言うものの、目の前に現実として巨大化している柿蟻が居る訳だ。

ならば、その要因は確かに存在しているという事。


その事実に気付いたからか落胆していた螢の表情には再び嬉々とした輝きが隠す気も無い様で、浮かぶ。

まあ、嘘は下手な娘だから仕方無いんだけどな。



「原因は、それだな」


「…パーム・クァン?」



俺は螢が今、手にしているパーム・クァンを見る。

翠と愛紗も遠巻きに、螢の手元を覗き込む様に見る。

と言うか、そんな風に爪先立ちする位なら側に来ればいいだろうに。

別に噛み付きはしないし、俺が虫籠に隔離している訳なんだしな。


抑、そのパーム・クァンの虫食い、という事から掌の大型化した柿蟻を発見する事に為った訳だしな。


既知の柿蟻は肉食。

主に他の昆虫や鳥獣の肉を食べている。

柿蟻という名前ではあるが柿や果実等、植物を食べる事は無かったりする。



「恐らく、此処の柿蟻達はパーム・クァン等も食べる雑食性なんだろうな

だから、他の柿蟻と比べて身体が大きくても問題無く生きていられるんだろう」


「…雑食性なら可能性的に有り得ますね」


「それに、此奴等のお陰で十日病の方も謎が解けた」



そう言うと、螢は勿論だが翠と愛紗も驚いている。

まあ、話の流れからしても無関係っぽいからな。

いきなり、其処に戻るとは想像し難いだろう。


ただ、一応は十日病の事を調べに来ている訳だしな。

きちんと、遣るべき仕事は遣っているから。

趣味に走り過ぎる、という事は無い──筈…多分。





「では、十日病の原因とは柿蟻なのですか?」



真剣な表情で訊ねる愛紗。

だが、翠と抱き合ったままという状態が何を言っても彼女の凛々しさを奪い去り“お笑い”化している。

同じ状態の翠もまた真剣な表情な物だから可笑しさは二…いや、三倍は有る。

可愛いらしさも増すが。



「それは間違いではない

だが、正しくはない」


「え〜と………つまり?」



考えてはみたが、先に進む事は出来無かったらしく、翠は俺に訊いてきた。


“もう少し考えろ…”等と小言を言いた気な愛紗だが今の状況で翠と離れるのは心許ないのだろう。

不満は有るが、優先すべき状況の維持を取った様で、翠から視線を外した。


と言うか、これが柿蟻って判ったんだからさ。

もう大丈夫じゃないのか?

──と思っていると。


“雷華様、そういう事では有りません、虫は虫です

そして嫌な物は嫌です”と愛紗が視線で訴えてきた。

翠や螢の視線も有る以上は迂闊な反応は見せない。

愛紗の沽券にも関わるし。


ただまあ、確かにそうなのかもしれないが。

それにしても蟻を其処まで嫌がるか。

“黒い彼奴”や蜘蛛・蜂・蛾・芋虫辺りなら判るが。

蟻には然程は抵抗感が無い気がするんだけどな。

結局は個人の価値観の差が感覚の差だから、俺達には愛紗達の嫌悪感は完全には理解出来無いんだろうな。


──さて、話を戻すか。



「この固有種の柿蟻が病の一因では有るのだろう

だが、柿蟻単体では要因に成り得ない…」


「…このパーム・クァンを食べる事、が要因へと成る条件という事ですか?」



俺の説明を受け、螢が直ぐ幾つかの仮説から可能性が高い物を選び出し、それが正しいかを訊ねて来る。


直接は関係の無い話だが。

こういう時、特に考えずに訊いている様に見えるが、螢達は思考速度が違う。

その為、常人の数倍の思考速度の結果による質問でも理解していない者が見ると考えずに質問している様に思えてしまう訳だ。


仕方が無い事だとは思う。

目に見える物ではない故に持つ者と持たざる者の間の壁は平行線を辿るのみ。

交わりもしないのだから。


愛紗は勿論だが、翠の様に“難しく考える事は苦手”等と言う者でも、宅の者はそれを理解している。

囲碁や将棋・チェス等にて対戦してみると判る。

目には見えない筈の思考の速度を結果として体感し、目の当たりに出来るから。

その理解の有無だけでも、人間関係や組織の機能性は大きな違いを生む。


理解する為の努力。

それを続けるか、怠るか。

他者が見る自分の評価は、それだけで大きく変わる物だったりする。

社会という組織構造の中に生きている以上は必要な事なのだとは思う。

だが、簡単な様で困難。

誰だって“自分”が一番で楽をしたいのだから。





「惜しいな、その逆だ」


「その逆って…はぁっ!?

パーム・クァンが十日病の原因だって事かっ?!」



考えて直ぐに俺の言いたい事に気が付き、叫んだ翠。

螢と愛紗も驚いている。


こういう時って、翠の様な反応を見せて貰えると話す方としては嬉しくなるのは不思議な物だ。

別に、静かに驚き、感心・納得されるという事が悪い訳ではない。

話の腰を折る様な反応には困ってしまうしな。

時と場合にも因るだろう。


ただ、翠の様な単純で短く判り易い反応は見ていると充足感と高揚感を覚える。

まあ、相手を驚かすという行為にはサプライズだとか悪戯の意図を含む事が多いからかもしれないが。

そういう意味で言うならば意外と子供の方が感じ易く大人の方が感じ難い事なのかもしれない。


多分、今は華琳や軍師陣の方が判る感覚だと思う。

策が成った瞬間だとか。

自分の知識や知恵や知謀を口にした時だとか。

そういう感覚に近いから。


…まあ、だから何なんだ、という話ではあるが。



「二つが揃って、だがな」


「ちょっと待って下さい

それでは十日病の発症者はもっと多くなる筈では?

確か、亡くなった彼女の妹以降は居ないと…」


「あっ、そうだって!

それって可笑しいだろ?」



俺の説明に矛盾を感じ取り愛紗が指摘してくる。

それに同調する翠。

だが、二人共に締まらない事は指摘しない。

可哀想だからな。



「螢、どう思う?」



説明するのは簡単な事。

だから、此処は考えさせる意味でも螢に意見を出させ経験を積ませる。



「…一つ、確認します

…農夫の方々は、雷華様に防風林に入る事に関しての注意事項や禁止事項などを伝えられましたか?」


「防風林に入る事に関して特には何も言われていない

ただ、怪我をしても文句を言わないでくれよ、程度の事だけだな」



そう淡々と返しながらも、的確な質問をしてきた螢に内心で笑みを浮かべる。


やはり、こういった経験を積ませるには実戦が一番。

短期間で成長するな。





「どういう事なんだ?」


「…詳しい部分は現時点で私には判りませんけど…

…この地の固有種の柿蟻が齧る事でパーム・クァンが変質するんだと思います

…勿論、それだけの事では沢山の発症者が出ます

…でも、そうなっていない理由が有るとすれば多分、この防風林が一因です」


「この防風林が?」



翠の問いに螢は頷く。

こういう時には愛紗も翠も俺を見る事はしない。

説明しているのが螢な以上俺を見る事は無礼であり、“信頼していない”という意思表示にもなるからだ。


流石に“目を見て”と迄は言わないけど、話している相手を見て聞くというのは大事な事だと思う。

それだけでも相手に対する誠意の現れなのだから。

仮に、聞いている振りだけだったとしても、相手側に不快感さえ与えなければ、最悪な結果にはならない。

質問等をされても返せないというのは別問題だが。



「…売り物として出荷するパーム・クァンには、当然虫食いの物は有りません

…栽培している場所でなら柿蟻には注意します

…売り物を傷付けられたら困りますから…

…でも、この防風林の中に自生している物は別です

…売り物としてはいない為私達が入って採取をしたり食べてしまったとしても、誰も文句を言いません

…それはつまり、子供達がおやつ代わりに食べても、可笑しくない訳です」


『──っ…』



核心を突いた螢の説明に、翠と愛紗が目を見開く。


何故、被害が少ないのか。

その疑問の答えは単純。

原因のパーム・クァンが、極めて局所的な限定条件の下でしか発生しない為。

たったそれだけの事。

しかし、それ故に、原因に辿り着く事は難しい。


意外だが、単純な事である程に人々は気付き難い。

“心理的な死角”という事なのだろう。




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