漆
一時間程度採取をした後、集まって成果を確認する。
散開時に渡していた竹籠は何れも八分を越えていた。
尚、俺と螢が持つ虫籠から愛紗達が距離を取ったのは言うまでもないが。
取り敢えず、翠の竹籠から確認作業を始める。
俺の場合は必要が無いので既に“影”に仕舞った。
俺の採取物と被る物は直ぐ弾けるので“影”に仕舞い仕分けてゆく。
「…何て言うかさ、改めて見てると初対面で雷華様が施政者だって判る人って、少ないんだろうな…」
「まあ、そうだろうな」
翠の感心しつつも一方では呆れた様な声を聞きながら意見を肯定する。
視線は手元と竹籠に向けて仕分けと鑑定に対して集中しているので顔は見ないが想像は出来る。
それが判る程度には一緒に過ごしているしな。
「と言うかさ、俺としてはこういう事をしている方が楽しいんだけどな」
「それ、華琳様達の前でも言えるのか?」
「言ったら説教されたよ
序でに物理的に搾られた」
「自業自得だろ……って、ん?、あれ?
それで有ってるのか?
…いや、有ってるのか…」
俺の返答に呆れながらも、違和感を感じたらしく翠は一瞬だけ考え込んだ。
だが、特に可笑しな事とは思わないという結論に達し一応は納得をした。
少し前であれば、今の様な下ネタに対してでも過剰な反応を見せてくれた翠だが今では逞しく成った。
まあ、今でも恥ずかしがり照れまくる事は有るが。
二人きりの時には特にな。
単なる話題としてならば、ある程度には免疫・耐性が出来たという事だ。
…その成長を良い様に受け取るかどうかは微妙だが。
──とか考えながらも手は淀みなく作業を継続する。
宛ら、流れ作業で選別する機械の様に淡々と。
(ちょっと予想外だな…)
その割りには内心で密かに驚いていたりする。
防風林の範囲を四分割して探索していた訳だが意外と違いが有った事に。
現状、自分と翠の採取物の共通率は80%前後。
一郡相当の広さが有るなら可笑しくはない。
だが、精々2km程の横長の防風林の中で、二割近くも差異が出るというのは先ず滅多に無い事だ。
しかも気候的に差異が有るという訳でもない。
植物だけで、そうなのだ。
昆虫や動物等にまで対象を拡大すれば、比率が増すのかもしれない。
勿論、ただ植物だけが、と考える事も出来るが。
その辺りを含めて、改めて調査する必要は有るな。
「雷華様、楽しそうだな」
「まあな、こういう機会は滅多に無い事だからな
不謹慎な事では有るが…
単純な好奇心としての欲が疼いてはいるな」
「畑違いだから、そのまま理解は出来無いけど…
気持ち的には判るかな」
呆れながらでは有ったが、理解を示す翠。
誰にでも一度位は経験した事が有るだろう。
好奇心に胸を弾ませる。
子供の様な、気持ちを。
“未知”に対する感情には恐怖や不安を伴う物だが、期待や高揚感も有る。
尤も、後者は人間だからの感情なんだろうけどな。
自然には関係無いし。
未知に対して価値を求め、見出だすのは人間のみ。
故に、自然の環から人間は外れ、ズレた環を形成して存在するのだろう。
同じ秩序にて巡る環の中に存在する事は無い。
しかし、交わる重なる事は決して珍しくはない。
「…なぁ、愛紗、雷華様、態と遣ってるのか?…」
「…そんな事は無い、とは思うが…否定出来無いのも本音では有るな…」
「……雷華様は何かしらの考え事をしている時の方が凛々しさが増すと華琳様が仰有ってました…」
「…あ〜…まあ、確かに…
…言われると判るな…」
「…確かに…」
何か、ボソボソと愛紗達が集まって話をしている。
微妙に、踏み込むと地雷な予感がする辺り、良い話と思わない方がいいな。
悪口ではないのだろうが。
追及すると…なぁ。
「──ん?」
翠の竹籠を終えて、愛紗の竹籠へと移って間も無く。
手にした物に意識が止まり機械的に熟していた作業を即座に中断した。
今、俺が手にしているのは“パーム・クァン”というマンゴーっぽい果物。
しかし、実は柑橘類という変わり種だったりする。
西域産は一応は高級品。
まあ、西域より更に南部の地域が産地としては栽培が盛んだったりするが。
それは国交が無い為に今は知られてはいない事だ。
味は濃縮オレンジジュースを思わせる濃さなのだが、若いと苦味が強く残るし、遅いとただただ渋いだけと美味しく食べられる期間が非常に短い果物。
その為、生で食べるよりも完熟した物を収穫・乾燥しドライフルーツの様にして食べるのが一般的。
宅ではジュースにしたり、シロップ漬けにしたり等、色々と遣っている。
品種改良も当然の様に。
「雷華様?」
「それが気になるのか?
と言うかさ、それだったら私も採ってた筈だけど…」
「…此処は狭い範囲内でも個体差が確認出来ます
…ですから、違っていても可笑しくは有りません」
「螢、楽しそうだな?」
「…はいっ、楽しいです」
皮肉という訳ではないが、ちょっと揶揄うつもりでの翠の発言に対し素直な螢は正直に答えた。
流石に翠でも苦笑する。
天然同士の会話というのは時に可笑しい事も有る。
ただ、明確な意図が有ると噛み合わない事に気付く。
その時、悪意の無い素直さという物の扱いの難しさを知る事になる訳だ。
怒るのも可笑しいしな。
微妙な空気になった現状に螢が気付く前に話を逸らし誤魔化してしまう。
「このパーム・クァン自体見た事は有るだろ?」
「それを使った御菓子とか前に雷華様が作ってたしな
熟れる前や熟れ過ぎたのを珀花や灯璃、流琉と一緒に食べて酷い目に遇ったから嫌でも覚えてるよ」
俺の意図を察したのか翠は直ぐに話に乗ってきた。
内容は微妙な出来事だが。
珀花・灯璃は兎も角として何故か流琉が、その面子に入っていたりする。
料理に関しては華琳同様に真剣な流琉だから可笑しい事ではない。
ただ、慎重派の華琳と違い流琉は挑戦者だからな。
不味かろうが何だろうが、食べて自分の口で味わって確かめるタイプ。
俺も華琳も同じではあるが流琉よりかは事前に情報を集めてから挑む。
そうだと判っていて食べて感じるのと、無防備な所に不意打ちをされるのとでは衝撃の具合が違う。
まあ、今は関係無い話では有るんだけどな。
「では、螢が言った様に、個体差が有ると?」
誤魔化す筈が、行き過ぎて寄り道を始めそうだった為空かさず愛紗が正しい道に引き戻してくれる。
こう言うと誤解を招くかもしれないのだが。
俺も、翠も、螢も寄り道が大好きなタイプだ。
ある意味、自分の好奇心に対しては、とても素直だと言う事も出来るだろう。
要するに、話がふらふらと逸れてしまう訳だな。
だから、愛紗の存在は結構重要だったりする。
同行する面子を選ぶ際にも考慮した要素だしな。
華琳が居ない時は、大体が自由奔放だからね。
自覚している分、質が悪いだろうとは思うけど。
長年の性分・習慣なだけに簡単には直らないんです。
「いや、これ自体は確かに珍しい物なんだけど…
俺や翠の採取していた物と比べて見ても特に目立った個体差は無いな
これ自体は螢の方にも有ったんじゃないか?」
「…はい、有りました」
そう俺が訊ねてみると螢は自分の傍に置いた竹籠からパーム・クァンを取り出し愛紗達にも見せながら俺に手渡してきた。
受け取りながら“影”から俺と翠の採取していた物を取り出し、並べて見せる。
「違いが判らない…」
「いやいや、特に個体差は無いんだって言ったよな?
人の話聞いてたか?」
「あっ、そうだった…
いや〜…アレだ、ちょっと違う事考えてたからな〜」
そう言って頭を掻きながら苦笑する翠。
その気持ちは判るので俺も追及はしない。
愛紗がジト目で見ているが今は何も言わないだろう。
後の事は判らないがな。
「俺が気になったのは──ほら、此処だ」
右手に持っていた、愛紗が採取したパーム・クァンを手の中で回転させ、三人に見える様にする。
「げっ、虫食いかよ…
愛紗、どうせ採って来るんだったら綺麗なのにしろよ
もしかしたら私達が食べるかもしれないんだし…」
そう愚痴りながら、眉根を顰め嫌悪感を露にする翠。
一目で判る位に、しっかり食べ跡が出来ている。
採取する際に付いた傷との違いを見分ける程度の事は慣れれば容易い。
この時代の人々にとっては“普通に出来る事”だ。
それは兎も角として。
“虫食い”っていうのは、自然では“安全な物”って意味でも有るんだけどな。
虫嫌いな人にとってみれば関係無い話だ。
嫌な物は嫌。
ただただ、それだけだし。
「そう言いたくなるのも、理解は出来る
だが、言い訳ではないが、私が採取した時は虫食いの後は無かった筈だ」
「え?、そうなのか?
でも、こんな大きさの跡が付いてるって事は…」
「…虫の個体が大きいか、数が沢山居るか、ですね」
「わーっ!、わあーっ!、聞きたくない聞きたくない聞きたくないーっ!!」
螢の言葉を聞いた瞬間に、翠は想像したのだろう。
ブルルッ…と身震いすると両手で耳を塞ぐと屈み込み嫌々と頭を左右へと大きく振りながら叫ぶ。
…その姿が可愛らしい事は言わないでおく。
話がややこしくなるしな。
俺自身は其処まで拒絶する程に嫌いな事が無いから、その気持ちは想像上の範疇でしかないが。
俺よりは理解出来るだろう存在へと視線を向ける。
翠の直ぐ傍に居た筈なのに愛紗の姿が遠退いていた。
その場で直ぐに現実逃避を開始した翠とは違う。
静かに、音も立てずに。
技量の無駄使いとも言える退避行動を取っていた。
正に“いつの間に…”だ。
表情と態度は凛々しいが、行動は子猫の様で可愛い。
…愛紗の気質的には犬だがツンデレ具合は猫だろう。
柴犬なら判るんだが。
愛紗は犬ならハスキーだと俺個人は思っている。
因みに、翠は猫だな。
小型犬種っぽいんだけど、警戒心の強い割りには一度馴付いたら甘えたがり屋な所は猫寄りだと思うし。
…まあ、そういう様な事を考えながらも、二人の姿を見て心でニヤニヤしている俺も大概なんだろうけど。
「…雷華様、その虫食いは何時出来たのですか?」
翠と愛紗を放置したままで話を進める螢。
それを成長と受け取るか、慣れと受け取るか。
少々悩む所ではあるが。
俺も話に乗っておこう。
「愛紗が言っている通り、採取をした時には食べ跡は無かったんだろうな
ほら、この跡からは果汁が滲み出ている
つまり、まだこの食べ跡が出来てから、それ程時間が経ってはいない証拠だ」
「…そうなると原因の虫は近くに──竹籠の中に居るという事ですか?」
──ズザザザッ!!、と音を立てて翠と愛紗が俺達から大きく遠退いた。
明らかな嫌悪感と恐怖心を隠そうともせず、お互いに危機感から温もりを求めている様に、身体を抱き締め合っている。
その姿からは、とても曹魏屈指の武人であるとは誰も想像し得ないだろう。
今、其処に居るのは単なる虫嫌いの女性でしかない。
別に“女の子”と言っても構わないのだが。
其処は二人の尊厳に配慮し女性にしておく。
…まあ、威厳なんて欠片も見当たらないんだけどな。
──と、そんな事を密かに考えつつ空いている左手で竹籠の中に氣を流し入れ、目標を確認、捕獲する。
そして、螢に右手のパーム・クァンを手渡しながら、左手を竹籠から抜く。
翠と愛紗が無意識になのか更に身を寄せ合う。
…其処まで嫌か、と思うが俺や螢が慣れ過ぎていると考える事も出来る訳で。
一概には、何方らの反応が可笑しいのか。
断言する事は出来無い。
…物凄い期待した眼差しで俺の左手を見詰めている螢に関しては、少し微妙には思ってしまうが。
これも俺の影響だと思うと螢に申し訳無く思う。
決して、悪い訳ではない。
ただ、世間一般の男性達の女性像としては、虫を見て怖がる・嫌がる方が普通の反応だろうしな。
俺個人は、好き嫌いや平気苦手は気にしないけどな。




