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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
576/915

       陸


人々の手入れの行き届いた防風林は豊かだった。


科学文明が発達した未来。

曾ては財産だとされていた山や森林は、その資産価値を大きく下げている。

態々、山や森林を手入れし持たなくても生活の水準は高く出来てしまう。

コンビニエンスストア等が代表的な存在だろう。

余程辺鄙な秘境でない限り大抵の場所に存在する。

当然ではあるが、便利故に無い場所に住もうと考える人々は少ないと言える。

故に、そういった環境下で生活をする人口も減少する事は必然的なのだろう。


その結果、里山は荒れる。

里山が荒れると、その地を生活圏としている動物達が人里──即ち、街へと下り“害獣”とされる。


彼等も里山として人工的に整備されていた恩恵を受け生活をしていた訳だから、言葉が通じるのであれば、“住み分けましょう”等と交渉も可能だろう。

しかし、現実として言えば言葉が通う筈が無い。

彼等を“排除”する以外に人間の生活環境を維持する術は無いと言える。


だが、考えてみて欲しい。

本当の被害者は誰か。

田畑を荒らされ、山菜等を取りに山林に入って襲われ死傷者が出た人間?

否、それは人間のエゴだ。

某団体のCMのフレーズに“貴方に、命を飼う覚悟が有りますか?”という様な物が有った。

世界軸の違いも有る以上、必ずしも存在していたとは言い難い事ではあるが。

“命を飼う”──その様に表現する時点で人間の持つ傲慢さと驕りであるという事に何人が気付くだろう。

それを“本当にそうだな”という風に感心する事には悪意は無い。

けれども、既に人間以外の命を下に見ている、という事実に気付いていない事が何よりも問題だろう。


ペット問題等も一時的には深刻だと報道される。

だが、何処まで改善したか世の中の何れだけの人々が知っているだろうか。

一時的な関心だけで騒ぎ、その後の責任を果たさない人々は圧倒的多数だ。


里山の問題も同じだ。

人間が自分達にとって利を生む為に手入れをしていた事を忘れ、無責任に里山を放置してしまう事が原因と気付いていない。


抑、動物達は人間とは違い文明等は必要としない。

彼等は在るが侭の自然にて生活しているのだから。

其処に、人間は私利私欲の為に踏み入った。

里山を手入れしている。

言葉だけを聞けば善行だと思う人が殆んどだろう。


だが、考えて欲しい。

本来有った筈の自然環境を人間の都合で変えた。

そうだ、それは正真正銘、環境破壊に他ならない。

彼等は人間の都合で変えた環境に適応して生きる。

そして、人間は再び勝手に里山を放棄・放置する。

己が私利私欲の為に。


二千年という過去の時代に存在するからこそ、改めて考えさせられ、思う。


彼等の叫びを、悲鳴を。

人類が気付く日が来る事は無いのだろうな、と。

全ての人類が驕りを捨てる事など不可能なのだから。




「──雷華様?」


「──っ…」



防風林の様子を見ながら、思考に深く沈んでいた様で愛紗に声を掛けられた事で我に返って、気付く。


人間の業とは深い物だ。

そう思わざるを得ない。

何しろ、“同じ未来”へと至るか否かは定かではない世界に在るというのに今も色々と考えさせられる。

その原因が、自分が触れた様々な人の業であるが故に困ってしまう。

“この世界”の人々に対し向けるのは間違いだから。


ただ、その経験を活かして同じ過ちを繰り返さぬ様に──否、生まない様にする事が出来るのは自分だけに与えられた可能性であると言う事が出来る。

…他の二人?

小野寺は兎も角、北郷には無理だろうな。

アレは人の業の典型だし。

気付く事が出来たとしても解決案の提示が難しいな。



「何か気になる点が?」


「いや、良く手入れされた良い環境だと思ってな

今でこそ曹魏内の山林には手入れが行き届いているが当初は酷かったからな…」



愛紗達に怪しまれない様に尤もらしい様な事を言って誤魔化す。

勿論、事実でもある。



「あ〜…まあなぁ…

でも、元々の曹家の領地は行き届いてたよな?」


「あ〜、あれは華琳が主導していたからだな」



昔の教育──と言うよりも勉強会で現代社会の問題を色々教えて対処法の検討を真剣に遣ってたからな。

“彼方”では可能な方法も“此方”では不可能という事は珍しくないし。

その擦り合わせが有るのか無いのかで色々と違う。

俺の方も助けられた。


“十歳にも満たない子供が考える事か…”と思うのも判らなくはない。

ただ、子供の頃の価値観は大人に成っても根幹に有る事だったりする。

だから、小さな頃の意識や価値観は意味が大きい。

十歳以下の期間の経験とか教育って大事なんだよ。


ただ、学校よりも家庭での事の方が影響が大きいって気付き難いんだよね。

親は仕事とかで必死過ぎて家庭──夫婦・親子の事を蔑ろにし勝ちだからな。

社会的に心理面での余裕が無いからなんだろうけど。


こういう問題って根本的に独立なんてしていないし、複数の要因が絡み合うから本気で解決案を考えないと全く意味無いんだよな。

世の中の政治家って、何で其処が判らないのかね〜。

口先だけで解決なんて全くしないんだから。


まあ、そういう部分の事を国と家の当主が判っているというのが宅だけど。

だから、その決断も実施も早く出来るしな。

その辺りの違いは大きいと素直に思うよ。





「まあ、普通──と言うか昨今の情勢だと迂闊に山に入ると山賊・盗賊の類いと鉢合わせ、なんて事になる可能性が高かったからな

命懸けで山林の手入れを、なんて考えはしない

其処までして維持をしても何時までも自分達が恩恵を受けられるという保証など何処にも無いからな

最低限のみ手を入れていたというのが実情だ」


「命有っての物種か〜…

世知辛い世の中だよな〜」



俺の話を聞き、何気無しに翠が呟いた一言。

それには苦笑してしまう。


言っている事が可笑しい、という訳ではない。

ただ、その“世知辛い”と思っている世の中は昔から大きく変化していない。

大半の情勢は平行線に近い状態を辿っている。


一例を上げるなら孫呉。

未だ正式な国に認可された訳ではないが、勢力として認める事は出来る。

では、孫策によって統合・統治されている呉の領地は劇的に変化をしたのか。

確かに、敵対関係、或いはそう為る可能性の有る近隣勢力は存在しなくなった。

それにより勢力面の抗争の危険性は格段に下がったと言ってもいい。

しかし、だからと言って、治安情勢が広く改善されたという訳ではない。

孫策達が善政を敷いている事は判ってはいる。

けれど、そう簡単に犯罪の防止・摘発・減少は難しく再犯率も低くない。

罪人全てを死刑に出来る程強固な組織力・統制力。

それらが有るなら別だが。

また、侵攻による統合の為反抗の意思も少なくない。

結果、細々とした問題点は現状は先送りにされているというのが実情だ。


世の中、そう上手くは事は運ばない。

故に、事前の準備が如何に大事かに至る訳だ。



「翠、今、そう思えるのは私達が曹魏に居るからだ

私自身、一時は別の勢力に属していたから判る

曹家・曹魏の在り方は我々将師に限らず、一民として考えても素晴らしい物だ

それ故に、一度、民として属してしまえば他の勢力の下に行こうとは思わない

ただ、その在り方は主君の雷華様と華琳様が有って、初めて実現し得る事…

他に求める事は出来無い」


「…それもそうだな

他でも出来るんだったら、今頃世界は平和に一直線に成っているだろうしな」



愛紗と翠が言っている事に間違いは無い。

ただ、それを直ぐ傍に居て真剣で真面目に言われると居心地が悪い。

俺は華琳とは違う。

こういうのは俺の居ない、他所で遣って欲しい。

愛紗達には悪気が無いので口には出さないが。

純粋な三人の尊敬の意志が擽ったくて仕方が無い。





「手入れはされているが、だからと言って病の原因が無いという訳ではない

寧ろ、人の手が入った事で新たに生じる場合も有る」



誤魔化す様に話を元に戻し三人の意識を逸らす。

あのままの流れは俺個人の意見として遣り難いので。



「…病原体の変異ですね」



螢の言葉を首肯する。

こういう時、知識量の差が将師の違いで出てしまうが仕方の無い事だ。

その事で相手を卑下したり変に劣等感を懐かない様に意識を持たせる事が肝要。

それが出来ていれば組織は円滑に機能するからな。


まあ、子供みたいな感じの嫉妬や焦燥感を覚える事は仕方無いとも思う。

それが成長に繋がるのなら悪い事でもないしな。



「元々は無害な物だったが環境の変化によって変異し有害な物に為る事が有る

一見して何事も無さそうな景色の中に、致死の毒牙を備えた存在が潜んでいる…

だから、油断は禁物だ

体表に“纏衣”を怠るな」


「はい」


「病気に為りたくないしな

ちゃんと遣るさ」



念の為、防風林に入る前に三人に纏衣──氣を体表に薄く衣の様に纏う技法──を命じておいた。

下手に接触・感染をしない様にする為だ。

一応、治せはするだろうが最初から為らない方が良い事には変わりないからな。

用心はしておく。



「それで、どうするんだ?

雷華様が氣で探るのか?」


「いや、取り敢えず此処で採取活動をする」


「…趣味じゃないよな?」



そう言った翠だけではなく愛紗もジト目で見てくる。

螢は“早く始めましょう”といった感じで、物静かに遣る気を滲ませている。

…気持ちが判るだけに何も言えない事に困るが。



趣味(じつえき)も兼ねた事なのは否定しない

だが、それだけじゃない

病原体が菌の場合、長い間患者が出ていない事自体に矛盾を感じる

勿論、菌が完全に絶滅した可能性も考えられるが…」


「安易な可能性で選択肢を減らすべきでは無い、と」



俺の言葉を引き継ぎ愛紗が理解を以て言い切る。

それを見て頷き返す。



「実際問題、菌を探すのは時間も手間も掛かる

それよりも先ず、他に有る可能性を潰してしまおう

そうすれば結果として残る可能性が高まるからな」


「要は虱潰しな訳か」



間違ってはいないが、翠の素直過ぎる一言には愛紗が溜め息を吐き、俺も思わず苦笑してしまう。

事実なだけに注意する気も失せてしまったしな。




散開して防風林の中を歩き目に付いた植物を中心にし採取して回る。

俺と螢に関してのみ追加で昆虫の類いも捕獲する。

愛紗と翠は普段の武人さが裸足で逃げ出す虫嫌い。

まあ、全部が全部という訳ではないけれど。

“漆黒の彼奴”に関しては全員共通で駄目らしいが。

好きな人の方が少ないとは思うけどな。



(──にしても面白いな)



一度、この近くで採取した事は以前に有った。

だが、その際に得た情報は近隣の物と大差が無い。

だと言うのに、この場所の生態系は微妙な違いだが、独自の適応化・進化を遂げ変化している。


ガラパゴスみたいな環境に有る訳ではない。

極限られた環境下でだ。

自分で言っていた事だが、人の手が入った事によって生じた環境の変化が原因の一つと考えられるだろう。

勿論、それだけではなく、複数の要因が重なった結果では有るのだろうが。



(例のヤシュレカみたいに生育する期間も場所も限定されている物は別として…

些細な違いでも時に大きな意味を持つ事も有るしな)



動植物だけの話ではない。

それは人間にも言える事。


例えば、日本人。

北海道と沖縄県では南北の再端同士なので環境的には大きな違いが出てしまう事も仕方が無い。

だが、直ぐ隣り合う県でも違いは生まれている。

もっと小さく、市・郡・町・村であってもだ。

人で有れば、習慣・風習・伝統等という表現をするが動植物では単純な個体差で区別されるだけ。

それ自体の良し悪しを問うつもりはない。

追及をしても大して意味や価値の有る答えに辿り着く事は出来無いだろうし。


本の僅かな、些細な差異と言える環境の違い。

それだけで生命というのは適応化・進化を成す。

生命の神秘だろう。


ただ、人間の正しい意味で進化をしているのか、と。

そう考えてしまう。




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