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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
575/915

       伍


事実としては単純な事。

雨により緩んだ洞窟上部が崩落し、潰れてしまった。

ただ、涌き出る水の量や質自体には影響が無かった為話も大きくならなかった。

恐らく洞窟を形成していた岩石が上手く積み重なったのだろうな。

地下水が流れ出られる分の隙間を確保している。

何故、判るのか?

螢が説明をし、それを聞き愛紗と翠が考えている間も氣と“影”を使い、調査と採取をしていたからな。

俺一人だけ、サボっていたという訳ではない。

遣る事は遣っています。


で、崩落の事後処理として陥没してしまった部分には土を運んで埋めてしまえば二次被害を生む事も無い。

騒ぎには為らない訳だ。



「理由は解りましたが…

結局の所、此処の地下水が件の病の原因であるという可能性はどうなのですか?

御話を聞いていた限りでは低い気がしましたが…」


「それは俺も同じだな

可能性は無くなりはしない状況ではあったが…」



そう言いながら“影”から透明な硝子製の小瓶を三つ取り出して三人に見せる。

何れの中身も採取していた地下水だったりする。


三人も一目見て察した様で“いつの間に…”“やっぱ抜け目が無いなぁ…”とか言いた気な眼差しを向けて苦笑を浮かべている。

其処で螢を見習って素直に感心出来無いのかね。

皆、華琳に毒され過ぎてる気がするぞ。

…まあ、その華琳を染めた俺が言うのも可笑しいとは思うけどな。



「…可笑しな点は無い様に見えますけど…」



直ぐに両眼に氣を集めると観察していた螢が目立った異常が無いと判断し、俺に説明を求めて見てくる。

身長差も有るから、下から見上げる形になる螢の姿は保護欲を刺激する。

螢自身の性格も有るしな。

基本的に母性の強い愛紗は勿論の事だが、翠も密かに萌えていたりする。

当の螢に自覚は無いがな。

螢の小動物的可愛さは。



「ああ、至極正面な清水だ

病原菌の影も形も無い

序でに言うと、土壌の方も全く問題無いな」



流石に、土壌は無菌という訳ではないが。

特に問題の有る菌の存在は確認出来無かった。

洞窟を形成していた岩石も同じ様に問題無しだ。



「それってつまり…

原因は此処とは無関係って事で良いのか?」



そう訊ねながらも、何処か腑に落ちないという表情の翠の直感は侮れないな。


こういう時に、何と無くで違和感を感じ取る。

それは天賦の才。

孫策の“勘”と同類の物。

孫策みたいに極端な特化型ではないが。

それ故に、広く浅く、にて垣間見せている。

下手に自覚をさせない方が勘頼りな思考に為らないで済むので、翠には教えない様にしている。



「そうだな、一応はだが」


「一応、という事は、何か気になる点が?」



そう言うと、今度は愛紗が翠に負けじと訊ねてくる。

悪い事ではないのだけれど…可愛らしい“張り合い”だと思ってしまう。





「……雷華様?」



──と、余計な事を思った事を察したのか。

愛紗が片眉を上げて此方をジト目で見てきた。

“女の勘”も凄い物だな。



「火の無い所に煙は立たぬという事だ

全く無関係だと考えるには早計だという事も有るが、水や土が問題無いとしてもこの辺りが関係無いという事には為らないからな

調べてみる価値は有る」


「けどさ、雷華様?

調べてみるって言っても、何処を調べるんだ?

まさか、畑を掘り返すって訳にはいかないし…」


「翠、掘り返す必要は無い

調査だけならば氣を使えば済む問題だからな」


「それもそうか」



疑問を懐いた翠だが愛紗の的確な指摘を受けて直ぐに納得してしまう。

それはそれで構わない。

ただ、根本的な問題は何も解決していないという事を忘れているのは頂けない。

一つの疑問の解決により、全てが解決したと錯覚する事は珍しくはない。

加えて大体は直ぐに問題が解決していないという事に気付くからだ。


人の思考的な落とし穴だと言う事も出来る。

本の僅かな時間ではあるが“致命的な空白”に為ると知っておいて損は無い。

戦場では意図的に誘導して生み出す事も出来る為に。



「畑は調べるまでも無い

もし畑に問題が有るのなら栽培・収穫された作物から人々の口に入っている以上被害が出ている筈だ

そうは為っていない時点で畑の方には大きな問題等は無い事に為るからな」


「あ〜…確かに」



“大きな問題”は無いが、小さな問題は有る。

但し、それらは此処の畑に限った話ではない。

何処にでも、宅の畑にでも有る様な事だ。

完璧には出来無い。

それは自然と共に有れば、仕方が無い事だ。


もしも、完璧な環境が実現するとしたならば、それは人々の技術が自然の恩恵を全てに於いて越えた先に、存在する事だろう。


けれど、そうなった世界は本当に“正しい”と呼べるのだろうか。

少なくとも俺個人としては“否”と答えるだろうな。

どんなに便利で素晴らしい技術だったとしても所詮は人間本位の物なのだから。

その更に先へと見える筈の景色(みらい)は破滅を辿る一途にしか思えない。


自然の恩恵を越えた。

そう考えて、思い上がった人間の世界の末路など。

誰にでも判る事だ。


願わくば、自然という物が如何に我々人間にとって、欠かせない存在なのか。

人々に気付いて貰いたい。


破滅を辿る、その前に。





「それじゃあ何処を調べるつもりなんだ?」



当然の様に、そう訊ねる翠に対して口角を上げる。

揶揄うという意味も有るがちょっとした悪戯だ。



「子供達にとっては洞窟は遊び場だったみたいだが…

実際には然程、主要となる場所だとは言えない

もし、お前自身達だったら大した人数も入れないし、20分も有れば十分に中を把握出来る様な場所を態々遊び場に選ぶか?」


「それは…」


「言われてみれば確かに…

微妙な場所ですね…」



翠と愛紗は“無いかも”と思い至った様だ。

ただ、螢は育った環境的に想像し難いのだろう。

と言うよりも、螢にとってその洞窟も遊び場としては十分に機能するみたいだ。

だから、一人だけ首を傾げ不思議そうにしている。


その孤独だった時代の螢を想像すると居た堪れなくて抱き締めたくなる。

流石に実行してしまうのは色々と拙いので堪えたが、今夜は螢をしっかりと腕に抱き締めて寝よう。

うん、そうしよう。



「だが、此処には有る

好奇心旺盛で、遊び盛りな子供にとってみれば格好の遊び場となる場所…

そして子供以外にとっても意味の有る場所が」



そう言った瞬間だった。

愛紗達が一斉に同じ方向に振り向いて、見詰める。

その視線の先に有る存在。

それは先程知ったばかりの存在だった。



「そうか、防風林か…

ずっと目の前に有ったのに気付かなかったな〜…」


「彼処ならば、小さく狭い洞窟よりも面白いだろうし“隠れ鬼”等をする際には洞窟も遊び場の一部として子供ならば使うか…

それならば、勘違いしても可笑しくはないな…」


「…多様な動植物が居れば病の原因となる物が生じる可能性も高いですね」



口々に意見と見解を溢す。

そんな三人の様子を見つつ仕方が無いとも思う。


先ず、異国の地という事で先入観を持たない様にと、自分の子供時代の経験等は思考から外していた筈だ。

同じ漢王朝領内でも地域で色々と差異が有る。

国が、文化が、言語が違うという事で無意識に思考が情報を限定してしまう為に起きた事だからだ。


次に、ユーシアさんの話を直接聞いていた俺自身さえ話の段階では洞窟を一番に怪しんでいたからな。

実際に防風林を見るまでは他の可能性が低かったし。

加えてユーシアさん自身が螢とは違う形では有るが、他の子供達と遊んでいない事も一因だと言える。

ユーシアさん自身は情報を他に持っていないから当然と言えば当然なのだが。

それ故に、他の可能性へと傾き難い思考を生んでいた事も事実だろう。


最後に、病自体の情報量が少ないが為に既存情報から流用して、仮説・想像した部分が多い点だな。


自業自得だとは言っても、まんまと思考の落とし穴に嵌まっていた訳だ。




先程の農夫の人達の元へと足を運び、許可を得てから防風林へと踏み入る。

こういう時、無断で入ると後々で話がややこしくなる場合も珍しくはない。

訴訟問題には発展しないが揉める事は多々有る。


“高が防風林に入った位で何を大袈裟な…”と考える人も少なくはないだろう。

けれども、それは身勝手な意見でしかない。

単純な防風林ではなくて、彼等にとってみれば其処も重要な生活資源の一つだ。

勝手に入られれば腹も立ち怒りたくもなるもの。

場合によっては立ち入った事が原因で、防風林自体が駄目にされる可能性も十分考えられる事。

相手の立場に立って思えば理解も出来る筈。

その配慮が出来るか否かで関係や評価は一変する。


マナーやモラルという点に問題の有る旅行者や学生、或いは労働者や政治家等が来て何か問題を起こせば、地元の民は彼等の出身地や国、所属勢力や企業等への嫌悪感を示すだろう。

最悪、国際に発展する。

一度そうなってしまったら簡単には相互関係の修復も評価の修正も出来無い。

どんなに張本人を罰しても責任を追及しても、だ。


悪化させる事は一瞬だが、良化させるには長い時間と努力と根気と結果が必要。

はっきりと言って、一度の失敗には見合わない膨大な無駄だとも言える訳だ。

だからこそ、こういう時の小さな配慮一つ一つが後に大きな意味と価値を持つ。

外交官や特使等の人選には慎重になって当然。

それが出来無ければ関係に孤立してしまうのだから。


まあ、宅みたいに最強且つ完全自給自足可能な場合は気にしなくても大丈夫だと言えるんだが。

それはそれ、不要な問題を起こす必要は無い。

避けるべき、避けられる事であれば、避ける方が良いのだから。

そういう事態を避ける為に一言だけでも話を通す事を怠ってはいけない。

たったそれだけの配慮で、問題を回避出来るのならば容易い事なのだからな。


尤も、旧・漢王朝領内では群雄割拠の真っ只中。

そんな配慮等、求める方が可笑しいのだが。

それでも、公孫賛を急襲し実質的には返り討ち合った愚鹿者(えんしょう)という一例が居た事は各勢力への丁度良い模範(みせしめ)に為ったと言えるかな。

宅としては、そういう事は大歓迎なんだが。

現状では望み薄だろう。

慎重になっているしな。




踏み入った防風林の中は、外から見た印象通りに良く手入れがされている。

きっちりと枝打ちもされ、枯れ枝等も少ない。

有るのは自然に落ちたり、折れた物だろう。

子供の手が届く高さに枝は全く残ってはいないし。

…まあ、木登りが得意なら登って折る事も出来るとは思うが、怪我をする真似を態々遣るのも子供だしな。

絶対に無いとは言えない。


因みに、俺は“遣るな”と言われたら絶対に遣る質の子供だったけどな。

大分、叱られたものだ。



「砂漠と荒野を見る時間が長かったからでしょうか…

久し振りに緑に囲まれると安心してしまいますね」


「西涼も荒野や岩山も多い場所だけど西域程って事は無いからな〜…

愛紗の気持ちも判るよ」



森林浴をする様に愛紗達は大きく深呼吸をする。

一方、螢はというと足元に踞って地面を軽く掘り返し土の状態を確かめている。

だが、仕事ではない。

螢自身、元々動植物関係の事には興味津々だったし、俺の影響で今では土弄りが趣味となっている。



「…雷華様っ、此処の土、高品質の腐葉土です!」



だから、珍しく声を弾ませ目を輝かせる螢を見ると、気持ちは物凄く判るのだが若干の罪悪感も覚える。

華琳達から“貴男の影響で螢が御洒落を蔑ろにして、実用的な服装しか好まなくなっているわよ”と言われ頭を押さえたのは、然程に昔の事ではない。


因みに、飛び火して華琳に“着せ替え人形”君にされ掛けた事は余談だ。

逃げ切ったけどな。



「取り過ぎは問題だけど、少し位なら大丈夫だろう

帰りに採取しておこう」


「…はいっ♪」



心から嬉しがる螢に対し、俺は無力だった。

赦せ、螢、帰ったら一緒に服屋に付き合うからな。

…思春辺りも。




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