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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
571/915

10 蜘蛛の絲 壱


強引で詐欺みたいな方法でユーシアさんに治療の件を何とか受け入れさせた。


押し売り的な事に関しては否定は出来無い。

これは完全に自己満足の事だったからな。

マフメドさんの妻だから、というのも理由の一つだし“恩を売る”という点でも否定はしない。

其処から生じる利は普通の信頼関係では先ず得る事は出来無い物なのだから。

一商人として利に聡いのは当然の事で有るし、見逃す真似は出来無い。

故に、後ろめたい気持ちや罪悪感は殆んど無い。

有るとしたら、外交面での軍師陣や文官達、商人達の俺の存在や立場等の事への対応が少々面倒になった事に対して、だろうな。

得られた利の方が大きい事自体は間違い無いのだが、如何せん事後承諾になった点には言い訳も出来無い。

なので、愚痴られたなら、素直に向き合おうと思う。


とまあ、そんな感じで話を纏め終えたら、その場にてユーシアさんの顔の火傷の治療を済ませてしまう。

その際、“漢王朝の最後の皇帝も認めた曹家の秘薬”という触れ込みの噂の有る軟膏ですよ、と言いながらバレない様に氣で治療。

追及はされないだろうとの確信の元の騙し方だ。


しかし、それは全くの嘘を言っている訳ではない。

実際、氣を使う程の早さで治療する事は出来無いが、一日一回、就寝前に適量の塗布を行い、半月もすれば綺麗に治る軟膏は有る。

勿論、曹家──俺の自作の物ではあるが入り婿だけど曹家の一員には違い無い為間違ってはいない──では秘薬とされている物だ。

だから、嘘ではない。

“亡き陛下が認めた”のは作り話では有るが、其処は結に偽証をして貰うだけで本当の事に出来る。

唯一の子供が証言する以上疑う余地は無いしな。

後、“秘薬”だから公には追及も出来無い扱いな点も意図的な部分である。


まあ、“そんな物を持った貴男は何者ですか?”等の疑問をユーシアさんの方は懐いただろうが、好奇心や猜疑心だけで訊くには少々躊躇ってしまう事なので、御礼だけを口にし、他には特に何も言わなかった。

…マフメドさん?

彼の中の俺──“飛影”に対する偶像(いんしょう)が輝きと崇高さを増しただけだったと言って置こう。

うん、商人として甘いけど人が善過ぎると思うよ。

誰に対してでも、という訳ではないのだろうが。

もう少しは他国の民である俺の事を疑っても良いとは思うんだよな。

その辺りをユーシアさんは理解しているとは思うが、流石に夫に“如何に貴男の恩人と言っても異国の方、少しは疑うべきです”等と言う事は出来無いだろう。


もし、俺が彼女の立場なら華琳に言えるかというと……まあ、言えるか、うん。

いや、それで終わると話が続かないんだけどな。

単に信頼関係だけではなく言う個人の能力や実績等に左右される事だというのを言って置く。




治療後、訊きたい事は勿論色々と話もしたかったが、少々空気が違ってしまった事も有り、日を改めて、と思い俺は言った訳だ。


そうしたら何故か夫婦して揃って“でしたら我が家に御越し下さい”となって、二〜三日御世話になる事に決まってしまった。

一応、“愛紗達(つれ)にも相談をしてから…”という言い訳をしようと思ったが立場的な話が面倒になる為俺が決める事にした。

その結果が、滞在する事に決まった訳です、はい。


“もう宿を取ったので…”という常套句の非常手段は彼がフェルガナの大商人の為に使えなかった。

だって、何処に泊まるのか訊かれたら困るしね。

仮に、一つ店名を出しても泊まれなかったら駄目だし運良く泊まれたとしても、後で訊かれたらバレる。

名前を出さずに直ぐに宿を決めて泊まったとしても、何処かで破綻する。

それなら最初から断らずに御世話になる方が良い。

勿論、フェルガナに滞在中ずっと御世話になるという訳にはいかない。

なので、二〜三日と日数を限定して決めた訳だ。

“宿屋の利益を奪う事にも為りますからね”と苦笑を浮かべて言えば、二人共に納得してくれたし。

その辺りは商家の夫婦な為楽だったと言える。


そんな訳で、取り敢えずは滞在先が決定した事も有り街に散歩に出る事に。

“道案内を付けます”等と気を遣われたが、その点は丁重に御断りした。

表向きには、“有りの侭のフェルガナの街を見たい”という理由でだ。

勿論、其処に嘘は無い。

大商人である彼の家の者が丁寧に案内している時点で周囲からは特別視されて、“見たいもの”を隠されてしまうかもしれないから。


流石に直接的な事を言った訳ではないが、曾ては漢を旅していたマフメドさん。

其処は察してくれていた。

その辺りの察しの良さには助けられる思いだったが、それなら“一日だけ…”と俺が言った時にも察して、承諾して欲しかった、とも思ってしまう訳だ。

彼に悪気は無いのだから、飽く迄も俺の密かな愚痴。

此方の都合上の話なので、詳しくは話せないしな。


それと、序でにもう一つ。

烈紅達はフェルガナに居る間は正規の料金で彼の店で預かって貰う事になった。

彼方此方と場所を移すより同じ場所の方が気楽だし、烈紅達に政治的に絡む話は殆んど関係無いしな。

また暫くは馬房生活なので堪えて欲しいと思う。

必要が有れば、遠乗りだと言って連れ出せば良いし。

その機会が有るのかどうか微妙な所では有るが。


取り敢えず、目的の場所に向かうのが最優先。

何も無ければ良いけどな。




 馬超side──


何かもう訳が判らない内に彼等──マフメドって人の屋敷に二〜三日世話になる事に決まっていた。


いや、その事自体には別に文句も問題も無い。

一応、私達は雷華様の──飛影としてのだけどさ──従者という立場だ。

だからさ、雷華様が私達に“相談する”なんて真似は色々と想像をさせてしまう要因としては十分だろう。

それを考えると、雷華様が決めてしまう事は正しい。

その点には、口を挟む事は特に無いと言える。


だけど、宿ではないという点には不満が有る訳だ。

いや、私じゃなくて愛紗と螢が、だからな?

私は別に構わないしさ。


………………ああもうっ!

そうだよ!、不満だよっ!

不満で何が悪いっ!

他所様の家で平気な顔して“そういう事”が出来る程私は図太くないんだよ!

でも、折角一緒に居る以上甘えたいんだよ!



「…あ〜…何と言うかな

その…悪かった、翠」



──なんて、思っていたら雷華様が困り顔で、此方を振り向いて言ってきた。

言葉の意図を瞬時に理解し脳裏に浮かんだ事は一つ。



「──声に出てたっ?!」



自分で言って驚いておいて何だけど、恥ずかしい物は恥ずかしい。

幾ら私達とは日常的に使う言語が違ってはいてもだ。

聞かれた事実自体に違いは無いのだから。

恥ずかしくて当たり前だと私は思う。

…私が恥ずかしがり過ぎる訳じゃないよな?

これ位、普通だよな?



「翠の恥ずかしがり屋度は私達の中でも三指に入ると思っていいが──」


「そんな事で三指に入るの御免だってのっ!」


「──口には出ていない

ただ態度に出ていたというだけの話だな」


「それも嫌だ──っえ?

…態度?、え?、態度ってどんな風に?」



愛紗の言葉に反論しながら否定は出来無い事実が更に羞恥心を刺激する。


しかし、それよりも自分の行為が気になった。

一体私は抱いていた不満をどんな形で示したのか。

その為、羞恥心から生じた逆ギレと言っても良い程の感情の昂りは、思う以上にあっさりと冷めてしまう。

寧ろ、冷静を通り越して、血の気が引いてしまう様な感覚を感じてしまう。


そんな私の質問に、愛紗はスッ…と顔を逸らした。

“おいっ!”と、胸中にてツッコミながらも顔を螢に向けて視線で訊ねる。

すると、螢は右手を上げて人差し指で一点を指す。


その指先を辿っていくと、雷華様の右腕を両腕で取り胸元に──というよりも、自分の胸を押し付ける様に現在も強く抱き締めている“私”が居た。


その後の事は判らない。

判らないったら判らない。



──side out



愛紗達に簡単にだけ説明し街に出掛けた直後だった。

珍しく翠が自分から、俺の腕を取って抱き締めてきて俺自身も、愛紗達も素直に驚いていた。


如何に夫婦だからとは言え普段はしない言動をすれば誰だって気にはなる。

それに気付かないとしたら夫婦関係以前の問題だが。

それは今は関係無い。


その翠の行動を“甘え”と受け取るのは簡単だった。

しかし、違和感が有った。

別に大きさが違う気がするだとか、感触が違うとか、そういう事ではない。

衣服の下に何か入っているという意味でもない。


紫苑達、一部の者によって鍛え抜かれた我が感知力を疑いさえしなければ、翠の物に間違い無い。

──いや、違う違う。

そういう事ではない。

愛紗がジト目で見ているし多少顔が緩んでいたのかもしれないが。

其処は俺も健全な男なので見逃して下さい。


あの翠が、人前で、だ。

しかも、異国の地とは言え衆人環視の真っ只中でだ。

手を繋ぐ、腕を組むを越え腕抱きを決めてくるとは。

流石の曹孟徳でも読む事は出来無かっただろう。



「あら、私なら衆人環視の真っ只中でも貴男を抱いて唇を奪ってあげるわよ?」



──という幻聴がした。

………幻聴ですよね?


馬鹿な事を考えていた為か或いは“華琳‐L2E”が不足しているのか。

その辺りは判らない。


ただ、そのお陰と言うか、俺も珍しく動揺していたと認識する事が出来た。


で、改めて翠を観察すると意外にあっさりと理由へと辿り着く事が出来た。

と言うよりも、翠がすると珍しい行動では有るのだが別の者に置き換えてみると特に珍しい事ではない事に気付いてしまう。


要するに、アレですよ。

翠の“構ってアピール”な訳だって事です。

勿論、“私(達?)の存在を無視して話を進めるな!”という事ではない。

その辺りは理解しているし納得している事だろう。

だから、そうではなくて、単純に夫婦・恋人としての“甘え”な訳です。


宿とは違い流石に他人様の家では出来ませんから。

その不満を訴えている。

そういう訳だ。


その事に気付いたのは俺も間違ってはいない。

ただ、対応を間違えた。

翠の名誉の為にも、俺達はその後の出来事は墓場まで持っていく事にした。

…可愛かったけどな。




少々寄り道をしたが目的の場所へと到着する。


今、目の前に広がる景色は砂漠と荒野を旅してくると現実だとは信じ難いだろう青々とした緑の絨毯。

まあ、農作物だけではなく雑草等も含めて、という事では有るのだが。

それでも凄いと思う。



「…何故か、“長閑”だと感じる場合には緑の豊かな景色ですよね」


「それは単純な理由だな

緑が豊かだと食べる物には大して困らない

人間も生き物で有る以上、飢餓を感じない景色を見て安心感を懐くからだろう

本能的に安堵する景色だと言えるのかもな」


「成る程…」



ふと呟いた愛紗の言葉へとロマンチックさなんて物が欠片も無い言葉を返す。

気の利いた台詞を言おうと思えば言えなくはないが、これが俺自身の価値観だし俺達夫婦でもある。


視線の先に広がるのは畑。

流石に水田は無いが。

本や平たい箱を積み上げた様に姿を見せた段々畑。

その高低差は最大で3mに届くだろう。

恐らくは山の麓を開墾し、長い時間を掛けて拡大して現在に至るのだろう。


耕された土に、綺麗に並ぶ盛り上がった畝。

それはまるでフェルガナの人々の長年の努力と苦労の歴史を表している様で。

ただただ静かに。

眺めているだけで心の奥が熱くなってくる。



「人間に限った事ではなく食べなくては、生きていく事は出来無い…

動植物は自らの手で食糧を生み出す事は出来無いが、それが人間には出来る

ただ、だからこそ尚更に、自然の在る大切さを感じて欲しいと思う…

中々に難しい事だけどな」


「そうですね…

ですが、そう思える事が、感じられる事が当たり前の国を築き、繋ぐ事が…

私達の理想であり現実だと今は思えます」



愛紗の言葉に小さく笑む。

蒔いた“種”はしっかりと芽を出し、育っている。

そう実感が出来た瞬間に、歓喜を懐く。




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