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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
57/907

        伍


一週間振りの“逢瀬”は、いきなりの突進から始まり抱き付いて泣き出す。


一歳とは言え、年下。

会えない寂しさに切なさを募らせても無理はない。

──とか、考えていたら、背中に回されている右手で思いっきり抓られた。


痛みに堪えながら頭を撫で落ち着くのを待つ。


いつも以上に──否、多分初めて見せる“弱さ”で、彼女の素の“甘え”だ。


名士の家に生まれた事で、幼少期から権力や策謀等が身近に有る環境で育った。

その為に“弱さ”を見せる事など無かったのだろう。

本人の性格も有るが。


そんな彼女にとって俺は、初めての“拠り所”で有り対等以上な力量を持つ事で憧憬も少なからず有る。

“依存”とも言えそうだが純粋に誰かに甘えたりする事が無かった為だろう。

そういう意味でなら彼女のこの反応も頷ける。



「…会いたかったの…」



消え入りそうな程に儚く、弱々しい声での一言。

切実なまでの本音。

それだけに、冷静な自分の胸に強く響く。


“死”や“別れ”を幾度も経験し“心構え”的な物が有る自分とは違う。

彼女は“無垢”だ。



「…ごめん、早く気付いて遣れなくて…」



繕う事はせず、有りの侭の“想い”を言葉にして伝え彼女の身体を優しく、強く抱き締めた。


普段は頼もしくさえ思える彼女がとても小さく感じ、罪悪感に苛まれる。



「…きちんと話して置けばよかったな…」



少しずつだが、開く間隔に“違和感”の正体に気付き可能性にも至っていた。


言わなかったのは──否、言えなかったが正しい。

口にしてしまうと、現実に成ってしまいそうで。

二人共が“意識”する事で“此処”への影響が生じる事を避けたかったから。



「…いいの、解るから…

私が貴男の立場だったら、同様に言えなかったわ…」



──恐くて…。

そう続く声を飲み込む。


彼女も気付いたのだ。

“何時か”は来るであろう“別離”の時が。

現実に成る事を。



「…後、どれ位なの?」


「…正確な所は判らない

現時点での間隔は初めての時と同じ…

このまま“元”に戻る事も否定は出来無い…」



辛い、現実。

しかし、今此処で取り繕う事は逃げでしなかい。



「だから、伝えられる事を伝えて置く…

例え、“此処”で会う事が最後になっても良い様に…

今の俺に教えられる事を」



彼女の助けになる様に。


二人の──“希望”を残し“可能性”を繋ぐ為に。




 曹操side──


──ああ、やっぱり…

それが私の素直な気持ち。


可能性に思い至った時点で覚悟はしていた。

けれど実際に会った瞬間、簡単に崩れ去った。

箍を失い溢れる“想い”は奔流となって、私の身体を突き動かした。


感じる彼の温もり、感触は確かな者では有るけれど、“実体”とは異なる。

“本物”では有るけれど、“本体”とは少し違う。


だから、訪れる“別離”は私達が在るべき場所にて、在るべき形へ戻る事。


故に、彼は私に伝える。

私の道の“導”を。



「“歴史”に於いて曹嵩は曹操を評価すると同時に、周囲との亀裂を危惧した

その為、祖父・曹騰の亡き後に曹家の財から一億銭を出して大尉の官位を買う

これは曹操に箔を付ける為だと言って良いだろう」


「御母様もそうすると?」


「“売官”が有り、お前を高く評価していれば必ず…

祖母はどうなんだ?」


「御祖母様?

そうね…面と向かっては、言われた事はないけれど…

多分、期待してくれているとは思うわ

勿論、御祖父様もね」



御祖父様は判り易い位に、色々と助力してくれる。

私が自身の才を研く為なら大抵の我が儘が通るもの。



「“歴史”に於ける大事は時期や経緯等は異なれど、先ず起きる筈だ…

しかし、下手に要因に干渉すれば“流れ”その物に迄影響が出る

だから“流れ”を見越した“筋書き”が必要になる」


「…つまり私は“流れ”に逆らわず、その上で要所を押さえながら動く訳ね?」


「そうだ」



成る程、有効な遣り方だ。

“歴史の流れ”から完全に外さない事で備えられるし将来的に異なるはにしても其処までは有利に運べる。



「祖父が亡くなる時点で、祖母の生存が定かではない点が不安要素だが、お前の意志を尊重してくれるなら問題にはならない」



その点は大丈夫だろう。

今回の一件で、祖母は私の一端を垣間見たし。

少々恥ずかしくは有るが。



「祖父の死後、母親に対し“売官”は止めさせろ

お前に箔は必要無い」


「実力で黙らせるから?」



そう返すと不敵に笑う彼。

後の“悪評”に成る行為は避けると言う事ね。



「止めた上で重要なのが、その財を運用しての備え…

将来の“下地”造りだ」



後の“悪評”には成らず、今の世で通用する遣り方。


それが、どんな物なのか…

これから彼が語る内容に、私は緊張と共に、期待から心を踊らせていた。



──side out



大きく“流れ”を外さず、上手く乗りながら群雄割拠に向けて備える。

その方が良いだろう。

下手に外れてどうしようも無くなっては意味が無い。



「先ず曹嵩の事なんだが、今の官職は?」


「沛国の都尉よ」



…沛国、か。

曹一族の出身地と云われるだけに縁も深いのか。



「…曹家の所縁?」


「…無縁ではないわね

でも、御祖父様、御母様、私と曹家三代の出生地では有るけれど、長く根付いた土地と言う訳ではないわ

影響力が無いとは言わないけれどね」



それ位なら丁度良いか。

一端“離れる”には。



「お前自身が洛陽等の他の地に行く予定や話は?」


「…それも“歴史”?

だとしたら驚くしか無いわ

確かに、御祖父様に洛陽に有る私塾に入ってはどうかと勧められてはいるわ

一年は先の話だけれど…」


「なら、受けるべきだ

同時に母親には穎川郡へと入って貰う様に“準備”を進めて行け

将来的に母親が太守としてお前が都尉を兼ねて刺史で穎川を統治出来る形が理想ではあるが…

それはお前次第だな」



穎川郡──許に早めに入り基盤を固めておくだけでも大きく地力が上がる。



「現役の官吏なら不正やら悪事は少なくない筈だ

それを利用して“裏交渉”しても良いし、祖父の伝手でも構わない」


「使えるなら何でも使え、だったわね…判ったわ」



こういう所の判断は流石。

時と場合により善悪問わず遣り方を決断する必要性を理解している証拠だ。



「一方で、曹家の財を使い息の掛かった商家を作れ

既存の商家を引き込んでも新設しても良い

但し、統合はせずに別々に商いをさせる様にな

大切なのは利益ではなく、“情報”の収集と操作だ」


「…貴男、生まれる時代を間違えたんじゃないの?」


「今の時代に生まれたから色々知ってるだけだ

これが俺の普通だしな…

あと、俺にはお前みたいな野心や大志は無いから…」



苦笑しながら返す。

まあ、一兵士としてならば頭角を見せるだろうが。

気性的に誰にも仕えないと思うんだがな。



「同じ私財を使うにしても無意味な官位を買うより、有効では有るわね…

統制は、最初は御祖母様に任せても?」


「存命の内は構わないが、お前が初期から秘密裏でも良いから主権を握れよ?

でないと、後が面倒だ

後継問題で水の泡、なんて笑えないからな…」


「…肝に命じて置くわ」



時代を問わず起こる問題に彼女も真剣に頷いた。




 曹操side──


これが最後かもしれない。

そう思うと“痛み”に泣き出してしまいそうになる。

けれど、それを堪えながら彼の話に耳を傾けた。


彼に教えられた“予定”は素直に感心する。

彼の生まれた時代の事は、多少は聞いていた。

だから、世が世なら英雄に成れる才器だと思わずには居られない。



「将来を見据えての事だが本拠は許に置く様にな」



“許”と言われ疑問を抱き首を傾げた。



「“許昌”の事かしら?」


「…何時、変わった?」



許から許昌に、だろう。

地名の変更も“歴史”には関係するのだろうか。



「私が生まれた年だったと思うけど…詳しい経緯等は知らないわ」


「…そうか」



少しだけ、考えると静かに息を吐いた。

やはり“相違点”と見て、間違いないのだろう。

…今度、時間を作って少し調べてみようかしら。



「まあいい、取り敢えずは許昌を本拠に地盤を固めて行く事が大事だ…」


「私自身は私塾に通うだけで良いのかしら?

“名前”を教えてくれれば良い人材を多く集める事も出来るのでしょう?」


「確かに出来るが…それはしない方が良い

“名前”に躍らされれば、当人の意志や本質を見ずに接する事になる…

そんな相手に信頼を寄せる事が出来ると思うか?」


「…思わないわね」


「だからだよ…

人を“知る”と言うのは、その名前を知る事ではなく己自身で“見定める”事と俺は思ってる」



そう言い私の安易な考えを真っ向から窘める。

大切な事を諭してくれる。

そんな彼の言葉だからこそ私は素直に受け入れられるのだろう。



「人間関係は自身で築いて意味を成す物だ…

“歴史”に関係無く相手を見て貰いたい…

所詮“歴史”は一つの結果に過ぎないのだから…」



彼が“私”を見定めた様に“歴史”に因る物ではなく相手を“知る”事。

それが肝心なのだと。



「今後も鍛練を続ける事と“下準備”だけで十分…

他はお前の自由で良い」


「判ったわ」



必要以上に“干渉”しない事で“歴史”と“同じ”にさせない為だろう。


“歴史”通りだとしても、私自身の意志で行動をした結果なら構わない。

しかし、危惧するべき事は“誰か”に因り“外”から操られた結果に成る事。

そう成らない様に、と言う彼の意志の現れ。


私は忘れてはならない。

“歴史”は結果なのだと。



──side out



必要最低限の指針。

彼女なら、これだけで十分大望を遂げられる筈だ。



「…最後に一つ

“世界”に対して“楔”を打ち込もうと思う」


「“楔”?」


「俺達は異なる“世界”に生まれた…

それは変えられない現実…

しかし、今こうして出逢い共に在る事もまた事実だ」



何方らも確かな事。

けれど、矛盾する事。

だから“別離”は来る。

避けられぬ、必然の結果。



「だから、抗ってみよう

如何に“世界”が在るべき形へと戻そうとも…

共に在る事を望むなら──それを叶える為に」


「…どうすれば良いの?」



“世界”に抗う。

その決意を宿した双眸が、俺を見詰め返す。



「…お前が“此方”へ来る事は厳しいと思う

既に故人とは言え“曹操”が存在した事実が有り…

繋ぐ為の“要”が無い」



同時に存在する訳でなく、完全な“同一人物”という訳でもない。

しかし“世界”が許容する為には心許ない。



「…だが、俺が“其方”へ行くなら可能性が有る」


「…それは“時流”上では各々が在る時を“現在”とした場合、私は“過去”で貴男は“未来”だから?」



彼女の言葉に首肯。

以前に説明した“時流”を理解している様だ。



「“要”は“真名”だ」


「真名を?」


「その者、存在を表すのが“真名”なら、俺の存在を“其方”に導く“呼び水”になる筈…

だから、お前に託す

俺をお前の元へと導く為の姓名・字・真名を」



“其方”の俺は“此方”の自分とは違う。

自分への決別の意。

彼女も理解して頷く。



「…名前は親から授かった大切な物よ…

だから名は純、字は子和、姓は曹家を名乗れば良いわ

“其方”では夫婦は同姓に成るのでしょ?」



良い命名だ。

…あれ?、尻に敷かれそうなのは気のせいか。



「真名は…そうね

天を倚く意で“雷”と…

私の一字の“華”を合わせ“雷華(らいか)”…」



“どうかしら?”と視線で訊ねる彼女に答える。

真名を預け誓おう。



「姓名は曹純、字は子和、真名は雷華…

我が全ては汝と共に」




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