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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
567/915

        漆


何と言うか…あれだ。

何処の二時間サスペンスの展開なんだろうか。

いや、作り話じゃないから感動すべき所なのだろう。

そうなんだとは思う。

しかし、出来過ぎていると言える流れに、逆に思考は冷静になってしまう。


何が悪い訳ではない。

ただ、ちょっとした気分の問題というだけで。



「失意から生きる気力すら失っていた彼女は山小屋に着いても泣いていて…

正直、当時の私には彼女の其処まで気落ちするという気持ちは理解が出来ませんでしたから…

“他にも良い人が居る筈”等と言う事も出来なくて、ただただ一緒に居る事しか出来ませんでした」



其処は難しい判断だろう。

仮に、ユーシアさんが何か声を掛けたとしても相手の心に届くかどうかは不明。

下手な同情は傷に塩を塗り深く抉る事にもなる場合が有るだろうし。

その辺りは全て相手の方に結果は委ねられる。


素直に耳を傾け話を聞いて考え立ち直る者も居れば、他人の話など全く聞かずに自分の殻に閉じ籠っていて自分だけが世界中で唯一の“悲劇の主人公”だという態度と身勝手な思い込みで自暴自棄になり暴走をする輩が偶に居る。

当然、前者より後者の方が始末が悪い。

特に、恋愛関係の場合には後者が問題を起こす事態は珍しくないのだから。


関わらず、放置する。

それが最も安全な対処だと個人的には思う。

ただ、この場合は飽く迄も我が身可愛さで、だ。

その相手との関係如何では当然、取る対応は変わる。

仕方が無い事だが。

やはり、誰しも自分の中の価値観に従うのだから。

そうなる事は必然だ。


因みに俺がユーシアさんの立場だったら、その女性を先ずは全力で引っ叩く。

死人に鞭を打つ?

いえいえ、死んでないから感情が有るんですよ。

先ず鬱屈している状態から感情的にさせてしまう事で発散させられる。

逆ギレして殴り掛かったり暴言を吐かれてもいいので兎に角、内向的な思考から意識を外側に向けさせる。

それが一番大事だと思う。

勿論、聞き分けの無い者も居るとは思う。

なので、場合によっては、態と挑発し取っ組み合いに発展させてしまう、というのも一つの方法だと思う。

但し、この場合には相手の力量だとか、互いの関係も重要な要因なので簡単には使えない方法だろう。

一歩間違えば殺し合いへと発展し兼ねないからな。


根本的な事として其処まで遣る意味や価値の有る相手なのかどうか。

その点が一番大事だろう。


全くの無関係な他人の為に命を懸ける御人好しなんて相当の物好きだと思うな。



「あら、そういう物好きな“誰かさん”を凄く身近に知っているんじゃない?」


「────」



居ない筈の“彼女”の声が聞こえた気がして、思わず辺りを見回し掛けた。


それは多分、自分の裡から響いた声なのだろう。

ただ、この場に居たならば同じ様に言ったとは思う。




幻聴を誰にも気取らせずに平静を──いや、きちんと“話を聞いているだけ”の態度を保ち続ける。


もしかしたら、妻の直感で愛紗達は俺に違和感程度は懐くかもしれない。

だが、それは構わない。

言葉が通じない以上、全く問題には為らないのだし。

今重要なのは目の前の二人──特に、ユーシアさんに気取られない事。

それだけなのだから。


その甲斐が有ってなのか、ユーシアさんは特に此方を気にする事は無いままに、話を続けてくれる。



「それが原因なのかどうか判りませんが…

その夜は私も疲れも有り、気を失う様にいつの間にか眠ってしまっていました

そして、気が付いた時…

まるで昼間と思える暑さに寝苦しさを覚えて目覚め、自分の置かれている状況を把握する事になります」


「火事、ですか…」


「はい」



夏とは言え、この辺りでの夜間は気温が下がる。

砂漠に比べれば、温度差は可愛いものだろうが。

それでも、油断していては体調を崩す原因となるし、最悪、命を落とす。

そういう意味でも山小屋に薪の類いが常備されているとしても、それは全く何も可笑しくはない。

サスペンスのトリック用の小道具とは違うのだ。


恐らく、普段通りであれば──ヤシュレカを探すだけであれば、ユーシアさんは自分でも油断と判る程には深く眠らなかった筈だ。

何しろ同じ山小屋の中に、直ぐ側に、つい先程自分の命を狙った者が居るのだ。

余程の強者か、鈍感大王か超御人好しでもない限りは“気を抜いて眠る”という事はしないだろう。


俺は基本的に臆病者だ。

だから、先ず有り得ない。

今でこそ妻達の前でだけは無防備な姿を見せるが──いや、別に変な意味じゃあないんだけどね。

安心して、という意味で、気を抜く事は有る訳だ。

ただ“此方”に来た直後は勿論だが、華琳と再会後も暫くは無かったな。

日中、華琳の傍で昼寝でもしている時程度だろう。

夜間は今でも滅多に無い。

まあ、華琳達を第一に、と考えているからだが。

それは口にはしない。

もし口にしたら、強制的に意識を刈られてしまうかもしれないからな。

特に、華琳や蓮華辺りから“妻の沽券に関わる”とか言われそうだし。


気にする要因が無くなれば俺も普通に出来る筈だ。

…多分、出来るとは思う。

今一確信を持てないのは、それが長年の生活で心身に染み付いた習慣だから。

直すのは難しいんだよな。





「…あの時の光景は今でも鮮明に覚えています…」



静かに、けれど、恐怖心は感じられない声で。

ユーシアさんは言った。


それは印象深い──いや、自身にとって大きな意味を持っている瞬間だったからなんだと思う。

同時に、それは今でも心に抜けない棘となって刺さり続けているのだろう。

そんな風に感じられた。



「重い目蓋の向こう側に、過ぎ去った筈の“夕焼け”を感じていました…

一瞬“自分の記憶は夢で、実はまだ夕方なのでは?”

“疲れから、悪い夢を見てしまっただけでは?”…と考えてしまいました

それだけ、追い詰められた状態だったのでしょうね…

自分では気付かないだけで私自身は限界だったのだと今なら思えます…」



“自分は大丈夫”と思える時に程、他者から見た姿や印象は大事になる。

“自分の事は自分が…”と言うのも間違いではない。

自分の思考は、自分自身が一番理解している。

それは確かなのだから。

ただ、自分が意識・認識をしていない点に関しては、どうしようもない。


そして、其処に気付くのは他者である。

自覚の無い変化や異変。

そういった部分の指摘等に耳を傾ける事により自分も気付く事が出来る。


時が経てば、振り返る事で見えてくる事も有る。

けれど、その瞬間の自分は視野も思考も狭窄している事が多いと言える。

特に、失敗や後悔の意識を懐いている事に関しては。



「その瞬間の“最善”が、必ずしも最高・最良であるとは限りません

ただ、その先の結果自体は幾つもの選択を重ねた上で生じる事です

たった一つの選択で全てが覆る訳では有りません

その選択が過ちであるかもしれません

ですが、其処ではない別の選択なのかもしれません

或いは、それは貴女の選択ではないかもしれません

それらを考える事は決して悪い事では有りませんが、其処に囚われてしまっては意味が有りませんよ?

反省は活かす為に行う事

引き摺り迷い躊躇う為では有りませんからね」


「………そうですね…」



自分の言動の結果と責任を背負う事は正しい。

その覚悟も無い者の言動は無責任極まりない。


ただ、そうだからと言って他者の言動の結果と責任を背負う必要は無い。

俺達夫婦の様な関係でも、それは違うのだから。

共に背負う事。

各々の背負うべき事。

それを混同してはならず、勘違いしてはならない。




小さく深呼吸をする。

たった、それだけの事。

そんな些細な切っ掛けでも意識は変化を迎える。


後悔の念が、形を持つ様に見えてしまう気がする程に重苦しかった雰囲気が。

霧が陽光に融けてゆく様に静かに、穏やかに。



「…ぼんやりとした意識がはっきりとした時、視界を染めている赤橙色の正体が山小屋を内側から、今にも食い破らんとする様に猛り地を這い、柱を壁を登り、天へと恋焦がれながら手を伸ばし、けれども縋る様に荒れ狂う焔であると…

其処で初めて理解しました

ただ、可笑しなものでして私は直ぐ傍に迫り来る筈の残虐で無慈悲な(ほのお)に見惚れてしまいました…

それは僅かな時間だったのだとは思います

ですが、私には長い、長いとても長い…

何処までも暁と黄昏だけが続いている世界を一人歩き旅をしている様な…

そんな気分になりました

その時は、ただただ其処に居られればと思いました…

死んでしまうという自覚も全く無いままに…

私は、それを受け入れて…

魅入られていました…」



当時の情景を思い出して、彼女は表情を変える。

美しく、艶やかで、何処か恍惚とした愉悦の気配さえ感じさせる微笑。

見る者の殆んどが、思わず見惚れてしまう様な。

この世に在らざる妖しく、冷たい、美笑(ほほえみ)


それを見た瞬間だ。

久し振りに寒気がした。


気付いた時には席を立ち、円卓越しに両手を伸ばして彼女の両肩を掴んでいた。


突然の事だったが故に。

当の彼女もマフメドさんも愛紗達でさえ、反応出来ず驚きに目を丸くしている。


だが、俺自身はそんな事を気にする余裕が無かった。

いや、無くなっていた。



「あ、あの──」


「目を見て、逸らすな

そして、強く意識しろ」



口調も変わってしまうが、この際、仕方が無い。

今を逃すと“次”の機会が有るかも判らない。

此処で逃がしてしまえば、いつ掴まえられるか。

定かではないのだから。



「“生きたい”と思え

その意思は誰かに遠慮する必要も無い

世に有る、あらゆる生物が生命として生まれながらに備え持つ本能だ

死を受けるな!、抗えっ!

お前は生きていいっ!

生きる事を諦めるなっ!

お前の妹はっ!

お前が幸せに生きていく事を望んでいるっ!

だから──生きろっ!!」


「────────ぁ…」



ピシッ…と、何かが罅割れ亀裂が入った音がした。

それは物理的な物ではなく感覚的な幻聴だろう。


だが、それでも構わない。

深く、深く、深淵に。

沈み、淀み、溜まっていた感情(うみ)が流れ出た。

傷口は開いてしまったが、もう二度と膿みはしない。

多少の時は必要だろうが、きちんと治る。

その()が乾く様に。




 関羽side──


さて、何と言えばいいか。

簡潔に状況を説明すると、雷華様が突然立ち上がられ彼女──奥方だろう女性の肩を掴んで、叫んだ。

そして、彼女が小さく声を漏らした直後だ。

何か恐怖に対し怯える様に全身を震わせながら叫び、錯乱をした幼い子供の様に泣き出してしまった。

雷華様は彼──夫の男性に二、三声を掛けると彼女を任せて私達を連れて部屋を出てしまわれた。

結果、私達は部屋の外にて待っているという現状。


ええ、訳が判りません。



「…なあ、雷華様?

何がどうなってるんだ?

元々言葉が解らないから、話の内容はさっぱりだ

でもな、明らかに、あの人泣かせたのは故意だろ?」



急な事に動揺し、雷華様に話を訊くべきか悩む私達を他所に翠が切り込む。

こういった時の翠は本当に頼りになるな。



「詳しい話は後でするから省くが…簡単に言うとだ

彼女は過去に負った傷──ああ、顔の火傷じゃなくて心の方の、だけどな

それが原因で、精神に少し異常が出ていたんでな…

あの手の傷は掴まえるのが中々に難しくてな

垣間見えたんで今回の機を逃さない様にしただけだ

あのままだと彼女はいつか自己犠牲に走った可能性も有ったからな…

見た目には判らないのかもしれないが…

在り方が歪に狂っていた」



そう仰有る雷華様の表情は少しだけ疲れて見えた。

気疲れ、なのでしょうが。


多分、状況的に色々配慮を無視されたのでしょうね。



「よく気付けるな…

私なんて何とも思わないで見てたからなぁ…」


「色々と経験したからな」



そう仰有る雷華様の視線と苦笑で私達との事なのだと察してしまった。



──side out。



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