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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
565/915

        伍


自分で訊いておいて何だが微妙な空気になったな。


まだ会話の内容が判るから増しだろうけど、愛紗達は理解が出来無いから物凄く困惑している事だろうな。

それでも、俺の発言からの現状であるという事だけは判っている筈だ。

まあ、その辺りも有るから余計に微妙だろうが。


コホンッ…と一つ咳払いしマフメドさんが場の空気を変えようとしてくれた。

流石に俺が遣ると明らかに誤魔化す感じだからな。

その辺を察してくれるのは豪商としての手腕だと言う事が出来るだろう。


ユーシアさんも空気を読み思考を切り替えて、本題に話を戻してゆく。



「…それは多分、幾つもの不幸な偶然の重なりだったのだと思います…」



弛緩していた空気が締まり真面目な雰囲気が戻る。

だが、最初の様な重苦しい雰囲気には為らない。

飽く迄も、笑いながらでは話せない、という感じ。

…まあ、そんな簡単に振り切れる事なら、今にまで、引き摺っている事は無いと思うしな。



(それに、そういう方向に考えられる様に為ったなら大分吹っ切れているんだと思えるからな…)



冷静に、客観的に、事実を見てみたならば大抵の事が偶然の重なりであるという事が判ると思う。

ただ、その偶然に至る上で自他の選択や行動、意志が関わっている以上、必然と見る事も出来るのも確かな事だったりする。

そういう考え方が出来れば変に気負ったり、引き摺る様な事は減ってくる。


占いを信じるか信じないかという話と似ている。

要は、当事者の気持ちとか考え方次第だという事。

事実は事実でしない。

其処に特別な価値や理由は介在しない。

それらを態々付加するのは人の勝手なのだから。



「…私の妹が、とある病に掛かってしまいました

その病は、フェルガナでは“十日病”と呼ばれる物で掛かってしまうと治療する事が大変困難とされて…

七割程が死亡してしまう為非常に恐れられています」


「一応、常識程度の範疇でこの辺りの事は知っているつもりなのですが…

正直、初めて聞きました」



その手の病気は世界各地に存在しているものだ。

医療技術の向上や各種類の病気の研究の成果によって次第に治療可能となるが、この時代ではまだまだ治療不可能な病気は多い。


ただ、宅や華佗の様に氣を扱える存在の有無によって治療の可能不可能が変わる場合が有る。

しかし、外に居る、という話は今の所は皆無。

居たかどうかは不明。

居たとしても立証する事は先ず難しいだろうし。



(龍族の縁者は旧・漢王朝領内にしかいないし…

出て行った可能性は有るが華佗と同様に現在では力を失っているだろうしな…)



結局は考察・推測の域から出る事は無いだろう。

それを気にする理由自体が大して無いのだから。





「それは当然だと思います

この十日病は人から人には伝染をしません

ですので、発症していても患者が何処かに隔離される様な事は有りません」


「こう言うのは不謹慎かと思いますが…

その点は大きいですね」


「はい、私も同感です」



伝染病の恐怖は死亡率より感染力の方に比が傾く。

致死率100%の伝染病も感染力が低ければ犠牲者は少なくて済む。

病原菌自体の死滅も早まる事にも繋がるしな。

だが、致死率は1%程でも100%の感染力を持った伝染病だとすれば、治療や予防は非常に困難となり、確実に犠牲者を積み重ねて増やしていく事になる。

中々死滅もしないだろう。

感染力と増殖力がイコールという訳ではないのだが、感染力が高いという場合で増殖力が低いという可能性は低いと言える。


だから、という訳ではないけれど医療技術等が未熟な時代では伝染病患者は大体隔離されてしまう。

最悪、感染の拡大を避ける為に抹殺されてしまう事も珍しくはない。

場合によっては村一つ。

数百人を焼き殺してしまう場合だって有るのだから。


これが戦時下であったなら伝染病患者自体を敵に対し兵器として“使用”をするという事も有る。

敵の人道的な思考や感情を利用して感染感染を助ける様に仕向け、内側から敵を崩してゆく。

そういう戦略的な使い方を遣る場合が有る訳だ。


以前──反董卓連合の際に俺が仕込んだ伝染病の話もそういう理由や時代背景が存在しているが故に使える策だったりもする。

手を打たなくては自領にも被害は出るのだからな。

華琳でなくとも、撤退する選択をするのが普通だ。

…まあ、袁紹や袁術辺りは対処する様にとだけ命じて丸投げだろうけど。



「その為、発症をした妹も我が家に居る事が出来た…

それだけは、救いだったのかもしれません…」



そのユーシアさんの言葉に結末が窺えた。

妹さんは治療される事無く亡くなったのだと。

助けられなかったのだと。

その、痛みの一端が、抓る様に胸の奥を締め付けた。


この手の事で安易な同情はすべきではない。

そういう考えを持つが故に口を滑らせはしないが。



「闘病中に家族と離れると気力が大きく殺がれ生きる意欲を失う場合も珍しくは有りませんからね…

生きたい、と思う気持ちは繋がりの中で生まれる事が大半ですので…

自分の家で、家族の側で、過ごせるというのは周囲が思う以上に大きな事です」


「…そうかもしれません」



励ます様な事は言わない。

ただ、患者側の意見の一つとして見解を伝える。


“病は気から”。

生きる力は心から生まれ、活力と成るのだから。

心の有り様は大きな要因と言う事が出来るだろう。





「その十日病というのは、掛かるとどういった症状が出るのでしょうか?」



少し、ユーシアさんの顔に翳りが窺えたので此方から質問をして、意識を逸らす事にする。


チラッ…と向けた先では、マフメドさんが心配そうにユーシアさんの横顔を見て沈み気味だったし。

変にマフメドさんが後々も引き摺るのは困るしな。

この内容の質問であれば、ユーシアさんだけでなく、マフメドさんも考える事が可能だからな。

俺自身は何方等が答えても正しい情報さえ得られれば問題無いからな。

其処に意識を逸らす程度の細工が混じっても構わないというのが本音だ。

まあ、人間関係への配慮と言う事も出来るが。



「そう、ですね…

十日病は先ず、風邪の様に咳や熱の症状が出ます

しかし、一日が立つ頃には身体中に赤い発疹が現れ、熱が高くなるそうです」



そう、先に口を開いたのはマフメドさんだった。

ユーシアさんの事を気遣い自分が先陣を切ったのかもしれないな。

結構、男気の有る人だし。

ただ、話からして飽く迄も聞いた情報なんだろうな。

初期症状は兎も角としても一日程度が経過した時点で確信の無くなった話し方に変わってしまったからな。

其処は仕方が無いか。



「その後、三日目になると急に嘔吐が始まります

ただ、この嘔吐は長くても一日程度で治まります

…四日目には大抵の場合が意識を失うそうなので…」



話を続けるユーシアさんの言葉は驚きでは有ったが、直ぐに納得してしまうのは俺が理屈屋だからだろう。


──にしても、現時点でも症状は最悪だな。

四日目で意識を失うとか…いや、寧ろそれで死亡率が七割っていうのは低いな。

それに名前通りだとすれば“十日後には死亡する”と考えられる訳だからな。

逆に言えばだ。

三割は助かるって訳だ。

現時点の性質から考えると高過ぎる気がする。



(それこそ氣が使える者が居れば別なんだけどな…)



仮に病状が進行していても死ぬ前であれば助けられる可能性は高いからな。

それが致死率が100%の場合でも、だ。

言い換えると“死ぬまでに十日も猶予が有る”という事になるのだから。

氣を使える者には十分だと言える時間だ。




とは言え、発症者が意識を失ってから約一週間。

死なない、という可能性が無いのだろうか。

普通なら衰弱死してしまう可能性の方が高いと思う。

その辺りが気になる。



「四日目で意識を失うとの事ですが、十日病が名前の通りだとすれば、十日間は死亡者が出難いという事になりますよね?

その辺りの事は、どうなのでしょうか?」


「普通に考えれば、意識を失ってしまえば死に向かい一直線に思える事でしょう

ですが、意識を失うと共に何故か出た高熱は下がり、体温は普通に戻るのです」


「…有り得ませんね…」



ユーシアさんの説明を聞き思わず出た本音。

実際には起きている事だし事実なんだけれど。

つい、出てしまった。


もしこれが、意図的に生み出された術の効果とかなら納得出来るのだが。

まあ、そういう思考自体も“術者”の癖なんだが。



(結構経つんだけどな…)



“其方”関係は俺が専門で対処していたからか。

或いは染み付き過ぎているのかもしれない。

其方と関係無いだろう事に対してであっても、先ずは可能性を考慮してしまう。

勿論、悪い事ではない。

現状、完全には曹魏のみの独占技術ではない。

“災厄”の存在を除いても幾つかの可能性が有る事は今のフェルガナやローランを見れば判る事だ。


だから、気が抜けないのは間違いではない。

少々、困った癖、程度だ。

問題には為らない。



「その気持ちは判ります…

私も、妹の容態を見ながら聞いていた話自体に対して懐疑的でしたので…

ただ、実際にそうなるのを目の当たりにしてしまえば疑う余地は有りません

その話が本当の事なのだと確信した訳です

妹の姿を見て、と言うのが皮肉な事ですが…」



そう言って苦笑する彼女に声を掛けたくなる。

だが、其処は自重する。

自分の役目ではない。


それを察したのか、或いは当然だと思っているのか。

確かな事は判らないけれど己が左手をマフメドさんがユーシアさんの右手の上にそっと重ねる。

振り向いて、視線が合うと小さく頷いて見せる。


言葉は要らない。

そういう関係に至れたなら理想的だとは思う。

ただ、世の男性諸君。

その関係に甘え、慢心して“その位、判れよな”とか思ったら終わりだから。

きちんと言葉にしないと、女性は満足しません。


こういう場合で有ったならこの場ではマフメドさんの今の様な感じでも大丈夫と言えますが、この場合にも後で改めて言葉にする様に気を付けましょう。


但し、空気を読めないと、逆に不機嫌に為り、反感や怒りを買います。

其処は注意しましょう。

言うべき状況か、言ってはならないか状況か。

その見極めが肝心です。

それが出来るかどうかは、貴男次第。




それは僅かな間とは言え、目の前に他人の惚気る様な姿が有れば、現実逃避して意識も逸らしますって。


まあ、俺も大人ですから?

その辺りは空気を読んで、お茶でも飲んで気付かない振りをしますけど。


俺の後ろに控える愛紗達は表情や仕草、雰囲気だけで判断するので辛いだろう。

ちゃんと後で労います。

愚痴では済まないだろうと確信出来ますから。


小さく咳払いをしてから、ユーシアさんが此方に向き直って姿勢を正す。

…若干、耳先が赤い?

いえいえ、私の目には何も見えませんとも、ええ。



「十日病はその名の通り、発症から凡そ十日で死へと至る病とされています

ですが、十日を過ぎたり、十日に満たぬ間に亡くなる場合も有るそうです

多少の個人差が有りますが概ね、十日前後には間違い有りません」


「意識を失い、熱は下がる

それ以外の症状は?」


「赤い発疹は八日目辺りで消えてしまいます

意識を失った後ですが…

実は、普通に眠っていると思える位に目立った変化は起きませんでした

勿論、当時の私に十日病や他の病状に詳しいと言える知識は有りませんので…

飽く迄も、妹の場合には、という事になりますが…」


「いえ、それで十分です

他人に聞いただけの話より経験した事の方が内容的に価値が有りますから…

そして、貴女の聞いた話に十日病の治療方法も有ったという訳ですね?」



申し訳無さそうな彼女へと安心させる様に言葉を返しながら、訊ね返す。


驚くかと思いきや、彼女は“やはり…”という表情で俺を真っ直ぐに見る。

その反応に、此方も同様の感想を懐いていた。

“狐と狸の化かし合い”の様に、だ。




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