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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
564/915

        肆


ただ、重苦しかった空気が弛緩した事は良かった。

この手の話は鼬ごっこで、根本的な解決方法は永続的改善の継続以外には無い。

抑の問題の要因が生活上で避けられない場合が多く、完全な排除・予防・処罰が困難である為だ。

だから、一時の話題として取り上げても本腰を入れて解決しようとする政治家や教育者は先ず居ない。

結局、口先だけの対応しか出来無いのだから。


後、現実的な問題としても俺達は“余所者”だから。

希望を持たせる様な発言は無責任でしかない。

そういう意味でも避けたい話題だからな。



「…そういう事が有っても“子供の内だから”というのも間違いではなくて…

十歳を越えれば嫌でも家の手伝いをさせられます

もう働き手としても十分に役立ち(つかえ)ますから

私に関わる様な無駄な事は出来無くなる訳です」



現代教育とは環境が違い、子供のいじめは期間限定と言えるのが今の現実。

まあ、大人になれば新しく大人のいじめが有る訳だが──それはそれ。

子供のいじめとは違う。

大人である以上、遣るなら相応の責任を伴う。


物が溢れ返る時代よりも、生きていく事に必死な方が市井では治安にさえ問題が無ければ平和だと思う。見せ掛けの平和を政治家が謳う世の中の、その裏では多くの陰惨な問題が生まれ人々を蝕むのだから。

眼に見える害悪が何れ程に可愛く思える事か。

まあ、そう考えられるのは一つの結果(みらい)を俺が知っているからだが。



(知っているからと言って完璧に解決出来る問題かと言えば違うしなぁ…)



ならば、同じ様な他二人の“天の御遣い”が対処する事が出来るかと訊かれれば俺は否と答えるだろう。


初期、或いは一時的になら可能かもしれない。

しかし、それを恒久的に、というのは不可能だ。

仮に、“永遠の生命”だの不老不死等を得たとしても関わり続け、考え続けて、起因と結果の変化に合わせ対処し続けるしかない。


数式やクイズとは違う。

人の数だけ、社会や時代の状況の数だけ、その結果は増え続けるのだから。


──いじめられる方にも、問題が有るのではないか?


そんな馬鹿な事を言う者に解決する気は無い。

所詮、他人事なのだから。

だから無責任な事を言う。

ただの話題なのだから。


真に解決する為に向き合い知る努力をしたのであれば実際には意外な程に容易く理解出来るのだから。


その根深さと、絶対の解が存在しない事を。

人は独りでは生きられない生き物である。

しかし、独りであるならば社会的な苦痛を受ける様な事はないだろう。

けれど、残念ながら人間は二人居れば諍い、争う事が出来る生き物である。

勿論、全ての人間が対立や争乱を望みはしない。

だが、常に比較をする事が当たり前の社会に生きて、属している以上、それから逃げ出す事は出来無い。

社会という差別からは。





「当事者であった私ですら思い出さなければ意識する事も無い様になります

勿論、その程度だった事も一因には有るのでしょう」



いじめにも程度差は有る。

それは行為自体には勿論、加害者にも、被害者にも、関わる全てに言える事。


同じ事をされても腹を立て怒る者も居れば、心を痛め深く傷付く者も居る。

勿論、加害者が悪いという事に間違いは無いのだが、当の被害者の性格や意識や価値観等に因り、影響力が変わってきてしまう。

被害者に問題が有ると言う人物は自身が“気にしないタイプだから”でしかない事に気付いていない。

その認識の齟齬が、問題をややこしくする訳だ。

弁護士や検事という立場に有る者達が、真実よりも、利益を優先する世の中では言うだけ無意味なのだとは思うのだけれど。


ユーシアさんの件に限れば引き摺る事は無かったし、長期に渡る事でも無かったという事だろう。

そんな下らない事をしても腹は膨れないのだから。


まあ、それだけではなく、他の要因も有る。



「それに加え貴女が誰かに憎悪を向け続けられる様な人柄では無い、という事も大きいのでしょうね」


「──っ、その様な言葉を掛けられたのは初めての事なので…困りましたね…」



俺の言葉にユーシアさんは驚き、言われた事の意味に気付くと直ぐに頬を染めて照れながら視線を外す。


別に口説いている、という訳ではない。

今のは正直な感想だ。

だから、マフメドさんからそういう視線を向けられる事は無かった。


ただ、背後からは刺す様な視線を三つ程感じるが。

まあ、愛紗達からすれば、頭では判っていても心境は複雑──というか面白くはないのだろうな。

嫉妬とは懐く本人にすらも理不尽な感情なのだから。


しかし、件の問題としては大きな要素ではある。

恐らくだがユーシアさんはいじめをしていた子供より精神的な成熟が早かったのではないだろうか。

だから、“馬鹿な子ね…”とでも言う様な余裕の有る感じだった気がする。

…この雰囲気では訊く事は流石にしないが。


下の弟妹の面倒を見たり、ペットの世話をしたりする子供は成熟度が高いという印象が個人的にはする。

多分それは“生命の重みと尊さと儚さ”を感じているからではないのだろうか。

理屈ではなく、本能で。


テレビの動物番組で有る、異種族でも子供を育てたり守ったりする話。

其処に、生命の本質が有るという事に見ている人々は気付いているのだろうか。




けれども、加害者の中には本当に愚かな者も居る。

子供だから、という理由で赦されていた事が成長して大人に成っても通用すると思う者が居たりする。

自分が“強者だ”と勘違いしているだけなのだが。

愚か故に、質が悪い。



「私が十五歳、妹が七歳に成る年の夏の事でした…

当時、こんな私に言い寄る物好きな方が本の僅かでは有りましたが居まして…」



“僅か所ではないでしょう

男なら大抵が貴女を見れば意識すると思いますよ”と思わず言いそうになったが何とか飲み込む。

ユーシアさんは照れて俯きマフメドさんは頷く程度で済むとは思う。

しかし、愛紗達が後で必ず詰め寄るか、不機嫌に為る事は眼に見えている。


また、此処で余計な発言は話の流れを妨げるだろう。

故に、沈黙するべきだ。

…決して、愛紗達に恐れを為した訳ではない。



「年頃では有りましたが…

私は恋愛事には疎い方で…

せめて人並みに事情を察す程度に興味を持っていれば良かったと…

今でも後悔しています…」



話の流れから想像が出来る状況は幾つか有る。

ただ、気になるのは彼女が他者に憎悪を向けていないという点からして、彼女の妹の死とは直結はしないのかもしれないな。


火傷に関しては別だが。

寧ろ、暗い嫉妬の焔で──いや、そういう事を言うと不謹慎だな。



「この火傷の最たる原因は暗い嫉妬の焔、と言うべきなのでしょうね…」


(──って、言うのっ!?

それ言っちゃうのっ!?)



我が奥様方ではないのだが思考を読まれた気がして、背中を冷たい汗が伝う。

…いや、そうだと決まった訳ではないのだけれど。

それはまあ、特に個性的な比喩や表現ではないし?

寧ろ、有り触れてるよ?

でもね?、このタイミングで言われると驚く訳で。

結構、動揺も凄い。

必死に平静を保つけどさ。

心臓はバックバクッです。



「私が御断りした方の中に想いを寄せていた同い年の女性が居まして…

その方に対し御付き合いを申し込んだそうですが…」


「…“好きな女性が居る”とか“好みじゃないから”なんて言われて振られて、貴女に対し逆恨みをした」


「よく有る、話ですね」



そう言って、自嘲する様に苦笑したユーシアさん。


確かに珍しくはない話だが軽い話でもない。

傍迷惑な女性だとしか俺は言う事が出来無い。


だから、その過去を流せる彼女を尊敬する。

俺は根に持つ方だからな。




しかし、話は簡単でも俺が知りたいと思う部分には、まだ全く触れていない。

本題は、まだこれから。



「…彼女は、その方の事が昔から好きだったそうです

妹の事が第一だった私には知り得ない事でしたが…

当時から彼女を知っている知人達にとっては、常識に近い事だったそうです

それだけに、振られた事でとても傷付いたのだと…」



本当に、よく有る話だ。

そして、何も判っていない上辺だけの話でもある。


もしも華琳が此処に居れば静かにキレたと思う。

その女性がどうなるかは…うん、想像したくないな。



「…こういう事を言うのは“苦悩を知らないから”と思われるかもしれませんが恋愛とは綺麗事ではなく、弱肉強食だと思います

もし、その女性が貴女より魅力的だと思われる様にと努力を積み重ねても結局は相手の一存が全てです

“好みである”という事はどうしようも無い要因で、ある意味決定的な事です

本当に相手を想っていると言うのであれば、拘らずに素直に身を引くべきだ、と個人的には思います

それが出来無いというのは相手の事が大事ではなく、自分の欲求を満たしたいが為でしかないから、です

恋愛というのは相手の為に有るのではなく自分の為の物ですからね

私も自分の為に愛する者を手に入れましたから」



そう言うと意外そうな顔をユーシアさんからされた。

多分、此処までの印象だと合わないのだろう。

でも、これが俺なんで。


…マフメドさん?

彼は特に驚いてもいない。

俺の価値観の全てではないにしても、少し位は理解をしているだろうからな。

涼しい顔をしている。


後、“愛する者達を”とは言わなかったのは此処での余計な追及を避ける為と、後ろの愛紗達を、飽く迄も従者として認識させる為。

以前には俺が思春と紫苑を従者として連れて旅をした事実をマフメドさんだけは知っているからな。

一度認識させてしまえば、疑われる事は無い筈だ。


それに、言った事自体にも嘘偽りは無い。

俺は華琳が欲しいから俺の(おんな)にした訳だし。


まあ、愛紗達が話している内容を理解していないから言える事だけどな。

そうでなかったら愛紗達は間違い無く赤面してしまい関係がバレるからな。

普段なら、可愛い反応だし揶揄うネタに出来るけど。

今は、自重しますとも。




驚いていたユーシアさんの表情が、マフメドさんへと向いた後、“納得出来た”という様に変わった。



「恋愛は自分の為ですか…

確かに、そうですね」



マフメドさんを見詰めて、そう言ったユーシアさんは微笑んでいる。

対してマフメドさんは顔を外方に向けてしまう。

うん、恥ずかしいよな。

こういう時、羞恥心に負け逃げるのは男の方だ。

ただ、誤魔化すのに下手に“誰が、こんな奴を”等は言ってはならない。

照れ隠しでも女性に対して貶す言葉は禁句である。

その後の修羅場を想像して大人しく堪えましょう。

それが男の器量です。



「その女性は自分の失敗を貴女の所為にしていただけですからね…

同情する気も有りません」



事実だけど、敢えて厳しい言い方をしておく。

女尊男卑な俺ですけどね、全ての女性の肩を持とうと思いはしない訳です。

逆に、肩を持つ男性だって居ますから。

目の前のマフメドさんや、ローランのビュレエフさんみたいにな。

其処も結局は“好み”って事なんだからな。


恋愛に理想と幻想を求める事は構わないが、きちんと現実を見て欲しい。

時には妥協も、幸せを掴む手段なんだからな。



「…因みに、その男性ってどんな方なのですか?」


「え〜と、確か…」



何と無く、では有ったが、気になったので閑話休題の意味も含めて訊いてみた。

其処に他意は無い。

その男性にユーシアさんが好意を抱いていた、という訳でもないし。

本当に、単純な好奇心から出た質問だった。


話を聞き、判った事は──その女性が世間で言う所の“特殊な趣味”の持ち主で有った事だろうか。

いや、恋愛は自由なんだし好みのタイプも人各々。

良し悪しは有りません。


ただ、俺とマフメドさんは顔を見合せ、思った。

“世の中は広いな…”と。


尚、その女性に関しては、訊こうとは思わなかった。




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