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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
560/915

      伍


こっそりとした愛紗からの“甘え”に応え終えると、翠と螢に声を掛け、都へと入って行く。


──が、一つだけ。

今までとは違う点が有る。


気付かれた訳ではない。

其方らに関しては全く以て問題は無かったので。

下手に罪悪感を感じたり、意識したり、誤魔化したりしなければ大丈夫。

と言うか、思考から一切を外す位で丁度良い。

…バレたら面倒だしな。



「…あの…雷華様?

何故此処に来て変装を?」


「必要だから、だな」


「…そう、ですか…」



理解出来無い為、納得する事が出来ずに戸惑うけれど俺に言われて、取り敢えず話題としては一旦終了させ思考を切り替える愛紗。

気持ちは判らなくはない。


その言葉だけを聞いたなら“今更になって態々変装をするのですか?”といった意味に思えるだろう。

しかし、そうではない。

抑、俺達は西域諸国に向け旅立った時点から、此方の素性を隠す為に変装をして過ごして来ている。

勿論、“此処に来て新たに別人に変装、ですか?”と受け取れもするとは思う。


だが、何方らでもない。

何故なら今、コーカンドの都を歩く俺達は“素顔”で居るのだから。

そう、“何故此処に来て”と思ってしまう事には何も可笑しな点は無い。

そう思って当然だから。


ただ、俺の言った言葉にも嘘偽りは無い。

必要な事だから、今までは遣っていた変装を解いた。

それだけの事なのだから。


当然ながら、“それならば最初から変装する必要など無かったのでは?”と思う事も可笑しくはない。

言い訳という訳ではないが“素性を隠す”や“極力、目立たない為にも”という事にも嘘偽りは無い。

実際、ローラン内でも終始素性を隠し通したのだし。

ちゃんと意味は有る。



「でもさ、変装してたって感覚が薄いから、止めてもそんなに気になるって事も無いだろ?

愛紗は気にし過ぎだな」


「…まあ、そう言われれば確かにそうなんだが…」


「もう少し気楽に考えれば楽なんだけどな

勿論、考えなさ過ぎるのは駄目なんだろうけどさ」



“自分の事を棚に上げて”という反感を招きそうな、判った風な事を言う割りに問題点も理解しているのは悪くないと思う。

若干、自己批判に聞こえる気もするが…其処はまあ、気にしないで置こう。

変に指摘すると翠の機嫌を損ねてしまうしな。


一方の愛紗は、翠の意見に静かに納得していた。

生真面目なんだと、自覚は有るだろうからな。


性格も個性の一つ。

どんな性格にも良し悪しや向き不向きは存在する。

だが、それもまた個性で、魅力なんだと思う。

故に、誰かと比較する事は重要だとは言わない。

そうする事で、上を目指し改善・修正・成長しようと思う場合を除いては。


まあ、結局はそれも含めて個人に因る訳だけどな。




コーカンドの都も外周を、ぐるりと防壁が囲んでいる城塞型都市である。

この辺りは同じ西域に有るローランは勿論なのだが、漢王朝時代からの各都市も同様だったりする。

流行り、とも言える。


ただ、現実的な問題として賊徒の横行が有る、という共通点による物だろう。

或いは、もっと拡大をして“外敵が有るから”と言う事も出来ると思う。

宅も“隔壁”を国境沿いに築いている訳だしな。

尤も、宅の場合は“災厄”関連に備えて、というのが大きな理由では有るが。

一般人には関係無い事だし知らなくても構わない。

と言うか、知る必要なんて全く無い事だからな。

“外敵=諸外国”の認識で俺達は構わない。

その方が都合も良いし。

それに一々理解出来る様に説明するのも面倒臭いし。



「それにしてもローランと比べて凄い違いだよな〜

宅や旧・漢王朝の領域とは比べられはしないけど…

此処に来るまでに見てきた西域諸国の各地の中では、間違い無く一番に緑の多い都だよな〜…」



キョロキョロと周囲に顔を向けながら喋る翠。

誰も相手にしなければ単に独り言でしかない。

ただ、それを拾い上げて、何かしらの反応を返せば、会話として成立する。

コミュニケーションは一応成立する事になる。

“言葉は人類最高の発明”というのは正しいと思う。


まあ、統一化出来無いから戦争だの差別だの下らない事が多々起きるというのも現実的な問題なのだが。

それは置いておこう。

此処で言っても仕方が無い事なんだしな。



「…まあ、確かにな

同じ様な環境下で此処まで差が有ると素直に驚くしか出来無いものだな…

しかし、砂漠でもこれ程に植物が育つとはな…」


「愛紗の気持ちも判るよ

でも、誰かさんの計画だと戈壁沙漠でも同じ様に──いや、それ以上の緑地化を遣るみたいだからな…

その事を知ってる立場からしてみると、驚きも半減かそれを下回る程度の事って感じしかしないんだよ」


「それは…そうかもな…」



翠と愛紗が此方を向いて、“雷華様だしなぁ…”的な眼で見詰めてくる。

確かに、翠の言い分には、俺は言い返し難い。

それもまた事実だからだ。


だが、戈壁沙漠の緑地化は国家事業として華琳からの認可も出ている事だ。

決して家庭菜園(しゅみ)の延長上の発案ではない。

その事だけは、はっきりと言って置きたい。

断じて、私利私欲に置ける計画ではないのだと。



「でも、実験(しゅみ)的な要素は有るだろ?」


「…………」



翠の切り返しに無言のまま俺は視線を逸らした。

それは──否定出来無い。

否定、出来無かった。




 馬超side──


改めて言うのも可笑しいが私達の主君で、夫でもある雷華様は凄い。

だけど、少し変わっている人物でもある。


雷華様の包容力や指導力は疑う余地が無い。

…まあ、惚れた弱味だとか妻としての贔屓目なんかも無いとは言わないけどさ。

それを差し引いても凄い事自体は変わらない。


正妻である華琳様も凄いし完璧主義者的な雰囲気には畏怖も感じる。

それでも、初めて出逢った頃に比べたら、丸く成ったという印象が有る。

それが華琳様の成長なのか私達の成長なのか、或いはその両方なのか。

それは定かではない事だし些細な事だとも思う。

重要なのは其処ではなく、現在と未来なのだから。

そして、其処に至らすのが雷華様だという事。

それが何よりも重要な事。


それなのに、だ。

雷華様は妙に子供っぽい。

いや、確かに私達妻よりも歳下なので、子供と言えば子供には違い無いが。

それは置いておこう。

その辺りの話題は個人名を出したら──否、僅かでも脳裏に思い浮かべただけで感知する輩が居るので。

…べ、別に其奴が怖いって訳じゃないからな?

それは言って置くぞ。


で、でだな…雷華様って、何か変な所で子供みたいな言動をする訳だ。

普段との…落差と言うか、違い?には驚いてしまう。

特に初めての頃はな。


まあ、華琳様や一部からは“あら、それが良いのよ

そういう部分が母性本能を刺激してくれるしね”等と言われている。

その意味も…まあ、何だ…判らない訳じゃない。

普段、自分が“甘える”側だからなのか、そういった状況に為ると嬉しく思う。

実際に雷華様が甘えるとか無いんだけどな。

それでも、膝枕をしたり、一緒に遠乗りに出掛けたり食べ歩きをしたりしてると見せてくれる年相応の顔が可愛らしく思える。

…流石に雷華様自身には、言えない事だけど。


因みに、この話題に関して華琳様から直々に箝口令が敷かれていたりするのだが雷華様は知らない。

その辺りは曹家の女性陣の結束力と組織力だろうな。

ああ、序でに言っておくと私達妻だけではなく、宅の大半の女性陣に対して、の箝口令だったりする。


この手の話って世間一般の女には恋愛話と同じ程度に大好物だからな。

下手に雷華様の耳に入って不機嫌に為られると私達も色々と大変だからだ。

…まあ、そういう話自体も私自身他人事じゃない事も有るからな。

話題に挙げられる気持ちは多少為りとも判るよ。

する時は私もするけどな。



──side out



…何だろうか。


翠の的確な一言から逃げて意識を逸らそうとしたら、妙に“擽ったい”様な変な感覚を覚えた。

偶に、有るんだよな。

こういった感覚が。


だからと言って、そう為る原因は突き止められない。

その辺りの事から考えて、恐らくは“噂話”の類いと当たりを付けている。

まあ、嚔が出る訳ではない事も有るし、我慢してれば他人には気付かれないので増しかもしれないが。

…いや、嚔が出る場合って悪口の方が多いよな?

普通、誉められてって中々無いだろうしさ。

でも、その内容が当事者にどう思われるのかなんて、内容通りとは限らない。

“あの娘は可愛いよな”と言われても本人に何かしらコンプレックスが有ったら厭みに聞こえる場合だって有るとは思う。

当然、その逆もだ。


となると、噂されて嚔、は“単なる偶然”となるが、“虫の知らせ”を肯定した場合には、有り得る事だと個人的には思う。

何方らにしても根拠の無い“直感的な違和感”とでも言うべき物だと思う。

その立証は“女の勘”級の難題なのだろう。



「…雷華様?」


「ん、何でも無い」



小首を傾げる螢の眼差しに下らない思考を破棄して、気持ちも切り替える。


翠達が話している通りに、コーカンドの都は今までに寄ってきた要所となる都や街とは違って、彼方此方に緑が生い茂っている。

気温や気候は大差無い。

それなのに、である。


その理由には幾つか有ると考えられる訳だが、中でも個人的に一番の理由ではと思う要因が有る。


東北東に有るイシククル湖という水源が有るのだが、それだけならアルマティの北にはバルハシ湖が有り、その東──伊寧の北側にもアラクル湖が有る。

その違いは盆地である事。

コーカンドは、天山山脈・崑崙山脈を含めて複数有る山脈の交錯する地点。

その為、平地の多い他とは風向きの影響が異なる点も砂漠化をしていない理由に上げられると思う。

山脈を挟んだコーカンドの反対側──東は塔克拉瑪干(タクラマカン)沙漠だし。


まあ、だからどうなんだ、という話なんだけどね。

コーカンドの人々にしても“どうでもいい事”としか思わないだろう。

でも、それは彼等が普通に有る事が常だから。

持つと持たざる。

その間に有る“温度差”は時として火種と為る事を、彼等は知らないのだ。





「先ずは宿探しからか?」



コーカンドの都を見ながら歩いていると翠から今後の予定を訊かれた。

その事には愛紗と螢も同じ意見らしく俺に視線だけを向けて返答を待つ。



「そうしたい所なんだが、先に行く場所が有る」


「もしかして、まだ此方に宅の商隊が居るのか?」



ローランでの事は三人にも話してあるので、そう思う事自体は可笑しくない。


ただ、その場合は隠密衆が魏国内に帰還する様に直に話を通す事になるのだが。

普段から隠密衆との接点が少ない事も有るし、其処に考えが至らなくても仕方が無いのだろう。

出来れば螢にだけは察して貰いたかったが。



「…あ、でも、多分それは無い筈です

…隠密衆の方から帰国する様に言われる筈ですから」


「あっ、それもそうだな」



──と思っていたら、螢が少しだけ遅れて翠の疑問に答えていた。

赦せ、螢…判断を早まった我が身の不肖を。



「じゃあ、何処なんだ?

取り敢えず、昼飯か?」


「鴉洸達を連れたままでは流石に無いだろう…

見た感じでは店先に荷馬の姿も少ないしな」


「そう言えば…そうだな」



何気無い、普通の会話。

だが、そのまま向けた先に違和感を覚えたのだろう。

翠も、愛紗も、螢も。

表情に険しさが滲む。

そして感じている違和感は間違いではない。

それは確かに疑問を持つに値する違いなのだから。



「その辺りの事も含めて、情報を仕入れる為だ」



そう言うと三人は納得し、俺の後に続いた。


街並みと様子を見ながら、歩く事、約二十分。

目的の場所に到着する。


そして、その場所の正面に立つ人物が此方を見ると、両目を丸くして驚きを顔に露にしていた。



「──あ、貴男はっ!」



その声を聞きながら、俺は笑みを浮かべて歩み寄る。

懐かしき、彼の元へと。




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