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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
56/914

        肆


 曹操side──


器術の鍛練が加わってから数度の逢瀬が有った。

棍を使っての実戦は一度も勝てていない。

──いいえ、体術だけの時から一度も、ね。



「脇が甘い」


「くっ!?、この──」



鍔迫り合いに持ち込めば、拮抗し合う一瞬を見極めて然り気無く往なされ簡単に体勢を崩される。

“遣られる”と判っても、対処出来無い。

抑、それを警戒して攻撃に込める力を抜けば呆気なく返り討ちにされるだけ。


だが、一見手詰まりの様に思える状況でも、彼は殆ど対応を変えていない。

それはつまり、この状況を“破る”術が有る事を意味している。

そして“それ”を見付ける事が今の私の課題。



「足元が御留守だ」


「きゃっ!?」



擦れ違い様に、大鎌の柄を両足の間に入れられ躓いてしまった。

咄嗟に棍を突き立てる事で転倒は防いだが──

首筋には細剣の刃が。



「…参りました」


「ん、それじゃ休憩」



私が敗北を認めると大鎌と細剣を消して休息に。

今居る鍛練場として造った岩山の風景から移動。


鍛練場とは別の風景である森林に囲まれた清流。

その近くの岩に腰を下ろし澄んだ水の中に裸足になり両足を投げ出す。

鍛練によって火照った肌を冷やしてくれる水の感触が心地好い。

肩の力を抜き、緊張を解す為に空を見上げる。

最初は一面の虹彩色だった世界が今は違う。

空は青く、白雲が流れる。



「…はぁ…」



つい漏れた溜め息。

しかし、それも仕方無い事だと私は思う。

この休息は私の為の物。

彼は息一つ乱れていない。

つまり、それだけ実力差が有る事を証明している。



「溜め息吐いてると幸せが逃げて行くぞ?」



私の後ろに立ち、真上から顔を覗く様に見下ろす。

陽が無い為、影が出来無い“此処”では顔をはっきり見る事が出来る。



「貴男が逃げるの?」



八つ当たりではないけれど私の幸せは彼と在ってこそ生まれるもの。

だから、特に他意は無く、自然と出た言葉。

その為か、珍しく彼の方が頬を赤くしている。

…歳上だけど可愛いわね。



「むぅー…遣り返したら、非道だと思う?」


「思わない方が変よ」



意外に子供っぽいし。

普段が普段だからか余計に強調されて感じる。



(…これが“母性”と言う感覚なのかしら…)



何かこう、無性に彼の事を抱き締めたくなる。


ただ、その衝動を押し隠し平静を装ってしまう自分に“意気地無し!”と言ってやりたかった。



──side out



器術の鍛練を加えてから、一ヶ月が経った。


最初の頃は棍一本ですらも持て余していたが一週間もすれば形になった。

“現実”でも体術の基礎を怠らず、“仮想の相手”を想定しての鍛練法──所謂イメージ・トレーニングを積んでいる結果だろう。


それに“敗北”という形で強く印象に残った“俺”を仮想の相手にしている上、自身の動き方の参考等にも活用している様で感心。

その“応用力”が有るかが成長速度を左右する。



「──っ!、其処っ!!」



態と作った隙の裏を突き、左手に持つ棍を大鎌の刃の内側に入れ捻って柄と交差──“咬ませ”た。

“ロック”された大鎌側の外側へと身体を回転させて回り込みながら右手に持つ“短剣”を振り抜く。


ガキィンッ!、と音を立て火花を散らす双刃。

短剣を細剣で受ける。



「今のは惜しいな」


「白々しいわね、でも──まだ“此処”からよっ!」


「おっ──」



クンッ…と一瞬だけ生じる虚脱感は“往なした”証。

どうやら物にした様だ。


さて“此処”からどう次へ繋いで来るのか。



「──フッ!」



息を吐くのに合わせ身体を深く沈ませた。

それに伴い、短剣は細剣の刃を滑る様に流れる。

同時に左手を棍から離し、“螺旋”を描き──加速。



「哈っ!」



重力に任せて右肩を下げ、その反動を使い“左足”を振り上げる。

側頭部を目掛けた蹴撃。

全く容赦は見られない。



「よっ──」



体勢を崩さない程度の軽いスウェーで回避。

視界を彼女の左足が横断。

“此処”での練習着に使用している空手道着の下衣の裾がはためく。


──と、落ちる筈の左足の足首が大鎌の柄に掛かる。

瞬間、柄に彼女の全体重が預けられ、動きを強制的に鈍らされた。

一瞬出来た“空白”の間に右足は振り上げられており踵が連撃を仕掛ける筈。

大鎌を手放しても良いが、“か弱い女の子の一人すら支えられないの?”とか、後で言われそうだ。


という訳で──



「貰っ──ぇ?、ちょっ!?──きゃあぁっ!?」



大鎌の柄に引っ掛けられた左足を逆に利用して真上に引っこ抜く。

反射的に短剣は落とし軽い錯乱を起こす。

そして、落下して来た所を武器を手放して捕獲。

所謂“お姫様抱っこ”で。



「はい、終了♪」


「──〜〜〜っ!!、っ!!」



初めての“無重力”体験が怖かったのか、悔しさか、涙目で抱き付いていながら頭を揺さぶられた。




 曹操side──


左の貫手による突きを躱し手首を右手で掴む。

相手の勢いそのままに後ろへと受け流し、その反動で左半身を前へ。

懐へ入り、下から掬う様に左の肘鉄を鳩尾へと穿つ。


普通ならこれで決まり。

しかし“彼”は身体の力を抜いて右腕の勢いに任せ、身体を捻って躱す。

次いで無防備になった頭へ放たれる左の一撃。

それを畳んだ左腕を扇状に広げて打ち払う。


お互いに両手と軸足が使えない状況から、残った足で膝蹴りを放つ。

打つかり合い、反発するが掴んだままの右手は離さず軸足で地を蹴り、相手側に体重を預ける事で引き倒す様に体勢を崩す。

相殺された膝蹴りの反動で軸足を振り上げ──



「──っ!?」



有る筈の“抵抗”が無く、身体に掛かる落下の感覚に咄嗟に身を捩る。

腹這いになる格好で地面にどうにか着地した。



「…あ、危なかったわ…」



あのまま気付かずに居たら頭から落ちていた。

良くて瘤か裂傷…無傷では済まなかっただろう。

最悪、死んでいた。

そう思うと冷や汗が出る。

集中し過ぎるのも問題だと判っただけ良しとしよう。


起き上がって、手に付いた土を払い落とす。

軽く柔軟をしながら呼吸を整えて鍛練を終える。


東屋に移動し、椅子に腰を下ろすと卓上に置いて有る用意していた手拭いと取り額と首筋の汗を拭く。



「“一人”での組み手には無理が有るわよ…」



愚痴を溢しても答える者は“此処”には居ない。

頬を撫でる風が運ぶのは、草木の“香”──つまりは“現実”である。

鍛練の相手だった“彼”は私の“仮想”した幻影。

私の記憶や印象を反映するだけに、下手に私を危険に晒さない所までも“想定”したのが失敗。

仕方無い事なのは私自身も判っているけれど。



「鮮明に、明確に、相手を想像するとなると…

自然と“そのまま”の姿になってしまうのよね…」



都合良く“設定”出来る程私の想像力は高くない。

思考力・理解力とは異なる謂わば“思い込み”の力。

彼曰く“妄想力”が高い程遣り易いらしいが。



「単純な型稽古を繰り返すよりも良い効果が有るのも確かだから、今よりもっと高い質にしたいわね…」



そうは言っても結局の所は少しづつ経験を積み重ねるしかない。

だから今も“逢瀬”の時が待ち遠しい。



──side out



いつもと変わらない様子の“此処”で、彼女と会う。


特に感じる“異変”は無く平穏無事な“逢瀬”の筈。


だが、微かな“違和感”が脳裡から離れない。



「どうかしたの?」


「ん?」


「難しい顔してたわよ?」



彼女に声を掛けられた事で右手で頬を触ってしまう。

瞬間、彼女の視線が厳しい物へと変わった。

どうやら鎌を掛けられて、反応した様だ。

然り気無い態度だったから油断していたか。

曹操め、やるではないか。



「馬鹿な事考えてないで、話したらどうなのよ?」


「…何で判る?」


「“女の勘”よ」


「“女の勘”かぁ…

それなら仕方無いな…」



男である自分には解らない物の一つだ。

“男の勘”って物も有って良いと思うんだが。

男女差別反対。



「“女”という種の能力と思って割り切る事ね」



…本当、何で解るかなぁ。

不思議で仕方無いって。

誰か解明してくれ。



「男性には無理でしょうね

それで?、貴男は一体何を考えていたのかしら?」



…もう、あれだな。

素直に先に進めよう。



「大した事じゃない…

ちょっとした“違和感”が拭えなくてな…」


「違和感?

何か気になる事でも?」


「それが無いのが悩み所で困ってるんだけどな…」



肩を竦めながら苦笑。

“女の勘”並みに無根拠な直感でしかない。



「“経験”から来た物?」


「肯定も否定も出来無い

別段、“嫌な感じ”という訳でもないからな…」



悪寒や危機感の類いとは、根本的に違う感覚。

肌が粟立つ様でもなくて、ピリピリとする様でもなくただ“何か”が違うとだけ感じる奇妙な感覚。

しかも、それが確信めいた物だから質が悪い。



「…可能性は?」



少し考えて、冷静に訊ねる辺り随分と慣れた物だ。



「…俺達の命や存在に直結する事ではないとは思う

…一番に考えられるのは、“此処”の事だろうが…」


「…それらしい“何か”が見当たらない訳ね?」


「そういう事」



原因・要因が判らなければ対処は出来無い。

それ以前に異変・異常等が見当たらなければ判断さえ出来無い。



「事象の無い疑問・推測は無いのと同じだからな」


「無きにしも非ず、ね」



出来るなら、何も起きずに“気のせい”で終わればと思わずには居られない。

しかし、確かに“何か”が有るのだろう。

だから、それが些細な事で有ってくれる事を祈る。




 曹操side──


出逢いから約四ヶ月。

体術・器術共に当初に比べ上達したと明言出来る。


現在、此方──“現実”で行う鍛練は体術に加えて、軽もの木棍を使った棒術、そして──もう一つ。

器術が有る程度形になった段階で追加された課題が、“舞踊”である。


緩急を操り、重心と体軸を乱さぬ歩法を身に付ける為であり、将来的には走法に至る事も可能らしい。

また、身体全体を意識的に動かす事で、体術・器術の精度の向上にも繋がる。


既に日課となった鍛練も、一貫性が有るので周囲から変に怪しまれない。

これも彼の配慮の範疇なのだろうけれど。



「…今日で一週間ね…」



日課を終え、東屋で休憩をしながら空を見詰める。


此処数度なのだけれど──“逢瀬”の間隔が長い。

少し前は大体二日に一度、多い時は連日だったのに。


“彼処”は“夢”だから、二人が“眠っている”事が“逢瀬”の第一条件の筈。

という事は、彼が此処数日眠っていない訳になる。



(確か…“退魔師”の仕事では数日に渡る不眠不休はよく有る事らしいけど…)



“普通”に互いの状況等を直ぐ知る事が出来無いのは焦れったい。


──その程度にしか思っていなかった。


しかし、明らかに開いてる間隔は嫌な予感がする。



(あの時、彼が感じていた“違和感”が私達の世界の“繋がり”に関係する異変だったとしたら──)



脳裏に浮かんだ考えを否定する様に頭を振る。

飽く迄も可能性。

私の憶測の域を出ない。

何の確証も無い事。



(──でも…)



一度でも考えしまったら、頭から消えない。

“蓋”も出来無い。



(…会いたい…貴男に…

…会いたいわ…純和…)



溢れる“想い”は抑え切る事は出来ず──頬を濡らし零れ落ちる。



「華琳?」


「──っ!?」



背後から掛けられた声。

直ぐに祖母の物だと気付き慌てて両手で拭おうとするけれど──出来ず。

その間に近付かれる。



「貴女、どうし──」



顔を覗き込まれて、理由を訊かれない為に祖母の胸に抱き付いて誤魔化す。

絶対に口にしたくない。

留処なく流れる“想い”を“過去”にしたくなくて、失いたくなくて。


ただ、静かに泣いた。



──side out。



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