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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
558/915

      参


 甘寧side──


──五月三日。


雷華様が愛紗達と大苑へと向かわれて、早一週間。

別地にて仕事をする生活は珍しくはない。

特に雷華様が曹家に入り、動き出した頃から居る者は一ヶ月程度現地に滞在して仕事をした経験が多い。


しかし、それでも雷華様は小忠実に顔を出されている事も有って、一週間も顔を合わさないという様な事は珍しい事だったりする。


一度、例の左腕の件の際に昏睡状態では有ったけれど雷華様御自身は同じ私邸の寝室に居られた訳だから、離れては居なかった。


一週間も顔を合わせずに、離れ離れでいる。

というのは初めての経験。

正直な所、私自身も何処か落ち着かなかったりする。



「依存するな、という方が無理な話なのよね…」



そんな私達の様子を見て、華琳様は苦笑される。


今は私と冥琳・蓮華が居て南部の水運関係の話をした後の休憩中──簡易的な、御茶会の最中だ。

円卓を囲み華琳様の正面に蓮華が座り、右側に私が、左側に冥琳が座っている。


雷華様との旅の最中も含め度々経験している事なので私自身も大分こういう事に慣れてはいる。

ただ、真剣な会議の直後に急速に肩の力を抜く芸当は未だに慣れない。

…いや、雷華様が居る時は何故か普通に出来るが。

その辺りも、華琳様の言う“依存”に因る事なのかもしれないな。



「華琳様は御平気で?」



平然とした様に話し掛ける冥琳ではあったが、彼女も自分達の様に落ち着かない気持ちを抱えているという事を私は知っている。

気が付けば雷華様達の居る方角の空の彼方へと視線を向けていたり、私邸に有る雷華様の私室の方を静かに見詰めていたりしているのだからな。


因みに、その直後に彼女が何気無い事の様に顔を戻し歩き去って行く訳なのだが耳が赤かった事は秘密だ。

冥琳自身、自分の無意識の行動に対して照れていると思うし、下手に口にすれば後が怖いのでな。

武官ではないが故に、後の仕返しは搦め手だからな。


そんな事を考えながら話を聞いていたのだが、不意に華琳様と眼が合った。

それは一瞬だけの事。

茶杯を傾け、御茶を飲んで味わう最中の一瞬。

細められていた右目だけが私へと向けられた。

“余計な事を考えていると足元を掬われるわよ?”と言われた様な気がした。

…いや、多分、これ以上は冥琳に勘付かれてしまった可能性が高いだろうな。

“女の勘”というのは別に好きな異性に対してのみ、働くという訳ではない。

まあ、私自身は女の勘にはあまり縁が無いのだが。

それは個人差なのだろう。


尤も、女の勘とそれ以外の勘とを、明確に区別・判断出来るのかと訊かれれば、私自身は否だと言える。

ただ、雷華様関連の場合は大体が女の勘なのだろうと直感的に思えるだけで。

その根拠は未だに不明だ。




私への“忠告”を挟んで、華琳様は茶杯を置くと一つ息を吐いてから冥琳に対し言葉を返す。



「平気、というよりも私の場合に限れば、比較対象が貴女達とは違うのよ

散々待たされたのだもの…

今更一週間や二週間程度で狼狽えたりはしないわよ」



そう仰有りながら、静かに天を仰がれる。

何と無く視線を追おうとし──出来ずに、俯く。

今、自分達の懐く想いを。

華琳様は長い間、しかも、たった一人で待ち続けた。

私達の様に“同じ境遇”で理解し合える者も居ない。

孤独にも苛まれながら。


到底理解の出来無い事だと本能的に察してしまった。


自分だったら、途中で挫け楽な方へと逃げた可能性も否定は出来無い。

勿論、簡単に其方らに行く事は無いだろうが。

それでも、絶対に挫けない自分の姿を想像はしても、確信は持てなかった。


それ程に、難しい事だ。

ただ一途に、想い続ける。

言葉にすれば僅かな志は。



「まあ、だからと言って、嫉妬しない訳ではないわね

愛紗達が羨ましいわ

私達が、夫婦水入らずでの旅が出来るなんて当分先の事でしょうからね…」



その言葉に誘われる様に、私は──私達は顔を上げ、それを確認したかの様に、華琳様が視線を私達と同じ高さへと戻される。

こういう所の配慮というか然り気無い気遣いは私には真似出来無いと思う。

ある程度ならば可能だが、深く踏み込んだ状況下では怯んでしまうから。

勿論、雷華様も上手いのは言うまでも無いだろう。



「既に大勢は決していると言っても良いでしょう

勿論、もう一騒動有るのは言うまでも無いわね」


「蜀──劉備、ですね」



冥琳の返答に対し華琳様は静かに笑みを浮かべる。


雷華様と同様の笑み。

理解はしていても、思わず背筋が寒くなる。

そういう類いの笑み。

無邪気な子供が自分の中の“楽しみ”を自慢するかの様な純粋な笑顔だ。

しかし、無邪気な子供とは純粋な故に、残酷な物。

ある種の狂喜とさえ呼べる物だと思う。

実際に、雷華様も華琳様も肯定されている事だ。


そんな笑みを浮かべながら華琳様の思い描くのは所詮“一幕”に過ぎない。

曹魏にとっては、この先の一騒動は余興に等しい。

ただ、それが有る無しでは後々の情勢が大きく異なるという点が興じる理由。


そう考えると劉備達は実に滑稽な“道化(いけにえ)”なのだろうな。

その全てはただ曹魏の為の糧に成るのだから。



──side out



 孫権side──


雷華様と離れている。

その現実に対する気持ちは私達も華琳様も似ている。

ただ、華琳様の場合には、私達よりも先に居るのだと感じさせられた。

少しだけ、悔しくも有る。


そんな風に思いながらも、目の前の会話にはしっかり耳を傾けている。

でないと、何時、此方へと振られるか判らないし。

華琳様も雷華様と同じ様に人を揶揄うのが上手い。

そして、大好物な方だ。

油断すると弄ばれてしまう事は私達の中では常識。

…少し、嫌な常識よね。



「色々と有りましたし…

彼女達も学んでいる筈です

此方の希望通り“素直に”動くでしょうか?」


「動かないなら動かざるを得ない状況にするだけよ

と言うか、それが貴女達の仕事でしょう?」


「本来ならばそうですが…

宅では雷華様が裏で色々と主導されますので…」


「…そうだったわね」



正論で切り返した筈なのに華琳様の方が溜め息を吐き項垂れてしまう。

この場に居らずして小さな敗北感を与える雷華様。

実に恐るべし。



(まあ、雷華様が主導して情勢を操っているからこそ私達も任された役割に対ししっかりと集中をする事が出来るのだけれど…)



確かに軍師泣かせな部分と言えなくはない。

ただ、内政で冥琳達の担う仕事の軽減の為に、という側面も有るとの事。

勿論、雷華様本人に訊いた事なので本当でしょうね。

これは華琳様にも内緒だと言われているし。

まあ、華琳様は言わずとも気付いているだろう、とも雷華様は言っていたけど。



(…まだまだ遠いわね…)



華琳様と同じ、“覇王”の入り口へと立つ事が出来て幾何かの月日が経った。

修練は日々欠かさない。

既に日課・習慣と成ったと言ってもいいと思う。

しかも、無茶苦茶はせず、きちんと減り張りを付けて出来ている。

雷華様の指導の賜物だが、自分も成長したと思う。

曾て懐いていた、焦燥感や劣等感は今は薄い。

全く無いとは言わない。

それは私自身が、まだまだ満足していないから。

満足なんて出来無いから。

私の、私達の目指している“高み”に至る為にも。

歩みは止められない。


ただ、此処に来て感じる。

此処から先に進む上で私に必要不可欠な要因。

それが有るという事を。

それが何かという事を。

本能と理性が認識する。



(……姉様……)



そう、我が姉・孫伯符。

彼女こそが、その要因だ。




華琳様にとって袁紹が──いいえ、過去の己の過ちが最大の“壁”だった様に。


私自身のそれは、母様。

けれど、その母様は他界し“越える”事は叶わない。


でも、少しだけ違うのだと最近になって気付いた。

確かに、私にとって目標や理想は母様であるという事には間違い無い。

だけど、それが私にとって壁なのかと訊かれたなら、私は肯定出来無いから。

全くの間違いではない。

しかし、それは正しいとも言えなかった。

そう気付いた結果。

漸く、それが何で有るのかはっきりと理解出来た。


それが、姉様なのだと。


皮肉にも、なのでしょう。

これが袁術だったりすれば気持ち良く戦い、討ち取る事も出来たのに。

まあ、今となっては袁術の首級には何の価値も無い。

それはつまり、私にとって無意味でも有るという事。

一応、過去の扱いに対する“憂さ晴らし(けじめ)”の意味でならば、という位の事でしかない訳で。


その袁術の首級に比べれば劉表や黄祖の方が個人的に討ち取る価値が有る。

尤も、此方も意味としては大差は無いのだけれど。


ただ、理解は出来る。

華琳様にとっての壁だった存在は結局は袁紹ではなく華琳様自身だった訳で。

私にとっての壁もまた同じ様な存在なのだから。


違うとすれば、私の場合は“血”なのでしょう。

母様の──“虎”の血が。

それを望んで止まない。

その事を感じている。



(でも、それって現実的な問題として結構厳しいのが本当の所なのよね…)



──姉様と闘いたい。


その気持ちに偽りは無く、寧ろ、本望だと言える位に心身も血も焦がれている。

でも、別に私は姉様の事を殺したい訳ではない。

決して、狂気に駆られての衝動ではないのだから。

其処は間違われたくない。


とは言え、孫家──孫呉と曹魏との和睦・共存状態が成立してから、手合わせや試合の形では無意味。

そうなってしまったなら、二度と“本気の死合い”は出来無くなるのだから。

それは私自身も、姉様にも言える事だと思う。

姉妹で殺し合いたいという狂った願望は無いのだし。


だから、その機会は一度。

たった一度きりしかない。


まだ、両家・両国の関係が不明瞭であり、何方らへの可能性も秘めている。

そんな状況の今だからこそ可能性な本気の本気。

互いに命を、魂を、志を、道を賭した真剣な闘い。

其処でしか得られない──越えられない壁が有る。


故に、私は望む。

姉様との対峙(おうせ)を。



──side out



 曹操side──


何気無く、話題を誘導して突っ突いてみれば、見事に反応が返ってくる。

まあ、私に比べれば蓮華は素直だしね。

それも当然でしょう。



(──にしても、雷華?

この情勢下で、どう遣って“舞台”を整える気よ?)



今は此処に居ない我が夫に胸中で訊ねる。

はっきりと言ってしまえば孫家と、孫呉と真っ向から衝突するであろう可能性は私からしても低い。

と言うよりも、今の孫策が迂闊な真似をして私達との開戦を望むとは思えない。

彼我の差が理解出来無い程孫策は愚かではない。

私や雷華、蓮華でさえも、彼女が乱世にて輝きを放つ“覇者”の才器で有る事を理解しているのだから。

加えて、彼女の“勘”には雷華も驚かされた程。

その彼女が無意味な対立や戦争を起こすとは、私には考えられない。


となれば、必然的に蓮華に必要な“超越”の闘いは、実現不可能という事になり至れなくなってしまう。


勿論、あの雷華の事だからそんな結末を良しとする筈なんて有り得ない。

必ず、どうにかする。

ただ、その“どうにか”が私には見えない。

いえ、正確な事を言えば、“こう為れば…”といった状況・条件は有る。

そして、其処へ持って行く手段や策謀も。


けれど、その全てに於いて最終的な事の“決定権”は孫策に有る、という事。

勿論、此方から仕掛ければ舞台は簡単に作れるけど、それでは曹魏の基本方針の“侵略者には成らない”が崩れ去ってしまう。

それを遵守しつつ、舞台を整えるには孫策に此方への敵対行動を決意させる事が必要不可欠となる。

其処が、何より難しい。



(これが蜀──劉備達なら簡単なのだけれど…)



愚痴っていても無意味だし担当者に任せよう。

私は私の仕事に励む。

それが今の成すべき事。


ただ、時間は有限。

時々刻々と世は変動する。

その事を忘れない様に。



──side out。



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