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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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8 旅の路 壱


──五月一日。


ローランの都を発ってから昼夜を問わず駆け続けて、“寄り道”した分の遅れを取り戻す様に、烈紅達には無理をさせていた。

──という事は無い。

抑、翠が一緒に居るのだしそんな真似をする理由自体存在してもいない。


目立たない様にする為の、馬での地道な移動?

ええ、その通りですとも。


しかし、それは行きの時に限られている話。

帰りは全力で帰りますから確実に発った日の内に必ず帰宅しているでしょう。

──で、行きにしても実は要所要所で姿を晒すだけで他は素通りだったりする為その辺りは省ける訳で。


そんな理由から久し振りに走れるから、テンションが高い烈紅達の好きにさせた結果が一日半もの爆走へと至った訳です。

流石に俺達が氣で烈紅達を強化したりはしていない。

ただ、懸念は有った。

何時ぞやの爆走する馬車の目撃談みたいな物が世間を賑わせる事は無かったが。


実は烈紅達は簡易の強化は自分達で出来たりする。

上昇の度合いや継続時間は俺達が施行する物に比べて落ちはするのだが。

普段であれば烈紅達に対し使用しない様にと注意して控えさせる所だ。

ただ、今回は数日とは言え馬房での軟禁生活だったし蚊帳の外だった訳で。

烈紅達への謝罪の意味でも好きにさせたんですよ。


その結果が…まあ、うん。

大爆走した訳です。

気持ちは判らなくもない。

ただ、乗っていた身として一言だけ、言いたい。



「疲れ果てるまで走るな」



既に立つ事すら出来ずに、横たわっている四頭に対し呆れながら告げる。

それはもうハイテンション任せに全身全霊力の限りにはしゃぎ回って満ち足りて倒れ伏した子供の様に。

…いや、“彼方”の現代のインドアな子供達には中々見られない光景だが。

まあ、都会よりは田舎だと見られるだろうけど。

兎に角、そんな感じだ。


ぜぇ、はぁ…と息を乱し、四肢が疲労から軽い痙攣を起こしている状態。

普段であれば我が事以上に心配するであろう翠でさえ呆れているのだから。

烈紅達の行動が如何に常識外れだったのか。

其処を察して貰いたい。



「…まあ、私等が居るから精根尽き果てるまで走る、なんていう大馬鹿な真似が出来たんだろうけどなぁ…

普通は本能的な恐怖心から絶対に遣らない事だな

ただ、そういう意味でならそれだけ私等の事を信頼し甘えてくれているって事に為るんだろうけど…」



そう言う翠ではあったが、表情は呆れの方が強い。

“良く言えば”、と先程の台詞の最初か最後に一言を付け加えると判り易いか。


溜め息を吐きながら空へと顔を向ければ、地平に身を隠し始めた太陽が、世界を茜色に染めている。

今日は野宿に決定の様だ。




ローランから北西に向かい凡そ800km。

天山山脈をテンションにて走破して越え、通過予定の伊寧(イェーニン)の真南の高原が現在地になる。

恐るべし、曹魏の馬力。



「こんな真似、幾ら魏でも烈紅達以外の()達には絶対に出来無いって」


「まあ、そうだろうな」



当然の様に俺の思考ボケに突っ込んでくる翠。

こういうのは妻達相手では“お約束”を通り越して、“日常”になっているのは間違っているだろうか。

別に構わないのだけれど。



「一晩で大丈夫なのか?」


「烈紅達だからな

それにだ、この程度の事で堪えている様じゃあ俺達の相棒は務まらない

それだけの能力が有るから選ばれているんだからな」


「…それもそうか」



一応、呆れてはいても翠は烈紅達を心配している。

まあ、烈紅達の体調云々の事ではない。

“一晩で回復し、伊寧へと向かえるのか?”といった意味での心配だろう。

烈紅達だって伊達に俺達の愛馬ではないのだからな。


此処で現実的な事を言えば俺達の愛馬(あいぼう)へと求められるのは能力だ。

如何に俺達(しゅじん)側が氣で強化する事が出来ると言っても、元々持っている能力が高い方が良い事など態々言う必要も無い。

愛玩動物(ぺっと)としての存在ではないのだ。

互いに戦場で命を預け合う対等なパートナー。

そんな相手に求める要求が高い事は当然だと言える。


翠──馬一族の様に代々の馬乗り達でさえ馬達の事を大切には思ってはいても、その辺りの価値観は振れず一貫している。

ある意味での弱肉強食。

弱い者は生きる事でさえも赦されない世界の秩序。

その中に彼等は在る。

人が関わっていても彼等の本能的な部分は同じだ。

だからこそ、時には群れを成しもする。


そういう意味では、人間の社会とは“温ま湯”だな。

価値観の違いでは有るが、人間が“自然社会”に在り生きようとすれば大多数が命を落とす事だろう。

一ヶ月も有れば60億もの人口は1%以下に減って、本当に優秀な者だけが世に残っているかもな。

尤も、文明の利器が使えず自分自身の能力だけで、と前提条件が付くが。



「…人間っていう生き物は熟可笑しい存在だよな…」



そんな事を不意に言われて反応に困っている翠の姿を視界の端へと捉えて密かに楽しみながら、空を仰ぐ。


先のローランの事も。

自分達の争乱にしても。

“同胞”を大量に殺す事を許容出来る生き物は世界に人間しか居ないだろう。


生態系の頂点、ではない。

食物連鎖の環からも外れた“貪欲な雑食者(けもの)”とでも言うべき存在。

それが人間という生き物の本質なのかもしれない。


人間だけが、世界を蝕み、破滅させるのだから。




 関羽side──


今更ではあるのだが。

雷華様の“影”の御力とは反則だと思う。

物凄く便利なのだけれど。


一応、氣を源として使用が可能な御力らしいのだが、それは技術的な物ではなく完全な先天性の能力らしく他者に教える事が出来る物ではないそうだ。

…非常に残念には思う。


烈紅達の専用の包を出し、私達の使う包を出す。

雷華様曰く“一般的な所の父母・子供三人に片祖父母という七人家族が住む様な極普通の一軒家”も中には入っているそうだ。

その話を聞いた翠が当然に“そんな一軒家なんて一体何処で使うんだよ?”と、雷華様に訊いていた。

そういった時、翠達の様に率直に訊く事が出来る性格を羨ましく思ってしまう。

…本人達には言わないが。

いや、誰にも言わない。


──で、雷華様はと言えば“ほら、俺達しか居なくて深い森の奥とかな、虫とか蛇とか色々居るのに野宿は好ましく無いだろ?

ああ、心配は要らないぞ

風呂・厠も完備だからな”と仰有っていた。


一瞬、“だったら、人気の無い人目に付かない場所で出して頂けませんか?

お風呂に入りたいので…”なんて思ってしまった。

別に毎日お風呂に入る事が習慣化しているからという訳ではなくて。

…その、なんです…ええ、つまりは…アレです。

好きな男性(おっと)の傍に殆んど一緒に居るのです。

匂いを気にしてしまうのは仕方が無いと思います。

“別に気にしないけどな”なんて言われても、此方は気にしますからね。

…まあ、世の中には異性のそういう匂いが好きだとか言う者も居るそうですが。

…それはまあ、私“達”も雷華様の匂いで有ったなら気にはしませんが。

…寧ろ、ちょっと…いえ、何でも有りません。

ええ、気のせいです。



「…どうかしましたか?」


「いや、何でも無い

少し、ローランでの一件を思い出していただけだ」



側で一緒に夕食の下拵えを遣っている螢に心配されて咄嗟に嘘を吐いた。

相手が翠とか冥琳達ならば大して気にもしない事だが螢の様に一部の素直な者に嘘を吐くと胸が痛む。

こう…裏切っている様な、そういう罪悪感がして。



「…きっと、大丈夫です

…次に訪れた時は今よりも良い国に成っています」


「…ああ、そうだな」



そう言って微笑む螢を見て再び胸が痛む。

胸中で螢に“すまない”と何度も謝る。

口に出せない、己の小さな変な自尊心を歯痒く思う。




夕食を摂り終え、包の中で眠りに就いて──暫く。

不意に意識が浮上する。

…別に“御花摘み”に行く訳ではなくて、だ。


暗がりの包の中を見回して──人影が一つ、足りない事に気が付く。

その瞬間、寝起きで寝惚け気味だった意識が覚醒。

同時に包の外に在る気配を感じて、一安心する。

反射的な事だったとは言え緊張が走ったのは確かだ。

頭の中では“大丈夫だ”と理解はしていても寝起きの咄嗟の反応では仕方が無い事だと思う。

…まあ、自分が世話焼きで心配性な所が有るのも一因なのかもしれないが。


傍らに有る外套を羽織ると包の外へと出る。

広い夜空の下、高原に立つ二つの包の影から離れた、少し小高い場所に、目的の人物の影を見付ける。


特に何をする訳でもない。

ただ、草の上に寝転がり、頭の後ろで組んだ両手を枕代わりにして、ぼんやりと夜空を眺めている。

それだけなのに、絵に成り声を掛ける事を躊躇う。

ずっと観ていたい。

そう、思ってしまう。


けれど、やはり私は人間で女なんだと思った。

その光景を独占するよりも“この時間”を独占したいと思ったのだから。


ゆっくりと、出来る限り、足音を出さない様に。

でも、態と音を出して私を意識させたいとも思う。

其処は複雑な女心。

こればかりは自分自身でも御し難い事だ。



「眠れませんか?」



私に気付いては居る筈。

けれど、声を掛けられずに傍にまで遣って来れた。

その事から“拒絶”の意は全く無いと察して、私から静かに話し掛けた。

そのまま返事を待たずに、左側に腰を下ろす。

その姿を、表情を、私には幾らでも見詰めて居られる自信が有る。

それでも声を掛けたのは、多分、一歩踏み込みたい。

その欲求からだろう。


“折角だから膝枕でも…”とも思わなくはない。

ただ、包の中で眠っている螢に対する日中の罪悪感が“抜け駆け”する事に対し抵抗感を生んでいた。

翠?、腹を出していたので毛布を掛け直してから包を出て来たので大丈夫。

特に遠慮する理由は無い。



「…んー…寝ようと思えば寝られるんだけどな

ちょっと、息抜き、だな」


「息抜き、ですか…」



そう仰有った雷華様に倣い頭上に輝く星空を仰ぐ。

淡く、けれど確かに瞬く。

小さな星々の微妙に違った彩りを見詰めながら思う。

“綺羅星の如く”とは良く例えた物だな、と。




──時代とは“流れ”だ。


そう雷華様は仰有る。

私自身も理解出来る。


歴史が区切られ纏められた過去の編纂集ならば。

時代とは歴史という大地を移ろい行く河川の様に。

それを辿る事で見えてくる事が有る道標の様な物。

そう解釈する事が出来ると雷華様は説かれた。


それに抗う事は可能性だが相応の苦難を伴う物で。

乗ってしまう方が楽で。

時には、意図して生む事も操る事も可能である。

そういう物なのだと。

私も、これまでの歩みにて学び、理解している。


ただ、ふと思ったのだ。

私達は──華琳様は微妙な所ではあるが──雷華様に導かれて、今に在る。

それはつまり私達にとって雷華様こそが“流れ”だと言う事も出来る訳だ。


ならば、その雷華様御自身はどうなのだろうか。


“息抜き”と称する今。

其処から考えると雷華様は“重荷”だと感じているのかもしれない。

そう思ってしまった。



「…御辛いのでしたら私は放り出して逃げてしまって構わないと思います」



だから、なのだろうな。

そんな事を、つい口にして“その先”を思い描いて、“それも別に悪くない”と思ってしまったのは。


或いは、私自身が雷華様に“甘えて欲しい”と思ったのかもしれない。

その辺りは曖昧だが。



「…確かに面倒臭い事だし柄でもない事なんだよな」



思春達から、出逢った頃の雷華様の話を度々聞いては不思議な方だと思った。

傍に居ると、よく判る。

雷華様からは私達にも有る“野心(よく)”という物を感じられないのだ。

単純な、広義の意味での、欲望ならば話は別だが。


華琳様は“だからこそ”と仰有っている。

そういう雷華様だからこそ誰よりも客観的に大局を、流れを読み、生み、操り、小さな問題点すらも見付け出す事が出来るのだと。

私も同意が出来る事だ。




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