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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
555/915

        伍


──四月二十九日。


ローランを騒がせた一件は誰も予想をしない形による決着を迎えていた。

グレナディン王子の死と、実妹であるスミエラ王女の暗殺未遂事件として。


スミエラ王女が拉致され、命の危機で有った事は民に対して公表された。

握り潰すにしては既に事が大きく為り過ぎていたのも一因には違い無い。

だが、それだけではない。

其処には、実行犯であったグレナディン王子の存在を明確にしなければならない理由が有ったからだ。

流石に王宮の地下道の事は公表する事が出来無い為、それらしい説明をする事で誤魔化してはいたが。


グレナディン王子の死亡は“王宮の自室にて病死”と公表し、関係者に箝口令を敷く事は出来ただろう。

しかし、そうしてしまうと後々への余計な火種を残す事に繋がり兼ねない。

それを理由に自身の地位や権力を高め様と目論む輩は少なくはないのだから。

それを避ける為にも事件の主犯がグレナディン王子と公表する必要が有った。


当然ではあるが、民からの非難の声は上がった。

事が事だけに仕方が無い。

但し、その殆んどは無能で威張っているだけの一部の家臣達に対してだ。

或いは、前述した輩達にと言うべきだろうか。


元々スミエラ王女は民から絶大な信頼と支持を集め、慕われている人物。

それを疎ましく思い陰口を叩く輩は殆んどが野心家の家臣達だからだ。

故にグレナディン王子との“共謀”を疑われている。

勿論、そんな事実は無いが日頃の言動が、こういった時には明確に表面化する。

自業自得だと言えるがな。

その結果、民からの信頼を回復させるには長い時間と相応の努力を必要とする為家臣達は職を辞し、引退を余儀無くされた。

彼等も愚かでは有っても、馬鹿ではない。

しがみ付いていても何一つ己の利には成らない程度は理解出来るからだ。


だが、実はこの決定の裏にローラン国王の我が子への“償い”の意が有ったのは知られる事は無いだろう。

如何に庶子で有ったにせよ我が子は我が子。

国王の父親としての胸中は深く傷付いた事だろう。

生きている間に癒える事は先ず無いだろうしな。

凄惨な、最悪の結末にこそ為りはしなかったが事件は既に起きてしまった。

何より、闇に葬り去るには無視出来無い問題だった。

それはもう、王家の体裁が云々という話ではない。

此処で公表しなければ近い将来再び同様の継承問題が起こり兼ねないからだ。


継承問題は、そういう家や血筋の下に生まれた以上は仕方の無い事だとは思う。

“血で務まるなら…”とは思うが、現実的には血筋は大きな(こね)で有るし、築き上げられた組織形態の円滑な運用・稼働に於いて無視出来無い影響力が有る事も確かだったりする。

宅の様な組織構造が異常で普通は、こうなのだから。




まあ、だからと言って罪が消える訳ではない。

彼だけが“悲劇の主人公”という訳ではない。


漢王朝とて滅亡した最後の切っ掛けは兄弟を担ぎ上げ対立した継承権争いだった事は記憶に新しい。

それが“どの程度まで”の影響を齎すのか。

その違い、事の大小により人々の関心の度合いが違うというだけで、だ。


もしこれが何処ぞの農家の跡継ぎ問題だったとすれば人々は其処まで強い関心を懐かなかっただろう。

所詮は他人事なのだから。


今回はそれが王家の事で、自分達にも少なからず影響してくる事だから。

それで騒ぎ立てていた。

ただ、それだけの事。


しかし、それは一時の物で忘却されてしまうだろう。

だから、国王は公表をして歴史に刻む事を選んだ。

過ちを繰り返さない様にと未来に想いを託して。


そういう意味では、主犯のグレナディン王子は被害者だとも言える。

そしてローラン国民全てが加害者だと言う事は出来るだろうな。

勿論、飽く迄も結果論だ。

必ずしも、同様に成るとは限らないのだからな。



「それにしても、この手の問題や争乱は何時の時代も絶えない物ですね…」


「全くだよな〜…

私なんて一族の滅亡の危機だったんだから、他人事に思えないっての…」



公表された結末を聞いて、愛紗と翠が溜め息を吐いて愚痴る様に溢した。


その気持ちは理解出来る。

翠は最悪の一歩手前にまで行っていた身の上だ。

当時、異母弟達が争う事に対して複雑な心境であろう結を色々気遣っていたのを俺達は知っている。

翠自身はバレてはいないと思っている様だが、流石に気軽に揶揄うネタに出来る話題ではないからしない、というだけの話で。


愛紗の場合は将来的にだ。

俺との間に産まれる予定の子供達の継承問題。

それは確かに存在する。

勿論、俺と華琳の子供から魏を継ぐ者は選ばれるが、それが絶対とは限らない。

いや、俺達の直子であれば先ず起きない事なのだが、孫以降に関しては政略的な婚姻関係も否定は出来無いというのが正確な話だ。

しっかりと教育はするが、それは絶対ではない。

時代と共に価値観や基準・優先順位は変化するのだし当然と言えば当然の事。

だからこそ意志を繋ぐ事が大切な訳だったりする。


今回の騒動に於いて最後にローラン国王の打った手は文字通り、“後の世に向け託す一手”たる後手。

それを活かすも、殺すも、彼女達次第だろう。


“託される側”とは本当に色々と面倒だと思う。

放り出せないと判っていて押し付けてくるからな。

俺もさっさと“託す側”に成りたいものだ。




 ビュレエフside──


陛下の自室にて、公表した騒動の説明に対する国民の反応を報告していた。


陛下の御身体は優れないが決して深刻な状態という事ではなくなった。

それも彼女──ヒエイから譲られた秘薬の御陰だ。

彼女の話では、亡き皇帝もその秘薬によって病床から抜け出したのだとか。

凄い物が有るものだ。

“そんな物を無料で…”と疑ってしまったが、それも仕方が無いと思う。

彼女は“スミエラ様が後を継がれても直ぐには政務を熟せないでしょうからね

一通り問題無く出来る様に成るまでは国王に頑張って頂かなくては困ります”と笑顔で言っていた。

確かに、行商という面ではローランの安定は魏国にも意味が有るのだろう。

ただ、本当に必要なのかと思ってもしまう。

口に出しはしないがな。


実際、その秘薬を口にした翌朝──今朝の事になるが医術関係は素人の自分にも判る程明確に陛下の顔色や血色が良かった。

今も、寝台の上とは言え、以前よりも体調が良い事を感じられるしな。

本当に凄い者だ、彼女は。



「…そうか、長い間自由に遣らせていたが、民達にはスミエラの意志が少しずつ伝わっていた様だな」



自分の報告を聞き、陛下は安堵した様に一息吐く。

事が事だけにスミエラ様の立場も危うくなる可能性も十分に考えられた。

それでも、陛下は後の世の争乱の火種を生まない為に今回の公表を決定された。


…まあ、その所為で自分は“国護の英雄”だと言われ晒されているのだが。

これは明らかに民の注意を逸らす為だけの見え透いた“生け贄”ですよね?



「そう言わんでくれ

お主がスミエラを救い出し国の危機を救った事もまた紛れも無い事実なのだ

それを権力で有耶無耶には出来んのだ」


「…陛下の本音は?」


「お主もいい加減重臣へと昇格せんか、馬鹿者が」



その率直な一言を聞いて、“やっぱりか…”と苦笑。

グレナディンへの警戒の為比較的自由に動き易い役職に留まり続けてはいたが、陛下からの打診は以前から幾度も受けていた。

勿論、非公式ではあるが。

でもまあ、“面倒臭いし”というのも本音だな。


ただ、それも終わりか。

国の為、民の為、そろそろ更に多く“背負う”立場に成らないとな。

…やれやれ、これから当分楽は出来そうにないな。



──side out



 スミエラside──


御忍びで、彼女の居る宿へ遣って来ていた。


今回の件では、本当に沢山色々な事が有って簡単には理解も整理も出来ていないというのが本音。

共犯の筈のアムニタだって姿形は勿論、その足跡すら残さずに消えている。

まるで最初から存在自体が無かったかの様に。


けれど、そんな状況下でも察する事は有る。

証拠は無くて、確信出来る事は存在する。

それは隊長に助力したのが彼女──ヒエイに間違いは無いという事。

勿論、御礼を言った所で、彼女は惚けるでしょう。

だから“色々と有って少し疲れたから、息抜きに話に付き合って貰えない?”と尤もらしい理由を盾にして持参した御菓子を渡して、部屋に入り込んだ訳で。


彼女との関係を壊す真似はしようとは思わない。

それでも、感謝の気持ちを伝えたいから来ただけ。

だから、言葉にはしない。



「それじゃあ、明朝に?」


「ええ、ローランの情勢が落ち着くのを待っていると滞在が長引きますし…

予定が遅れていますので」



そう申し訳無さそうにして言われると、此方の責任の為なので殊更に申し訳無く思ってしまう。

謝罪を述べても巻き込んで費やした時間は戻らない。

本当に、申し訳無く思う。


そんな私の心中を察してか彼女は小さく首を横に振り柔らかに微笑む。



「最初に言いましたね?

一人の人間として、此処に来る事が、目にする事が、出来て良かったと…

私は心から思います、と」


「────っ…」



そう言われて、思い出す。

僅か三日前の事なのに。

何故か、とても遠い昔の、懐かしい記憶の様に感じて少しだけ戸惑う。

けれど、胸の奥がじわりと暖かくなった気がする。

不意打ちだった事も有り、一層に心に響いている。


彼女は本当に狡い。

やはり、商人なんだな、と変な所で納得してしまう。


勿論、それは言い訳で。

何とか、踏み止まる。



「それは今でも同じです

国を、民を、その未来を、真剣に想える王女(ひと)に出逢えた事…

それだけでも私にとっては此処に来た意味が有ります

ですから、此処で過ごした時間は決して無意味等では有りませんでした

とても価値の、意味の有る時間でした」



けれど、あっさりと最後の意地(ごまかし)も破られ、私へと向けられた言葉に、暖かな雨が頬を濡らす。


砂漠に降る雨は天の恵み。

数多の生命を育む母の愛。


きっと、この雨もそう。

軈て、降り止み、沢山の、新しい未来を育む。



──side out



──四月三十日。


早朝にローランの西の門を潜って都を出る。

まだ空が白む前という事で砂漠らしい寒さが有る。

しかしだ、久し振りに娑婆──元い、馬房の外に出た烈紅達のテンションは高く“さあさあさあさあっ!!”という感じだったりする。

うん、気持ちは判るよ。

このローランに来てからはずっと馬房待機だったし。

でも、もう少しテンション抑えて下さい。

鼻息は勿論、眼が血走って見た目に恐いんで。



「余程走りたいのね」


「…そうみたいです」



烈紅達を見て、笑って言うスミエラ王女と隣で苦笑を浮かべるビュレエフさん。

態々外まで見送ってくれる二人には胸中で苦笑。

“社交辞令”ではなく共に本気で、だからだ。

其処まで恩に感じなくてもいいんだけどね。



「道中、御気を付けて」


「今度来る時はゆっくりと話しをしましょう」


「ええ──と、そうそう」



思い出した様な振りをしてスミエラ王女を手招きして他に聞こえない様に耳元で一言だけ、言い残す。



「共に背負える方と一緒に貴女の理想を叶えて下さい

──御世継ぎの方も♪」


「──っ!?」



次の瞬間、彼女は真後ろに立っている彼へと振り向き再び此方を向いた。



「“誰”とは言いませんが頑張って下さいね」


「〜〜〜〜〜〜〜〜っっ」



真っ赤に為った彼女を見て“してやった”と意地悪な笑顔を浮かべてみせる。


返答を待たず、烈紅の背に乗ると一気に駆け出す。



「──何時かまた、きっとローランへっ!

“私達”は貴女達の来訪を心から歓迎致しますっ!」



遠ざかる背後から目一杯の声を張り上げた“再会”の激励を受け、右手を挙げて振る事で応える。


振り返る必要は無い。

過去ではなく、未来に。

再会は訪れるのだから。

今は道が違っても。

軈て、交わる時が来る。

いつか、必ず。




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