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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
553/915

        参


その毒牙でグレナディンを噛み殺し、此方に向かって近付こうとする蛇達を剣を振るい一匹残らず始末し、大きく息を吐く。



(…何とも言えない形での決着になったな…)



出来れば生きたまま捕らえ陛下の前に連れて行く形で終わらせたかった。

それはグレナディンの罪を明らかにし、裁いて頂く為──ではなく、後世の為に教訓として残す為に。


グレナディンの行った事は正しいとは言えない。

しかし、ある意味で言えば奴もまた被害者である。

限られた条件下のみでしか起きない事だとは言えるが似た様な状況は多々有る。

そういった状況に有る者が道を誤る事が無い様にと。

一つの事例として、今回の事の顛末を明らかにしたいという気持ちが有った。


だが、当のグレナディンが死んでしまった今。

誰が何を語ったとしても、“真実(ほんとう)”だとは思われないだろう。

…いや、少し違うか。

例え事実を話したとしても“疑う余地は無い事”とは思われない、だな。


如何にスミエラ様の暗殺を目論んでいたとしても奴は王子には違い無い。

それを“殺した可能性”が有ると言い、有りもしない疑惑を投げ掛け、無意味な責任や罪状の追及を行って混乱させる輩達が出て来る可能性も考えられる。

だからこそ、そういう様な事態を避ける為に生かしてグレナディンを捕らえる事に意味が有った訳だ。



(…まあ、こう為った以上考えても無意味だがな…)



もう終わってしまった事を悔やんでも仕方が無い。

それよりも、この後始末をどうするのかが大事だ。


取り敢えずは先ず、後ろに居るスミエラ様を連れて、此処から出る事だろう。

そう考えて、剣を振るって刃に付いていた血を飛ばし鞘に納めると、ゆっくりと振り返った。


すると、地面に座ったまま茫然と此方を見詰めているスミエラ様が居た。



「……おい、大丈夫か?」



僅かにだけだが“お姫様”扱いにするべきかどうかを考えてしまった。

普段通りのスミエラ様なら此方も普段通りに出来るし気にもしないのだが。

こういう状況だからな。

どうしても考えてしまう。


ただ、だからこそ普段通り接する方が良い事も有る。

今回の場合はそうだと思い普段通りにした訳だ。


しかし、何故だろうか。

先程までは茫然としていたスミエラ様の表情が変わり拗ねた様に睨み付けられて困惑してしまう。


…あれ?、助けたよな?

危ない所を助けたよな?

何で機嫌を損ねた?

いや、訳が判らないから。

…どうして、こうなった。


変な状況に刺された肩より頭の方が痛くなる。

機嫌を損ねると、直すのが大変なんだよな。

長い付き合いだからこそ、手の内もバレているし。

…さて、どうするかな。



──side out



 スミエラside──


目の前に迫る、死。

しかし、それは寸前の所で私から遠ざかった。


アラド・ビュレエフ。

私にとって、実の兄よりも長い時を共に過ごしている“保護者(あに)”である、彼の手によって。


それは正に物語の中に有る一場面の様だった。

捕らわれのお姫様を救い、悪を討つ英雄の様に。


窮地に英雄(かれ)は現れてお姫様(わたし)を救い出し悪と対峙していた。

自分で言うのも可笑しいと思うけれど、一応は王女。

一応は“女の子”。

だから、そういう物語には少なからず憧憬を懐いて、夢見ていたりもする。


今、自分が経験している、目の前に有る現実とは正に憧憬(りそう)の具現化だと言っても良かった。


ただ、それが現実なのだと受け入れられないでいる、捻くれ者の自分も居る。

兄──グレナディン同様に何故、彼が此処に居るのか理解出来無かったからだ。


現実(ゆめ)に浸りたい私と理解(げんじつ)を知りたい私とが胸中で対立する。

それでも、目の前の二人の会話は聞こえていた。


そんな中で起きた。

グレナディンの悪足掻き、執念とも取れる行動。

本の一瞬の隙だった。

彼──隊長が、私の方へと意識を向けた瞬間だった。

彼奴が剣を抜いて、私へと真っ直ぐに駆けたのは。


しかし、それは隊長により阻まれ、隊長の剣によって彼奴は返り討ちになった。

最後は私を“不幸な事故”を装って殺す為に用意した毒蛇により、命を落とす。

因果応報と言える結末。


けれど、今の私にとっては彼奴の事なんて正直言ってどうでもよかった。

本来ならば、気にするべき事なのだろうけれど。

それ所ではなかった。



(…え?…嘘…え?、え?…ちょっと待って…え?

…どうしよう、どうしようどうしよどうしよどうしよどーしよぉおーーっ!!!!)



嘗て無い、緊急事態。

経験した事の無い、困惑。

煩い位に早鐘の様に脈打つ鼓動が大きく響く。

“もしかしたら他の人にも聞こえてしまっている?”なんて思ってしまう程に。

私の心を掻き乱す。


隊長が私を庇って剣を受け血華が舞い散った瞬間。

それを見た、素直な感情。

心を染めた一つの想い。




──嫌っ!、駄目っ!

私を置いて逝かないでっ!




唯、それだけを思った。

唯、それだけを怖れた。

──唯、一緒に居たくて。


目の前で淡々と進む事態に意識と理解が追い付くと、自然と答えが出た。


私は隊長を──アラドを、愛しているのだと。

その時、初めて気付いた。




──しかし、である。


目の前に居る肝心の相手は普段通りでしかない。

いやまあ、もしかしたら、こういう事態に陥った事で心を痛めているであろう、私を気遣って“普段通りに接しよう”と考えてくれた結果なのかもしれない。

その可能性は高い。

だから、仕方無いと思う。


そう思いはするのだけれど納得は出来無い。

それが“我が儘”なのだと頭では理解をしている。


私自身、恋愛経験は無──いや、今現在真っ最中では有るのだけれど…。

いや、そうではなくて。

過去に経験は無いけれど、そういう事が問題の案件や知り合いから相談をされた経験は何度も有る。

それを客観的に聞いた時、“女って我が儘なのね”と他人事の様に思っていたし“私はそうは成らない”と思ってもいた。


だけど、実際にそうなると自分の意思では御し切れず持て余してしまう。

と言うより、振り回されてしまっている気がするが、どうしようもなかった。


そして、此方が異性として意識しているにも関わらず相手が全く気付いてなく、異性としても見てはいない事に気付いてしまう。

長年の付き合いが祟ってか完全に“妹”扱いなのだと理解してしまう。

そうなるともう、ただただ不満でしかない。


それでも、此処で不機嫌な姿を見せられる辺り、私は信じ(あまえ)ているのだと感じてもいる。

それが許される関係だから大丈夫なのだと。

不本意な要素を含んでいる関係では有っても。



「………ん…」



拗ねたまま、両腕を伸ばし“抱き上げて”と言う様に一声で要求する。

それを見て、理解をすると眉値を顰めている。



「…左肩、刺されてるから無理なんだが?」


「だったら、おんぶして」



抱き抱えるのが無理でも、背負う事は出来る。

そう、視線で訴える。



「…自分で歩け」


「残念ですが、無理です

腰が抜けていますから」



そう、率直に事実を言うと小さく溜め息を吐いてから簡単に左肩を止血する。

そして、背中を向けて屈み無言で“乗れ”と示す。

遠慮無く背中に這って上り身体を預ける。

立ち上がる前に消えてない燭台を手渡される。


今も燃えているのが隊長の持っていた方だったのは、単なる偶然なのか。

色々と考えてしまう。


立ち上がった際の揺れが、現実へと引き戻す。


その背中へと頭を預けて、目蓋を閉じれば深い暗闇が再び訪れる。

けれど、耳の奥に響き渡る鼓動と感じる温もりが私を安心させてくれる。


そして意識は誘われる様に深い淵へと沈んでゆく。



──side out



━━グレナディンが部屋の隠し通路を進んでいた頃。


もう一つの舞台でも役者が終幕を迎えていた。


王宮から俺達の泊まる宿に向かう道は幾つも有る。

だが、其処に“目立たず、目撃され難い”との条件を加えると、ルートは三つに絞り込まれる。

そして、その三つの全てに共通する場所が一ヶ所だけ存在していた。

先の条件を満たすには必ず通らなくては不可能。

そういう場所が、だ。


其処で、待ち伏せていると予想通りの展開。

目の前に土色の外套に身を包んだ小柄な人影が一つ。

周囲を警戒しながら路地に小走りに入ってきた。


その進路を塞ぐ様にして、物陰に隠していた姿を見せ足を止める。



「はい、これで詰みです」


「──っ!?」



そう声を掛けると、地面に小さな土埃を立ち上らせて急停止した。

それを見て、俺の隣に翠。

挟む形で相手が入って来た後方には愛紗と螢が。

路地を塞ぐ様に立つ。


コソコソと移動をしていた“彼”は──アムニタは、目深に被った外套の下で、表情を歪めていた。


ビュレエフさんから聞いた話では侍女(おんな)としてグレナディン王子に仕え、潜り込んでいた様だ。

つまり、ビュレエフさんは男だとは未だに知らない、という事になる。

まあ、目の前の彼は飽く迄“女にも見える”程度。

と言うよりは、女性の中に居そうな感じの顔立ち。

それだけでしかない。

要は、此奴に俺の気持ちは理解出来無いという事だ。



「いや、話がズレてるって

今は関係無いだろ…」



そう言って呆れている翠。

そう思う気持ちは判る。


だがな、翠よ。

お前は自分が常に男にしか見られずに、同性から声を掛けられたりしたら。

今と同じ様に言えるか?

“いや、私は女だって”と冷静且つ穏便に訂正をし、一切根に持つ事も無いまま全てを水に流す事が──



「ああうん、判ったから

私が悪かったよ

だから、集中して下さい」



そう言われて切り換える。

“ああもう、面倒臭い”と思われていようとも男には譲れない一線が有る。

否、男としては、だ。


色々言いたい事ではあるが長引かせると口ではなく、手足が出されてしまうので大人しく引き下がる。

…別に尻に敷かれている訳ではないですから。

其処、重要ですから。



「初めまして、ですね

グレナディン王子の協力者──否、傀儡(かれ)を操る真の黒幕のアムニタさんと呼んだ方が良いですか?」



胸中や思考とは違う笑顔でそう言った、次の瞬間。

外套の裾が波打つと下から突風が吹き上げたかの様に外套が捲れ上がった。

そして、無数の白黒の蝶が視界を覆い尽くした。





「──ん、想定内だな」



そう俺が言った瞬間。

辺りを埋め尽くさん勢いで溢れ出していた蝶が一斉に凍り付き──砕け散る。


姿を見せた時点で、路地は丸ごと羽衣で覆う。

其処に翠が水気を満たし、愛紗が冷気で一掃する。

一度見た技が通用する程、温い鍛え方はしていない。

これは当然の結界だった。


一応、羽衣の外側に保険で俺も結界を張っている。

此方は隠蔽用だがな。



「────っ!!??」



しかし、彼方側にとっては想定外だったらしい。

驚愕・困惑・動揺。

連鎖的に起きる無意識下の思考により、動きは停止。

その隙を見逃してやる程、俺達は甘くはない。


…まあ、状況に因っては、態と見逃す事も有るが。

それはそれ、これはこれ。


螢が羽衣で四肢を拘束。

アムニタは引き倒されて、その場で仰向けになる。

勿論、それで素直に終わる様な相手ではない。

──が、現実にはそれ以上何も出来はしなかった。



「“寄生”したはいいが、相手が微妙だったな?

せめて、グレナディン王子自身に憑いていれば今より増しだったかかもな」



まあ、結果自体は現状とも大差は無いだろうがな。

当人の影響力という部分で得られる糧の質量が違う。

それは当然、能力の強さに影響してくる訳だしな。

敗因は人選の失敗か。

何とも御粗末な結果だな。


俺を必死に睨み付けているアムニタを見下ろしながら右手に氣塊を生み出すと、無言のまま右手を下にして氣塊をアムニタに放つ。

音を立てる事は無く。

ただアムニタの身体だけがくの字に曲がり、跳ねた。


そして、再び地面に倒れ、力無く、だらりと伸びた。




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