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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
55/913

        参


“覇王”宣言から数度目。

いつもの通りに鍛練を──する事は無い。


今日の風景は砂浜ではなく岩場の点在する荒野。

今までの風光明媚な景色と一変した周囲を見回して、期待と緊張を覗かせている彼女が初々しくて──と、違う違う。



「さて、これまでで基礎の体術は形に成った

よって、次の段階に進む」


「それは?」



好奇に満ちた眼差しを受け笑って見せる。

両手を広げ、周囲に意識を向け“それら”を造る。


虹彩色の光の粒子が集まり形を成してゆく。

二人を取り巻く様に現れる数々の“武器”として。



「新しく追加する内容は、“器術”の鍛練…

先ずは武器の選択からだ」


「“器術”…武器を用いる武術と言う事かしら?」


「それで構わない」



そう返すと周囲の武器へと視線を向けて選び始める。


並んでいるのは多種多様。

流石に銃器類は無いが。

教えて量産された日には、“大革命”だしな。


分類をすれば剣・槍・戟・弓・手甲・暗器。

“長物”に関しては斧等も有るのだが。

剣一つにしても直剣には、大剣・短剣・細剣・長剣…

曲剣や奇形剣、片刃の剣、日本刀も有る。

現実・空想を問わず全ての“可能性”を造った。

“彼方”に有るかどうかは別にして、だ。



「…何が良いと思う?」



暫く、色々と手に取っては試してみていたが、不意に此方へ向いて訊いてきた。



「直感的に“これ”と思う物はなかったか?」


「…無い訳ではないけれど“現実”で使うと考えると難しいと思ってね…」



つまり、有った訳だ。

“天賦”の才能に導かれて閃きを感じた“刃”が。



「何れだ?」



そう訊ねると、諦めた様に溜め息を吐くと歩い行き、数多の武器から“二つ”を手に取って見せる。



「大鎌と──細剣、か…」



中々に個性的な閃きだ。

命を狩る刃と志を守る刃。

対極的な刃、か。



「大鎌は家の倉の中で見た事が有るけれど…

癖の強い武器でしょ?

それに…幼い私では十分に扱い切れないわ

此方の細身の剣は使い易い感じだけれど“此方”では見た事が無い…

つまり、時代的にまだ造る技術が無いという事よね?

なら意味無いでしょ?」



的確な意見では有る。

まあ、自分を“小柄”とは言わないのは女の見栄か。

可愛らしい事だ。


ただ、無意味ではない。



「そんな事はない」



だから、彼女に笑みを見せ断言した。




 曹操side──


体術に加え、武器の扱いを教われる事は楽しみ。

しかし、問題は武器自体を選ぶという事。

確かに直感的に感じる物は有ったが…どうなのか。

一応、自分の考えは伝えたのだけれど…



「体術があらゆる武の基本である様に、どの器術にも学ぶ意味は有る

例えば槍…

ある程度心得が有る者と、知識だけの者…

両者が優れた槍の使い手と戦った場合、勝率が高いと思うのは何方だ?」



槍の使い手…勝率…心得…そう、そういう事ね。



「幾ら知識が有っても使う者自身が扱いきれなければ無意味でしかない…

対して、知識は無くても、経験が有れば相手の動きや使い方を予測出来る

経験を積むか否かによって勝率が変わる…

そういう事よね?」



そう答えると、満足そうに笑みを浮かべる。



「武器の特性は勿論だが、“間合い”というのは身を以て経験した方が理解し、覚えられる

技術には知識も大切だが、扱えないなら無意味…

逆に、経験の方が拙くても確と反映されるからな」


「言いたい事は解ったわ

でも、細剣に関しては?

“絶対”に無いと断言する事は出来無いけど…」



その点が納得出来ず、彼に訊ね返す。

すると彼は私が持って来た二つの武器を手に取る。



「一見すると全く違う様に思えるだろうが…

実は共通する技術が有る」


「…共通の技術?」



予想外の言葉。

取り敢えず考えてはみるが何しろ私には経験が無い。

──成る程、知識だけでは解らない事だわ。



「大鎌は“間合い”が命の受け型の武器だ

しかし、だからと言って、攻撃出来無い事はない」



そう言いながら右手に持つ大鎌を振るって見せる。

“受け”である以上動きは待ちに限られる。

しかし──



「──疾っ」



一歩、前に出ると持ち手の手首を捻り、逆風に大鎌で切り上げる。

更に其処から、身体を捻り勢いのまま横薙ぎへ。

振り抜かれた一撃は初撃を越える速さ。

当然、威力も上だろう。


一端、停止した後、今度は左手に持った細剣で刺突。

前に踏み込むと同時に腕を引き戻し、続け様に連撃。


其処から横薙ぎへ移行し、一回転して──勢いのまま繰り出す刺突。

その速さも前とは違う。



「…“回転”…」



彼の動きを見て気付いた。

身体の小さな私でも使え、体格差や非力を埋める術。


この二つの武器は正に私の“天賦”なのだと。



──side out



武器を選ばせ“使い方”を実践して見せた。

得る物が有った様で真剣な眼差しで見詰めていた。

これで始められる。



「今見た通り、何方らにも“回転”を用いる事により速度・威力を向上させる」


「そうする事で、相手との体格差等を補う訳ね」



理解が早くて助かる。

細かい説明を省ける分だけ鍛練に時間を割ける。

“円運動”や“力学”等の話は時間掛かるし。



「という訳で──」



手元の二つを除き、周囲の生み出した武器を消す。

そして、新たに彼女の前に“それ”を造り出す。



「これは…棍?」


「“現実”の物より軽くて丈夫に造って有る

遠慮無く、打って来い」



後方へ軽く飛び退き距離を開けた所で大鎌の頭を向け“臨戦”を示す。



「百の稽古より一の実戦、という訳ね…」



小さく溜め息を吐きながら眼前の白い棍を右手に取り軽く振るって感触を確かめ左手足を前に半身の姿勢に構えを取った。

諦めた素振りとは対照的に双眸には闘志が宿る。



「…哈っ!」



静寂の中に響く一声。

先ずは、という小手調べの一撃ではない。

本気での必殺の突き。

その証拠に狙いは喉。

しっかり積んだ基礎体術が反映された踏み込み。

静から動への移行。

“並み”の使い手相手なら簡単に倒せる一撃だ。


しかし、此方も若輩ながら“常在戦場”を行く身。

簡単には殺らせない。

手首を捻って、構えていた大鎌を回転させて刃の腹を棍に当て、右外へと軌道を逸らしてやる。

同時に右足を引き、彼女の“通り道”を開ける。



「くっ──っ!?」



踏み止まって反撃を──と思い掛けて、躊躇わず前へ突き抜ける。



「良い判断だ」



止まって反撃していれば、その時点で勝負有り。

左手の細剣が首筋に触れていただろう。


此方の声には答えず背後へ回り込む様に身体を捻り、棍を横薙ぎに振り抜く。

“奇襲”は声を出さず、の基本通りの仕掛け。

体重と速さも乗った一撃。

早くも“円”の動きを使い始めている。


“入った!”──と彼女は思っている事だろう。


だが、甘い。

──甘いぞ、曹操っ!。


ガンっ!、と響く音。



「なっ!?」



驚く彼女の棍は左肩越しに現れた大鎌の刃が防ぐ。

そして──動きが止まる。

それは致命的な隙。



「──で、詰みだ」


「──っ!?」



逆手に持った細剣の鋒が、彼女の喉元に有った。




 曹操side──


彼の虚を突いた。

背後に回り込み、死角から放った一撃には私も自信が有った。

初撃に態と声を出す事で、攻撃と掛け声を印象付けて“思い込み”を促す。

勿論、彼を相手に長々とは通じない事も考慮。

だからこその早期の仕掛けだった。


しかし、彼は此方を向く事すらなく、大鎌の刃を使い私の一撃を防いだ。

加えて、止めの一撃。

言われて気付いた時には、細剣の鋒が喉元に。


手も足も出ない、とは今の私の事だろう。



「一戦した感想は?」



細剣を引き、此方へと振り向いて笑顔で訊ねる彼。

実に意地が悪い。

判っていて態々私の口から言わせ様とするのだから。



「…はぁ…完敗、よ…

…全く…判ってる癖に…」



つい、愚痴を溢すが彼とて理解している事。

楽しそうに聞き流す。



「武器を二つ持ってるから有利な訳ではない…

経験の差は仕方無い…

さて…では、一体“何”が問題だったと思う?」



そう問われ、考える。

体術の鍛練でも教わったが造り・崩し・受けが肝心。

今回は造りと崩し。

何方らも悪くはなかったと自分では思える。

まだ未熟とは言え、回転を用いる動きにも“落ち度”は無かったと思う。

そうなると棍の扱い方か。

現状では、それ位しか思い当たらない。



「…棍の扱い?」



そう答えると、彼は笑みを浮かべて右手の大鎌を地に刺して私の頭を撫でた。

“え?、正解?”と思った瞬間、トンッ…と人差し指で額を小突かれた。



「問題は“此処”だ」



此処──つまりは頭。

“頭”という事は知性か、私の考えが悪い事になる。



(それは私が“馬鹿”だと言いたいの?)



そう考えて、腹を立てても仕方無いだろう。

しかし、直ぐに彼の性格を鑑みて違うと思い直す。



「“馬鹿”って意味じゃあないからな?」


「わ、判ってるわよ!」



図星を突かれ吃る。

声を荒げたのも照れ隠し。

フイッ…と顔を背けると、彼の右手が頭を撫でる。

苦笑しながらだろう。



「俺が言いたかったのは、“思考”の落とし穴だ」


「…“落とし穴”?」



“迷路”ならば聞いた事が有るが…初耳だ。

多分…“罠”という意味で言っているのだろう。

…と、なれば──



「…“思い込み”?」



私の呟きに彼が笑む。

今度は間違い無い。

“正解”の時の顔だった。



──side out



不意の反応は年相応だが、思考力は大人顔負け。

たった一言で考えを修正し答えを導き出した。



「自分の言動を使い相手に“錯覚”させたりするのが“思い込み”の使い方だ

しかし“思い込み”は自身にも有り得る事だ」


「…“必殺”と思い込んだ結果の敗北だった、と?」



少し助言を与えるだけで、正しく理解する。

教え甲斐が有る相手だ。



「自信を持つ、信頼する

それは悪い事ではない

だが、過信・慢心は違う

自分では、そんなつもりは無かったとしても気付かぬ内に陥っている事は有る」



先程の自身の思考を省みて思い当たったのか黙る。

己の未熟や失敗をきちんと理解出来る事が、上達する一番の秘訣だろう。



「“上”に成れば成る程に思考の中で危険になるのが“自己完結”だ

武にしても、知にしても、ある程度の力量になれば、相手を推し量る事も出来る様になる

その際、“自分の範疇”を上限とする場合が多い

読み違え、油断、侮り…

色々と言えるが根本的には全て同じだ

自分の中で想定し“完結”してしまう…

だから結果として想定外の事に対して、対処・対応が出来無くなる」


「…でも、全てを想定する事なんて出来無いわ」



無茶振りに聞こえる言葉に対して尤もな反論。

ただし、俺が無意味な事を言うとは思っていないが、“解らない”焦れから少し不機嫌になっている。

撫でて遣りたい衝動を抑え真面目な体を装う。



「だからこそ、大切なのが“残心”だ

常に“先”を懸念し動ける様に備える…

それが真の“残心”…

単に最後まで気を抜かないという意味ではない」



意味を間違い易いが故に、違わぬ様に諭す。

正しく理解するか否かで、生き死にが変わる。



「これだけは忘れるな

“残心”とは“心を残す”事ではなく…

“恐れを残す心”だ」


「“恐れ”を…」


「死は恐れて然るべき…

死を恐れぬ者には“生”の意味は見出だせない

死が有るから命は生きる

恐れを無くした者に迎える“明日”は訪れない…

“恐れ”こそが死線に臨み命を守る刃となる…

まあ、極端だと思っても、仕方無い…

だからな、今は覚えて置くだけで良い…

いつか、理解出来る」



死を恐れ、然れど臆さず。


それが“生きる”事だと。

そして“生きる”事とは、“戦う”事だと。


“死”に抗い、恐るるも、臆し、逃げぬ事だと。




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