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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
549/915

         玖


アムニタが部屋を出た後、邪魔が入らない様にする為鍵を掛け直す。


今も尚、監視されているのだとすればアムニタが動く事で注意は其方らに向く。

仮に、複数の見張りが居るとしても、最低でも一人は部屋を出たアムニタの後を追わなくては為らない。

高が一人、ではない。

一人も、減るのだ。

それは此方にとって大きな意味を持っている。

武官が二人だけであれば、一対一の状況になる。

自惚れはしないが自分とて全く何も出来無い程に弱いというつもりも無い。

抵抗する事は出来る。


だが、今此処で重要なのは監視が居る事ではない。

彼方の目的が糞女(あれ)の居場所を突き止める事。

それが最優先だという事が何よりも重要なのだ。



(ククッ…幾らでも好きに監視していると良い…

そうしている間にも此方の策は終わるのだからな…)



右手に持っていた杯を口に運び、中に残っていた酒を一気に呷ると卓の上に置き寝台へと近付いてゆく。


自分の部屋には一つ。

変わった特徴が有る。

それは、普通の窓が一つも無いという事。

しかし、空気を入れ替える為の小窓は二つだけ有る。

ただ、それは横長の形状で精々小柄な子供が手首まで入れられるかどうかという高さしかしていない。

加えて、外側と内側両方に閉じる戸板が付いている。

つまり部屋の中を覗こうとすれば一目で判る。

更に、内側の戸板にだけは開かない横にする為の鍵も備え付けてある。

この部屋は、外部から覗き見る事が困難な訳だ。


けれど、この部屋の最大の秘密は自分の事ではない。



「まあ、これの存在自体は決して珍しくはない…

ただ、使われなかった故に“忘れ去られた”だけ…」



そう、自分と同じ様にな。

そして、それ故に皮肉にも他の全ての者を欺き通し、策を成す事が出来る。


本棚の脇まで行くと真横に立って──両手を掛けて、思いっきり押す。

すると、壁に沿いながらも本棚はゆっくりと擦れ動き移動をしてゆく。

そして、丁度本棚の半分の大きさを移動し終えると、壁には鉄製の扉が有った。

錆びを纏う、黒く薄汚れた掃除など全くされた形跡の見られない無骨な扉。

だが、その一部──取っ手部分だけは綺麗だった。

それは最近、“使用した”証だと言える。

これが、此方の切り札だ。



「先祖の遺志、だろうな」



自分に“王と成れ”と。

そう訴え掛ける様に。

偶然に見付ける事になった“隠し通路”を見た瞬間、そう思った。

これは天恵なのだと。


元々は古い家具等を仕舞う倉庫でしかなかった場所。

其処を態々、自分の部屋に造り直させたのだ。

勿論、この本棚には誰一人触らせる事はなかった。

いや…まあ、拭き掃除位はさせていたとは思うが。


表向きには“自分の身分を明確にする為に”と言って老い耄れ達は納得させたが胸中では大笑いしていた。

誰一人、何も、気付かないのだからな。




まだ扉の半分は本棚の裏に隠れてはいるが、開くにも人が通るにも十分。

態々、無意味に疲れてまで全開にする必要など無い。


扉の取っ手を握り、奥へと押し込む様に開く。

黴と湿気の混ざり合った、不快な臭いのする空気。

それが自分の部屋の中へと流れ出て来る。

深く、暗く果てしない闇。

それが洞窟の様に扉の先に続いている。


既に何度か入っている為、特に警戒心を抱く様な事は殆んど無いと言える。

だが、だからと言って全く気を抜く事も出来無い。

アムニタ以外に知られてはならない場所であるが故に手を加える事も難しい。

その為、進む際には足下に気を付けなくては。


扉を開け放ったままにして普段使わない様な小物等を仕舞い込んでいる道具棚の引き出しから用意していた燭台と油を取り出す。

そして、火を点けると扉の中へと入り、地面に置く。


振り返って、扉に掛かった本棚の裏側を見れば端には出っ張りが存在している。

それは“裏側から”本棚を動かす事が出来る様に、と考えられている工夫。

本棚を押し倒さない様にと気を付けながら開けた時と同じ様に両手を出っ張りに掛けて、押して閉める。


本棚を閉め終えると途端に通路内は暗さを増す。

当然と言えば当然か。

明かりが射し込む余地など存在していては隠し通路の役目を阻害してしまう。

敵に見付かってしまえば、隠し通路の意味は無い。

その万が一を防ぐ為にも、こういった物を造る際には秘密性が重視される。

中の臭いにさえ我慢すれば特に問題は無いしな。


最後に開いていた鉄の扉を元通りに閉める。

すると、部屋側からは全く見えなかったが、扉の裏に鉄製の閂が付いている事を知る事が出来る。

それは取っ手の間を通って横の壁に有る窪みに向け、しっかり差し込む仕組みになっている。

要するに、追っ手が簡単に入って来られない様にする妨害工作な訳だ。


ただ、これだけの事を命の懸かった窮地にするだけの余裕が有るのかどうか。

その部分に関してだけは、製作者に訊いてみたい。

尤も、今の自分にとっては好都合でしかないがな。


足下に置いて置いた燭台を掴み取ると口腔を思わせる暗闇の支配する通路の先に向かって歩き出す。

コツッ、コツッ、コツッ…と自分の足音だけを通路に響かせながら、策の成功と勝利を確信して北叟笑む。


もう誰にも邪魔出来無い。

全ては決したのだ、と。



──side out



 スミエラside──


ぼんやりと、ゆっくりと、隔離世に沈んでいた意識が現世へと戻ってくる。

夢から、眠りから覚める。

その瞬間は曖昧ではあるが何と無く、感じられる。

五感と四肢が繋がる。


──と、違和感を覚える。

いや、正確に言えば不快な“異臭”を嗅ぎ取った。

思わず右手で鼻と口を覆い臭いを遮ろうとする。

──が、右手は何かにより動きを妨げられた。

その思わぬ事態に、意識は急速に覚醒してゆく。


重い目蓋を開けば、景色がぼやけている。

と言うよりも、暗い。

はっきりしないと言うより兎に角、暗かった。



(……まだ夜なの?)



視界に映ったのは暗闇。

故に、その情報から夜かと真っ先に考える。

しかし、それは間違いだと直ぐに理解し、否定する。

無意識に身を捩った事で、頬が、背中が、腕が、腿が脹ら脛が、感じ取る。

冷たく、じめっとしながら硬くて、ゴツゴツッとした痛いと言える感触を。

自分の部屋の寝台ではない事だけは間違い無い。



(…これは…岩?…いえ、もしかして…石畳?…)



ローランでは煉瓦が主要な建材となって随分と経つ。

その為、態々石を切り出し敷き詰める石畳は見る事も珍しい物だったりする。

でも、全く縁が無いという訳でもない。

王城の地下牢は古いままの状態で使用されている。

その為、ローラン国内でも珍しい石畳が残っている。

だから一応は知っている。



(と言う事は…かなり古い遺跡か何かの中?)



顔に目隠しをされていたり何かを被せられている様な感覚は全くしない。

つまり、視界から得られる情報は全て有りの侭であるという事になる。


うっすらと、本当に僅かにではあるが、周囲の様子は闇の濃淡で判る。

状況が全く判らないので、慎重な行動を心掛ける。

あまり頭を動かさず眼だけ動かして周囲を探る。


自分が寝ているのが床で、頭と足先には壁が有る。

天井も、存在している。

此処は部屋、なのだろう。

ただ、言えるのは見知らぬ場所だという事。

少なくとも、自分の部屋と違う事だけは確か。


一体、自分の身に何が起きどうなっているのか。

其処へと繋がる手掛かりは現時点では視界からは特に得られそうもなかった。




動かなかった右手。

正確に言えば、右も左も。

両腕共に動かない。

斬り落とされているとか、骨が折れているとか。

そういった事は無い。

指先は両手共に五本全てに感覚が有るのだから。

両腕は別々にされ、皮袋か何かに入れられたままで、身体に固定する様に何かで縛り付けられている。

そういう感じがする。

だからと言って、後ろ手に縛られている訳ではない。

前側でもない。

身体の真横に、である。



(…これ、一体何なの?)



はっきり言って意味不明。

…いえ、自分が眠っている間に拉致されて、何処かに放置されている──という事だけは理解出来る。


ただ、目的等よりも自分の現状の方が不思議だ。

単純に身動き出来無い様に縛り上げるのであれば何も両手を別々にする必要など無いと言える。

流石に身体の前で縛るのは抵抗が可能なので遣らない方が良いと思う。

だから普通は後ろ手に縛る事が多いと言える。

縛る相手──捕虜だったり人質だったりするのだけど──が痛みを感じようとも気にはしないし。

後ろ手の方が行動自体にも制限を掛けられるから。


でも、それだけじゃない。

両手は縛られているけど、両足に圧迫感は感じない。

試しに、ゆっくりと両足を動かしてみるけれど、特に抵抗などは感じない。

やはり、縛られているのは両手だけ、みたいだ。



(…近くに人が居る様には感じられないし…うん

兎に角、此処で寝ていても仕方が無いものね…)



取り敢えず、行動してから考える事に決める。


仰向けになっている状態で膝を曲げて、お尻を上げて先ずは右側に向かって足を動かして、背中を軸にして回転する。

すると、三歩程移動したら右足が壁に触れた。

ゆっくりと壁に沿って足を動かし、足の裏で叩く。

硬い、壁な事は確か。

しかも、向こうに空間等が有る様な感じではない。

分厚く、重い音が響く。

頑丈な事は勿論、この場所自体が地下である可能性が高い事が窺える。


今度は左側へと回転する。

特に何かに当たる様な事も無いまま、同じ様に左足が壁へと当たった。

その壁を確認してみても、先程と同じ反応。


身体を壁際へと寄せると、お尻を軸にして壁に沿って上半身を起こす。

視界が変わった事も有り、改めて周囲を見回す。

薄暗い事に変わりはないが視点が変わった事も有って部屋としての姿が先程よりはっきりと見えた。


そして、気付いた。

目を凝らして見詰めると、正面には壁とは違う濃さの縦横の格子が有る事に。

此処が典型的な牢屋だと。




牢屋、という事は判る。

自分の状態から考えても、やはり拉致されたという事なのだろうから。


問題は、その目的・理由。

何の為の拉致なのか。



(…王女である私を拉致し何かしらの要求をする?)



それが一番判り易い動機。

しかし、そうだとするなら犯行に及んだ相手は国外の存在という事になる。

こんな場所はローランには存在しないのだから。


けれど、そう仮定した場合大きな疑問も生じる。

都から出る為には三つ有る門扉を潜らなくてはならず簡単には通過出来無い。

内通者が居なくては都への出入りも難しい。

ただ、その場合には何れか一つの門扉の担当者全てが共犯でなくては厳しい。

そう都合良く、全員が同じ場所を担当出来るとは先ず考え難い。

とすれば、そういった事が出来る人事権を持つ人物も共犯という事になる。

だが、それは有り得ない。

いや、考え難い事だろう。

そういった要職に就くのは特に厳しく精査を受けた後選定されているのだから。


それに、仮にそうだったと考えても態々都の外に出る理由が判らない。

昨夜、私は自室で眠った。

王宮内の、最奥部に有る、私の部屋の寝台で、だ。


もし、私を拉致出来るなら国王である、お父様自身を拉致──いいえ、殺害する事だって可能でしょう。

殺害は行き過ぎにしても、何かしらの要求が有るなら私を拉致するよりは確実に話を通せるのだし。



(…犯人の目的等は国への要求ではない?)



それなら、私自身なのか。

或いは、お父様か王族か。

考えられなくはない。

“渇く赤”という可能性も少なからず有ると思う。


ただ、何れにしても全てが一本に繋がらない。

何かしら、何処かしらに、矛盾と破綻を生じさせる。


けれど、それらはつまり、私の考えが“正しくない”という事でも有る。

まだ、見えてはない。

気付いてはない。

そういう何かしらの要因が存在しているという証。

それが判れば、解ける筈。

抱いた疑問の全てが。




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