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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
545/915

         伍


その言葉に納得しながら、同時に畏怖を覚えた。

本当に“何も知らない”のだったのだろうか。

あまりにも的確な指摘には頼もしさを軽く通り越して純粋に恐怖を感じる。

まるで全て──心の底まで見透かされている様で。


もしかしたら、今の思考や感情も読まれているのかもしれない──とか考えたらキリが無いので止める。

当たっていたら怖過ぎるし恥ずかし過ぎるから。


そんな自分の事を気にする様子も無く、ヒエイは話を続けてゆく。



「では、これから貴男自身どの様に動くべきか…

御解りになりますか?」


「……いいえ」



そう訊かれ、考えてみるが明確な答えは出せないのが本音だった。

有りの侭の考えを言うなら可能だったとは思う。

だが、それは彼女が求める回答ではない事を理解して素直に首を横に振った。


スミエラ様を助け出す。

それは絶対的な目的であり行動内容ではない。

彼奴の謀略を阻止する事も同じく目的になる。

今、自分に彼女が問うのは具体的な打開策行動。

同時に自分に“感情任せの行き当たりばったり策では問題は解決しませんよ”と自覚させる為の物。

焦ってしまい勝ちな時こそ異常な位に冷静で居る方が活路を見出だせる。

そういう事なのだろう。


一応は落ち着いている筈の自分を静かに見詰めて──ふっ…と、彼女は笑む。



「…どうやら、冷静な様で安心しました」


「これだけ自分の未熟さを痛感させられれば、流石に学ぶ事が出来ますから…」


「ふふっ…ですが、貴男は知っていますか?

世の中、実際に“それ”が出来無い者の方が圧倒的に大多数であるという事を…

貴男が“当たり前”と思う事が意識していても難しく為し得無い事だと…」


「…そう、でしょうか?」



可笑しそうに──嬉し気に言っていた彼女だが唐突に揶揄う様な、皮肉る様な、そんな事を言った。

別に腹が立った訳でもなく苛立った訳でもない。

それなのに、何と無く。

そう、本当に何と無く。

訊き返したくなった。


そんな自分の言葉や態度を気にする様子も無く彼女は今一度小さく笑った。



「“戦争は悲劇である”と多くの人々は考え、感じ、理解をしているでしょう…

ですが、この世から戦争が無くなっていますか?

本当に人々が学ぶのなら、疾うの昔に戦争という物は“絶滅”している筈です

極論を言えば争い競う事の一切を排除出来ますか?

勿論、様々な技術や学術の様な発展の為の競争も多く存在してはいます

しかし、それらの競争でも敗れた者には悲劇となり、勝者と敗者を分けます

どんなに綺麗事を並べてもその本質は変わりません

人が本当の意味で学ぶのは“己が欲望”の為だけ…

そして、欲こそが争いへと人々を駆り立てる…

人が人である限り、争いは無くなりはしません」





とても悲しい現実だった。

しかし、何故だろう。

目の前に座った彼女からは悲観している様な雰囲気は全く感じられなかった。 …自分が鈍いだけ、という可能性は否定出来無いが。



「まあ、今のは極論です

それでも人が人らしく在り生きてゆく事でのみ叶う、そういう現実も有ります

例えばそう、我等の魏国や貴男の懐く未来(りそう)の様な現実が、です」


「──っ!!」



それは完全な不意打ち。

沈んでいた、傷付いていたという訳ではない。

しかし、全く何も感じず、動揺も無かった、という訳でもなかった。

少なからず、彼女の言葉に感じ、思う事が有った。


だから、一切揺るぎの無い確固たる意志を宿している彼女の眼差しと微笑みに。

その状態で言われた自分の理想を肯定する言葉に。

心が反応しない筈はなく、大きく本心が表情や態度に出ている事だろう。


同時に気付いてしまった。

彼女が言っていた“自分と同じ理想を懐く人物”とはスミエラ様の事だと。



(…ある意味、人見知りと言える程強いスミエラ様の警戒心を一度と掛からずに解いて信頼を得たとは…

いや、そういう彼女だからスミエラ様も信頼を寄せて心を許したのだろうな…)



商人にとって信頼は何より価値の有る物だと云う。

信頼が有るからこそ相手は自分を信じて売り買いをし商いが成立する。

そして、利益を生む。

信頼が無い商人は一時的に勢いを見せても、最終的に衰え、潰れ、消え去る。


商人の世界は我々軍人とは明らかに違う異質な戦場で戦いを繰り広げている。

価値観も異なるだろう。

それらは到底一朝一夕では全てを理解出来無い。

勿論、逆にも言える事だ。

ただ、武力に因る解決法を第一選択肢とする我々と、彼女達商人とでは同じ事に対する姿勢や“入り方”も違うのだと、改めて思う。


「私個人だけではなくて、国としても貴男の理想には期待をしています

そして、その実現の為には目の前の“小事”を自らの手に因って解決する事…

それこそが最初の一歩だと私は思っています」


「…明確な答えを返す事は今の自分には出来ません

ですが、決して自ら諦める事だけは致しません

それだけは御約束します」


「頑張って下さい」



この一件を“小事”と言う事には驚いた。

だが、事実なのだと思う。

自分やスミエラ様の考えるこの国の未来とは、遥かに大変な事なのだから。

この程度で諦める様では、到底実現は出来無い。

だから、越えてみせる。

理想の実現の為にも。



──side out



ビュレエフさんと話を終え彼が宿を出てから、黙って待機していた愛紗達に対し会話の内容を簡単に教え、漸く一息吐く。

裏側で動かない、事なんて久々だからだろうな。

肩が凝って仕方が無い。



「──その割りには随分と楽しそうでしたが?」



声には出していない筈だが何故に判るのだろうか。

しかも、俺限定で。

そんなに判り易いかね?



「はい、判り易いです」


「ああ、判り易いな」



愛紗、翠と肯定を口にし、螢もコクコクとはっきりと頷いてみせる。

“女の勘”か、愛故か。

本当、謎能力だよな。



「…まあ、それは兎も角

話は理解出来たな?

何か質問は有るか?」



溜め息を吐くと切り替えて愛紗達に訊ねる。

三人も揶揄う様な態度から一転して真面目になる。


その中で、先ず最初に口を開いたのは愛紗。

こういう時、普段の姿勢や立ち位置が出るよな。



「我々が極力関わらない、という方針は判ります

ですが、あの蝶に関しては未だに不明な点が多いので迂闊に動けないのでは?」


「ん、その通りだな

曹魏としては“恩を売る”良い機会ではある訳だが、関わったら関わったで色々面倒な事にもなるからな

可能な限りは関わらない

ただ、この一件の騒動にはあの蝶が何かしらの状態で噛んでいる可能性も高い

状況が、あまりにも上手く出来過ぎているからな

まあ、此処の愚息にとって絶好の機会が巡ってきた、という事には違いないが…

少しは疑えと言いたいな」



愚痴る様に言えば愛紗達が苦笑しながらも頷く。

俺が愚痴る気持ちも今なら理解出来るからだろう。


尤も、操られているのなら疑う事すら難しいが。

一応、そういう様子は特に見られなかったからな。

愚息自身は其方らの件では白だと言えるだろう。

別件では真っ黒だがな。



「…雷華様はどの程度までこの一件に関わっていると御考えなのですか?」



愛紗に続いたのは螢。

その率直な質問を聞いて、胸中で嬉しさに笑む。


軍師と一口に言っても色々タイプが有る。

単に質疑応答だけを見ても積極的に考えを述べる者、他の意見を聞き考えてから述べる者、ある程度自身の考えの確信を得てからのみ述べる者…等々。

その何れが正しい、という訳ではない。

何れもが意味を持つ。

それは時計の歯車の様に、一つ一つが噛み合い繋がる事によって、大きな結果を生み出す事が出来るもの。


一人の成長は全体の向上に確かに繋がる。

だから、螢の成長を心から嬉しく思う。




 満寵side──



「──っ!?、雷華様っ!?」



唐突に、野菜を切っていた手を止めると西の彼方──その言葉通りなら恐らくは今現在、雷華様達の居ると思われるであろう方向──を向いて叫んだお嬢様。

…いえ、桂花さん。

未だに昔の癖で気を抜くと彼女を“お嬢様”と呼んでしまうのは習慣故。


実害が無いので構わない事だったりしますが、本人に“お嬢様は止めて頂戴”と顔を真っ赤っかにしながら言われては改めない訳にはいかなかった。

…まあ、他の皆さんからは“そのネタ、貰ったわ”と彼女を揶揄うネタにすると笑顔で言われたけど。

そのネタが原因で、一悶着有った事は懐かしい話。


そんな桂花さん。

今は右手に持つ包丁を強く握り締めながら、小刻みに肩を震わせて、遠い彼方を睨み付けている。



「くっ…螢、貴女なの?

まさか、軍師の中で癒し系小動物で無害な貴女が…

やはり、旅は魔物の様ね

貴女に魔性を目覚めさせてしまうだなんて…」



──とか、口元に可笑しな笑みを浮かべながら言い、一人で納得している。

そんな彼女の様子を見て、鹿を捌き終えた彩音さんが厨房に鹿肉の乗った大笊を持って入って来た。



「…なあ、鈴萌…アレは、どうしたんだ?」


「ああ、アレですか…」



思わず“アレ”扱いしたが仕方無い事だと思う。

だって、端から見ていたら単に危ない人ですしね。


とは言え、実際には初めて見るらしい彩音さんに対し何と言って説明すべきか。

正直、悩んでしまう。

……悩むだけ馬鹿馬鹿しい事でしょうね。



「同行している螢ちゃんが成長したんでしょうね

それを本能的に感じ取って多分危機感を覚えたんだと思いますよ」


「危機感て…何の?」



螢ちゃんの成長に関しては納得しながらも、危機感の点に関しては眉根を顰めて不思議そうに小首を傾げる彩音さんを見て、思う。

片や変態で、片や純粋。

さて、私は何方らなのか。

普通で良いです、普通で。

斗詩さんが聞いたら反論を受けそうですが、普通って素晴らしい事ですよ。

私も多少個性は欲しいとは思いますが、異常な類いの個性は要りません。

純粋過ぎるのも…ね。

それはそれで似合わないと思いますから。

と言うよりは、そんな私に抵抗を覚えます。

なので、普通が一番です。



──side out



 シャマラフside──


いつもならば館内の自分の執務室にて各報告を受け、指示を出し、各々の書類を片付けている所だ。

だが、今日ばかりは自分も街中を歩き回っている。


スミエラ様の行方不明。

夜も開けきらぬ内に王宮に緊急召集され、その事件を知らされた時には一瞬だが現実を受け入れられずに、頭の中が真っ白になった。

我に返ったのは陛下からの勅命を申し渡された時。


その後は上から下まで皆が大慌てで動き回る。

大混乱とならなかったのが不思議な位だろうな。

普通であればスミエラ様が連れ去られたという時点で“渇く赤”に対して国内の総力を注ぎ込んだ殲滅戦を仕掛けていても可笑しくはないと思う。


そうはならなかった一番の要因は──アラド。

彼の存在だろう。

スミエラ様の実質的な護衛兼、教育係兼、抑え役。

そんなアラドが感情を抑え都内の捜索に当たる以上は他の大半の者は従う。

一部、自分の保身の事しか考えていない連中は除き、全員がスミエラ様を探して都中を駆け回っていた。


だが、無理矢理に民家へと踏み込む訳にはいかない。

表向きには、“渇く赤”の手の者が都内に入り込み、潜伏している可能性が有り捜索している。

そう、説明してある。

加えて、気付かれない為に可能な限り表に出ない様に頼んでも有る。

理由は危険だから、だ。


それでも、だ。

早朝から三つの門扉を閉じ捜索を開始してから進展が全く無いままに、空の陽が中天へと差し掛かった。

何の手掛かりも得られず、時間だけが過ぎ去る状況に巡士達や兵士達に苛立ちと焦燥感だけが募る。


そんな中での事だ。

再び王宮からの召集。

部下に継続を命じて王宮に向かいながら、感じる。

戦場に立っている時感じる物と同じだった。


生死を分かつ、岐路。

それに直面しているのだと積み重ねた経験が告げる。

気を付けろ、油断するな。

そう本能が叫ぶ。




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