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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
541/915

6 紅砂に潜む蛇 壱


 ビュレエフside──


彼女──ヒエイと出会い、詳しい事情を説明する為に彼女達の泊まる宿の部屋を訪れる事になった。

その時に既に、ある程度の覚悟はしていた。

スミエラ様が行方不明だと話す事になるだろうとは。


しかし、スミエラ様自身の御身分を明かす事になると考えてはいなかった。

それは偏に自分の迂闊さ。

ヒエイの洞察力を甘く見た結果だと言える。

ただ、決して過小評価して見下してなどはいない。

現状が緊急事態という事で自分自身も冷静さを欠いた状態だったのだろう。

冷静に考えれば、ヒエイの言った通り、少し考えれば予想出来る事なのだから。

その“少しの考え”に至る事が出来無い程度に自分は冷静ではなかった。

そういう事になる訳だ。

…熟、彼女との対話からは学ぶ事が多いと思う。

同時に畏怖を覚えるが。



(兎に角だ、一通りの事は説明し終えた事だし…

これで話も終わりだな)



婚期云々を、女性を相手に話す事は男にとって下手な拷問よりも辛く苦しい。

流れ的には仕方が無くても女性というのは理不尽で、年齢・容姿・結婚の話題で不機嫌になる事など普通。

相手が悪いと逆ギレされて八つ当たりされる事だって珍しくはない。

スミエラ様の場合、年齢と結婚に関しては無害だが、容姿──特に身長が絡むと手に負えなくなる。


ただ、スミエラ様の婚期に関しては当の本人ではなく父親──国王陛下から時々近況報告の為にと称しては呼び出されて、その話題で愚痴られてはいる。


実際問題、二十四歳で独身というのは、王族としてはかなり珍しい事だ。

王子、或いは国王──男性ならば前例的に見て居ないという訳ではない。

ただ、それは他国との間に争乱が有ったりした時期で悠長に結婚をしている様な状況ではなかった為だ。

そうでなければ大抵二十歳までには略間違いなく結婚しているのが普通。

また王女、或いは女王──女性の場合には十代半ばが平均的な結婚年齢になる。

男性同様に争乱の最中なら遅くなる事も珍しくはない訳だったりするのだが。

男女共に何方らにも言える事なのだが、争乱に際して“国内を盛り上げる為に”という意味で王族の婚礼を行う場合も有ったりする。


そういった事を踏まえてもスミエラ様が未婚なままで居らっしゃる事に関しては陛下も悩まれている。

自分にも、預けられた際に現状に至る影響を与えたと責任を感じている事も有り他人事とは言えない。

よって、その件に関しては無責任な発言が出来ずに、只管その愚痴を聞く事しか出来無かったりする。


…こう言っては何なのだがヒエイに魏国内の将来性の有る有望な男性を紹介して貰えないだろうか。

つい、そう思ってしまう。

実際には色々と問題の有る話になるのだがな。




此方の説明を聞いて苦笑を浮かべると、彼女は小さく息を吐いて切り替えた。



「…まあ、結婚関連の話は置いておくとして…

大凡の事情は判りました」



真面目な態度で言う彼女。

個人的な意見を言うのなら是非とも置いてはおかずに御意見・御助言を賜りたく思ってしまう。

それって、本当に頭の痛い問題なんですよ。



「…ただ…」



真面目な表情のまま彼女が言葉を区切った。

僅かに開いたままの唇。

短い逡巡の後、きゅっ…と閉じて結ばれる。

それはまるで“何か”呑み込んだ仕草だった。


気にならない訳が無い。

ただ、踏み込むべきか。

或いは、それに気付かない振りをして流すべきか。

正直に言って難しい選択で悩んでしまう。

しかし、悠長に考えている時間は無い。

即座に判断し、何方らかに決めなければならない。



「…ただ、何でしょう?」



これまでの彼女との対話を考えれば、彼女の言い淀む様な内容という事になると間違い無く危険極まりない話なのだとは思う。

今の自分の本音を言えば、絶対に聞きたくない。


けれど、彼女の事を僅かにとは言え知っているが故に“聞いておくべきだ”と、経験が訴え掛けてきた。

その経験則(ちょっかん)を信じて、彼女に訊ねる。

…恐る恐る、ではあるが、それは態度や表情には極力出さない様に気を付けて。


彼女は此方を見詰めながら一度目蓋を閉じる。

そして、少しだけ長めの、ゆっくりとした深呼吸。

それだけで、理解出来る。

これから自分に対し彼女が話そうとする内容が如何に重大であるのか、が。


否応なしに緊張が高まる。

嫌な予感しかしない。

彼女との対話の経験が全く無かったら、今頃緊張感と重圧により吐いているかもしれない。

それ位に、これまでの己が人生の中でも、最大最悪と言える程の状況だ。

叶うなら今直ぐにでも何か適当な用事を理由にして、この場から逃げ出したい。

勿論、此方から訊ねた以上逃げる訳にはいかない。

だから、叶うならば、だ。


何より、自分にそうさせる一番の理由は“彼女”だ。

初めて、言葉を交わして、差し出された掌を。

その小さくも“大きい”と感じさせられた掌を。

今でも鮮明に覚えている。

十年近い時間を共にして、少女から女性へと成長する様子を誰よりも一番近くで見続けてきたが故に。

その笑顔(はな)が散るのを黙って観ているなんて事は絶対に出来無い。

だからこそ、抗う為に。

自分は彼女に訊ねた。

“彼女”を護る為に。

その未来を奪わせない為、失わせない為に。





「…良いですか、これから御話しする事は飽く迄も、飽く迄も私の憶測です

現時点では、証拠も確信も何も無い推論です

その事を御忘れなく…」


「…判りました」



彼女が此処まで念を押す。

その事だけでも話の内容が大きな影響を齎す物だと、嫌でも感じられる。

そんな話をしてくれている彼女の覚悟に答える為にも改めて自分も覚悟をする。



「…先ず、貴男から聞いた限りの情報の中で幾つかの気になる矛盾点と疑問点が有りました

特に件の鍵となるであろう事なのですが…

“渇く赤”の関与、それに関しての矛盾です」



その言葉を聞いて一瞬だけ頭が真っ白になった。

“…………は?”と口から茫然となる声が出ていても可笑しくはないだろう。

そうならなかった理由は、単純に反応すら出来無い程予想外だったから。



「…どういう事ですか?」



それでも、無理矢理思考を放棄して、どうにか説明を求める一言を絞り出す。

放棄して、とは言うものの今も尚思考は混乱中。

考え様とすればする程に、同じ事を繰り返すだけ。

だから、訊ねる事でさえも今は精一杯だったりする。



「貴男の話では“渇く赤”によって彼女は連れ去られ行方不明になっている…

そういう事でしたね?」


「…ええ、確定している訳では有りませんが…

現時点では、その様に見て捜索をしています」



彼女の質問に対し自分でも確認をする意味で答える。

そう、そういう事で我々は捜索に当たっている。



「では、“渇く赤”の犯行だったと仮定して考えると彼等は都内に潜入、或いは潜伏していて、昨夜実行に移った、となる訳ですが…

普通、敵に見付かり捕まる可能性の高い都の内に態々潜伏して留まる様な馬鹿な真似をしますか?」


「──っ!?」



そう言われて気付く。

それは普通に考えてみれば明らかに可笑しい。

そんな事は普通はしない。



「ええ、そうでしょうね

危険を冒してまで都の内に留まらなくてはならない、そういう理由が有るのなら話は別ですが…

普通は即座に脱出します

しかも、潜入・潜伏問わずそれが出来たのであれば、単独犯・複数犯に関わらず小柄な彼女一人を抱えての逃走は難しく有りません

武に通じている者であれば女性にも可能でしょう

彼女が私位の体躯であれば話は違うのでしょうが…」





彼女の話を聞いて、判る。

確かに、可笑しい。


スミエラ様の体躯であれば新人の兵士でも抱き抱えて移動出来るだろう。

仮に、城壁の上部から外に縄等を使い脱出を図っても十分に可能だと思う。

今朝になるまで行方不明に為っていと、誰一人として気付かなかったというのに何故、まだ都の内に居ると考えてしまったのか。

それは明らかに可笑しい。


それに犯人に関しても。

無意識の内にスミエラ様が行方不明になっている事で“渇く赤”の犯行であると言われて疑いは持ちつつ、“その可能性が高い”事に全く疑問を持たなかった。

だが、実際にはどうだ。

彼女が言った様に、彼等が犯行に及ぶ為には都の内に入る事が大前提だ。

つい、起きてしまった事を前提条件に置いてしまうが物事には順序が有る。

それを順序立てて説明する事が出来無ければ、考えは何処かで間違っている。

それが、当然の事だ。


彼等が潜入・潜伏するには三つの門扉の何れかを通り入らなくては不可能。

しかも、通行には国または有力者の書状が必要だ。

門扉を潜っても暫くの間は監視下に置かれる。

ある程度の“常連”ならば信頼から緩くはなる。

しかし、そういった人物で昨夜から行方不明になったという様な者は現時点では見付かってはいない。


それはつまり──



「──内通者が居る」


「──っ…」



考えを読み取る様に言った彼女の一言に思わず両手を強く握り締めた。

それは国を、民を護る事を職務としている仲間の中に“裏切り者”が居るという事を意味している。


はっきり言ってしまえば、信じたくはない。

だが、夜中にスミエラ様に警戒心を抱かせずに近付き気付かれずに犯行に及ぶ事が出来る可能性の有る者、という点でも筋が通る。

そう考えれば考える程に、自分の中で信じたくはない事が真実味を帯びてゆく。



「──と、思わせる事が、真犯人の狙いでしょうね」


「────ぇ?…」



辛い現実を受け入れる──という苦悩と葛藤の最中に彼女は実にあっさりとした声で驚くべき事を言った。

その為、本当に間の抜けた声と表情だっただろう。


だが、彼女は全く気にする素振りを見せずに続けた。



「判りませんか?

普通、こういった場合には真っ先に内通者を疑うのが必然的な考えですよ?

寧ろ、そうなってはいない時点で、真犯人が意図的に内通者という可能性に対し意識を向けない様に仕組み誘導している訳です

今の貴男の様に、一度でも内通者という“尤もらしい用意された答え”に至ると他を疑わなくなります

そうする事により真犯人は自身には手が及ばない様に企てている訳です」





そう、まるで何かの学術を教えるかの様な何気無い、平然とした態度と口調にて彼女は言い切った。

飽く迄も憶測・推測だと、そう言っていた筈の彼女。

だが、その様子を見る限りとても言葉通りに受け取る事は出来無かった。


それは明らかに憶測・推測としての言葉ではない。

それは正に事実を語る様に彼女の話は筋が通っており納得が出来る物だから。

まるで彼女自身が話に有る“真犯人”であるかの様に淡々と語っている。

そんな可能性は万に一つも無い事は判っているのだが考えてはしまう。

仕方が無い事だろうな。


しかし、何と無く、判る。

彼女の発言をそのまま他の誰かに伝えては内政干渉に捉えられてしまう可能性が有るからだろう。

だから、彼女は自分に対し憶測・推測を語るだけ。

ただそれだけの事、という形に徹している訳だ。


起伏の激しい思考と感情。

それを一旦落ち着かせる為ゆっくりと深呼吸する。

そして、少しだけ間を置き彼女に核心を訊ねる。



「その真犯人とは?」


「焦っては駄目ですよ?

物事は順序立てて、です」



彼女は子供を窘める様に、笑顔を浮かべて言う。

普通であれば“巫山戯ずに手早く話して貰えますか?!

そんな悠長にしている暇は無いのですから!”などと叫んでいる所だろう。

けれど、此処までの会話で彼女の様に、大地に根差す大樹が如く、自我を平静に保つ事が肝要だと学んだ。

だから、慌てはしない。


恐らく、ではあるが彼女はスミエラ様が無事であると核心しているのだろう。

そうでなければ、ここまでじっくりと話をする真似を彼女はしないだろうから。

だから今は彼女を信じて、これから自分が為すべき事について考えよう。

今後の自分の言動一つが、未来を分けるのだから。




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