弐
曹操side──
彼に出逢い、知った。
私は“三國時代”と呼ばれ一国を築く“英傑”となる人物の器だと。
それは、私自身が以前から抱く“大望”と同じ。
その“果て”と言える。
例え異なる世界で有っても喜ばしい事実だ。
しかし、同時に思う。
今の私には其処に至る迄の“力”は無い。
知力・武力・権力・財力・兵力・地力…何一つも。
だが、その中で知力と武力ならば手に入る。
彼という“師”の下で。
「…何故“力”を望む?」
そう問われ──考えた。
彼に“好印象”を与える為ではない。
私自身、悩んだからだ。
我が“大望”の為の力──それは嘘ではない。
しかし、それだけではない事を本能が悟っている。
だとすれば、私が望む理由とは何だろうか。
彼の“隣”に立つ為に──それも有るだろう。
いや、一番とも言える。
でも、そうではなく──
「──“力”を望む理由、それは単純よ」
そう、彼との出逢いにより学んだ事だ。
それが、私の理由。
「──後悔したくない」
そうしたら、こうしたら、ああすれば、こうすれば、そんな“たられば”話などしたくはない。
「私は私の全てを背負い、命の限りに生きる…
その為の──“力”よ」
“過去”に囚われる事も、“未来”に溺れる事も無く“現在”を生きる。
彼と出逢い、“恋”をして私が感じた意志。
“生きる”という意志。
「…それは生半可な覚悟で貫く事は出来無いぞ?」
「生半可な訳が無いわ
言った通り、私の命の有る限り貫き続ける意志よ」
真っ直ぐに彼の双眸を見て自分の意志を告げる。
心を見透かし、真偽を試す様な鋭い眼差し。
けれど、私は臆する事無く退き下がらず向き合う。
暫しの沈黙。
ふっ…と彼が微笑む。
思わず、見惚れた。
気付かれは──しなかったとは思うけれど。
「そうか…ふっ、ふふっ…
ははははっ♪」
「──ぇ?」
唐突に笑い出す彼に呆然としてしまった。
先程までの──いや、多分“初めて”見る素顔。
そう直感的に思った。
「…色んな人間を見てきた
でも、俺と同じ“価値観”を持った者は初めてだ
良いぜ、教えてやる
“生きる”為の“術”を」
そう言った彼は本当に私の意志を喜んだ。
“同じだから”ではない。
同じ“生きる”意志に。
お互いが、共に在りたいと見初めたからこそ。
私自身も、歓喜した。
──side out
一時間程すると眠っていた彼女が身動ぎした。
「……ん……」
小さく息を漏らし、起きる気配を感じる。
寝返りを打つ様に此方へと身体を向ける。
必然と、頭を撫でる左手は彼女の顔に。
その手を両手で掴み頬擦りしてくる。
“いつも”の事なのだが、実に“猫”っぽい。
彼女の気性的には雌獅子が妥当だろうが。
“獲物”にならない様に、気を付けないとな。
「…懐かしい、と言う程に経ってはいないけれど…」
「…“夢”を見た?」
「ええ…師事の、ね…」
まだ微睡みの余韻に浸り、身体を猫の様に丸めながら気怠そうに呟く。
決して寝言ではない。
「“夢”の中で眠り…
更に“夢”を見る…
不思議な場所よね…」
「本当にな…」
“夢”の筈が現実同様──いや、それ以上に意識上に影響力が有る。
普段の“日常”の記憶より“此処”での出来事の方が鮮明に焼き付いている。
勿論、互いにとって相応の“価値”が有るからだとも言えなくはないが。
得た知識や経験だけでなく今の様な何気無い会話まで一言一句、違える事も無く記憶している。
そして、思い出せる。
それは“異質”と言っても過言ではないだろう。
実害が有る訳でもないので大して問題は無いが。
「……ねぇ…」
「ん?」
「…貴男は私が“其方”の曹操と同じ様に歩む事を…
どう思っているの?」
俺の左手を握り締めたまま枕代わりに掌に顔を乗せて訊いてくる。
隠す必要の無い事だが…
言葉は選んだ方が良いか。
或いは、素で言うか。
「そうだな…正直に言えば“どうでもいい”、かな」
「あら、つれないわね?」
不服そうな、拗ねる様な、そんな言葉だが、声色には揶揄う様な気配。
多分、返る言葉も予想済みだからだろう。
「例え、同じ様に見えてもお前の歩みはお前だけの、お前自身が紡ぐ物語だ」
「…ふふっ、そうね」
嬉しそうに、楽しそうに、声を弾ませる。
なので──不意打ち。
「どんな道を歩もうとも、俺は“華琳”を愛してる」
「──っ!?」
ビクッ!、と身体を震わし“不意打ち”だと気付くと掴んでいる左手の掌と甲を両手で恒ってくる。
…うん、地味に痛い。
けれど、これでも覚めない辺りが“此処”の仕様。
それに──“百年”処か、千八百年越しの“恋”だ。
この程度で覚めはしない。
何が有っても、だ。
曹操side──
全く…彼は狡い。
此方の予想通りかと思えば“不意打ち”をする。
油断している時にも。
…後者は私もするけれど。
「まあ、同じ様にと言ってみても“違う”結末になる可能性が高いだろうが…」
小声で言ったつもりだろうけれど“此処”に居るのは私達二人だけ。
“聞くな”と言う事の方が無理な話だ。
「…それは私が“貴男”と出逢った事に因って?」
“在る筈の無い事”により道筋から外れてしまう。
そう言われれば判る。
そして“過去”を消す事も変える事も出来無い以上はどうしようも無い事だ。
「いや──ああ、うん…
それも無くはないか」
否定し掛けて、私の言った可能性を肯定する。
“その手”の事に疎い私が考え付く位だから少し意外だったけれど。
「“違い”を生む事になる理由や要因を挙げて行けば切りが無いんだが…
“根本”的な問題としてはお前の年齢──生年だ」
「私の生まれた年?」
彼の言葉に首を傾げる。
膝枕した状態だから大して変わりはしないが。
「元号と年数は?」
「…延熹、九年よ」
釈然としないが答えないと話が進まないので教える。
それで何が判るのか。
「…やっぱりか」
そう言って溜め息を吐く。
此方は訳が解らない為に、つい睨んでしまう。
「…“此方”の曹操はな
永寿元年の生まれだと云い伝えられている」
「永寿元年って…私よりも十一年も前なの!?」
思わず大声になってしまうのも仕方無い事。
てっきり、同年だとばかり思っていたから。
「…ちょっと待って頂戴
なら、以前貴男が言ってた“其方”の曹操の話は…」
「まあ…飽く迄も可能性の域を出ないって事だな」
…肩透かしね。
多少なりとも活用出来ると期待していただけに。
「とは言っても、確定した訳でもないけど…」
「…と、言うと?」
「“其方”の現状を詳しく知る事が出来れば“歴史”上の出来事が起こるか否か判断出来るかもしれない」
「…“かも”、なのね」
彼が悪い訳ではない。
寧ろ、可能性を知れるだけ有意義では有る。
そう考えれば知って於いて損は無いだろう。
「いいわ、私に答えられる事なら何でも教えるわ」
だから、教え頂戴。
“此方”の世界の一端を。
私の“戦場”の事を。
──side out
てっきり“未来の事なんて知りたくも無いわ”とか、“私の道は私が決めるわ”なんて言うと思っていたが随分と“柔軟”になったと感心してしまう。
“自尊心”だけで歩む事は愚の骨頂だと理解したからだろう。
彼女の“大望”の成就には覚悟が必要だ。
“自己満足”の為ではなく“結果”を求める事。
その為には手段を選ばず、時に非情になれる覚悟が。
勿論、“外道”になる事はしてはならないが。
彼女なら心配無用だろう。
「訊く要素は多々有るが…
先ずは現皇帝の事だな」
「現皇帝は劉宏、字は伯壮
歳は…確か、二十七
子は前皇后・劉虞との間に長女・劉曄…
歳は私と同じよ
次に現皇后・何梁との間に長男・劉辯、今は四歳…
最後に側室・王茗との間に次男・劉協が今年誕生…
現時点では三人よ」
「…今の元号と年は?」
「熹平四年ね」
スラスラと答えられる事は素直に感心するが…
内容は頭痛しかしない。
劉曄が長子で皇女?
しかも彼女と同じ歳。
加えて母親が劉虞と来た。
何だ、その血統は。
前後両漢の正統な皇帝筋の末裔じゃないか。
まあ、それは置いといて…
熹平四年──西暦で見れば百七十五年になる。
劉辯の歳は誤差二年だが、劉協は六年も早い。
劉宏も歳が違う。
「…皇帝は建和二年か?」
「そうなるわね」
皇帝の歳を基準に考えると“前倒し”になる。
だが、彼女を基準にすると“後ずれ”だろう。
“何方ら”が正しいのか…
これだけでは拙い。
「前皇帝──桓帝の代から使われてきた元号は建和・和平・元熹・永興・永寿・延熹・永康・建寧・熹平で合っているか?」
「ええ、順番もね」
「劉宏の即位は何時だ?」
「建寧元年、八年前よ
即位時には結婚されていて皇女も生まれていたわ」
元号は“歴史”通りか。
建和二年生まれで熹平四年現在で二十七歳なら年数も同じだろう。
追加情報も何気に有益。
つまり、劉宏は若くは有るだろうが幼くはない。
政治的影響力は違う訳だ。
「…“売官”は有るか?」
この一点の有無で、後事の状況は大きく変わる。
「…有るわ」
重い雰囲気を纏わせるのは意味を理解するが故。
やはり、既に“種”は世に蔓延しているか。
「飽く迄も可能性だが…
“歴史”上の出来事は世に起きるだろうな…」
即位前なら“変えられた”だろうが。
“種”が有る以上“芽”が出るのは必然だ。
曹操side──
“売官”の事を訊かれた時“ああ、やはり…”と私は納得した。
同時に進む道が──志した大望は間違いではないと。
「…時期は定まらずとも、世は乱れるのね?」
「…先ず、間違いない」
「…そう…」
互いにの口が重くなるのも仕方無い事。
判っていても避けられず、防ぐ事も儘ならない。
“世の乱れ”とは短期間で起こる事ではない。
長期に渡る“積み重ね”の果てに生じる事。
そして、その“火種”たる要因は存在している。
身体を起こし、彼の方へと向き直って見詰める。
「私は“覇王”となるわ」
「…“後の”民の為に自ら“悪”を背負うと?」
「必要と有れば幾らでも」
私の意志を試す様に彼から放たれた言葉に躊躇無く、即答する。
「時代が乱世となるならば私は“覇道”を往く…
“力”を以て世を治めるわ
喩え、その果てに有るのが“孤独”だとしても…」
──貴男を想う心さえ有るのなら何も怖くない。
そう続く言葉は“弱音”と考え、呑み込む。
「……はぁ…やれやれ…」
暫し、私を見詰めると彼が苦笑を浮かべた。
「…何よ?」
その態度に何と無くムッとなった私は悪くない。
誰だって一世一代の決心を苦笑されたら立腹する。
「“覇道”を歩むだけなら“覇者”だろうが?
そんな初歩的な事を間違う奴が大丈夫な訳無いだろ」
「──っ、そ、それは…」
揚げ足を取りつつ、隠した心を的確に見透す。
無駄の無い“口撃”を受け言葉に詰まる。
「“覇王”を目指すのなら“覇道”と“王道”を共に成してこそだ
それとも何か?
単に──自信が無いか?」
ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべて言う彼。
“真意”を悟ってしまう分知らないより厄介だ。
でも──心を満たす。
“不安”を消し去る。
「誰に言ってるつもり?
自信が無い?
ふふっ、面白い冗談ね
私は“王道”を歩まないと言った覚えは無いわよ?
それとも貴男には幻聴でも聞こえたのかしら?」
「それはそれは失礼を…」
意地を張る私と謝る彼。
態とらしい遣り取り。
でも、大丈夫。
これでもう──
私は“誤る”事は無い。
“覇王”の“道”を。
私の“志”を。
──side out。




