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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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5 楼乱の幻影 壱


六人には即座にローランを出立し、曹魏に向かう様に指示を出した。


長々と滞在する理由も無く今回の行商に関しても既に目的は達している。

利の兆しが有れば逃さず、然れど決して欲は掻かず。

それが曹家の商人達に対し徹底させている基本骨子。

その意味を理解している為六人は即座に行動に移り、昼前には都を出るだろう。


その旨を宿に戻り愛紗達に伝え終える。



「念の為、一応鈴萌達にも迎えに行って貰うから先ず心配は要らないだろう」


「無駄に終わる方が良い事ですからね」



愛紗の言葉に頷く。

まあ、これ自体世が世なら“税金の無駄遣い”だとか批判される可能性が有る事なんだろうけどな。

視野の狭い者、他者の足を引っ張り蹴落としたい者、ただただ馬鹿みたいに同じ批判を繰り返す者…等々。

そういった愚者には決して理解し得ない事だろうな。


単純に商隊の安全の確保が理由ではない。

商隊の安全は国交・貿易に直接関わる問題。

安全性が保証出来無い様な国交・貿易をする事に対し何の意味が有ろうか。

彼等は使い捨ての駒でも、替えの利く道具でもない。

大切な唯一の命、民だ。

しかも、国の為、民の為に危険な役目を担ってくれる尊ぶべき者達である。


如何に上からの話とはいえ強制や命令ではない。

断る事は可能な役目だ。

誰かに任せ、安全な国内でのんびりと商いをする事も彼等は可能だった。

だがしかし、彼等は役目を自らの意思で引き受けて、しっかりと取り組んでおり結果も出している。

そんな彼等の為の出費や、労力を惜しむ事は彼等への裏切りだと言える。

勿論、だからと言って特に凄い権限が与えられているという訳でもない。

もしも彼等が立場を翳して私利私欲へと向かったなら容赦無く罰するのみ。

そんな彼等の行為もまた、俺達や民に対する裏切りに他ならないのだから。

故に、役目の人選の際には多岐に渡り調査・審査し、しっかりと見定めた上で、指名をしている。

因みに、過去に断った者は居なかった訳ではない。

ただ、それは最初に会って話を聞いた時に、重責から出た言葉として、だけ。

実際には指名者全員が今は役目に従事している。


尤も、それは行商に限った話ではない。

全ての要職・役職に関して言える事でもある。

だからこそ、曹魏の国民は自国に誇りと敬意を持ち、施政者に対しても信頼し、積極的に協力してくれる。


馴れ合い、ではない。

確かな“国としての信”が有るからこそだ。

…まあ、そんな国を築ける人材の発掘と育成が何より大事なんだけどね。

築くよりも、繋ぐ事の方が遥かに難しいのだから。




国とはブランドではない。

人の集まり、人の想いだ。

中身の無い形骸化した国は最早国ではない。

人意を失った国の末路など誰にでも想像出来る。

そうはならない様にする、しなくてはない。

施政者だけではなく全ての民が己の意思で、だ。

実際には難しい事だけど、決して不可能ではない。

それだけは断言出来る。


少なくとも、俺の目の前に証明となる者達が在る。

それは俺の誇りでも有る。



「雷華様、商隊の方は心配要らないでしょうが…

此方は如何致しますか?

“隔壁”を越える様な事は無いとは思いますが…」



そう質問してきた愛紗。

二人と直属部隊が動く以上滅多な事では怪我を負う事ですらも起きないだろう。

普通に移動していて、での怪我等は除いてだが。

個人の不注意や自然災害を要因とする場合には他者の努力も尽力も及ばない事は往々にして有るのだから。

其処までは保証出来無い。


とまあ、其方らは大丈夫と結論付けて、愛紗の訊いた此方──俺達ではなくて、曹魏の方の話になる。

隔壁が有るし、あの程度の能力ならば問題は無い。

隔壁の前で門前払いになり見付かれば皆に一掃されて御仕舞い、だ。

基本的には心配無い。



「まあ、其方にも念の為に桂花に国境で待機して貰う様に伝えてある

今回の相手に防衛するなら花杖の能力が最適だしな」


「あ〜…確かにな〜…」



そう言ったら翠が思い出し僅かに顔を顰めた。

愛紗も苦笑を浮かべる。

桂花の闘い方も…あれだ、搦め手が多いからな。

軍将──と言うよりは武人として、だろうな。

理解や尊重は出来ていても心の何処かでは、納得する事が出来無いのだろう。

真っ直ぐな性格なだけに。


ただ、そういう相手だから出来る経験も有る。

現に、勝率は大体平均的な感じになっているしな。

…一部を除いて、だが。


お互いが持つ愛器の特性や能力の一端も知っているし得手・不得手も既知。

当然ではあるが、皆各々に“奥の手”の一つや二つは持っていて、隠している。

其処はまあ、ライバル心、という事だろうな。

簡単には使わないが。

俺で言えば“黒龍”だな。

別に“天龍”でもいいが。

それを使う様な事態に為る事自体が将師としては敗北だったりするしな。

勿論、短期決戦とかでなら使う事も有りだとは思う。

内容や状況によりけりだが“手っ取り早いから”とか以外の正面な理由だったら問題は無い。

まあ、そんな使い方をする様な思考・判断を持たない様に指導はしているが。





「私達はどうしますか?

予定通りに大苑に向かって出立を?」


「いや、二〜三日は此処に留まってみるつもりだ

連夜、という可能性は低いとは思うが…」


「…何も無い、という事も考え難いでしょうね…」


「そういう事だな」



何処か一部、なら兎も角、都全体を覆っていた辺りを考えてみれば、都に対して何かしら思う部分が有るのかもしれない。

復讐心や執着の様な物が。

現時点では可能性の話だが決して低いとは思わない。

何かが有る。

そうでなければ昨夜の件の引き際の良さが不自然だ。



「取り敢えず、昼食までは部屋で待機しててくれ」


「雷華様は情報収集に?」


「そのつもりだ

今の内にしか訊き出せない事も有るだろうしな…」



時間が立てば、という意味ではない。

感情や精神に作用するから簡易的な記憶操作なんかも出来るだろうからな。

本腰を入れて動かれる前に優先的に手に入れたい事が幾つか有る以上は特に今が僅かな猶予だと言える。



「俺の留守中に誰か訪ねて来た場合には、これを渡し見て貰えばいい」


「…大丈夫でしょうか?」



そう言いながら愛紗に向け一枚の紙を手渡す。

すると一目見て眉根を顰め不安そうな顔をする。


その紙は曹魏国内でならば安い価格帯の品になる。

低価格商品では有るが質は十分であり、リサイクルを前提として製造している。

その為、国外に出す真似は基本的にしていない。

今回も言わば、メッセージカードの代わりとしてだ。


ただ、愛紗が反応したのはそういう事ではない。

これが紙だという事にだ。

西域では竹簡・木簡が主流では有るが、日常的に使う事は意外に少ない。

それは土地柄的に自国内で生産・調達出来無いという理由が大きいからだ。

その為、竹簡・木簡でさえ旧・漢王朝時代から此方に輸出する主力の商品の一つだったりする。

当然、それが紙ともなれば稀少品且つ高級品だ。

紙自体が高価な物で有るし此方では殆んどが献上品で多くは出回ってはいない、という事も有ってか非常に珍しがられる。

当然ながら、単なる伝言を書いて置くという使い方は先ずされないだろう。

そういう意味では、愛紗の懸念は正しい。

ただ、理由も有る。



「こういう使う事が出来るという立場、と暗に匂わす事が出来るだろ?」



そう言うと溜め息を吐いて愛紗が項垂れた。

それを見て翠と螢は苦笑。

まあ、頑張って留守番して待ってて頂戴な。




再び街に出て、歩く。

ただ只管に──歩く。


だって、知人が居るという訳ではないし、地元・自国という訳でもない。

となれば、必然的に出来る情報収集の方法は歩き回り話をするしかない。

或いは聞き耳を立て続けて兎に角聞きまくるか。

この二つが大筋だろう。

そんな訳で──



「──でね〜、宅の旦那がぐでんぐでんに酔っ払って夜警の巡士に絡んじゃって牢屋に御宿泊した訳よ

でもって、朝になってから起きたら酔いも覚めてるし何で牢屋に入ってるのかも判らない訳よ

自業自得なんだけど本人が理解出来てないのが一番の問題なんだよね〜」



そう言って豪快に笑い出す壮年の女性。

細身ではあるが、筋肉質でボディービルダーみたいな印象を受ける。

日焼けした肌も一因かな。

ただ、話し始めたら兎に角“おばちゃん”だった。

止まらない止まらない。



「まあ、そうですよね〜」



そう相槌を打ちながら口に茶杯を運びながら、何故か喋ってもいないのに渇いた喉を潤す。

因みに、今居るのは都でも評判という甘味処。

曹魏内とは違う御菓子には素直に興味が有る。

愛紗達にもお土産に買って帰ろうと思ったしな。

味?、それは食べてみてのお楽しみだな。


で、そんな処に居る理由は人が集まる場所であれば、“世間話”の体で情報収集する事が出来るからだ。

実際、旧・漢王朝時代にも俺は彼方此方で食べ歩──ゴホンッ…情報収集をして役に立てていたしな。

そういう時に接触するのは大抵が、身形の良さそうな“風体を装っている”女性だったりする。

所謂、成り上がり系の人を家族に持つ女性だな。

勿論、見た目通りの人とは必ずしも限らない。

それでも何かしらの情報は得られるので無駄な事とは全く思いはしない。

ただ、長いな、とは思う。



「でもって、見張りの子に怒鳴り付けたりしてさ〜

私ったらもう恥ずかしくて恥ずかしくて…

帰ってきた旦那もね、事の説明を受けて真っ青な顔で落ち込んでたんだけど…

アンタが落ち込むなーっ!って話だよね〜

まあ、二〜三発ひっ叩いて怒鳴り付けて遣ったから、次の日から一切酒を止めて真面目に働いてるんだから結果的には一応良かったんだろうけどね〜」



酒は飲んでも呑まれるな。

…酒、強くて良かった。


だけど、それ以上に絶対に旦那さんは二〜三発じゃあ済んでないだろうな。

まあ、愛想尽かされてない分だけ増しかな。

だって、この人の話してる雰囲気は明るくて優しさを感じさせる物だしな。

旦那さん、出来た奥さんを大事にしなさいよ。

でないと罰が当たるよ。




どうにかこうにか解放され兎に角、店から離れた。

勿論、露骨な真似は絶対に致しませんとも。

些細な印象や噂が、都での行動の妨げになる場合とか珍しくもないしね。

その辺の配慮は肝心です。


話の内容の殆んどが彼女の愚痴だった事は言うまでも無い事だろう。

だけれど、全く収穫が無いという訳でもない。

期せずして警備状況だとか巡士隊の組織内の力関係の一端を窺い知れた。

ただ、出来れば、もう少し後に逢いたかった。

彼女一人に一時間も費やし店にも居辛くなったから。

今から他の店を探してたら昼食までには戻れない。

となれば、今の店が一旦は聞き込みの最後になる。



「──で、いつまで後ろを付け回す気ですか?

あまり感心出来る趣味とは言えませんよ?」



通りを外れ、人気の少ない路地へと入って足を止め、一息吐いて背後に向かって声を掛ける。

数秒の間が有って誤魔化す事が出来無いと諦めた様でザリッ…と土と砂利の道が小さく音を立てた。



「…一応、言っては置くが女性を付け回す様な趣味は私には無いからな

…まあ、これも仕事だ

其方らにしてみれば此方の言い分は関係無いだろうし後を付け回していた事実も変わりはしないがな」



そう言った声に一応覚えは有ったが、思い出したなら殆んど会話をしてはいない事に気付いた。



「こうして貴男と話すのは初めてに近いですからね…

そう考えると、少々残念に思ってしまいます」



言いながら振り返ったなら予想通りの人物が、苦笑を浮かべて佇んでいた。



「ね、ビュレエフ殿?」


「…ええ、そうですね」



アラド・ビュレエフ。

昨日会った要人の中で唯一情報が少なかった人物。

それだけに、この出会いと切っ掛けは有難い。

簡単に口を割るタイプには見えないが、其処は此方の楽しみでもあるしな。

もう一頑張りしますかね。




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