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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
529/915

         玖


此方の態度を確認してから座り直した面々を見ながら空いている椅子に座る。

一度は緊張を見せた彼等も一息吐きながら緊張を解きいつも通りに戻る。


まあ、その緊張自体も俺に対する畏怖云々ではなくて社交辞令的な反応。

此処に集まっている面々は当然ながら既知の間柄。

御茶を飲み、御飯を食べ、雑談を交わし、酒を飲んで愚痴り合ったりもする。

だからと言って敬意を欠く様な事はしないが。

互いに──特に彼等自身は“商人”なのだから。

自ら信頼を失う様な真似は決してしない。


俺が座り、一呼吸を置いたタイミングで此方を見て、表情を崩す者が一人。

所謂、“切り込み隊長”の役割だと言える。

こういうのは暗黙の了解、或いは完全なアドリブ。

その辺りの事を感じたり、出来るか否かで才器を計る事も出来たりする。

尤も、この六人に対しては要らぬ心配だけどな。



「しかし、驚きましたぞ?

まさか、ローランの地にて御会いする事になろうとは思ってもみませんでした」



ホッホッホッと長く立派な灰色の鬚を撫でながら笑う姿が妙に様になる初老の男──姓名を李均、字を公旦という古参の商人。

細身で165cm程の小柄な温厚そうな見た目と裏腹に華琳や御義母様達をして、“腹の立つ好好爺”と呼ぶ海千山千の老獪な人物。

“越後の縮緬問屋の隠居”のイメージが重なるな。

扱う商品は様々だが。

俺個人としては、結構気が合う爺さんだったりする。

最近は孫に甘過ぎるからと娘に叱られているらしく、偶に会うと愚痴ってきたり泣いたりしている孫バカなお祖父ちゃんだ。

まあ、その姿を見たならば誰も商人としては曹家でも五指に入る猛者だとは全く思わないだろうがな。



「いやいや、子和様ならば何時、何処に現れられても不思議では無いでしょう

何しろ、今は孟徳様以上に“噂をすれば影”の代名詞ですからな」



そう相槌を打ち続けるのは公旦と同様に初老の男──姓名は文遜、字は子安。

扱うのは他国の生産品。

輸入が基本的な商売だ。

容姿は対照的に190近い大柄で筋肉質な体躯をし、髪も白髪混じりではあれど未だに黒髪の方が多い。

生まれ育ちは中央なのだが南方の血筋で、思春達同様日焼けした様な褐色の肌が商人の印象を薄れさせて、護衛の兵士達と間違われる事は珍しくない。

だが、見た目の割りに武の才能は見当たらない。

戦うより全力で逃げろ。

それが俺からの指導。

どんな見掛け騙しなのか。

まあ、その事を利用出来る話術と演技力は有るがな。


豪快な言動をする割りには人情家で涙脆い性格。

“人が良い”という評価は商人としては微妙な所。

だが、恩という付加価値を計算する事が出来る辺りは商人らしいと言える。

本人が受けた恩に対しては物凄く真摯だけどな。





「ほほほっ…確かに…

ですが、“この状況下”で御会いする、という事には否応無しに何らかの含みを感じずにはいられませんわ

ねぇ、子和様?」



そう言う二人に続いたのは眼鏡を掛けた女性。

誘う様な微笑みと流し目を此方に向けながら、身体を僅かに弛緩させ甘える様に姿勢を崩す。

彼女を知っている者ばかりだから気にしないのだが、もし此処に彼女を知らない者が居たなら、魅力されて見惚れている事だろう。

…俺?、若干名の奥様方のお陰で耐性が物凄〜くっ!鍛えられていますから。

ドキッ!、とするよりかは自然と一歩後退ります。

君子危うきに近寄らず。


そんな彼女は姓名を黄秀、字を仲以という。

“古びた洋館の女主人”と形容するのがぴったりくる妖艶さを持った女性だ。

歳は…ああ、はい、非公開という事ですね、はい。

大丈夫、判ってます。

ちゃんと判ってますから、全く笑ってない笑顔で威嚇するのは止めて下さい。

元々、笑顔って威嚇として使うらしいから間違いではないのでしょうけどね。

扱う商品は衣料品関係。

自家製品も少なくない。



「やれやれ…幾ら誘おうが子和様が御主に靡く事など無かろうに…

懲りない奴よのぉ…」



そんな仲以の態度を見て、大きく深い溜め息を吐いて呆れながら窘める様に言う六人中で最年長の老人。

姓名は周栄、字は文繁。

綺麗なスキンヘッドをした眼光の鋭い容姿。

職人気質で気難しい辺りは見た目通りなんだが意外と認めた相手には気安い。

此処に居る面々には勿論。

だからこそ、仲以に対して愚痴る様に言う訳だ。

しかも発言の内容としては全く関係無い事だからな。

いつもの──商人としての文繁の姿しか知らない者が見たなら二度見、三度見し驚愕する反応を見せる事に違いないだろう。

扱っているのは建材だとか美術品関係だ。

その特性上、各地の有力者との間に太いパイプを持ち何気無い言動一つにでさえ影響力を持っている。

有名なのが彼が気に入ったある国の貧しい村の地酒が今では国を代表する逸品、超高級品として売買されて偽物が出回る問題を生んだ事が有る、という位だ。

…まあ、その裏で俺も一枚噛んでいた事も有り、二人揃って妻や各商家から色々説教をされたのは懐かしい思い出だったりする。

思い出したくはないがな。





「ですが、私共も急過ぎる“帰還命令”に対して少々思う所も有りましたから…

こうして子和様と直に話す事が出来るのは正直言って有難い事ですね」



喧嘩に発展する、とまでは為らないが両者の眼差しが軽い火花を散らす様に感じ取ったのだろう。

この六人の中では最年少の焦げ茶のおかっぱ頭の男が空気を変える様に意図的に話題を元へと戻す。

海千山千の曲者揃いならば真面目な者程、組織内での気苦労が絶えない。

と言うか、大体年長者達は下を鍛え様と態と難題とか苦境を与えているしな。

俺も遣っている事だから、他人の事は言えないが。


そんな最たる被害者なのが彼──法覧、字は伯為。

扱う商品は陶器類。

割れ易い・壊れ易いだけに特に運搬が大変な部類。

別に他の者達から面倒臭いからと言い押し付けられた訳ではない。

単に、彼の妻が陶芸家で、それを売っていた事が今の状況の切っ掛けだ。

因みに、その妻だが今では曹家お抱えの陶芸家。

俺の店にも彼女の製作した食器が幾つも有る。

世の中、どういう繋がりが実を結ぶのか判らないな。



「確かにそうですね…

尤も、隠密衆からの直々の御話ですからね…

良い事ではないというのは間違い無いのでしょう…」



そう、纏める様に物静かな口調で言ったのは、六人中もう一人の女性。

姓名を孟賛、字を子成。

年齢は今年で四十歳。

秋蘭より少し色素の抜けた髪色のツインテールにし、くりくりっとした大きくて円らな双眸は童顔も有って重ねた筈の年齢が何処かに行方不明になっている。

そんな容姿をしている。

身長は150cm(ギリギリ)有るのにも関わらず、だ。

パッと見では、子供にしか見えなくて初見では大抵が“嬢ちゃん御使いかい?、偉いねえ、良い子良い子”となる場合が殆んど。

それ以外の場合は“子供の遊びに付き合ってる暇とか無ぇんだよ”、だ。


そんな彼女は見た目と違い此処に居る中では俺並みに容赦の無い質だ。

当然ながら、彼女を相手に後者の態度を取った愚者は社会的に消えている。

念の為に言うが、死んではいないから。

死んではいません。

まあ、その道・業界からは消えてしまった、という事だったりする。


因みに、子供は男三女四、孫が現時点で計七人。

長子は十八歳の時に出産。

俺がスカウトする前までは田舎で料理店を経営。

食品関係の輸出入が中心。

経営していた料理店の方は長男夫妻が引き継いでおり繁盛している。

その夫妻は一応、俺の弟子という事にもなる。





「大苑での内乱に関しては説明は要らないな?」



そう言いながら視線で皆に問い掛ければ“知らないと宣う様な馬鹿なら貴男から西域諸国との交易の許可を頂けてはいませんよ?”と視線で言い返してくる。

同時に先程とは違い雰囲気自体が引き締まっている。


まあ、事実、俺の基準では商才は勿論重要ではあるが最も重視するのは危機管理能力だったりする。

曹魏国内に限った商売なら純粋に商才が物を言う。

何故なら、国内では商品や人員の移動の道中の安全が基本的に保証されている。

天災に関しても各地に有る交易所にて天気予報の様に天候情報を無料で提供し、安全管理を促してもいる。


だが、諸外国への貿易では道中の安全の保証は無い。

賊徒の類いだけではない。

天候や人員の体調管理等に関しても言える事だ。

だからこそ、商隊の全員の命を預かり、無事に往って帰ってくる事が出来る様に危機管理能力の高い商人達だけにしか許可を与えない様に徹底している。

私利私欲・利害は二の次。

商隊の安全と無事を最優先出来無い者に貿易を任せる事など出来はしない。


だから、驚く事ではない。

この場に居る者からすれば当然の事なのだからな。



「その裏で──根元となる要因として“禍因”が潜む可能性が有る」


『──っ!!!!』



そう言うと六人共に表情を静かに強張らせた。

大きく変化させない辺りは職業柄、だろうな。

ある意味、軍師よりも多く交渉(せんじょう)を経験し渡り歩くからな。

本の僅かな変化一つですら流れや状況を左右する様な大きな要因になる事を皆は知っているが故の物だ。


で、“禍因”という言葉は隠語の一つだ。

これは氣が関与する問題に対してのみ適用される。

曹魏国内での氣の認識率は他国とは違い、日常化した技術として根付いている。

使える・使えないは別の話として、だが。

特に医療関係で曹魏国民は慣れているからだ。

それと同時に、氣の技術は曹魏の一部の才器有る者達だけに限られた能力という認識も持っている。

それは間違いではないし、俺達も無闇矢鱈に使用者を増やす真似はしていない。

氣を扱うという事に対する理解と覚悟と責任。

これらを有していない者が悪用・乱用しない様にする為の配慮として。


…まあ、実際問題で言えば曹魏に仇為す様な輩に氣は使えないし、使えなくなるというのが正しいんだが。

それは話がややこしくなる可能性が高いので言わずに曖昧にしている。

民から神聖視される対象は曹孟徳だけで十分ですし。




そういった認識な訳だが、当然ながら国家や曹家直属組織の幹部には俺の方から“そういう類いの存在”の説明がしてある。

だから、俺の口から問題の“禍因”が出るという事が如何に深刻な自体なのか。

それを瞬時に理解出来る。


とは言うものの、実際には初めての適用だ。

判断としては出来ていても実感は湧かないだろう。



「現在、俺と一緒に雲長、孟起、伯約が都に居る

入ったのは昨日の夕方だが昨夜、早速一騒動有った」



そう言って、昨夜の一件を簡単に要点だけ掻い摘まみ説明をしておく。

当然、関わらせはしないが如何に危険な状況なのかを納得させて置かなくては、取り返しが付かなくなった後では遅いからな。



「そんな事が有ったとは…

全く気付きませんでした」


「気付かない方が当然、と言うべきでしょうね…」


「…確かにのぉ…」



公旦・仲以・文繁が静かに溜め息を吐きながら言う。

それに他の三人も同意する様に小さく頷いた。



「とまあ、そういう訳だ」


「帰還“命令”だった事も納得が行きました…

大苑の内乱というだけでは子和様直々に、というには不思議でしたからね…」


「しかし、大規模な内乱が起きていれば同じだった事でしょうから…

そういった意味では結局は帰還命令は出ていたのだと思いますよ」


「まあ、そうよねぇ〜」



子成・伯為の言葉に仲以が相槌を打つと皆も苦笑。

何方らにしても優先すべき事は商隊──曹魏の民だ。

となれば、俺の直々の命令ではなくても、帰還命令は出されているだろう。

当然、迎えも出している。

その際、俺自身が動くのか軍部が動くのか。

その違いが有るだけでな。



「一応、伯寧と子義の隊が国境で待機をしている

お前の商隊、六隊が揃って行動していれば被害が出る心配は無いだろうがな」



賊徒の方が憐れになるな。

一隊でも十分な戦力なのに六隊とも成れば。

容赦はしないけど。




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