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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
526/915

         陸


飛び降りる中、視界に映る光景は先程までとは別物。

羽衣の真下、在るべき姿のローランの都が存在する。


曹魏とは異なり、夜の闇を照らすのは松明か篝火。

室内では油皿だろう。

だが、この辺りの事情では何れも必要最低限度でしか用いられてはいない。

主は賊徒等に対する警戒の為の篝火だろう。

その篝火も今は消えている状態だったりする。

その為、深夜の都は自然と闇が深くなる。

月明かりも遮られていれば尚更に深まる。


視界という点では先程まで靄の発光に照らされていた状態に慣れていた事も有り急な暗転の影響は大きい。

僅か、とは言え、一時的に視界を失ったも同然。

だが、私達は気にしない。

その程度の状況は普段から経験しているのだから。



(さてと、数は…)



降下しながら探知を開始。

先程までなら幾多の小さな気配が彼方此方に点在し、尚且つ視界を奪う靄が有り“標的”の姿を、存在を、特定する事は困難だった。

だが、今は違う。

隠れ蓑であり、撹乱の為に都を飲み込んで靄は消えてしまっている。

謂わば丸裸状態な訳だ。

そんな状態でなら彼方此方多少の靄の残骸が有ってもそれを含めて捕捉出来る。

加えて、対象の探索範囲が限定されている現状なら、中央に居る必要も無い。

端から前面にのみ集中して探索すれば良いのだから。


拡がってゆく探知範囲内に次々と対象が引っ掛かる。

二、五、九、十四、三十…

範囲が拡がる程に数を増し都全域を把握した時点では百六十三にも上った。

ローラン全体の人口比からすると多いとは言えない。

まあ、“大食い”ではないのだとすれば十分な数だと言えるのだが。


とは言え、その全てが全て“本体”とは限らない。

寧ろ、その半数程は室内に取り残された靄の可能性が高いと言える。

まあ、だからと言って一々一つ一つ確認して潰す様な面倒臭い真似はしない。

それに下手に時間を掛けて万が一にも被害(ししゃ)が出る事態に為る事は避けて然るべきだ。

だから、遣るなら一気に。

問答無用に一掃する。


一番手近な建物の屋上へと着地すると愛紗と同じ様に右手を背後に回し、自らの半身たる愛槍の柄を掴む。

普通で有れば室内外に有る対象を纏めて撃破するのは極めて難しい事。

単純な氣弾程度で撃破する事が出来るのであれば誰も苦労はしないだろう。

生憎と普通の氣を使っても倒せるとは思わないしな。


でも、私達には可能だ。

手にする矛槍が司るは水。

練っていた氣を渡す。

矛槍を頭上へと掲げると、切っ先から水が流れ出して巨大な水球を形成する。



「──翔び、穿て」



そう呟き矛槍を振り下ろし切っ先を都に向ける。

水球から雨粒の様に細かい幾多の水弾が都中に拡散し対象を全て貫いた。

勿論、民や建物に害が及ぶ様な下手はしていない。

そんな温くはないんでね。

私達の旦那様は。



──side out。



のんびりと、三人の手際を見学しながらも、こっそり裏では相手側がどんな反応をするのかを探っていた。


──訳だが、これと言った収穫は得られなかった。



「…動きませんでしたね」


「慎重なのか、或いは特に気にしてもいないのか…

判断が微妙な所だな」



傍に立った螢は拡げていた羽衣を縮小して戻しながら静かに呟いた。

ある意味“花形”と言える敵の討伐を愛紗と翠に任せ自身は情報収集に徹する。

先を見据えれば軍師として少しでも対象の情報を得る事は最優先事項だからな。

此処だけで意識を切らずに先の事を考えられる様なら一人前になったと言える。


何だかんだで俺が主導する事が少なくないからな。

その辺りの機会を奪う事に苦悩が無かった訳ではないけれど納得はしている。

その機会を優先させた事で余計な問題を抱える訳にはいかなかったからな。

まあ、それでも皆が各々に一人前に成ってくれた事は素直に喜ばしい。


縮む羽衣の上を走って来た愛紗が螢と反対側の位置に着地し、少しばかり遅れて翠も外壁の上に戻った。



「先ずは御苦労様

良い判断・連携だった」



笑顔でそう言ったら三人は嬉しそうに笑う。

子供が誉められて嬉しさと照れ臭さの間で葛藤しつつやっぱり嬉しさが勝って、笑みを浮かべる様に。

…まあ、此処で上目遣いで“御強請り”をしないのが三人の良い所だろう。

それをするのが悪い事とは言わないし、思わない。

そんな我が儘も“甘え方”なんだろうしな。

尤も、この三人がする所は想像し難いんだけどな。

そういう事が今までに全く無かった訳ではないが。

こういう状況では無い。

基本的に真面目だからな。

…その分、そうされた時のギャップの破壊力たるや、凄まじいんだけどね。


特に──この三人の中だと翠なんかは…なぁ。

普段から恥ずかしがりな分一旦、甘える(そっち)に意識が傾いたら凄い。

周りが見えなくなった時は特に要注意だな。

俺まで引っ張られ掛ける。

勿論、踏み止まるけど。

一度、その状態の翠を稟が目撃した事が有った。

翠は気付いてなかったし、今もそれを知らないんだが稟が三度見したからな。

稟だったから良かったが、他の一部の面子だった場合翠が引き籠ったかもな。

たっぷりと揶揄われて。




三人から愛器を受け取って“影”へと仕舞う。

一応、目立たない事が今は優先だからな。



「所で雷華様、彼方此方に飛んでた凄い小さい黒い蝶みたいなのが?」



翠が右手親指と人差し指で大きさを表す。

その長さは約3cm程。

それを見て驚くのは役割の関係上、直視出来無かった愛紗だけだった。



「そんなに小さいのか?」


「ああ、小っこかった

あの時見た“望映鏡書”の孵化した姿しか知らないと普通に驚くな、あれは…」



愛紗の驚きも、翠の感想も当然の物だろう。

寧ろ、全く驚かないのなら其方の方が俺には驚きだ。

螢も視ていたから現状では落ち着いているというだけだったりするしな。

“…ぁ、可愛い…”と螢が呟いたのは内緒だ。


右手を胸の高さまで上げて掌の上に氣で見た目だけを再現する。

件の実物を見ていなかった愛紗の為も有る。



「これが…そうですか?」


「ああ、そうだ」



愛紗の、皆の視線の先──俺の右手の掌の上に小さな羽撃いている蝶が有る。


標本に張り付ける様にして翅を広げた状態で縦3cm、横5cm程の大きさ。

身体は1cmもない。

特徴的な点は3つ有る。



「こうして見ると、口元のグルグルってなってる奴が見当たらないな…」



先ず一つは翠が言った様に口吻が無い事だ。

普通の昆虫の蝶とは違って食事の取り方は勿論として対象も異なる為、当然だと言ってもいい。

それは同時に、この蝶達が“普通ではない”事を示す証だとも言える。



「あれは元々の花等の蜜を吸ったりする為に、最適な形に進化した物だからな

今回の場合、食事が違うし無くても不思議は無い」


「じゃあさ、此奴等は一体どう遣って食事するんだ?

見た感じ、口も有る様には見えないし…」


「まあ、吸うって意味では似てると言えるか…

直接接触により、夢の中に侵入して操作し、精神力や感情を吸収するみたいだ

要は対象に止まるだけだ」



素朴な疑問、という感じで訊いてきた翠に答えたら、何故か、引かれた。

別に変な事──下ネタとかオヤジギャグを言ったりはしていないのだが。

む〜…解せぬ。



「それを食事と呼ぶべきか普通は悩みますから…」



そんな俺の心中を察してか愛紗が苦笑しながら言い、それを聞いて納得する。

普通に肯定してしまう俺と価値観的なギャップだな。

こればっかりは華琳でさえ仕方が無い事だしな。

慣れって怖いねー。





「普通と違うという点では頭の触角…でしたか?

それが四本有り、変わった形をしていますね」



話を戻す様に今度は愛紗が普通と違う点を挙げる。

その言葉通りで、二つ目は触角の数と形の違いだ。

普通は二本だけ。

形状も一部には違いが有れ基本的には細長く真っ直ぐ伸びていて、先端は棍棒状に為っている物だ。

しかし、この蝶は二種類の触角を持っている。



「恐らくは、触角の機能が違うからなんだろうな」


「では、それらはどの様な機能なのでしょうか?」


「先ず、四本は二本ずつの対に為っているだろ?

で、一組は3cm近い長さ、もう一組は1cm程だ

長い触角──まあ、仮称で長角、短い触角を短角、と呼ぶ事にして…

長角は恐らくは獲物を探す探知機能だろうな

普通は長い場合は発達した証なんだろうけど…

まあ、この場合は広範囲・高感度の為の物、と考えて良いとは思うけどな」



はっきりとは言えない。

何匹か捕まえてみて詳しく調べてみれば直ぐに判ると思うが…その後、どういう状況に為るか判らない。

そういう意味では迂闊には接触は出来無い。

一掃した事に対する反応を見る為に数日は滞在をする必要は有るだろうけど。

それは当然の事だしな。

今更言う事ではない。



「短角の方は…はっきりは断言出来無いが、対象への干渉用かもな」


「対象への干渉、と言うと夢の操作ですか?」


「接近──と言うか、直接接触して行うなら其処まで長さは必要無いからな」



相互間の位置確認用だとか長角の方も“大元”に向け食事した物を“送信”する役割という可能性も無いと言えなくはない。

ただ、状況や反応等色々と考慮してみての見解。

そして、飽く迄も推測。

断定した訳ではない。


因みに、脚は六本だった。



「…後は翅、ですね…」


「これはまあ、見た目通り判り易い違いだよな」


「六枚翅、ですからね」



螢に続き、翠・愛紗と言う通りに最後は翅の数。

ただ、面白いのが左右共に三枚ずつなのは言うまでも無い事だが、その翅の有る位置が変わっている。

縦に三枚並んでいるという訳ではない。

普通の蝶の同じ様に前翅と後翅とが有り、その二枚の下側──内側に残る一組が存在している。

それがどういう理由からの構造なのかは不明。

ただ、重なって飛んでいる個体も有れば、“×の字”に見える形でも飛んでいる個体が有ったのは確か。

飛行上の問題は無い様だ。

…まあ、普通じゃないし、常識通りとは限らないのは当然と言えば当然かな。




六枚という数は目立つが、翅の模様は地味。

何しろ、黒一色だから。

羽の形は紋白蝶と同じ。

内側の翅は一回り小さいが形は前翅と殆んど同じだが稍二等辺三角形に近い。

下から見たら蝶ネクタイが付いている様な感じかな。



「蝶って事はさ、この翅に鱗粉が付いてるんだよな?

もしかして、それが大量の靄の正体なのか?」


「どうしてそう思う?」


「そりゃあ、都中に有った気配が全部“同じ”だった訳だからな」



“ああ、確かに…”と翠の言葉に納得する愛紗。

確かに気配の質も大きさも全てが同一だった。

だから、そう考える事自体何も可笑しくはない。

当然の結論だとも言える。

一方で、じっくりと様子を観察していた螢は、静かに落ち着いている。

“我関せず”の姿勢、とも言ってもいいが。



「じゃあ、質問だ

同じ鶏の親が産んだ卵から孵った雛は別の種族に成るでしょうか?」



そう言うと二人が一瞬だけ“…は?”という顔をして──俺が言いたい事に対し気付いたら、睨んできた。

答えとしては否。

鶏の仔は鶏だ。

では、それが件の蝶の話とどの様に関係有るのか。


この蝶は謂わば“枝”だ。

当然、“幹”は別に有る。

普通の植物であれば本質が変異する事は基本的に無い事だと言える。

勿論、単なる例えだが。


要するに、術者の観点から考えると“意図的に同じに造る事は可能”な訳だ。

当然、役割が違っても。


左手を上げ、掌に同じ形の“白い蝶”を作る。

此方が靄を造り出していた本当の正体だったりする。


拗ねている翠の横で愛紗も苦笑を浮かべている。



「目の前に判り易い答えが転がってると、どうしても其方らに意識が傾く物だ

特に一度肯定してしまうと否定し難くなるからな

其処は気を付ける様に」





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