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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
524/915

         肆



「小さくて大量に居る、か

まるで虫みたいだな」


「ならば火を焚くか?」


「ははっ、それ良いな

私等も楽が出来そうだし」



“飛んで火に入る夏の虫”という事なんだろう。

翠の“虫”発言に乗っかり場を和ませる意味も含めて冗談のつもりで愛紗自身は言ったのだろう。

しかし、その発言は意外と的を射ていたりする。

尤も、そう話す本人達には全く自覚が無いだろうが。



「なら、お前達に任せる」


「…はい」


「ははは────へ?」



状況を理解している螢だけ静かに返事をする。

笑っていた翠は予期しない俺の言葉を聞いて笑い声を途切れさせると呆然とした表情で此方に振り向く。

声こそ上げてはいないが、愛紗も談笑ムードが霧散しぽかーん…と、小さく口を開いた顔で見詰めてくる。


そんな様子を見ながら俺はその場──外壁の端で屈み椅子に座る様に足を垂らし腰を下ろした。

で、“じゃあ、ゆっくりと見物させて貰うからな”と言う様に、三人から視線を外して街を眺める。

──と、忘れる所だった。



「ああ、一つ言って置くが悠長に遣ってると目の前の手掛かりは消えるぞ?」


「ちょっ、雷華様っ!?」



一番慌てたのは愛紗。

真面目で世話焼きな性格に加えて尽くすタイプだから無自覚に俺に対する依存が生まれてしまう。

だからと言って特に支障が有る訳ではない。

ただ、こういう状況下では先ず“俺の指示”を前提に行動してしまう。

それは、ある意味仕方無い事だとは思う。

“餅は餅屋”という事だ。

だから悪い事ではない。


でも、いつまでも同じでは困ってしまうのも事実。

俺が言うのもなんだけど、自分から厄介事を探し回り首を突っ込む様になっては駄目なんだが。

それでも、最低限の自発的思考・行動が取れる様には成って貰いたいと思う。

既に、それが出来るだけの力量は有るのだから。



「ったく…ほら、愛紗

さっさと話し合おうぜ

使える時間が限られてるんだったら、此処で雷華様に文句言ってる時間が無駄だ

どうせ、こうなったら一切口出しも手出しもしないんだからな」


「それは………はぁ〜…

そうだな、文句なら終えた後で言う事にしよう」


「ああ、そうしような」



……あれ?、何かまるで、俺がサボってるみたいな事言われてません?

これも貴女達の成長の為に必要な事何ですけど?

ねえ、ちゃんと判ってる?


と言うか、“任せる”って言った手前、此処で俺から反応するのは…なぁ。

こうなると俺に出来る事は一つしかないな。


…どうか、お手柔らかに。

白く染まるローランの都を見下ろしながら、心の中でそう祈るしかない。




俺の右側に三人は集まってどう行動すべきか。

それを話し合い始める。



「取り敢えずは制限時間が何れ位かって事だな…

その見当が付かないんじゃ話にならないからな」


「私達では考えるにしても情報が無さ過ぎる

疑問・質問等は聞いてからという事で…螢、頼む」



直ぐに切り替え、為すべき事へと集中する。

その様子に胸中で笑む。


愛紗は言わずもがな。

普段通り、冷静で居られる事さえ出来れば文武両道の能力を十分に発揮する。


逆に意外と自覚が無いのが翠だったりする。

本人は性格的にも彼や是や“難しい事”を考えるのは苦手だと思っている。

しかしそれは正確に言えば“堅苦しい言葉を使っての学術的な説明”が苦手で、“考える力が無い”という訳ではない。

実際、翠の疑問・質問等は的確だったりするからな。

“感覚型”特有の倦厭だと言えなくもないだろう。

宅で言えば、珀花や灯璃。

他所で言えば孫策や夏侯惇辺りが代表格だな。

教え方次第で、その能力は開花させられる。

勉強嫌い、という部分さえどうにかすれば良いから、方法自体は多いしな。


また翠は馬一族の姫として生まれ育っている。

本人は華琳や結と比べると“それらしくない”と言い否定するだろう。

だが、その環境で培われた下地は確かに在る。

指示を出す際、下手に考え過ぎて機を逸する様な事が殆んど無い。

勿論、失敗する事は有るが決して悪い事ではない。

失敗を怖れずに決断出来る胆力は“背負う立場”故に培われた貴重な資質だ。


一例を上げるとするなら、涼州の統治後、翠の存在を知った馬一族に所縁の有る者達は積極的に帰属した。

“馬騰の娘だから”という訳ではない。

そういう事を口にする者も確かに少なくはない。

しかし、それは期待だけの言葉ではない。

翠自身が築き上げてきた、確かな信頼に因る物。

翠を──馬孟起を、民達が認めている証だ。


まあ、それを俺や皆が翠に言っても意味が無いので、気付くまで放置するが。

意地が悪い?

早く教えて遣れ?

違う違う、それでは駄目。

言われて気付いても結局は重荷になるだけ。

自分自身で気付くからこそ“背負う覚悟”も生まれ、成長へと繋がってゆく。

本当の意味で、一族の長に翠は成れるのだから。

その邪魔は出来無い。

そうなる日も遠くは無いと俺達は信じているしな。

気付かぬは本人ばかりなりという事だしな。





「…現状までに判っている事を纏めると、討伐対象の“本体”は都の内側に居る可能性が高いと思います

…ただ、それは食事をする為の存在で、事の“元凶”ではないと思います

…もし、内側に居るのなら“少食(つまみぐい)”程度では済まない筈です

…それらを考えると私達に許されている時間は恐らく“夜明けまで”かと…」



そう説明した螢に対して、思わず拍手をするか撫でて褒めて遣りたくなる。

曾ては人と話す事は少なく“異人”扱いされて迫害を受けていた少女が、立派に成長してくれた物だ。

…気を抜いたら泣きそう。



「制限時間が夜明けまで、とする根拠は?」


「…夢は眠っている間だけ見る事が出来ます

…そして人々の“眠り”は夜に有るべき物です」


「ああ、成る程な

夜が終わり、朝が来たなら“起きる”のが道理だし、夢からも覚めるって訳か」



螢の話を聞いて察した翠が納得した様に続けた。

確かに“常識”から外れた異常な能力を持っているが理を完璧に無視出来るって訳でもない。

“閉じた世界”ともなれば逆らう事の方が難しい。

しかも、これだけの規模の範囲に効果を及ぼすのなら理に従った方法を取る方が余計な消耗も避けられる。

省エネって訳です。

エコかどうかと訊かれたら“否”だけどな。

抑、“在らざるべき存在”なんだから。


とはまあ、そんな理由から螢の推測した内容は俺のと大差無い物だった。



「…ん?、それじゃあさ、放っといても皆起きるって事で良いのか?」


「…起きると思います

…この様子だと全員が死ぬ可能性は低い筈です」


「…全員が、か…

まあ、当然と言えば当然か

老若男女に個人差を問わず“等しい効果”を齎すなら喰われる量は同じ…

そうなれば量の少ない者程死ぬ可能性が高くなる」


「今直ぐに死ぬ、って事は無いにしても、悠長に夜が明けるのを待ってる訳にもいかない、か…」


「それ自体には一先ず安堵すべきなんだろうが…

厄介な状況であるという事には変わらないな」


「本当、面倒だよな…」



そう言うと会話が途切れ、此方に向けらた視線を強く感じ取る。

まあ、文句を言いたいのは理解出来るから俺としても内心では困ってしまう。


他国(よそ)の民だとは言え命を利用しようとしている事には変わらないしな。

それは拒絶はしないまでも進んで遣ろうとは思えない事だろうからな。

どんな理由を口にしても、事実は事実なのだから。




三人が小さく溜め息を吐き俺から視線を外す。

“何を言っても無駄”だと判ってはいても、愚痴る事位はしたくなるからな。

先程の視線はそういう意味だったりする。



「で、具体的な方法は?

靄に紛れてるんだったら、纏めて吹き飛ばすとか?」



豪快で大雑把な提案だが、ある意味では正解の一つと言っても良いだろう。

現状一番邪魔になっている存在は靄なのだから。

それを排除するというのは発想としては正しい。

説明は兎も角としても。



「…稟さんだったら出来る事だとは思いますが…」



翠の意見を肯定しながらも二人へと視線を向けている螢の様子が気配で判る。

見られた二人も“ああ…”という感じで納得している気配を感じ取れるから。



「ん〜…でも、螢のなら、拡げてからバサーッ!って出来るんじゃないか?」



出来る・出来無いで言えば出来るだろうな。

一度で、とは行かなくても二人が補助をすれば弱めの台風程度の風は起こせる。



「…出来るとは思います

…でも、“普通の風”では靄を移動させるだけなので意味は無いと思います」


「あー…まあ、そうだよな

あれって無害だからって、“普通の靄”じゃないし…って、ちょっと待てよ…

そうだよ、移動させるのは可能なんだよな」


「…ぁ…成る程…」



翠の閃きの意図を察してか螢も小さく声を出す。

僅かに遅れて愛紗も二人の考えを察したのを感じる。


“三人寄れば文殊の知恵”──と言うのは三人に対し失礼だとは思う。

別に無知ではないしな。

ただ、普段から当たり前に“話し合う”事を習慣化し身に付けさせておくだけで互いの視点や論点の違い・情報の違い等から可能性を拾い上げる力が高まる。

決定と報告の為だけに毎朝皆を集めて会議をしている訳ではないんだからな。


“考える力”っていうのは筋トレよりも遥かに膨大な時間と質と量を要する。

一朝一夕では身に付かない継続により培われる物。

記憶力とは違うからね。

“生涯、勉強”と言うのは実に正しい事だろう。

それは単純に情報としての知識を蓄えるという事でも技術の研鑽、或いは様々な経験の積み重ねという事を指すのではないと思う。

それらを得て生きながら、様々な事に対して思考し、“自らの答え”を出す。

それが本当の意味ではないだろうか。

“考える力”は培う為には大変なのに、失う時は実に呆気ない程に容易い。

誰にでも出来る事なのに、それが出来ている者は──殆んどいないだろう。


“考える力”を失った人は果たして“人間”か。

それとも家畜か、部品か。

答えは人各々だろう。


まあ、そんな者の溢れ返る国にならない様にするのが俺達の役目だけどな。

受け継ぐのも大変だよ。





「取り敢えず最初の一手は決まったとして…

起こし方はどうする?

って言うかさ、眠らせてる奴を叩く以外無いよな?」



手っ取り早くて、根本的な解決方法を口にした翠。

それに対して螢が戸惑い、愛紗が溜め息を吐く。

“それを言っちゃあ駄目”だと言いたい。

間違ってはいないが。

だからこそ螢も愛紗も俺も何も言わないんだけど。

“考える力”云々を綺麗にちゃぶ台返ししてくれた。

そんな心境だな…うん。



「螢、どう思う?」


「…深く眠らせ夢を見せる事によって人々の精神力や感情を食べている可能性が高いのだとすれば、人々に夢から覚められてしまうと食べられなくなります

…これだけ沢山の人に対し効果を及ぼす訳ですから、夢の在り方を捻曲げる事は出来無い筈です

…そうすると夢から覚める事自体は普通に可能な筈…

…でも、外からの刺激では起きませんでした

…その事からも“本人”に何かをしても、起こす事は難しいと思います」


「氣を使ったり、強制的に起こした場合、人々に対し影響は有ると思うか?」


「…影響が全く無い、とは言えません…

…どうなるか、も現状では全く判りませんから…」


「慎重に事を運ぶ必要性は有るという事だな…」



“聞かなかった体で”話を続ける二人に翠が落ち込み俺の傍に来て拗ねる。

流石に放置は出来無いので右手を伸ばし肩を抱き寄せ少し乱暴に頭を撫でる。

“間違ってはいないから、気にするんじゃない”との気持ちを込めて。


話をしている二人も此方を気にはしながらも、流石に空気を読んでいる。

まあ、今の翠みたいなのが軍師泣かせなんだよな。

これが螢じゃなかったら…一悶着起きてる所だな。

尤も、それはそれで貴重な経験に成るんだけど。

皆、まだまだ若いからな。




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