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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
522/915

         弐


部屋の戸を開け、廊下へと出ようとすれば窓と同様に開いた隙間から部屋の中へ白い靄が入って来た。



「この感じだと思ったより侵食性は低いか…」


「…隙間自体は窓も戸にも有りますけど、開けるまで入って来ませんでしたから大丈夫みたいです…」



その様子を見ながら冷静に雷華様と螢は靄を見極めて見解を述べ合う。

その姿に、判ってはいても軽い羨望と嫉妬を覚える。

…自分が独占欲が強い事は雷華様と過ごす内に自覚し直したいと思う部分だ。

ただ、雷華様は“そういう部分も含めての自分だ”と仰有って下さる。

言われた時は嬉しさも有り一時的に気にならなくなる訳だが、暫くすれば元通り気になってしまう。

以前に比べれば増しだが、自分でも困ってしまう。

こういった良くは思わない気持ちでも“恋愛の刺激”として受け入れ、楽しめる華琳様達を尊敬する。


──などと、思っていると左肩を軽く叩かれる。

振り向けば“判る判るよ、色々と複雑だよなぁ…”と言う様な自嘲気味の苦笑を浮かべて頷いている。

一瞬、羞恥心から顔が熱く火照りそうになるが何とか堪えて反応を抑える。


私達を他所に雷華様は戸を開いて廊下へと出られる。

螢も後に続き、私達も直ぐ追って部屋を後にする。


廊下に出てみれば眠る前は土色だった廊下が真っ白になっていた。

染まっている訳ではなく、靄が廊下全体に溜まり覆い被さっている状態。

それでも膝の高さまで届く量は異常だろう。

背後の部屋へと振り向けば開いたままの出入口を通り靄が流れ込んでいた。

ただ、水が流れ込むのとは違って一気に、ではない。

ゆっくりと、這い寄る様に流れ込んでいる。

それを見ながら戸を閉めて雷華様の方を向く。


その場に屈み込み、大きく身体を靄の中へと沈めて、真剣な顔をされている。

…言っては駄目なのだとは頭では判ってはいる。

しかし、ついつい脳裏には思い浮かべてしまう。

“…まるで温泉に浸かって効能を調べているみたい”なんて事を。

傍に居る螢も同じ様にして観察しているから尚更に。


…これは私達も倣って遣るべきなのだろうか?

そう思って、隣に居る筈の翠へと視線を向けるが──其処に翠の姿は無い。

この僅かな間で、しかも、雷華様にさえ気付かせずに何かが起きたのか。

そう考えて緊張する。


──その直後だった。

私の目の前で靄が上へ向け盛り上がり──翠が中から出て来た。



「別に覆われてても普通に息は出来るみたいだな

…って、どうした愛紗?」


「この状況で紛らわしい事をするなっ!」



私の心配を返せっ!

そう思いながら翠の頭へと拳骨を落とし、その流れで軽い喧嘩に発展するのだが──それは余談である。



──side out



愛紗と翠が戯れ合っている間に螢の見解を訊く。

…止めないのか?

別に本気の喧嘩じゃないし態々止める事も無い。

誰かに迷惑が掛かるという訳でもないしな。



「…周辺に在る生命反応に変化は見られません…

…それなのに誰一人としてこの異常に気付いていないみたいですから、恐らくは深く眠らされているのだと思います……多分…」



最後に、自信が無さそうに“多分…”と一言付け足す辺りが螢らしい。

まあ、自信満々に言い切るばかりが“良い事”という訳ではないしな。

自分の考えでも、可能性を加味した謙虚さが有る事は思考に嵌まらない為にも。

柔軟な思考は自分の思考に対する疑問点から、だ。

可能性の模索も同様にな。

まあ、もう少しだけ自信を持って話しても良い様には思わないでもないが。

それはそれ、だな。



「そうだな、この状況下で“気付かない”というのは普通に考えて有り得ない

その場合、先ず疑うべきは“視認”の有無だ」



自分達だけが、視えるなら特定条件下での視認可能な事象という事になる。

逆に、見えてはいるのだが誰も気にしていない場合は洗脳等の類いの線で疑いが強まってくるからな。


今回の場合は視認は勿論、触れる事も出来ているから実体が有るという事。

それなのに、何の騒ぎにも為っていない辺り、誰一人気付いていないという事を物語っている訳だ。

そうなると必然的に最初に思い浮かぶのが、睡眠。

深く眠らされているという可能性になる。



「この眠りの目的と原因は何だと思う?」


「…普通に考えると目的の邪魔をされない為なのか…

…或いは、眠らせている事自体が意味を持つ、と…

…靄は目立ってはいますが原因ではないと思います

…何方らかと言えば原因を隠す為の物だと思います」



前半部分は自信無さ気だが後半部分は言い切る螢。

ある意味判り易い娘だ。



「同感だな、この靄は単に目眩ましなだけだろう

だから、触っても特に何も影響は受けないし、身体を覆われても呼吸も出来る

加えて身体の中に入っても異常は見られないしな」



まあ、俺や妻達に限っては氣や“纉葉”の能力も有り大抵の状態異常は無効化し心身を保護している。

だから影響も受け難い。

俺の場合は“絳鷹”も有り鉄壁だからな。

絶対に、と影響の無い事を断言は出来無いが。


因みに、纉葉の能力の事は俺以外は知らない。

だから、愛紗の心配振りも当然の事だと言える。





「雷華様、眠らされているのだとすれば、目的は氣を奪う事でしょうか?」



翠との戯れ合いを終えて、身嗜みを整えた愛紗が俺の傍に歩み寄り、訊ねる。

その愛紗の左肩越しに翠が膨れっ面で睨んでいるが、気にしないでおこう。

触れたら触れたで再び話が逸れてしまうだろうから。


苦笑を浮かべながら、少し乱れたままの愛紗の髪へと右手を伸ばし優しく梳いて整えてやる。

それに気付いた愛紗の顔が赤くなるが──揶揄いたい衝動に駆られるが、此方も話が逸れるので我慢する。

…背後の翠の眼差しが胸に痛いが我慢して貰おう。



「…その可能性も無いとは言い切れないな

ただ、その場合だと効率が悪過ぎるな…

この国の民を全て眠らせたのなら氣を一気に喰らってしまえばいい

と言うか、眠らせる必要が無いだろうな」



“生かしておく必要など、何処にも無いのだから”と言いそうになるが、其処は言葉を飲み込む。

尤も、飲み込んだ所で皆も彼処まで言えば理解出来るだろうから無駄だろうが。

その辺りは気分的な物だと言っておこう。



「…って事は、こんな事を遣らかしたのは、眠らせる必要が有るから、か…」


「そうなるな」



一つ息を吐いて切り替えた翠が静かに言う。

翠の言った通り、この場合“眠っている”事が必要な条件だろうと考えられる。

何の為に、という点は今は判らないがな。



「目的は氣以外ですか?」


「…其方は微妙だな

抑の問題として、其処まで氣を必要としている状態かどうかが判らない」



そう訊ねた愛紗に答える。

皆の思考上、そう思うのは仕方が無い事だろう。

参考となる経験・知識等は“望映鏡書”だけだ。

だからどうしても真っ先に“孵化”を思い浮かべても何も可笑しくはない。

全てが全て孵化する必要は無いのだが…今、此処で、説明するのは時間の無駄。

なので、それは後回し。

その辺は聞き分けの良い者ばかりなので助かる。



「兎に角だ、今は外に出て街の様子を確かめる

幸いにも起きている者達は先ず居ないだろうしな

目撃される可能性も低い

全く無いという訳ではないだろうから、気を抜かない様に気を付けて行動する」


『御意』



揃って良い返事をし意識を切り替えて集中を高める。

此処から先は確実に相手の領域(テリトリー)になる。

注意・警戒し過ぎても全く困りはしない。

寧ろ、それ位で丁度良い。

さて、鬼が出るのか、蛇が出るのか、何が出るのか。

少し、楽しみにも思う。




宿を出れば、僅か1m先も見えない程の濃い靄。

否、1m所か、自分の腕も伸ばしていると見えない。

濃霧やホワイトアウトより質が悪いな、これは。

頭上を見上げても二階まで届いていた溜まり具合から考えても、当然の様に空を見る事は出来無い。


因みに、宿の中に居た他の宿泊客の部屋に入ってみて彼等の状態を確認したが、寝ているという事以外には特に異常は診られない。

ただ、その眠りが思うより深かった事は確かだ。

起きるかどうかの実験で、外部から“刺激”を与えて試してみたが…見事な程に眠ったままだった。

因みに起きた場合には再び眠って貰うだけなので特に心配はしていなかったが。


影響下から脱しさえすれば普通は目覚める。

最たる対処法が外部からの刺激等を与える事。

まあ、流石に氣を使う事は影響・反応が未知数なので現状では避けたが。



「これは思っていたよりも厄介ですね…」


「雷華様の案で片手で紐を握ってなかったら、簡単にはぐれてる所だな…」



翠が言った様に俺が右手に巻き付けている直径1cmの紐を三人に握らせて一例に並んで移動している。

電車ごっこみたいに身体に巻き付けてしまうと全員の動きを阻害してしまうし、手に結び付けても同じ。

なので、握らせている。

最悪、紐を放してしまえば邪魔にはならないしな。

隊列は俺・螢・愛紗・翠の順番になっている。



「…これで下手に動いたら同士討ちしてますね…」



ぼそっ…と螢が呟いたら、背後で息を飲む音が二つ。

決して想像して身の危険を感じたからではない。

自分が“遣りそうだ…”と思い至った為だ。

二人ともに自覚が有るなら良い事だと言える。


実際、隊列の決め手は皆の反応を考慮している。

先頭が俺なのは唯一街中の地形や建物等の配置の事を知っているから当然として直ぐ後ろに螢を置いたのは二人の邪魔にはならない様にする為だ。

得物の特性上、一番大きく動くだろう愛紗を意識的に制限させる為に三番手に、戦闘時には意外と冷静且つ器用に立ち回れる翠を信じ最後尾に置いている。

まあ、パニクれば二人共に遣らかすだろうからこそ、螢を直ぐに保護出来る様に真後ろに置いているという事は言えないがな。



「まあ、何事も無く、とは行かないだろうしな

気を付けて慎重に進もう」



起きないとは思うが。

本当に同士討ちだけは洒落にならないからな。




靄の中を進みながら先ずは都を囲む外壁を目指す。


“態々下を歩いて行かずに建物の上を飛び渡った方が早いのでは?”と思う事も間違ってはいない。

しかし、“靄の中”を進み確認する事も必要だ。

単純な全景の把握ではなく状況の把握が優先の為に。



「…時間的には深夜だけど此処まで人気が無いのって不気味だよなぁ…

まあ、反応としては街中に有りはするんだけどさ…」


「…物音一つしないから、生きてる存在が居ない様に感じます…」



退屈、という訳ではないのだろうが翠と螢が何気無く呟いた言葉の通り。

視界は悪い、音はしないと普通に考えれば無謀な事を遣っているとは思う。

普通は、だけどな。


個人的には昔のロンドンを思い起こさせる光景だな。

まあ、霧が深い、という点だけを見れば世界の各地に同じ様に呼称されている、或いは出来る場所は有る。

それでもロンドンが代表格なのは偏に経済的な背景が有るからだろう。

秘境や田舎等なら兎も角、普通の街では売りとしては弱いという事も有るし。

まあ、現状は自然現象とは違うから関係無いけど。



「この靄の中で気配を殺し音もさせずに近付けるなら暗殺し放題だろうな」


「…ああ、確かに…って、それってそのまんま思春が普段遣っている事だろ…」


「…そう言われてみれば…確かにそうですね」



意外と身近で似た状況下を経験していると思い至ると人とは結構簡単に平常心を取り戻す事が出来る。

先程まで“怖がっていた”誰かさんが普通に会話へと参加してくる位に、だ。

それが一体誰の事なのか、とか余計(ぶすい)な真似は一切しない。


尚、思春が遣っている事は俺が教えた事も原因だが…かなり、忍者っぽい。

本気の本気で暗殺者として活動したなら、宅の中でも殆んど勝てないだろう。

本人の職人気質も向いてて付け入る隙が少ないしな。

…まあ、その力量を使って襲われないだけ増しだな。

思春が思春で良かった。




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