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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
52/907

          参


 曹操side──


知識や技術の齎す影響。

それを悪用する輩。

それに対する術。

発展や進歩は善悪の抗争の果てに生まれてくる。


そういう観点で考えた事は無かった。


私は知識も技術も用いる者次第で善にも悪にも成ると思っている。

それは今でも変わらないしこれからも変わらない。

何故なら、その考え自体は間違いではないからだ。


けれど、これからは違う。それだけではない。

知識と技術を用いる者には“責任”が伴う、と。


その事を忘れてならない。

目を背けてはならない。

そう理解した。



「…人の業は深いのね」


「そうだな…

ただ、その業が人の時代と歴史を築いていく

それもまた事実だ」


「栄華の裏の闇、ね…

そして、私達は恩恵と業を背負って生きて行く

世の先人達の子孫として、一人の人間として…」



湖の中に聳える白の石柱を見詰めながら思う。


築き上げられた過去の上に私達は生きている。

それは変える事の出来無い消す事の赦されぬ宿業。


未来を変える事は出来る。

しかし、それは物を壊す様にはいかない。

伴う覚悟は想像以上に重く後世にまで及ぶだろう。


それでも──



「──それでも私は未来を築いて行きたい

私の思う、私の未来を…」



業を背負う覚悟は有る。

業が我が身を焼くのならば臆さず向き合おう。

私が私で在る為に。

私が私で在る証を。


そう思っていると、不意に頭を撫でられる。

優しい温もりが心地好い。



「その覚悟が有る限り道を誤る事は無いだろう…」



そう言う彼の声は優しく、けれど、厳しさを持つ。



「──ただ、気負い過ぎて本懐を見失う事は有る

だから、忘れるな

その覚悟は“死”ではなく“生”に在る事を…

生きる事でのみ、果たせる大望で有る事を…な」



厳格な言葉。

でも、私には解る。

私だけに伝わる。


“一人で全て背負い込むな

お前は“独り”ではない”


そう、言いたいのだと。



「ええ、忘れないわ」



何が有っても忘れない。


何故なら、彼が居るから。

彼が教えてくれたから。

彼との“繋がり”だから。


私は絶対に忘れない。

この“想い”が在る限り。


“世界”が私達を隔てても“繋がり”は絶てない。

私達を繋ぐ“想い”は。



「なら、大丈夫だな」



だから、彼も笑う。

何が有ろうとも、私達には互いへの“想い”が有る。

二人を結び、繋ぐ。

“想い”という絆が。



──side out



彼女の性格を鑑みても他言する事は無いだろう。

広がる範囲も限定出来れば危険性も下がる筈だ。



(まあ、千八百年の時差が有る以上、簡単に理解する者は先ず居ないか…

“現代の常識”も古代では“非常識”か“妄言”だと言われるだろうしな…)



胸中で苦笑する。

だが、それで良いと思う。

知識も技術も利害を正しく理解し、対処出来る準備を整えた上で用いるべきだ。



(少なくとも俺の世界では理解も準備も無く使われ、その結果、人類は自ら首を締める事になっている…)



出来れば、彼女の世界には“此方”の様になって貰いたくはない。

切に、そう願う。



「で、何が知りたい?」



彼女の希望を訊いた上で、与える物を取捨選択する。

その方が余計な物を彼女に教えなくて済むし。



「そうね…貴男の世界…

貴男の時代の過去に其方の“曹操”は居たのよね?」


「──っ…そうらしいな」



実に強かな選択だ。

彼女の言葉で何を訊くのか予想が付いた。


有る意味、下手な知識より役に立つだろう。

それを“絶対”とはせずに可能性、或いは助言程度に認識して置けば。



「なら、其方の“曹操”に関して教えてくれる?」


「…ったく、大した女だよ

“歴史”を訊くとはな…」


「ふふっ、誉め言葉として受け取って置くわ」



彼女は理解している。

俺の知る“歴史”と自分の世界の未来は違うと。

しかし、酷似する可能性は零ではない。

故に、全く同じではないが起きた事柄は“彼方”でも起こり得ると。


自分の未来を知るなんて、普通は怖いだろう。

そして、面白くない。

何より、一つ歯車を違えば“歴史”は道筋を外れ行く可能性も有る。

そうなれば“歴史”なんて役立たずだ。

それを承知の上の選択。

本当に、大した器だ。



「さて、何から話すか…」



正直、少し悩む。

順を追って、両者の相違点から始めるべきか。

それが一番妥当だろう。



「“此方”では曹騰に子は居らず、養子を迎え家督を継がせたと云われる

その養子が曹嵩…

曹操はその子供として生を受けたとされている

因みに、曹嵩も曹操も共に“男”だと伝えられる」


「…男?…私が…男?」


「いや、曹操が、だ

お前はお前だからな?」



何やらショックだった様で傷付いている。

まあ、曹嵩の件で俺自身も驚いたから気持ちは判る。

取り敢えず、肩を軽く叩き励ましてやった。




 曹操side──


私が──男?、いえ、違う“彼方”の“曹操”が。

“私”ではない。

断じて、違う!。



「…続けて頂戴」



彼に励まされ何とか思考を切り替え、続きを促す。

もう、何を言われ様とも、大丈夫な気がする。



「真偽は定かではないが、曹操には夭逝した兄が居て同じ様にならない為にと、幼少期は名を隠して過ごし“阿瞞”または“吉利”と呼ばれたとか…」


「私には兄弟姉妹は勿論、従兄弟姉妹も居ないわよ

幼名も無かったもの」


「“此方”のだからな?」


「…判ってるわよ…」



何故か、反論したい衝動に駆られてしまった。

彼には駄々を捏ねる子供を窘める様に言われた。

仕方無いじゃない。

自分でも、どうしてなのか判らないのだから。



「…十を迎えて漸く本名を名乗る事が許される

二十の時、孝廉に挙げられ官吏となる…

“時代”が転換期を迎え、情勢が動くのは三十の時

その先は──後世に於いて特別な時代となる

数多有る“歴史”の中でも語り尽くせぬ魅力を秘めた“大時代”──」



思わず息を飲む。

別に彼が気迫を纏っていた訳ではない。

ただ、言葉に気圧された。


本能的に感じている。

“それ”は“私”にとって無関係ではないと。

“それ”は“私”の人生を大きく揺さぶると。



「──“三國時代”」


「…三國、時代…っ!…」



口にしただけで心の奥が、“魂”が震える。

“血”が沸騰する。

“欲”が唸る。

“志”が鳴動する。

“命”が滾る。


──“私”を突き動かす。



「華琳」


「──っ!?」



彼に真名を呼ばれた事で、我に返る。

そして、気付く。

自分の口元に浮かぶのが、獣の如き獰猛な笑みだと。

まるで自分ではない。

違う“何か”が私の身体を乗っ取った様だと。


生まれるのは恐怖。

けれど、それは“自分”が変わった事にではない。

“私”ではない自分を見た彼に失望される事に。



「ち、違──ぅんっ…」



慌てて否定──訂正しようとしたが口を塞がれる。


右手を私の後頭部を回し、有無を言わさず強引に顔を引き寄せて唇を奪って。


重なった唇の隙間から内へ染み込む様に彼の吐息が、温もりが広がる。



「…っん…純、和…」


「お前はお前、華琳だよ」



たった一言。

それだけで彼は私に安らぎを与えてくれる。



──side out



“歴史”を口にした瞬間に彼女が“何か”に染まった様に感じた。

咄嗟に“真名”を呼ぶ事で我に返ったが。


動揺する彼女を落ち着かせ様としてキスしたが…

正直、どうなんだろう。

多分、俺自身も彼女を感じ“安心”したかった。

それが本音だろうか。

唇を離して、確認する様に言ったのも含めて。



「…ねぇ、今のは?」



不安、ではなく謎のままにしたくないのだろう。

双眸には強い意志の輝きが宿っている。



「…恐らく、だが…今のは“此方”の曹操の影響だ」


「でも、既に故人…

亡くなっているのよね?

それなのに影響するの?」


「“此処”は二つの世界の“狭間”の世界…

何方らでも無く…

何方らでも有る

“世界”の記憶が、曹操の存在を覚えている

そして、それによりお前に影響を与えたんだろう」


「…そんな事が…」



信じ難いだろう。

しかし、それが現状で最も納得出来る仮説だ。



「だが、二度は無い」


「…その根拠は?」


「“曹操”という“存在”同士故に生じた“共鳴”に近い現象だろう…

それは“存在”同士による引っ張り合いの様な物…

その結果、今、此処に在るのは誰だ?

“華琳”、お前だろ?

それは“存在”として勝ち自らを確立したと言える」


「自らの確立?

私は私ではなかったと?」


「いや、そうじゃない

この場合は“曹操”という“存在”の確立だ

既に故人となっている者と齢十にも満たない者とでは“存在”の厚みが違う

言わば、完成と未完成だ

“何方ら”が影響力が有るかは…判るだろ?」



そう訊くと眉根を顰める。

悪い意味で未完成と言ったのではないが…

本当、負けず嫌いだな。



「…つまり、こういう事ね

“私”を別の“曹操”が、塗り替え様とした

けれど、私が“私”として自身を確立させた事により“上塗り”は出来無い様になった、と…」


「御明察、感服致します」



態とらしく、恭しさを出し執事の様に一礼。

彼女の言葉を肯定する。



「…三國時代──文字通り三つの国が並立…もしくは覇を競う時代…

そして、その内の一国が、“曹操”の国…でしょ?」



態々、確認する意味も含め自ら口にするとは。

肝が座っているな。



「ああ、その通りだ

そして、物語として後世に語り継がれる事になる」



秦の始皇帝の物語よりも、人々に認知されているかもしれない程に。




 曹操side──


“歴史”にその名を遺し、“物語”にもなった。

それが“彼方”の曹操。


対抗心が湧かない訳が無く“それ以上”を望む。



「その物語も正史とされる“三國志”、創作を加えた“三國志演義”という形で二つに分れるけどな…」


「正史は判るのだけれど…

創作はどういう物なの?」



そう訊ねると、彼は珍しく自分から目を逸らす。

怪し過ぎるわね。



「話しなさい」



両手で腕を掴み睨み付けて問い質す。



「…あー、何だ…」


「歯切れが悪いわね

取り敢えず、言いなさい」


「…はぁ…判ったよ」



観念した様で、承諾。

此方に向き直る。



「正史は史実を第三者から見た視点で客観的に事実を記している

対して創作を加え綴られた“演義”は三国の内一つに視点を固定している

七分の史実と三分の虚構で創られたらしい…

そして、その国の“王”を主人公として描かれた」



何と無く──いえ、明確に察しが付いた。

その主人公は“曹操”ではないのだろう。



「…その中での曹操は?」



訊きたくなるのは“曹操”としての意地か。

単なる好奇心か。



「…その主人公と曹操とは終生の敵対関係で…

当然、“演義”の中では、“敵役”として描かれる

それも作中で“悪”を身に背負うからな…

かなり誇張もされていると思っていいだろう…」



そう言われて絶句。

いえ、敵役なら“悪”でも変ではない。

問題は──何故“曹操”が主人公ではないのか、だ。



「…その作者は?

何処の生まれなの?

歳は?、性別は?

職は何をしているの?」



反射的に彼に詰め寄る。

大丈夫、私は冷静よ。



「何処が冷静なんだか…

作者は複数説有り断定する事は出来無い

創られるのも三國時代から凡そ千二百年後だ」


「…ちっ…」


「舌打ちは不作法だぞー」



彼の注意も何処吹く風。

私の意識は、主人公の座を奪った“誰か”に向く。



「いつか、会い見える事が有るのならば“覚悟”しておく事ね…

“誰が”主人公に相応しい人物か教えてあげるわ!」



天へと向かって聳え立った石柱の頂きを見据えながら私は決意を口にする。


彼の溜め息を耳にしながら“世界”は解けた。



──side out。



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