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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
519/915

        肆


 シャマラフside──


簡単な報告をビュレエフに聞いていた為、全く情報が無い訳ではなかった。

ただ、僅かに四人だけでの行商という話に対しては、少なからず驚いた事は確かだったりする。

しかも、四人とも若い女性という話だ。

そんな話は未だ嘗て一度も聞いた事が無い。

正気を疑わざるを得ない。


だがしかし、もしも商人の立場が偽りであるとすれば全く可能性が無いという訳ではない。

その場合、考えられる事は大きく分けて二つ。

一つは彼女達が魏国の中で抜けた実力を持つ武人で、更なる高みと強者を求めて己が未踏の地へと旅立ったという場合。

商人を装っているのは単にそういった類いの話を集め易いというだけではなく、余計な衝突や警戒を生まず避けたいという意図が有る為だと考えられる。


もう一つは彼女達が魏国の密偵である可能性。

商人というのは当然ながら偽装であろう。

目的は西域諸国の情報収集或いは何かしらの密約への使者なのかもしれない。

そうだとすれば戦闘行為を避け、目立たない様にする事にも説明は付く。

また、四人という人数から見ても相当な実力者による構成、と考えれば少数精鋭という事で納得出来る。

もう一つの可能性よりかは信憑性が高いと思う。


ただ、何方らの場合であれ賊徒に襲われて何もせずに逃げに徹する、という点が不可解でならない。

余計な騒ぎを起こさない、目立つ事を避ける、という意味でなら理解出来るが、その所為で命を危険に晒し──最悪、落とす可能性が有る中で遣る意味が判らず悩ませる所だ。

しかも、此方の姿を事前、或いは接触の直前直後にて確認した上で徹底していたというのなら判る。

しかし、実際には彼女達が二手に分かれ、その片方が追われている所を砂塵から察したビュレエフ達が出て助け出している。

意図的に、というにしては無理が有る事も確かだ。


そうやって考えてみると…偶然、というのが正解には一番近いのかもしれない。

勿論、だからと言って直ぐ考えを肯定は出来無い。

何方らにしても確証の無い自身の憶測でしかない事は自分が一番判っている。

此処で“恐らくこうだ”と決め付けてしまっては後の判断を狂わせてしまう。

可能性は飽く迄も可能性。

憶測も飽く迄も憶測。

決して気軽に断定して良い立場でもない。

自分の浅慮が多くの民を、国を危険に晒す。

そうならない為にも余計な先入観は捨て去る。


尤も、深慮が過ぎる場合も同じ位に避けるべき事。

踏み込み過ぎてしまっては国交上に問題を来す場合も十分に考えられる。

交易を国益の要としている我が国にとって国交悪化、最悪は断絶となれば衰退は避けられない。

…考えたくはないが滅亡に至る可能性も有る。

全く…頭が痛くなる事態は勘弁して貰いたい所だな。




事情聴取の為、彼女達から代表者が遣って来る。

唯一、此方の言葉を理解し意志疎通可能らしい。

三人は隊の者達から見ても理解しているとは思えないという話だった。

それだけを考えると商人の可能性は高いと言える。


魏国の密偵・使者とすれば“一人だけが”というのは不用意過ぎるだろう。

突発的な事故や病等によりその一人に何かが起きれば全てが無駄になってしまい無意味に犠牲になるだけ。

それを避ける為にも最低でもう一人は居るべきだ。

四人という人数を考えれば全員が理解出来ている方が自然とも言えるだろう。

演技をしている、可能性も無いとは言わない。

しかし、理解をしていれば僅かながらでも何かしらの反応が表情や仕草に出る。

流石に隊の者全員とまでは言わないが、そういう事に敏感な者は何人か居る。

特にビュレエフの部隊にはそういった者が多い。

それら全員を騙しきるなら此方の完敗だと素直に認め感服すら出来るだろう。

だが、ビュレエフに聞いた見た目の印象では内二人は真面目で嘘や演技が出来る器用さは感じられなかったという話だ。

となれば、密偵・使者説も可能性は低くなる。

飽く迄も、可能性が、だ。


それを確かめる意味も有り一つ仕掛けてみた。

部屋に訪れた際、自分への印象・評価を“下げる”為仕事中を装う。

いや、正確に言えば本当に仕事をしている訳だが。

代表者が読み書きが出来る可能性を考慮してみれば、下手な演技は警戒と疑念を抱かせる要因に繋がる。

そうならない為にも仕事は本当に遣っておく。


また、敢えて此方が準備が出来ていないと見せる事で“態々呼び付けておいて、自分は仕事が押している?

巫山戯ている訳?”なんて事を考えて不満や苛立ちを抱いてくれると有難い。

そういう感情を抱く場合は少なからず“自分が優位”という思考が働いていると考えられるからだ。

つまり、“立場的な要因”が有る事にも繋がる。

絶対とは言えないが少しは素性や真相に辿り着く為の手掛かりになるだろう。


序でに、室内に待機させるビュレエフにも然り気無く様子を観察させる。

自分は“一生懸命頑張って仕事を終わらせようとして集中している”という姿を徹底する為、相手の様子を窺う真似は避ける。

下手に意識すれば不自然に見えるだろうからな。

見抜かれる可能性を下げ、見抜かれた場合にも此方が不利を被らない様にする。


普通の相手ではない。

それを嫌でも感じてしまう状況に溜め息が溢れた。




部屋に入って来た代表者に一瞬だけ視線を向けた。

可能な限り、感情と表情を殺してのチラ見。

“今は忙しい”というのを全身で表現する。


そうするつもりだった。

だが、僅かだったとは言え代表者の女性と視線が合い──見惚れてしまう。

穏やかな微笑を浮かべて、丁寧に挨拶をされた。

視線が切れても彼女からは目が離せなかった。

我に返ったのは扉の閉まる音を聞いて、だった。

直ぐ様視線を手元に落とし仕事を再開する。


正直、胸中では焦り過ぎて混乱を来していた。

しかし、幸いと言うべきか当初の予定とは違ったが、仕事を続ける姿勢を自然に取れるお陰で、落ち着いて冷静になる為の時間を稼ぐ事が出来ている。

いきなりの想定外の事態に慌てたが……大丈夫。

普段通りに行けるだろう。


仕事を終え、筆を置いたら一息吐いて立ち上がる。

机から離れて接客用に有る長椅子の方へと歩く。


その途中、然り気無くだがビュレエフの右手を見る。

入り口の正面に立っている彼女達からは右手の壁際に佇むビュレエフの右手側は見難くなっている。

それを利用した合図を予めビュレエフと決めていた。


手を開いたままなら相手に目立った変化は無し。

拳を握っていれば意図した通り不満や苛立ちの感情を覗かせている。

親指だけを内に折り込んでいれば拳に加え、此方側を探る仕草をしている。

人差し指だけ伸ばしている場合は警戒心が高い。

人差し指と中指だけならば高い警戒心と怯え。

人差し指・中指・薬指なら更に敵対心が窺える。

小指のみの場合は此方への信頼や友好的な印象。

という様に一目で判る様に合図を出して貰う。


そしてビュレエフの右手は──手を開いたまま。

つまり、入室した時からの変化は見られない、という事になる。


それを知り、内心で小さく舌打ちをしてしまう。

普通、命の危機に直面して間も無い状態ならば多少の動揺は見られる筈。

上手く平静を装っていても緊張の一つもする筈だ。

そういった様子が無いのは彼女が相当な“手練れ”の可能性を示している。

それが魏国の要職者なのか商人としてなのか、までは流石に判断出来無いが。


確実に言えるのは簡単には情報を引き出せないという可能性が高い事だろう。

全く…本当に厄介な案件が転がり込んだものだな。




取り敢えず、何もしないで得られる訳がない。

なので、仕掛けてみる。



「仕事が長引いてしまって申し訳無い…

さあ、立ち話も何ですから御掛けになって下さい」



そう言って着席を促しつつ苦笑を浮かべ謝罪するが、それは聞く相手によっては“誰かさんの所為で増えた仕事が忙がしくてね”等と嫌みを言っている感じにも受け取れるだろう。

勿論、そう受け取って貰う為の言い回しだ。

だからと言って露骨な形で言う訳にもいかない。

後々問題になるからだ。

其処は“此方側の言い方が悪かった様で誤解をさせてしまいました”と言い訳が出来る様にして置くが。

そうでもして置かなくては危ないだろうからな。


けれど、彼女は全く気にもしていないのか、反応する様子が見られない。

挑発と見抜かれているのか或いは…此方の言動を全く疑っていないのか。

判断が難しい所だな。


しかし、静かに座る様子を見ていて思う事が有る。

それは先程の入室した時も感じていた事。

彼女は単に礼儀正しいだけではなく気品を備えているという点だ。

そう見せ掛けている場合の者の仕草と、自然に出来る者の仕草では全く違う。

理解出来る者が見れば指摘出来るのだろうが、生憎と自分には無理な話だ。

しかし、それでも彼女から感じる気品が本物であると理解する事は可能だ。


その事だけで言えば、多分彼女は名家の生まれなのか由緒有る商家の生まれだと考えても可笑しくはない。

幼少の時分から身に付けた仕草だからこそ、大人へと成長した今、立ち振舞いは自然で美しい気品を纏った仕草として成り立つ。

見せ掛けではない。

“深み”の有る本物。

それだけで、彼女が魏国の中でも影響力を持つ身分や立場だと察する事が可能。

同時に、ビュレエフの報告でも聞いた武人の雰囲気を持つ者は二人のみ、という点も納得出来る。

抗戦しなかったのも単純に目の前に居る彼女の安全を最優先にした、と考えれば話の筋も通る。


そう考えながら自分も座り挨拶をして、ビュレエフの紹介を済ませる。

続いて、彼女──ヒエイが名乗り、感謝の意を伝えて深く頭を下げた。

その行動に対し、はっきり言って驚いている。

多くの商人は傲慢だ。

余程、名や地位の高い相手でもない限りは頭を下げる事などしない。

最近の行商人──つまりは魏国の商人達は我々に対し比較的友好であり、侮蔑や差別的な態度は見せないが頭を下げた者は居ない。

まあ、ただ単にそういった状況が全く起きてはいないというのが正しいが。


少し前の、漢王朝の時代の商人達では考えられない事なのは間違い無いがな。




とは言え、あまりにも驚き過ぎた事で助かった。

下手な動揺でもしていれば話の流れが可笑しくなった可能性は否定出来無い。


ただ、彼女に対して此方も歩み寄る姿勢を見せておく必要は有るだろう。

“助けて遣ったから我々に感謝して協力しろ”という態度だけは絶対に取ってはならない。

仮にそれを遣ってしまえば様々な点で“終わる”様な気がしてならないからだ。

勿論、元よりそんな態度を取るつもりはないが。


彼女達を気遣う言葉を掛け此方から“協力を願う”と伝えれば、彼女はあっさり協力を快諾する。

しかも此方の立場を理解し立てた上で、だ。

このままでは不味いと思い理解と協力に対する感謝を頭を下げて示す。

勿論、それだけではない。

彼女達に対し敵意・害意を持ってはいないという事も理解して貰う為にも。


どんなに尤もらしい言葉を並べ立て様とも、態度から言葉の真偽や真意は十分に窺い知る事が出来る。

特に、頭を下げる、という行為に関しては立場を弱め従うという印象が強い。

その為、名声や地位の高い者で有れば有る程に滅多に遣らない行為。

否、自分に非が有っても、正当化しようとばかり考え絶対に遣らないだろう。

だから、先程の彼女にしろ自分にしろ“相手に対して自らが頭を下げる”という行為の意味は大きい。


…まあ、もしも彼女が全て意図して遣っているのなら恐らくは器が違う。

己の醜い自尊心など簡単に捨て去り、国や民の為に、或いは利益の為に、平然と遣って退けるだろう。

その様な者を相手にして、勝てる気はしない。


彼女がどうなのか。

現時点では断定出来無いが容易い相手ではないという事だけは確かだろう。

ただ、油断は出来無い。

ある意味、自分の人生上で最も厳しい“戦い”をする事になるのかもしれない。

そんな風に今更ではあるが思ってしまう。




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