表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫三國史  作者: 桜惡夢
518/915

        参


ヒエイを連れて、巡士隊の拠点である館へと入る。

普段は他愛ない会話をし、笑い声や怒鳴り声が響いて賑やかな場所。

私の居場所であり、誇りと命を賭している場所。


しかし、今だけは、初めて嫌悪感を抱いてしまう。

館内に居る者達から彼女に向けられる視線を感じると正直、申し訳無く思う。

彼等も敵意や悪意が有って遣っている事ではない。

それは私自身も経験が有り理解している事。

ただ職務に忠実なだけで、他意は殆んど無い。

全く無い、とは言い切れず複雑な心境では有るけれど仕方の無い事でしょう。


皆、普通に珍しいだけ。

その原因が私自身であると判っているだけに辛い。

けれど、他の誰かに彼女を任せようとは思わないのも紛れも無い事実。

その辺りの事情も含めて、儘ならない物だと思う。


注意する事も出来無いで、兎に角、足を進めた。

二階への階段の有る通路に入った所で人気が無くなり足を止めて振り返る。

立ち止まった私に合わせて足を止めたヒエイに向かい私は頭を下げた。



「…ごめんなさい

貴女に嫌な思いをさせて」



本来ならば、可笑しな事。

謝る、という行為の意味が矛盾を孕んでいる。

私情が入っているとは言え私の行動は職務に従っての必然的な物でしかない。

勿論、理由の説明も行わず強引に彼女達を軟禁して、尋問しているというのなら謝罪するべきだと思う。

しかし、事前に説明を行い彼女達の理解を得た上での聞き取りである。

また、館内の皆も見ていたというだけ。

こそこそと悪口を言ったり危害を加えた訳ではない。

それらを鑑みてもヒエイに謝るというのは可笑しく、理由の見えない行為である事は私も理解している。

これは、私自身の気持ちの問題でしかないという事をしっかりと。



「頭を上げて下さい

私も商人ですからね…

色々と言われたりする事も珍しくは有りません

そういった意味でも慣れてしまっていますし…

それを一々気にしていては御飯も食べられませんよ」



そう、ヒエイは明るい声で私に言ってくれる。

何と無く、では有るけれど彼女は私の謝罪の意味にも気付いていると感じる。

あんな言葉を言えるのなら可能な気もします。



「…ありがとう」



私は頭を上げ、彼女を見て小さく感謝を伝える。

彼女は何も答えない。

ただ静かに柔らかな笑みを浮かべて、小さく頷く。


自分でも背の低い事は凄く気にしているけれど彼女を見上げる事に対してだけは嫌な気が全くしない。

それはきっと、私から見た彼女の評価なのでしょう。

純粋に尊敬の出来る女性。

そう感じているから。




ヒエイを案内し、館二階の一室の前で立ち止まる。

そして、扉を二度叩く。



「失礼します、保護をした女性を連れて参りました」


「…入りなさい」



一声掛け、中からの返事を待って扉を開ける。

扉を押し開いて先に入るとそのまま扉を持って彼女に入る様に手で促す。



「失礼致します」



丁寧に、けれど、不思議と上品な優雅さを感じさせる仕草で一礼するとヒエイは室内へと入る。

ヒエイが立ち止まった事を確認して扉を閉めると私は彼女の右隣に並んで立つ。

私の右斜め前──壁際にはビュレエフ様が真っ直ぐに背筋を伸ばして佇む。

その所為も有ってか室内の空気は重苦しく感じる。

…と言うよりも、緊張感が有るのでしょうね。

事が事ですから。


私達の前には長椅子が二つ縦長の卓を挟んで並ぶ。

その向こう側には歴史的な存在感を放つ大きな机。

其処に有る椅子に深く座り仕事をしている人物が筆を置いて、一息吐く。


そして、少しだけ間を置き椅子から立ち上がると机の右側を回って此方に向かい進み出て来られる。



「仕事が長引いてしまって申し訳無い…

さあ、立ち話も何ですから御掛けになって下さい」



そう言ってヒエイに私達の方から見て左側の長椅子に右腕を伸ばしながら促し、自らは対面の椅子の方へと近付いてゆく。



「有難う御座います」



穏やかな笑みを浮かべて、ヒエイは椅子に座る。

この雰囲気の中でも平然と対応出来る姿を見ていると彼女が商人だという事にも自然と納得出来てしまう。

少なくとも、此処で狼狽え動揺している様では少数で行商など出来はしない。

その胆力が有る事が彼女の証明にも繋がります。


彼女が椅子に座ると促した部屋の主も椅子に座る。

それを確認して私は彼女の座る長椅子の端に寄り添う様にして立つ。

同じ様に、ビュレエフ様も私の対面に立つ。

…正直、実はこうするのは初めての事だったりする為私自身も緊張しています。

ビュレエフ様の立場でならこういう事情聴取に何度か立ち会った事は有りますが“訊かれる側”の者の側に立つのは初めてです。

別に私自身が口にする事は有りの侭の事実ですから、緊張感する必要も無いとは判ってはいるのですが。

…私情が入っているという部分が理由としては大きいのかもしれません。


希望、は有ります。

ですが、今は公平な立場で発言するべき。

そう自分に言い聞かせて、意識を切り替えました。



──side out



モルノトフさんに連れられ遣って来ました、警察署。

いや、別に本当の警察って事はないんですけどね。

飽く迄も、例えです。


でもまあ、誰も好き好んでそういう場所に行こうとは思いません。

ああ、好きな方は別です。

好きな物は好き。

それで良いですからね。

ただそれを他人に対しても押し付けるのは駄目。

宗教と同じです。

強要しては無意味です。


日干し煉瓦と土壁で出来た館は歴史的な雰囲気が強くちょっとした観光気分。

流石にキョロキョロしたりしませんけど。

出来る事なら、じっくりと見学したいとは思う。

そういうのって老若男女に関わらず有ると思うしね。

まあ、今の状況で言う様な真似はしませんが。



(…にしても、向けられる視線には困るな…)



慣れてはいる事だが。

そんな風に思っていたら、モルノトフさんに謝罪され若干反応に困った。

何と無く、気持ちを察する事は出来るけど。

うん、真面目な女性だな。

愛紗達と似ている気がして他人の様な気がしない。


取り敢えず気にしない様に言って話題を終わらせる。

下手に彼是と言葉を出して長引かせると逆に意識させ泥沼化して行くしな。

蓮華みたいに迷宮入りした場合は大変ですから。


二階に上がり、彼女により通された一室。

刑事物ドラマ等で見る様な署長室っぽい雰囲気。

俺の影響の強い宅とは違い“時代的な違和感”を覚え見回したくなる。

だが、今は我慢すべきだと自分に言い聞かせる。


室内に居る者は二人。

隣室に兵士達が控えている──という事も無し。

モルノトフさんも含めて、三人が実力的に抜けているという事なのだろう。

飽く迄、彼等の中では、の話ではあるが。

武力的に遣り合うつもりは全く無いので気にしないしどうでも良い事だけどね。


で、二人の内、片方は隊に居た人物で──恐らくは、隊長になるのだろう。

周囲との遣り取りの様子を見ている限りでも判る。

俺みたいに“演じている”訳ではなさそうだしな。

もし、そうだったとしたら素晴らしい演技力だ。


そして、もう一人。

この部屋の主だろう男性。

年の頃は三十後半辺り。

思春達よりも焼けた感じの黒い肌に、天パっぽい黒い縮れた短髪と長い口髭。

やや痩けた印象を受けるが彫りが深い顔立ちの所為も有るのだろう。

浮かべている笑顔とは逆に眼差しの鋭さは餌を狙った猛禽類を思わせる。

…不謹慎だが、少しだけ、楽しくなってきたと思う。


愛紗達には言えない。

言ったら絶対に怒るから。




コホンッ…と咳払いをして男は姿勢を正す。



「私はローラン国の将軍、ナビリオ・シャマラフ

此方は貴女方を助けた隊の隊長を務める者で──」


「アラド・ビュレエフです

貴女方が無事で有った事を嬉しく思います」



シャマラフと名乗る将軍の言葉に続いて名乗ったのは予想通りの彼女の上官。

腹黒さの見え隠れしている上司と生真面目な部下。

その間に挟まれている為に急性胃炎でも起こしそうな苦労人臭がしてくる。

…胃薬でも勧めようかね。



「危ない所を助けて頂き、心より感謝致します

私は魏国の商人で名を飛影と申します」



そう言って頭を下げる。

因みに、感謝している事に嘘は無かったりする。

ただ、それは助けられた事に対してではなく、此方の思惑通りに動いてくれた事に対して、という意味で。

きちんと動いてくれるって有難い事だからね。


静かに姿勢を戻しながら、気配の変化を窺う。

だが、これと言って目立つ変化は感じられない。

平常心を保てる程度には、珍しくない事な訳だ。

情報として知ってはいても現場の当事者達の気持ちは想像の域を出ないからな。

こうして実際に対面をして初めて理解出来る物だし。

こういう生の情報が重要な事だったりする。



「この度は大変でしたね

まだ気持ちとしても不安な事が有るとは思いますが、少々御話を御聞かせ頂いて構いませんかな?」


「御気遣いを頂いて有難う御座います

私共も全く何の覚悟も無くこの度の行商に臨んでいる訳では有りませんから…

全く気にもしていません、とまでは言えませんが一応大丈夫です

貴男方の立場──職務上、必要な事で有るという事も理解出来ますので

私で答えられる事でしたら御協力致します」


「御理解、感謝します」



そう言いシャマラフ将軍は軽く頭を下げてくる。

その対応を見て、内心では素直に感心する。

決して上から目線に為らず高圧的な態度を取らない。

それは情報を引き出す上で気を付けなくてはならない要素の一つ。

地位や役職に伴った権力を振り翳す傲慢な態度では、市井の者は持っている筈の情報も言えなくなる。

“協力を御願いしている”という低姿勢を見せる事で警戒心を緩め、持っている情報を引き出し易くする。

それを出来る点から見ても彼は中々の曲者だろう。


尤も、それは彼にとっては自身の評価より、国の為に尽くす事を優先とし誇りを持っている証拠だろう。

そう考えるだけで、此処に居る三名に対しての評価と信頼は高くなる。





「先ず、確認なのですが…

貴女方は四人だけ、という点に付いてですが間違いは有りませんか?」


「はい、間違い有りません

私達は四人で魏国を出立し大苑──フェルガナの地へ向かっています」



敢えて、訊かれてはいない情報を──しかし、彼方が知りたい情報を然り気無く付け加えて答える。

勿論、細々とした説明等は訊かれなければしない。

飽く迄も、触りのみ。


しかし、こうして見せれば相手は“自分達に対しての警戒心は薄く、協力的だ”という認識を持ち易い。

絶対ではないが商人同士・軍師同士の遣る駆け引きに比べれば児戯に等しい。

確かに彼は曲者ではあるが“この畑”では未熟。

故に、意識は誘導し易い。



「…今までに多くの商隊を見てきましたが…

正直に言って驚きですね

自殺行為に思えますよ」



言うまでの僅かな間。

取っ掛かりを得た事により先に目的を訊くべきか否か逡巡したのだろう。

だが、此処で目の前の餌に容易く食い付く様な者ではなかった。

先ずは自身が振った内容の確認を優先した。

それは正しい選択。

食い付いていれば主導権は俺が握っていた。

意識的にした事ではないのだとは思うけどな。


取り敢えず、その質問への説明をして置こうか。



「確かに人数だけを見ればそうなのでしょうね…

ですが、それは状況次第と言う事も出来ます」


「と、言いますと?」


「普通の行商は自国からの荷を運び、また他国の品を国へと持ち帰ります

その為、護衛隊も含めれば大人数になります

ですが、我々商人にとって“商い”は必ずしも物品を扱う交易だけが商売という訳では有りません

自身を含む少人数でならば身軽な方が逃げ易くなり、生き延びる可能性も高いと考えての事です

…尤も、今回は遭遇をした相手が悪かった様ですが」



様々な想像をさせる言葉を言った後、空気を和らげる様に苦笑する。

“見通しが甘かった”との反省の意を含ませて。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ