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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
517/915

        弐


空の青と砂の黄。

それが黄昏により、朱へと染まってゆく。

その二色を分ける地平上に静かに佇む姿が有る。

自然の作り出す絶景の中、無粋にも思える人工物。

しかし、実に不思議な物で情景として見れば可笑しく奇妙な程に填まっている。

そう在る事こそが正しく、自然であるかの様に。

それらは一つの素晴らしい情景を生み出している。

何方らかだけでは不可能。

二つが揃って初めて生じた奇跡と呼べる風景。


けれど、それはある意味で当然なのだろう。

そう感じている俺は人だ。

自然の中に生まれ落ちて、人間の築く社会構造の中に生きている。

だからこそ、二つの要素の共存する景色を見て素直に感動するのだろうな。


何方らかだけでは成り立つ事の無い絶景。

それは共存するからこそ、生まれ、輝きを増す。

その事を忘れない為にも、世界は、自然は、歴史は、我々人類に語り掛けているのかもしれない。

世界各地に在る絶景を通し共存する大切さを。

決して忘れてはならない。

欠け替えの無い存在だと。



(…まあ、そう思う所まで人類が到達出来るかどうか定かじゃないけどな…)



精々、感動までだろう。

その光景は未来でならば、十分に観光スポットとして集客と収益を期待出来る事だろうから其方らの方向に思考は傾くだろうし。

そう思うと、過去の人々は“当たり前過ぎて”良さに気付けないのかも。

或いは、観光という発想・ビジネスの概念が無いのも要因なのかもしれない。


実際、旧・漢王朝の時にも“観光旅行”という言葉は全く聞かなかった。

抑、旅と言えば、己の力を高めたり見聞を広める為の修行という意味での場合や行商の場合が殆んど。

その後に続き賊徒・飢饉・戦乱の被害を避けて他所に移住していく場合。

稀な理由としては冥琳達の様な病の治療の為、という場合も有るだろう。

本当に少ない事だがな。


まあ、観光を楽しむ為には心身は勿論だが経済的にも余裕が無くては難しい。

乱世だから、ではない。

まだ時代的にも貧富の差が大き過ぎる時代だ。

観光関連ビジネスに於ける最大のターゲットは民衆。

別に富裕層もターゲットに入っていない訳ではないが一時的な単発の大口よりも継続的な小口の方が経営的側面からすると重要。

“話題作り”には前者だが実際に実績と人気・支持を得る為には後者になる。


その民衆が“小さな贅沢”として使える手持ちが無い社会情勢では観光ビジネスなど成り立たないのも当然と言えば当然だろう。

だから、意味を持つ。

曹魏の国内で、旅行という概念が浸透し始めている事自体が国の安定の証拠。

一部の権力者や裕福な者の限られた娯楽ではなくて、民衆の娯楽になる事は国の発展にも繋がる。

需要と供給は雇用の拡大・職業の増加・新規商業等の効果を生むのだから。




モルノトフさんに連れられ合流した部隊と共に砂漠を進む事、凡そ1時間。

ローランの都へと到着。

都、とは言うものの実際は都自体が国の様な物。

ローランの“正規の民”がこの都で暮らしている。

その為、人口密度で言えば嘗ての漢王朝時代の各地の主要都よりも多い。

…まあ、漢王朝時代の民の点在振りの方が可笑しいと俺個人は思ったけどな。

あれで民を守る気が有ると言えるなら戦争や賊徒等を見下し軽んじているとしか言えないだろうに。


そんな事を考えながらも、隊列は進んで行く。

都全体をぐるりと覆い囲う黄土色の外壁。

高さは約4m程だろう。

大量の日干し煉瓦を使って築かれた防壁。

宅の──と言うか、俺の、特殊過ぎる隔壁とは違って少しずつ、少しずつ、長い時間を掛けて、ローランの人々が繋ぎ積み重ねてきた時と命と志の結晶。

それを静かに眺めるだけで美味い酒が飲めるだろう。

誰かに、何かを語って貰う必要すら無い。

この防壁こそが、この国の民の生き様を表している。



「魏国に有るという防壁に比べれば拙いでしょう?」



じっ…と見詰めていた事を“…こんな物で?”とでも勘違いされたのか。

隣を進むモルノトフさんは此方を向いて話し掛ける。

単純な防御力で言うのなら確かに宅の戦力──兵達の力量からすれば楽勝だ。

勿論、その基準が高過ぎる事は重々承知している。

だから、一般的な評価では十分に機能すると思う。

普通の相手ならば、だが。



「その様な事は有りません

私も話に聞いた程度ですがこの防壁に用いられている物が日干しの煉瓦だという事は判ります

それをこれだけの規模まで造り、築き上げるまでには相応の年月が掛かっている事でしょう…

賊徒や敵勢力が全く居ないという訳でも有りませんし様々な苦労や苦難を越えた先の偉業だと思います

一人の人間として、此処に来る事が、目にする事が、出来て良かったと…

私は心から思います」



それは別に御世辞ではなく素直な感想。

多少、言葉遣いの事も有り丁寧な言い回しをしている事は否定はしない。

だが、間違い無く本音だ。

本当に、そう思っている。


そんな俺を見詰めながら、モルノトフさんは驚き──門扉を潜り抜け抜ける。

そして、少し照れながらも嬉しさを笑みに乗せながら俺達を歓迎してくれた。



「ようこそ、ローランへ!

私は貴女達の来訪を心から歓迎致します!」



差し出された右手を取り、しっかりと握手する。

互いに自然と浮かぶ笑顔。


そんな俺の背後から感じる鋭い視線は今は無視する。

話がややこしくなるから。




彼女の手配してくれた宿に案内され、宿泊する一室へ通されて荷物を置く。

愛紗と翠が持っていた武器──ダミー用の低級品だが所持したままで居る事には何も言わなかった。

信用されている、と考えて良いんだろうな…一応は。



「門の所で雷華様のされた発言の効果では?」



そう背後から声を掛けられ振り向けば予想に反しない不機嫌そうな愛紗達。

螢は…うん、嫉妬よりかは感動の方が強いらしい。

だが、愛紗と翠の視線には“この女誑しっ…”という非難の感情を感じ取る。

別に誑した訳じゃないし、そんな気も無いんだが。

…まあ、前例が多々居るし説得力は低いか。

逆に言えば“当事者”故に説得力が有るしな。


とは言え、このまま部屋を出ていったら後から面倒な状況になりそうだ。

取り敢えず、機嫌を直して置くべきだろうな。



「あれは俺の本音だ…」



苦笑しながら二人の傍へと然り気無く歩み寄り両腕を二人の腰へと回して有無を言わせずに抱き寄せる。

警戒して、という様な事は無いのだが、唐突に人前で抱き寄せる状況に二人共に慣れてはいない。

基本的に恥ずかしがり屋で生真面目な性格だしな。

だから、必然的にビクッと小さく身体を震わせる。


別に悪い事ではない。

寧ろ、その反応は当然だと俺は思うし、客観的に見た場合には愛紗達も同じ様に思う事だろう。

だがしかし、当事者の場合思いっきりテンパる。

それは“俺を拒絶した”と変な方に考えが歪んだ上、“自分が悪い”と思い込み言い訳しようとする為。

揶揄う訳でも悪戯している訳でもない。

だから、若干の罪悪感と、その反応の二人に対しての愛しさが胸中に湧く。

まあ、男だからって理由は関係無いんだが、後者へと軍配は上がってしまう。

惚れた弱みって事ですね。


何かを言おうとする二人の唇に小鳥の啄みの様にして自分の唇を重ねる。

現状、流石にじっくりとは出来ませんからね。

その辺りは了承してくれ。


過熱し──思考停止状態に陥った愛紗達の頭を優しく胸に抱いて終了。

──ああいや、訂正。

羨ましそうに見詰めている螢に視線で合図し、此方に近寄らせて同じ様にする。

流石に抱き締めてやるには腕が足りませんので其処は我慢して貰う。


…我ながら皆に“誑し”と言われても否定出来無いと最近は思っている。

但し、これだけは言わせて貰いたいと思う。

俺は決して無差別じゃないという事だけは、だ。




取り敢えずは、放心状態に(おとなしく)なった二人を螢に任せて部屋を後にして廊下へと出る。


因みに、部屋は宿の二階で造りとしては中々の物。

宅の商家の系列と比べてはならないのだが、それでも決して悪くはない。

この時代の一般的な宿屋の品質としては上級だろう。

まだ、華琳と再会する前の思春達と旅をしていた頃の宿屋と比べても此方の方が上だと言える。

…まあ、あの頃は節約する意味ではなく、目立たない様にする為に高級な宿屋は避けていたからな。

だからと言って皆を粗悪な宿に泊まらせてはいない。

と言うか、その意図を伝え皆に選んで貰っていたから不満は出なかったしな。

唯一、俺と別々になる事に異議を唱えられたが。


廊下を進み、階段を降りて俺の事を待ってくれていたモルノトフさんに歩み寄り軽く頭を下げる。

“気にしなくてもいいわ”という様に笑み、振り向き宿の外へ向け歩き出す。

その後に俺も続く。


“私に付いて来なさい”と背中で語っている、という訳ではない。

元より事情聴取をする為に話をする約束だ。

流石に誰が聞いているかも判らない宿ではしない。

ちゃんとした場所に行って然るべき形で行われる。

愛紗達は此方の言葉が全く判らないと説明してあるしそれ自体も嘘ではない。

ただ、理解する方法が無いという訳ではない、という若干詐欺っぽいだけで。


序でに言うと、この辺りの言語を理解し、読み書きと会話が出来る面子は華琳と稟を含めて僅かに五人。

稟に関して言えば前々から商業関連で動いて貰う事が多かった事が主因。

華琳達は外交的な意味での習得になる。


領地を獲る気はなくても、国交は持つつもりだしな。

必要性は否めない。

尤も、優先順位が低いから他の皆には教えていない。

多分、今回の件を片付けて帰ったら強請られるんだと思うけどな。


そんな事を考えながら歩き目的地と思しき周囲よりも堅牢で圧迫感の有る建物が目の前に現れる。

例えるなら…警察署か。

せめて派出所辺りの規模が良かったが…仕方無いな。

事が事な訳だし。

彼等にしても面子や風評に関わってくる問題だ。

気軽に、は出来無い。


さてと、此方も切り替えて真面目にしないとな。

遊びではないのだから。




 モルノトフside──


女性だけ、と聞いた時には流石に驚いた。

しかし、四人の内で武器を所持していた二人を見れば力量の高さを窺えた。

雰囲気や立ち姿からだけど決して弱くはない。

賊徒相手でも二対多で十分勝てる位には強いと思う。

ただ、だからこそ、相手の質にも気付ける。

襲ってきた相手が他の賊徒ならば彼女達は逃げはせず戦ったかもしれない。

勿論、賊徒を倒す事よりも四人の無事を優先した為と考える事も出来る。

特に彼女──ヒエイならばそう考えたとしても不思議ではないでしょう。


僅か、とは言え、ヒエイの口から出た言葉には私自身感動を覚えてしまった。

私達自身は都を覆う防壁が如何に困難を乗り越え続け築かれた物であるか。

その事を当然知っている。

しかし、行き交う商人達は都の内情や交易品にばかり眼も興味も向けている。

当然と言えば当然の事だと私も理解はしています。

彼等は利を得る為に危険を冒して行商を行い、彼等の往来の恩恵を受けて私達は──この国は栄えている。

それは紛れも無い事実で、根幹となる事なのだから。


彼等に理解を求めようとは思いません。

“理解して貰えたら私達も嬉しいのですが…”と思う事は否定しませんけど。

だからこそ、嬉しかった。

しかも、彼女が御世辞などではなくて本心から心からそう思っていてくれる。

その事を理解出来たから。


立場的に言えば、彼女達の武器を一旦預かるべきだと私も判ってはいます。

ですが、賊徒に襲われて、助けられたとは言え言葉の通じない地で武器を奪われ部屋に閉じ込められては、普通に考えたなら不安しか感じない事でしょう。

ですからせめて、安心する要因に為ればと思い武器の所持を容認しました。

…その判断に対して私情が混じっている事は私自身も否定はしません。

何か問題が起きたならば、責任は全て私が負います。

私は彼女を、ヒエイの事を信じています。

私達の事を理解してくれた彼女を。




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