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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
513/915

        捌


 other side──


見渡す限りの砂、砂、砂。

容赦の無い灼熱と極寒。

砂丘に添える様に点在する岩々は宛ら大地の骸。

其処に木々の姿など無く、僅か一握りの雑草でさえも滅多に見る事すら出来無ぬ渇れ果てた死の世界。


それが此処──ローラン。


此の辺りの国で生まれ育つ者達にとっては当然の様に見てきた風景だ。

しかし、来訪者からすれば信じ難い環境らしい。

“よく生きていられる”と大抵の者が口にする。

そう言わない者は移住する事の出来無い理由を察し、気を遣うのだろう。

或いは全く興味が無いか、なのだろうがな。


此の地を離れ、他の国へと移り住もうと考える者とて居ない訳ではない。

だが、安易にそう出来無ぬ高い壁が存在する。

…ああ、魏の国境に有ると噂の壁の事ではない。

言葉・文字・風習は勿論、肌や髪・瞳の色…挙げれば切りが無い程数多存在する“些細な”違い。

それが何よりの壁。

人の、国の、壁だ。


何故、我々の生きる世界は一つではない?

何故、我々は同じ人なのに様々に違う?

何故、我々にばかり苛酷な事を強いる?

何故、我々が平凡に生きる事すら難しい?

何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故──。


幾度と無く繰り返し続くる自問自答に終わりは無い。

それは誰かに訊いた所で、無意味な事だからだ。


誰しもが望む“答え”とは辛く苦しく残酷で無慈悲な現実ではない。

優しく、甘く、都合の良い夢の様な綺麗事だ。

それが判っているからこそ誰に訊く事もしない。


そう、この自問自答自体に大した意味は無い。

もし意味が有るとすれば、それは“現実逃避”以外の何物でもない。


どんなに歳を重ね様とも、どんなに深く考え様とも、現実は変わらない。

その事を知っているが故に現実から目を背けたい。

その為の行為なのだから。


今現在、此の国は目の前に破滅を見ている。

最近は商人の往来が減り、交易の拠点としての恩恵を受けて栄えていた此の国も傾き掛けているのだ。

その最たる要因は東に有る──否、有った、漢王朝の衰退と滅亡に因る影響だ。

新たに旧・漢王朝の領土の大部分を統治しているとの噂の魏という新興国の有るお陰で、ギリギリの所にて踏み留まっている状況。

もし、魏が交易を止めれば此の国は、あっと言う間に衰退し滅び去る事だろう。


交易に因って栄えたが故に交易に因って滅びる。

それもまた、必然だろう。

しかしだ、だからと言って何もせずに受け入れる様な真似は出来無い。

例え、出来る事が無い。

それが現実だったとしても何かを遣りたい。

遣らなくてはならない。


そうでなければ──我々は壊れてしまうだろう。

その心が、命が、存在が。




深く、長い溜め息を吐き、ゆっくりと空を見る。

直接見上げる真似はせず、右腕を翳し視界に陰を作る事で見る。

そうしなければ日の光にて目を殺られてしまう。

一瞬、一度で、という様な事ではないが。

次第に、確実に、だ。


空の様子を見るのは雨雲を探して、ではない。

地平の砂の舞い方と流れる雲の動き方から砂漠特有の変化を察する為。



(…雲の動きは速いな…)



だが、地平を見ても砂塵が舞っている様子は無い。

ならば、砂嵐が来るという事は無いだろう。

…突発的に発生する物には無意味な事だが。

それでも、何もしないより遥かに増しではある。


砂に生まれ、砂に生きて、砂に還る。

それがローランの民であり生き方だ。


まあ、要するに“砂漠とは上手く付き合えよ”という先祖からの教え。

そう遣って、親から子へ、子から孫へと受け継がれた知恵に因って、ローランは今も生き続けている。


だからこそ、我々は生きるという事を簡単に投げ出し諦めてはならない。

この生命は決して己自身で生み出した物ではない。

両親が、祖父母が、祖先が現在(いま)へと繋ぎ続けたお陰で在るのだから。

与えられた物なのだから。

それを次へと繋いでこそ、託された灯火(せいめい)を受け渡す事が出来る。

使命を全う出来る。

そう、私は考えている。



「──ビュレエフ様っ!」



深く思考に没頭していたが自分を呼ぶ声に我に返り、声のした方へと振り向く。

僅かにではあるが息を乱し小さく肩を上下させている部下の一人が居た。



「どうした?」


「はっ、南方に砂塵が二つ確認出来ました」



二つ、という事は風による砂塵ではないな。

其処に動く“何か”が有り移動している証拠。

無難に考えれば、何者かが盗賊に追われている。

そんな所だろうな。



「如何致しますか?」


「盗賊共を放置しておいて良い事は無い…

直ぐに出せる数は?」



“盗賊共をのさばらせては只でさえも減ってきている商人達を失いかねん”とは流石に言えない。

尤も、言わないだけで皆も理解しているだろうがな。



「三十…いえ、四十なら」


「それだけ有れば十分だ

直ぐに出る、準備を!」


「はっ!」



可能ならば討伐もするが、取り敢えず先ずは追い払うだけでも十分。

その“何者か”が無事なら此方としては利になる。

悪い噂が立つより少しでも安全な様に印象付けたい。

…打算的では有るが我々も生活が掛かっている。

綺麗事ばかりを言っているだけでは意味が無い。

今は何よりも利が優先だ。

国を、民を支える利がな。



──side out



 馬超side──


ん〜…何て言うかさ。

ちょっとだけ、螢に対して嫉妬してしまう。

普通だったら雷華様の方に一緒に行った愛紗に対して羨ましく思う所だけど。

まあ、多分、愛紗も今頃は私と一緒で胸に螢に対する嫉妬を抱いている筈だ。

だって、二人だけで判った様に通じ合ってるし。


それはまあ?、私達と螢は役割が違うけどさ。

やっぱり、妻としてはさ、こう…“ぅむむむ〜”って感じになるんだよな。

頭では判ってはいても。

それはそれ、これはこれ。

全く別の問題だしな。



「──で、どうするんだ?

雷華様達と合流する地点は判ってるんだろうけど…

このまま引き離すのか?」



紫燕達を並走させながら、螢に話し掛ける。

チラッ…と、後方の連中に視線を向けるが先程よりも姿が小さくなっている。

地形と彼我の人馬の差。

これに因って下りに入った瞬間から詰まっていた筈の距離が大きく開いた。

はっきりと言ってしまえば本気なんて出さなくたって十分に撒けるだろうな。



「…速度はこのままです

…あともう少ししたら下り切って平地に変わります

…そうしたら一旦北上した後に東に転進します」



言い出しこそ、相変わらず小声に為り勝ちな螢だけど指示は短く判り易く的確。

実は兵達の間でも言葉数が少なくて伝わり易い指揮は評判が高い。

余計な蘊蓄が入らない分、気持ち的にも楽だしな。

泉里や桂花が聞いていたら怒るんだろうけど。

彼奴等は説明大好きだし。

まあ、そういう指揮を好む連中も居るんだけどさ。

…私?、断然、螢派だ。

細かい事は昔っから苦手で面倒臭いからな。


にしても、現状維持、か。

って事は振り切らずに後で再度追い付かせる訳だ。

…北上して、東進…ね。


雷華様や螢程ではないが、私だって探知範囲は広い。

それを方向と範囲を限定し使用する事も出来る。



(………ああ、成る程ね

そういう狙いな訳か…)



引っ掛かった存在。

その動き方を見て、察す。

雷華様の考えとして見れば“いつも通り”だろう。

その先までは判らないが、結末的には読めた。


愛紗は…どうしてるかな。

雷華様、絶対愛紗に話して無いだろうし。

ちょっと可哀想に思う。

…気付いたって部分でだと優越感が有るけどな。

それは愛紗には言わない。

絶対に拗ねるだろうから。



──side out



鬼さん此方、手の鳴る方へ──ではなくて。


“絶対に逃がさない!”と気合い十分な御一行さんを先導(ナビゲート)しながら岩場を潜り抜けると、再び砂漠へと戻る。


途中、脱落者も出ていたが気にしてはいられない。

と言うか、気にする理由が無いんだけどね。

付いて来られなく為ったら為ったで仕方が無い。

別に全員参加が目的という訳ではないし、必要という訳でもない。

まあ、篩落としに掛けての死の行軍(デスマーチ)って訳でもないけど。

尤も、流石に全滅されると一応此処まで遣っただけに折角の頑張りが無駄に為る事だけは避けたい。

うん、大いに避けたい。


そう思いながら走り続けて──実際に走っているのは烈紅達なんだが──螢達と予定通りに合流する。


俺の右側には愛紗、左側に螢が並び、更に外側に翠。

翠の様子からして狙いには気付いたみたいだな。



「御苦労さん、ちゃ〜んと“釣って”来てくれたな」



そう螢達に声を掛けたら、右側の愛紗から拗ね全開の視線を向けられた。

もう直ぐ判るから。

もうちょっとだけ我慢して待ってて頂戴。



「それは良いけど金剛石はどうするんだよ?

まさか、あれを全部連中に遣るつもりなのか?」


「んー…正直な話、あれは別に連中にくれて遣っても全然構わないけどな」


「……有り得ないだろ…」



俺のあっさりし過ぎている一言には翠は勿論、愛紗も唖然としている。

螢?、考えるの止めたな。

ある意味正しい選択だ。

“雷華だしね…”と華琳が諦めるのと同じ様に。


まあ、人工だって言っても見た目には十分天然物でも通用するだろうな。

碌な鑑定なんて出来無いの俺が一番判ってるんだし。



「どうせ売り払われたって宅の商人が掴まされる事は先ず無いからな〜

…万が一にも掴ませられた場合には…」


「……場合には?」



ゴクッ…と息を飲みながら好奇心に負けて訊いてくる翠はチャレンジャーだな。

大抵は“嫌な予感がする”なんて理由で訊かずに退く場面だろうしな。

らしいって言えばらしいと思うけど。



「宅の商人に掴ませた奴を口説き落として迎えるな

それだけの才な訳だし」



そう返すと、“…へ?”と予想外の事に呆気に取られ──“…ああ、そうだよ、こういう人だったよな…”と言う様に溜め息を吐いて翠と愛紗は項垂れた。


実際、安い買い物だぞ?

それだけの才の有る自分を掘り出せるんだからな。




──とまあ、そんな感じで会話をしている間も背後の御一行との距離は着実に、縮まって来ている。

そう見える様に、烈紅達が上手く遣ってくれている。



「──っと、来たな」


「──っ!」



俺の一言と同時だった。

俺の指示した範囲のままの愛紗も探知した様だ。

其方ら──丁度、俺達から見て左後方の砂丘の向こう側から現れた一団。

当然だが連中の援軍という訳ではない。



「──っ!?、か、頭あっ!

ローランの連中だっ!」


「──何だとっ!?」



後方が一気に騒がしくなり連中の動きが乱れる。

俺達に追い付くよりも早く自分達に危険が及ぶ。

その事を理解したが故に。


此方は気にする事は無く、そのまま距離を開ける。

そうしている間にも連中と螢達が釣って来てくれた、此の国の将兵が距離を詰め緊張感が高まる。



「──っ、畜生がっ!

手前ぇ等っ、撤退だっ!

絶対に戦うなっ!

無視して逃げ切れっ!!」



──と、例の頭目の命令。

俺達を追い掛けていたのが一転して逃げる立場に。

だが、その引き際の良さは見事だとすら言える。

文字通り、一目散に連中は逃げに切り替えた。

やはり、単なる賊徒と違い此処等辺の連中は“質”が良い様に感じるな。

…賊は賊なんだけど。

これで無差別に襲ってさえ居なかったら獲っている所なんだけどな〜。

その点は惜しい気がする。



「…成る程、これが狙いで逃げていた訳ですか…」



逃げる必要が無くなった為烈紅達も脚を止める。

散り散りになりながらも、巧みに逃げ去って行く姿を眺めながら連中を追い払う一団を見詰める。

──前に気付く。

砂の上に投げ捨てられた、撒き餌にした人工金剛石の詰まった皮袋に。

それを“影”で回収しつつ苦笑を浮かべて、逃げ去る一人の背中を見詰める。


宅には迎えられはしないが惜しい人材ではある。

事の序でに、ちょっと糸を垂らしてみようかね。




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