陸
「ですから普通に考えれば金品が妥当なのでしょう
普通に、考えたなら」
やけに“普通に”を押すが仕方無いのだろうな。
俺の日頃の行いが故に。
それにまあ、愛紗の言葉も間違ってはいない。
中身は確かに金品だ。
「皮袋の中身は金剛石だ」
「成る程、金剛石ですか
………………はあっ!!??」
「ちょっ、雷華様っ!?
あの皮袋って確かパンパンだったぞっ!
そんな皮袋を餌にするとか正気かよっ!?」
納得し掛けた愛紗が冷静に疑問を抱き、考え、気付き思いっきり叫んだ。
同時に翠も口調が素に戻り信じられないと叫ぶ。
ああ勿論、後ろには叫声が聞こえない様に氣を使って消音結界を展開する。
全て、ではなく人の声のみ閉じ込める性質の。
華琳が居たら呆れながらも“熟、雷華だわ…”なんて言うんだろうな。
あ、因みに、螢は愛紗達が叫ぶと同時に気絶した。
うん、危ない危ない。
そうなる様な気がしたから準備はしてたけどさ。
…あーでも、帰ったら話を聞いた冥琳達からは色々と言われそうだな。
…よし、何とか頑張って、この一件の間に三人の口を塞ぐ事にしよう。
あっ、口止めの意でね。
取り敢えず、当の螢の方は気が付くまでは氣を使って馬上にて姿勢を維持する。
…駄洒落じゃないよ?
「愛紗愛紗っ、あの皮袋に一杯に入ってる金剛石って総額で幾らになるんだよ?!
見当も付かないぞ!」
「わ、私に聞くなっ!
抑、金剛石自体が稀少品で市場に出回っているという話は聞いた事がない!
普通は献上品として王等に差し出されるだけ、という話だった筈だ!」
うん、まあ、そうだね。
時代背景的にも金剛石──ダイヤモンドの発掘とかは全然と言えるレベル。
今なら世界中に埋蔵された全てを回収可能だな。
何時ぞやの“影”の応用で証拠も残さずに、だ。
そんなの遣らないけど。
中国も産出地では有るけど上位の国々と比べれば量で言えば少ない方だ。
それでも出るだけ良いとは思うけどね。
で、実際の一般的な認識は“何それ?”レベル。
愛紗達が知っている理由は俺が教えたから。
勿論、実物を見せてだ。
それだけに驚いている事は可笑しな事ではない。
但し、華琳や軍師陣ならば“抑、その金剛石の価値を知っている商人が他所には何れだけ居るのかしら?”なんて言う所だろう。
実際問題、岩塩の方が高く滞り無く捌ける筈だ。
“特別な宝石”と判っても市場価格が不明。
商人にしてみれば買い取る事を躊躇する品物になる。
だから、愛紗達が言う様な大金を生むのは難しい。
まあ、逆に言えば、価値を知っている商人であるなら“知らない振り”をして、易く買い叩くだろう。
商人だけが知っていれば、という話だけどな。
ただ、そうは言ってもだ。
そのままなら、というのが本当の所だったりする。
「二人共、盛り上がってる所悪いんだが…
アレは天然物じゃない
俺が造った人工金剛石だ」
『…………』
…あれ?、可笑しいな。
此処は“ええーっ!?”とか驚いてくれる所の筈だ。
それなのに、何ですか?
その“…雷華様だし”って感じの呆れた眼差しは。
「そのままの意です」
きっぱりとそう言い切った愛紗の言葉に、何度も頷く翠──と螢。
うん、お早いお帰りで。
だが、その反応はどうかと思うぞ、三人共に。
「でもさ、雷華様
人工だって簡単に言っても金剛石は金剛石だろ?
寧ろ、見分けられないなら特に価値に変化ないんじゃ無いのか?
しかも、雷華様の手製なら天然物と比べても遜色無い品質なんだろうしさ
と言うか、雷華様だったら天然物以上の品質を持った人工金剛石を“普通に”、造りそうなんだけど…」
「ああ、確かにな…」
翠の疑問を聞いて同意する愛紗と首肯する螢。
今の翠の言葉は間違ってはおらず、実際に天然物より上質な人工金剛石の製造は可能だったりする。
ただ、その場合、金剛石と銘打っていいのかどうか、正直言って悩む所だ。
天然物だから価値が有る。
個人的にはそう思うから。
「まあ、翠の言う通りだな
ただ、人工物だから捨てて囮にしても問題無い
それにだ、仮に曹魏国内に流れて紛れても宅の商人は真贋を見極められる
人工物が天然物を上回った品質だったとしても、逆にその高品質さ自体が違和感になるだろうからな
騙されるとしたら、真贋を見極められない者だけだ」
「いやいや、だけって…」
「他所では先ず、見極める事はできないと思います」
呆れながら言う翠と愛紗に螢も頷いている。
俺自身も否定は出来無い。
と言うか、肯定側だしな。
尤も、人工物とは言えど、あれだけの量をバラ撒けば確実に一騒動起きる。
まあ、そうなってくれたらくれたで好都合だが。
もしもそれで戦争が起きたならば“金剛の乱”とでも呼ばれるのだろう。
そして後世で原因となった金剛石の真贋が解明されたとしなら“贋金の乱”とか訂正されるのだろう。
…それはそれで有りか。
語られる歴史が、必ずしも正しいとは限らない。
“騙られる歴史”も世には存在するという教訓として残せるだろうからな。
「…ん?、あれ?
でもさ、だったらどうして連中の頭は恐怖と焦燥とか抱いたんだ?
普通なら、金剛石の価値に気付いたんだったら驚いて大喜びする所だろ?
それに態々欲を出してまで此処で追撃を続行するとも思えないし…」
「確かにその点に関しては私も気になりました
雷華様、その点に関してはどうなのですか?」
尤もな──と言うか当初の疑問へと戻ってくる。
脇道へ逸れる事が多いのは珍しい事ではないが。
単独より一対一。
一対一より三人。
問答する人数が増える程に思考・価値観・視点や論点辺りも増加する。
当然その分だけ費やされる時間も増加する訳だ。
だから、仕方が無い事。
そして、無駄ではない。
それもまた、各々の成長の糧になるのだからな。
「確かに物は人工とは言え金剛石には違いない
その価値を理解出来るなら大喜びしている所だ
ただ、実際は金剛石の認識自体が薄いのが実状…
加えて非常に稀少な品だし未加工の原石の状態だ
だから、最高品質の岩塩と勘違いしてくれれば十分と俺は考えていた訳だ」
実際、回収した皮袋を見た連中の一部の者は驚きから喜びへと感情を変えた。
仮に金剛石を知っていてもあれだけの量だ。
一見しただけでは金剛石と判断する可能性は低い。
──いや、限り無く無いに等しいだろう。
それが普通の思考だ。
だから、連中は岩塩と思い歓喜しただろうからな。
「…確かに原石の状態では水晶等も見間違う可能性が有るとは思います
加えて、曹家から此方には岩塩も出荷していますので私達の運ぶ荷が金剛石より岩塩と判断する方が普通の事なのだとも思います
そう考えれば気付いた事は敵ながら見事だと言う事も出来るでしょう」
「まあ、本の少し舐めたり齧ったりすれば、岩塩とは違うって判るしな」
少しでも疑いを持てたなら違うかどうか確かめる事は全然難しい事じゃない。
寧ろ、その手の物であれば先ずは確かめる。
品質の確認の意味でもだ。
獲物を捌く事に対してなら慎重ではあるが、賊徒では仕方無いのだろう。
これが商人であれば絶対に欠かさないけどな。
だから、連中が岩塩として捌こうとしても商人は先ず岩塩の値段では買わない。
金剛石と判っていなければ確実に足元を見てくる。
利を生む事に対して商人は何よりも貪欲だからな。
「しかし、だとしてもです
それが何故、恐怖と焦燥に繋がるのですか?
売り払う際、いつも以上に慎重には為るでしょうが、価値を理解しているならば二つ三つ売れば当面遊んで暮らせる金額になるという事も判る筈です
その変化が判りません」
今も絶賛鬼ごっこ中ですが此方の空気は別世界です。
“問題の答え合わせ”的な雰囲気なんでね。
逃げている振りな訳だし、行き先だけは俺が指示して烈紅がペースを調整しつつ先導してくれてて、それに三頭が合わせている形。
だから、俺達自身は最低限背中から落ちない様にだけ注意していれば、全く別の思考に意識を傾けていても問題無かったりする。
本当、賢いね、お前達。
今夜は御褒美に特選素材の晩御飯あげるからな。
「んー…まあ、お前達には判らなくて当然だろうな」
そう言うと三人揃って少し勘違いしたらしく、拗ねの混じった眼差しを向けて、静かに抗議してくる。
別に“知らなくてもいい”という意味ではないんだが…仕方無いなぁ。
「単純に言うと、お前達に賊徒の“追われる立場”の思考や気持ちが判るか?」
「…………いいえ…」
三人共黙って考え、愛紗が話の流れも有って代表して答える形になる。
不満そうなのは“賊徒共の思考や気持ちなど考えた事なんて全く有りませんし、考え様とも思いません”と言いたいけど我慢している為だろうな。
その気持ちは理解出来るし仕方が無いとは思う。
ただ、生まれながらの賊徒──犯罪者なんて世の中に居る訳が無い。
当然ながら、其処に至った理由や経緯が存在する。
それを全く考えもしないで悪と断じる事は愚考。
何より、多くの賊徒の主な原因は腐敗した政治であり権力を持つ官吏達。
その事を理解しているなら“理解しようとしない事”が如何に罪深いのか。
愛紗達は理解している。
そう教え続けている。
“乱世の平和”というのは手にする事は、思う以上に容易かったりする。
だが、“平世の清廉”とは想像以上に困難な事。
俺が天下統一や世界征服を遣ろうとは思わない理由の大きな一因だと言える。
“清廉な政治家”なんて、この世には存在し得ない。
政治というのは常に利害と策謀の入り乱れ絡み合った“偽善者”達の戦場なのだから。
其処に、純真で馬鹿正直な“理想主義者”達の生き残る術は無い。
喰うか、喰われるか。
殺るか、殺られるか。
堕とすか、堕ちるか。
“綺麗なまま”でなんて、有り続けられない。
悪を成し、背負う覚悟。
それだけが、正しく理想を実現させられる。
そう俺は思っている。
「中身がもし、見た目通り最高品質の岩塩だったなら奴は仲間に追撃を止めさせ手にした獲物を手配が及ぶ前に捌く為に複数の商人に手早く売り渡すだろう
だが、奴は気付いた
それは単純に確かめたからというだけじゃない
“この獲物を手にした故の自分達の未来”を想像し、理解したからだ」
「……未来、ですか?」
“はっきり言って死以外に有るとは思えませんが…”なんて言いたそうな愛紗。
それも間違いではない。
賊徒とて自分達の遣る事が犯罪である自覚は有る。
まあ、理性や道徳心というブレーキが壊れているか、元々付いていないか。
その何方らかの理由により止まらないだけでな。
「岩塩でも商人や権力者に手配が及ぶだろう
しかし、金剛石ともなれば動く規模が変わってくる
しかも、あれだけの量だ
只の一商人が運ぶにしては異常だと言える
冷静に、客観的に考えれば直ぐに判る事だ
これは“商品”ではなく、誰かしらへの“献上品”の可能性が高い、と」
そう言った所で、愛紗達は理解に至った。
“…あっ…”と言いそうな表情を見せ、でも言わない辺りは意地だろうな。
本当、負けず嫌いだよ。
「…成る程、仮にこの場で私達を逃がしてしまえば、運んでいた献上品が賊徒に奪われたとした事実が必ず受け取り相手や贈り主へと伝わる事でしょう…
そうなれば、この辺り一体全ての賊徒を対象としての大規模な軍隊の“狩り”が行われる可能性が高い筈…
物が金剛石なだけに密かに始末する事も不可能…」
「何処かに隠しても結局は逃げ切れやしない
なら、出来る事は唯一つ
献上品も使者も全てを闇に葬り去り、“無かった事”にするしかない、か…」
そう、それこそが奴の抱く恐怖と焦燥の理由。
欲深く、短絡的で、浅慮。
そんな何処にでも居そうな“御山の大将”な頭目なら楽だっただろう。
だが、優秀であるが故に、苦悩を強いられる。
だからと言って憐れむ気は全く無いがな。




